第十二話 フラグ?
どうもお久しぶりです。
実は先日パソコンがぶっ壊れまして、一週間ほど修理に出していました。
できる限り更新をしていきますので、またよろしくお願いします。
「あらよっと」
ギルド。
馬鹿でかい牛との死闘も終わり、俺たちは王都へ帰ってきた。
街への出入り口をくぐるなり、すぐにギルドへ向かった。
アルテナが愛想よく接客をしている受付に、俺は頭を置いた。
別に受付に頭突きをかましたわけではない。先ほど狩ったイグニスバイソンの頭部を置いたのである。
「きゃああぁぁぁーー!!」
アルテナが悲鳴を上げた。
まあ当然だろう。今だ血の滴っている牛の頭はそれだけで一メートル近い巨大な物だ。
それがなんの前振りもなく目の前に置かれたのだ。俺がアルテナの立場でも同じように驚くはずだ。
ここまで持ってくる間もずっと物珍しさからくる視線が俺の顔やら背中やらに突き刺さっていたし。
「アルテナ、これって換金できるか?」
巨大な牛の頭ごしに俺が声をかける。
ちょっと邪魔くさいなこれ……
「え!? あっ! ユーイチさん!? 驚かせないでください!! 心臓が飛び出るかと思いましたよ!!」
「悪い悪い。任務に行ったら襲われてさ、ついでに倒しておいた」
「もう、ユーイチさんたら……ってあれっ? これイグニスバイソンじゃないですか! 頭ごと持ってきたんですか!?」
「ああ。角が固くて折れなくてな」
フランがイグニスバイソンの確認部位は角であると教えてくれたのだが、あまりの硬さにテネブラエでは刃が立たず、やむなく首ごと切り取って持ってきたのだ。魔剣にしては切れ味の悪い剣である。
持ってきた牛は、頭だけでも百㎏はありそうだったが、思いがけずパワーアップした俺の力ではまだ軽いほどだった。
ビバッご都合能力!!
「しかし、よく倒せましたね……イグニスバイソンはBランクの魔獣ですし、同じBランクの冒険者でもパーティーを組んで討伐するのが普通なんですよ?」
「ん? そうか? 割と簡単に倒せたぞ?」
『嘘つけ。結構苦戦してたくせに』
確かにこっちに来てから戦った生き物の中では一番強かったけど、施設のジジイに比べれば軽い軽い。
…………つか、あんな化け物の比較対象になるジジイの実力が今更ながら恐ろしい……
「あー……とにかく換金できるか? あと、受けてた任務のほうも済ませてきた」
「あっ、はい。えーっとまずフィルウルフの討伐任務の清算ですね……ってうわっ! こんなにとってきたんですか!?」
アルテナが袋に詰まったフィルウルフの牙の数を見て大げさに驚いた。
「…………ろくじゅうなな、ろくじゅうはち。合計で六十八本ですね。三十四頭の討伐になるので依頼は達成です」
「あーやっぱ結構倒してたんだな……結構デカい奴もいたけど、金って加算されたりしないの?」
「もう少し強い魔物ならそう言ったこともありますけど、フィルウルフだと少し難しいでしょうね」
ちっ! 案だけ頑張ったのに、値段的にはその他大勢と同じなのかよ。
これじゃ群れの長っぽいキズ有り狼も浮かばれねェな。お前、その他大勢と同じ扱いなんだってよ……
「では次はイグニスバイソンの換金ですね……んー、あれ?この傷って…」
イグニスバイソンの頭を鑑定するアルテナだが、牛の額を見ると何やら脇にあった書類を眺め始めた。
特に気にとめていなかったが、牛の額には大きな傷がありそれが気になったようだ。
ぺらぺらと書類をめくっては文章を確認する。
「どうかしたのか?」
「ああ、ええっとですね……あ、やっぱり。」
確認していた書類の中の一枚を引き抜き、俺に見せてくれた。
書類には、賞金首イグニスバイソンと書かれた文字の下に、特徴は額の傷。とあった。
「このイグニスバイソン賞金がかかっていました。どうやら人が何人か襲われていたようですね」
「ぶ、物騒だな……それで、賞金っていくらかかってたんだ?」
「通常の任務ですと金貨2枚になりますが、このイグニスバイソンは金貨5枚の賞金がかかっています」
金貨5枚!?
アズラさんの店の宿代…………えーっと、五十カ月分だ。飯代やらなんやらを差し引いてもずいぶんと長い期間遊んで暮らせる額だろう。
正直金欠気味の俺にとってはうれしい知らせである。ああ神様……ホームレスみたいとか思ってごめんなさい。あんた良い男だよ。
「フィルウルフの討伐任務達成で銀板1枚。確認部位の牙が二つで銅貨1枚ですので、合計銀板3枚と銅貨4枚。さらに、イグニスバイソンの討伐で金貨5枚。確認部位の角が二本で銀貨5枚。全部で金貨5枚銀貨5枚銀板1枚銅貨7枚になります」
渡された硬貨を日本円に換算してみると、553400円。
イグニスバイソンの賞金と角の値段を外すと3400円だ。
やっぱりランクが低いだけあってめちゃくちゃはした金だな……結構苦労したのに。
しかしあれか、下位ランクの任務って、薬草探しとか害獣退治とか、庶民にとって結構重要なことなのにスゲェ軽く扱われてんだなぁ。まるではした金でこき使われるアニメーターのようだ。
「なお、Bランクの討伐になりますので、ユーイチさんの冒険者ランクが一気にCランクまで格上げです。おめでとうございます」
称えてくれるアルテナ。事務的でうわべだけではない、キチンと心のこもった笑顔を向けてくれた。
「あ、あのー……」
ランクアップに喜んでいた俺だったが、よく考えてみたら一人忘れ去られていた人間がいた。
フランである。
「わ、私も任務の清算をお願いします……」
俺の陰からフランが顔をのぞかせた。
気のせいかもしれないが、俺と話していた時よりもオドオドしているように見える。
と言うか、俺の焦げてしまった服の裾をこれでもかと言うばかりにぎゅーっと握りしめている。
「ああ、フランさん。確か……ポーテル草の採取任務でしたね」
「は、はい。これで…………ああっ!?」
フランが担いでいたかごを下ろすと、小さいが悲鳴のような声をあげた。
俺がフランの頭の上からかごをのぞき見ると、中にはぎっしりと……しなびたポーテル草が詰まっていた。
おそらくイグニスバイソンと戦ったときの炎の熱にやられたのだろう。
素人目に見てもこれはダメだ。しなびているどころか、焦げて黒っぽくなったものまである。新鮮そのものだった頃の面影すらない。
「……これでは任務の達成は残念ですが無理ですね。しかも納品期日が今日までなので任務は破棄となってしまいますが……」
残念そうに説明するアルテナ。
まあ、この有様じゃさすがに無理だろうなぁ、本当によれよれになってたし。
「まぁ、こんな時もあるって。あんまり気に……」
苦笑いを浮かべつつ、うつむいているフランに明るく声をかける。だが、今のフランはそんな明るさなど許容できる状態では全く無かった。
顔は青ざめ、唇は乾き、方はかすかどころかがくがくと震えていた。
何と言うか、冤罪なのに死刑宣告を告げられたようにフランは恐怖に震えていたのだ。たかだか任務を一回失敗しただけのはずが、この世の終わりと言わんばかりだ。
「お、おい……大丈夫か?」
さすがにそんな状態の女の子を放っておけるわけにもいかず、俺はフランの肩を掴んだ。
しかし、そんなことは意にも介さず、まったく震えは止まらない。
「……ダメ…これじゃ…………様に…」
何かに脅えているといった様子でブツブツと何かをつぶやいている。
アルテナに目をやり、アイコン宅で助けを求めてみるも、困ったような顔で目をそらした。
仕事上、同情心で助けるといったこともできないのは分かる。だが、アルテナのその表情はただそれだけが原因でないと告げていた。
「んー…………はぁ」
頭を掻き、ため息をついた。
正直このような空気はあまり好きではない。まあ、好きな人間もいないだろうが……俺は特に好きではない。
人生、明るく楽しくでいいじゃないか。泣いたり怒ったりもそりゃ時には必要だろうけど、その原因が分からないと解決のしようがない。
そんな空気は嫌だ。重苦しくて、息苦しい。
「ほら」
「えっ……?」
フランの手に1枚の金貨を握らせた。わけがわからないといった表情でフランは俺を見上げている。
この光景を見た人間のうち、くだらない偽善だという者は当然いるだろう。「目の前の人間一人救っても、他に大勢同じような人間が居るのだから意味がない」とか言う人種のことだ。
だが、目の前で本気で泣き出しそう……いや、自殺をしそうなぐらい怯えている少女を放っておくというのは人間としてどうかと俺は思う。
やらない偽善よりやる偽善なのである。「あ、あの……こんな、その……」とか言ってフランは困惑しているが、まぁ当然だろうな。
ほとんどかかわりがない人間にこんな大金を渡されれば俺でも困惑する。これが地球での話なら、その人間は信用されない。絶対裏に何かあるだろ!! って突っ込みが入ること間違いない。
でも、今回は裏なんてものは何もない。では俺がフランに金を渡す理由? それは「なんとなく」だ。
「なんとなく」重い空気が嫌だったから。
「なんとなく」目の前の少女が泣いているのが気になったから。
理屈なんてない。「なんとなく」俺がフランを助けたかったから助けた。それだけなのだ。決して説明が面倒くさかったからではない。
一方、混乱し、自分が言いたいことがまとめられない様子のフラン。
だが、表情から読み取ると多分以下の通りだろう。
お金はもらいたいが、もらう理由が無い。
先ほどであったばかりの人間にここまでしてもらう理由もない。
だけど、お金がないと本当に困る。涙が出るほど困ってる。
といった葛藤。うん。エスパーか俺は。
「これはー、あれだ……ポーテル草ってのががしなびたのって、俺があの牛と戦ったのが原因だろうしさ」
勿論、これはこじつけである。
「で、でもあれは事故で……」
「それにほら、狼の牙取るのも手伝ってもらったことだし」
これもまあ、こじつけだな。
「あれは……私を助けていただいたお礼で……」
ええい、しつこい。言い訳のネタを考えるのも俺の頭じゃ楽じゃないんだぞ?
そう心の中で悪態をついてから、
「…………はぁ、じゃあ本音を言うと、女の子にそんな表情をされると男として気分が悪くなる。可愛い娘には笑顔でいてほしいんだよ。」
と言う何ともこっ恥ずかしい台詞が俺の口から飛び出した。
俺の言葉にフランの顔が赤くなった。可愛いと言われたことが無いのだろうか、先程までの冷や汗とは別な汗が顔に流れていた。
それとついでだが、俺の顔も赤くなった。
何をこっ恥ずかしいことを言っているんだ俺は!! 台詞を言い終わった直後、自分が言った台詞に悶絶してしまった。慌てて訂正にかかる。
「あ、いやっ! 今のは……」
「……ありがとうございます」
あまりの恥ずかしさに言い訳を言いかけた俺にフランが頭を下げた。
そして顔をあげたフランを見て再び俺は顔を赤くした。
涙を目にためてはいたが、その顔はまぶしいくらいの笑顔で輝いていたのだ。
今まで意識していなかったけど……実はフランってめちゃくちゃかわいいのではなかろうか。
普段眼鏡を掛けておさげ髪の子がある日突然イメチェンして主人公とイチャつき始めると言うラブコメ的な展開が俺の頭をよぎった。
もう少しこの可愛い顔を見ていたかったのだが、その希望は突然やってきた一つの怒声によって打ち砕かれた。
その声は空気を読むと言う言葉など知らず、誰かの迷惑になると言う気遣いをまるでしようとしない遠慮のない大声。
「フラァァン!!!!!!」
叫ばれたのはフランの名前。それを強めるかのごとく、叫んだ男の目はフランへと向けられていた。