第十三話 昔語りとクソったれ
ちょっと嫌な話です。
お気を付けを。
冒険者ギルドに入ってきた男は、見た目としては普通の中年男性。
眼鏡をかけ、無精ひげを生やしたどこにでもいそうな男だ。
だが酔っ払っている。
手には酒瓶を持ち、顔は真っ赤だ。
そんな男がフランの名前を叫んだ。
「何だ? あいつ」
日も暮れ、ほとんど人がいなくなっていたギルド内。
そこに降って湧いた怒号。
せっかく人がフランでなごんでいた所を……
「フラァァン!? てめぇいつまでチンタラやってやがる!!」
男が近づいてくる。
ふと気がつくと、フランが俺の袖を強く握っていた。
「ご、ご主人様……」
これは俺に向けてはなった言葉ではない。
フランの視線は、向かってくる男に注がれていたからだ。
その顔は先ほどにも増して青ざめていた。
「ご主人様って……」
なるほど、この男がフランの主人ってわけか。
フランに向けていた視線を酔っ払いに向け直すと、男はすでに目の前にまで迫ってきていた。
「フラン!! 金はどうした……俺の金をさっさと出せ!!!」
男はフランの髪の毛をわしづかみにして床へと叩きつけた。
「あぐっ……! 」
フランが小さな悲鳴を上げる。
「お、おい! お前何やって……!」
男の肩をつかみ制止しようとする。
「ああ!? 何だてめぇ! 関係ねぇだろ! すっ込んでろ!!」
男は俺の手を振りほどくと、床に突っ伏したフランに再び向かって行き、今度はこぶしを振り上げた。
しかし、そのこぶしが振り下ろされることはなかった。
俺が男の手首をつかみ止めたからだ。
「おい…………やめろ!」
手首を握りしめながら、男を脅すように言った。
「な、なんだよ……俺の所有物に何しようが俺の勝手だろうが!」
男は俺の視線にビビりながらもまだ強気な態度を崩していない。
こいつ……見たことあるな……
この男自身ではないが、元の世界で同じような人間を見たことがある。
俺は施設で育った。
俺自身にはドラマに出てくるようなひどい思い出はない。
物心ついたときにはすでに孤児院にいて、親がいないことも別段さびしいと思ったことはない。
だが、俺の周りは違った。
小さい子は幼稚園児、大きければ中学生といったやつも入ってくる。
なぜか?
ほとんどは家庭に問題を抱えるがゆえ入ってくるのだ。
そう……そうだ。その中の一人、護の……俺の親友の親がこんな奴だった。
護は小学生になる頃に施設にやってきた。
顔は今のフランのように青あざが目立ち、はれ上がっていた。
子供ながらに一目で家庭内暴力だと分かった。
同じような人間を何度も見てきたからだ。
半年ほど施設ですごしたのち、護は施設を出て行った。
護の父親が迎えに来たのだ。
印象としては子煩悩な優しそうな父親だった。
父親はニコニコしながら護を連れていった。
引き取られた家が近くだということもあって、俺は護の家に何度か遊びに行った。
父親は常に留守だったが、護を見ていると家族生活がうまくいっていたとは思えなかった。
訪れるたびに護の傷が増えていったからだ。
その後、詳しくは覚えていないが、護は再び施設に入ることになった。
父親は幼児虐待で逮捕され、後にこう語った。
「俺の子供を俺がどうしようと俺の勝手だ」……と
ああ、思い出したら腹が立ってきた。
ギルドで手首をつかんでいる男は、護の父親そっくりだ。
「は、はは……何だその目は。殴りたかったら殴れよ……殴って捕まるのはお前だけだけどなぁ!!」
「お前だってフランに手をあげただろ。自分のことは棚に上げる気か!」
「あっはっはっはっは!! お前馬鹿かぁ? フランは俺の奴隷だぞ。つまり物なんだよ物!」
この言葉に俺はキレた。
ふざけんな!!何が物だ!!てめぇの目はどこについていやがる!!!
激高した俺はテネブラエに手をかける。
だが、その剣は抜けなかった。
フランが俺の腕を止めたのだ。
「やめて下さい!! ご主人様を殺さないで!!」
なんで!?
フランがこのクズ野郎をかばう理由はないだろ!
「ははははっ。知らねぇのか? 奴隷には主人を守らないと全身に激痛が走るっつう魔法がかけられてるんだよ」
魔法?アズラさんが言っていたあれか……胸糞悪いことしやがる。
「てめぇ………!」
先ほどよりも憎しみをこめて男を睨みつける。
だが、手が出せないと確信している男はへらへらとむかつく笑みを浮かべている。
「お願いです……やめて下さい……!」
涙声のフラン。
俺の手を弱弱しく握って制止した。
「くそっ!!」
俺は男の手を離すしかなかった。
さて、しんみりしちゃいました。
嫌いではありませんが、こういった話は難しいですねぇ。
ちなみに護って誰?っていう人もいるでしょう。
そんな人は初めから読み直してくださーい。