第十一話 牛!!
「獣人族?」
「はい。ユーイチ様の村にはいなかったのですか?」
「う~ん、秋葉原付近には結構集まってたはずだけど、本物はさすがに……」
「あきはばら? 聞いたことの無い場所ですね」
俺は今、フランとともに帰路についている。
フィルウルフの牙を二人で採取し終えてから、世間話をしながら森を歩いていた。
その中でフランが、獣人族という種族であるという説明があった。
どうにも、この世界には『獣人』と言う人種があるそうで、その中でもフランは『猫人族』と言う種族らしい。その名の通り、猫耳のある種族のことだ。服で隠れているが、猫の尻尾も生えているそうだ。
「珍しい場所なんですね。獣人族は数が多いのでどこにでもいるはずなんですけど」
不思議そうな顔をするフラン。
話を聞くに、『獣人族』と言うのは、この世界で最も数の多い種族なのだそうだ。その数は人間よりも遥かに多いらしい。
猫耳以外にも、犬人族に兎人族。鳥人族、狼人族等々。とにかく挙げればキリがないほどの種族数がある。
ケモナ―にとってはこの世界は天国だろうなぁ、うん。
「それはそうと、フランはなんであんな所にいたんだ? いくらなんでも女の子一人で出歩く場所じゃないだろ?」
「そ、それはですね。ご主人様に命じられてポーテル草の採取任務に来ていたんです」
確かにフランは大きな籠を背負っている。後ろから見ればフランの全身を隠してしまうほどの大きさだ。
中には草が入っている。俺のうろ覚えな知識からすると、これは「ヨモギ」だと思うのだが、フラン曰くこれがポーテル草と呼ばれる薬草だそうだ。
それが籠からはみ出るくらいにこんもりと詰め込まれている。正直、フランのようなか細い少女が持てる重量のようには見えない。
「すげぇ採ってるなぁ。重いだろそれ、持とうか?」
「い、いえいえ! 助けていただいた上にそんな……それに獣人族は人間に比べて力が強いのでこのくらいなんともないんです」
フランが普通の人間だとして、つまようじのように簡単に折れそうな細腕で持てる重量じゃない。獣人族と言う種族だからこそ発揮できる力なのか。
なるほど、アズラさんの店に運んできた重そうな荷物を持つことができていたのはそういうことだったんだな。
「ふ~ん……けどいくら力があるからって、一人でこんな所に遣すなんてお前のご主人ってのもひどいことするよなぁ」
一応フランは短剣のようなものを腰にぶら下げている。
そりゃまあフランの怪力と合わせれば、人間程度なら何とでもなるだろうが、狼が一度に複数襲ってきたりしたらとてもじゃないが身を守れない。
『町の外には武器の携帯なしでは出ることができない』と言う規則がある位だ。町の外がある程度危険なことぐらい、フランのご主人でも分かりそうなものだ。もう少し気を使えっての。
つか、女の子がこんな装備で外に出ようとしてるんだから止めろよ門番! 何のための規則だよ!!
「そ、そんな事は……ない…です。私は奴隷ですから……命じられたこと、絶対です」
口調から察するに、フラン自身も納得できていないようだった。
当たり前だ。
俺だったら殴るレベルに理不尽な話だし。
いまいち奴隷と言うものに実感が湧かないが、こうもひどい仕打ちを受けるものが当然なのだろうか。
そりゃ、奴隷って位だからかなりつらい仕事はさせられるんだろうけど、さすがに命の危険があることをさせるのはやり過ぎな気がする。
異世界にモラルだの人権だのを求めるつもりはないが、最低限人間としてまともな思考回路は持っておいてほしいものだ。
ふと足が止まった。話しながら歩いていたら、いつの間にか森の入り口にまで来ていたらしい。
だが、目に入ったのは森に入ったときとは違う異様な光景。
入り口付近の木々は焼け焦げ、目の前に広がっていた草原はすべて焼け野原になっていた。所々には、獣か何かの死骸が燃えている。
どう考えても普通じゃない。自然災害ではこうはならない。
「うわ、なんだこりゃ」
とりあえず出たのがそんな言葉。
間抜けかもしれんが、他に口にすべき言葉が無かった。
つい一時間前まで辺り一面緑色の草原だった場所。
アルプスの少女に習って思わず歌を口ずさんでしまいそうなのどかな光景。
それが一時間で目の前のありさまだ。間抜けな台詞を吐いても誰も気にはしないだろう。
それほど光景が激変していたのだ。
『ユーイチ!! 避けろ!!』
テネブラエが大声をあげた。
テネブラエの言葉に、無意識にフランを抱えて飛んでいた。
我ながらすさまじい跳躍力。と言うより行動力。セクハラで訴えられたらどうしよう……
「うわわわわわ!!」
怯えているのか、フランは痛いくらいに俺にしがみついてくる。ある意味役得かもしれん。
十メートル近い高さにまで上がったところでようやく状況が理解できた。
先ほどまで俺がいた地点が炎に飲まれており、その中に巨大な牛がたたずんでいたのだ。
…………い、意味が分からない。なぜに牛?
「あ、あれイグニスバイソンですよ! なんでこんな所に……」
イグニ……え、なに? ああ、牛の名前か。
とりあえず着地をし、しがみついているフランを地面に下ろす。
そしてまずいことに、俺と牛の目があってしまった。
ばっちりとアイコンタクトをかわすと、やはりと言うべきか。牛は俺たちに突っ込んできた。
轟音をたて、地面を揺らしながら角を俺たちに向け全力疾走。
闘牛って見たことはあるだろうか。スペインとかでやってる牛と戦うやつ。
俺も鼻をほじりながらテレビで見て「そんぐらいかわせるだろ」と息巻いていた記憶がある。
だが、いざ本物を見ると闘牛士さん達に全力で土下座をしたい気持ちになった。
実際、正面から見据えると、牛のでかさが正確にわかる。
体長四、五メートル。高さ三メートルと言ったところだ。まあ、俺のいた世界にこんだけでかい牛が居るのかは分からないが、とにかく迫力が凄まじい。
象並みの牛。でかい角。額に残るでかい傷跡。しかもその体に炎を纏っている。
……最後の説明が自分でも意味不明だが、良く分からないので保留。
「下がってろ!!」
フランを横に突き飛ばし、テネブラエを引き抜く。
……でもさ、さっきも言ったけどさ、すごく怖いんだぜ? これ。
「うおおおおぉぉっ!!!」
俺、再び跳躍。
巨大な牛を飛び越え牛の後方に着地する。
目標を見失った牛はしばらく突き進んだ後、動きを止めた。
心臓が口どころか頭を突きぬけそうなぐらいにバクバク言ってる。怖いにもほどがある。
「おい! なんだあの馬鹿でかい牛は!! なんか火ぃついちゃってんだけど!!」
「あれはイグニスバイソンって言う魔獣です!! 普通ならこんな所にいないはずなんですが!」
木陰に隠れながらフランが答えてくれた。
わぁいいなぁ。俺もあっちで安全に観戦したーい。
「魔獣? なにそれ?」
『魔獣ってぇのは魔力を扱える魔物のことだ。イグニスバイソンは炎を操る魔獣の中でも中位ぐらいの奴だな』
ああ!? 俺も使えない魔法を獣ごときが使ってやがるだと!? チクショウめ、畜生の分際で……
っと、牛がまた突っ込んできた。
牛の呼吸に合わせ、突っ込んできた瞬間に横に飛んで牛に切りかかる。だが、
「だあーーー熱っちゃっちゃっちゃ!!」
牛が纏う炎に阻まれた。
しかも胸当てが熱せられ、真っ赤になってしまった。
慌てて胸当てをはずす。やけどこそしていないようだが、下に着ていたYシャツが焦げてしまっていた。
あーもう、着替えなんてないのにどうすんだこれ。元の世界に戻ったらジジイにドヤされること間違いないな。
「って言うかおい!! 防げてねぇぞ! この防具!!」
『物は良かったんだが、耐熱処理がしてなかったんだな』
「冷静に言うな!! 危うく大やけどだ!!」
もっと文句を言いたかったのだが、牛がそうはさせてくれない。
勢いを殺すことなく、綺麗にUターンして俺に向かってきた。
『まあまあ。お詫びと言ってはなんだが、そろそろ俺様の力を見せてやろう』
テネブラエが自信満々に言い放った。
「ああ? 何だそれ?」
『ユーイチ、さっきと同じように避けろ。ただし、避けたと同時に切りかかれ』
「いやいや、それじゃさっきと同じで剣が届かないだろうが」
『どうせこのままやってもジリ貧なんだ。届かなくても良いから、騙されたと思ってやってみろって』
「……失敗して死んだら祟ってやるからなこの野郎」
体をひねりあげてかわし、突っ込んできた牛に剣を振るった。
とはいえ、さすがにこれ以上服が焼けてストリッパーにはなりたくなかったので、先ほどよりも若干離れた位置だ。
自分でも何やってんだろうと思うほど無意味な行動。だが、さっきとは決定的に違う光景が俺の目に映った。
剣は届かなかったはずだ。にも関わらず、牛が身にまとっていた炎がかき消された。
いや、正確にはテネブラエの刀身に吸い込まれていったのだ。
!?
驚きを隠せない様子のイグニスバイソン。
俺も同じ気持ちだ。
さっきまで炎が身を包んでいた牛が、ただ大きな普通の牛に早変わり。
しかも、変化したのは牛だけではなかった。
テネブラエの黒くくすんでいた刀身が鮮やかな赤色になっていたのである。しかも炎を模したような紋様まで浮かび上がっている。
先程までの何の変哲もないただの黒剣が、あっという間に中二病が驚喜しそうな魔剣っぽくなってしまった。
『これが俺の能力「吸収」だ!! しかもこれだけじゃねぇぞ? 俺をイグニスバイソンに向かって振ってみろ!』
俺はテネブラエの言うとおり、炎を失ってキョトンとしているイグニスバイソンに向かって剣を振った。
少し距離が離れていたのだが関係なく、テネブラエから放たれた炎がイグニスバイソンへと襲い掛かった。しかも最初に牛が纏っていた炎よりも何倍も大きく、何倍も熱い炎になっている。
ぶおおおおぉぉぉーーー!!
炎に襲われた牛が雄たけびを上げる。
あれだけの威力の炎が直撃したんだから、そりゃ悲鳴も上げたくなるだろう。
「……お前本当に魔剣だったんだな」
『はっっはっは。これが二つ目の能力「放出」だ。しかも増幅機能付き』
俺はテネブラエをまじまじと見た。
赤く色づいていた刀身は、だんだんと元の黒色へと戻り、炎の紋章も消えてしまった。
ずっとそのまんまってわけではないようだ。
ドスンッ!!
そんな地響きの音が聞こえた。
地面が揺れる。それと同時に、凄まじい熱気が俺を襲った。
炎をまともに喰らったはずのイグニスバイソンが襲い掛かってきたのだ。
何とかかわしたものの、今度はズボンが焼かれ、片方が半ズボン並みに短くなってしまった。
「おまっ! 全然効いてねぇじゃねぇか!!」
『そりゃお前、もともと炎を纏ってたんだから炎が効くわけないだろ』
「…………………………」
『…………………………』
み、見損なったぜテネブラエ。
自分の言葉には責任を持ってもらいたい。
と、泣きごとを言っても解決はしない。効いてはいないが「攻撃された」と言う現実が気に食わないのか、牛はさっきよりも遥かに猛り狂っている。
もう俺逃げても良いかな。
「ゆ、ユーイチさん!!」
フランが木の影から心配そうに呼びかけた。
ああ、そう言えばフランもいるんだった。俺一人なら逃げられるかもしれないが、フランを抱えてとなると少し厳しい。
森に逃げて隠れると言う手もあるが、そんなことをして牛に追いかけられれば森が大火事になることは必至。さすがに異世界にまで来てわざわざ環境破壊はしたくない。
「だ、大丈夫! ちゃんと倒すから心配すんな!」
いや、やっぱり俺のことを心配しててもらいたい。
多分、目の前の牛を倒すことは不可能じゃない。テネブラエ自身はポンコツでも能力自体は有用なので、それを使えば何とか勝てるだろうと思う。
だけど、失敗すれば確実に俺は昇天する。女の子に心配されながらでないとモチベーションが上がらん。
まぁ、なるようにしかならんか。
いい加減にあきらめろと言いたくなるほど俺に向かってくる牛に剣を構える。
うおぉ!! 静まれ俺の心臓!!
牛の真正面。牛の頭部めがけ剣を突きだした。
「おおっ!!」
だが、突進しかしてこなかった牛の癖に、器用に頭を傾け、角ではじき返された。
テネブラエの能力で牛の炎自体ははぎ取ることに成功している。
だが、このままでは死ぬ。冗談抜きで轢き殺される。
漫画であるみたいに、目に映る牛の動きがスローモーションになった。
ああ、やっぱり死ぬんだなぁ俺……………って、
「死んでたまるかぁ!!! おらぁ!!!」
俺は地面を思いっきり蹴った。
フランを抱えたままとんだ時のように、俺の体は空を飛ぶ。
だが、あまりに距離が近かったため、牛の肩部分にぶつかり、結果として牛の背中に乗る形になった。
頭に血が上っているのか、牛は走ることを止めなかった。
そして、揺れる牛の背中で、俺は立ち上がった。
剣を牛の頭に向け、叫ぶ。
「この世はしょせん焼肉定食! 牛が燃えるのは焼肉の時だけにしとけっ!!!」
剣を牛の頭に突き立てた。
だが、ある程度刺さったところで剣は止まってしまった。頭蓋骨が硬すぎるらしい。
牛の突進は止まらない。
しかも運が悪いことに、俺の目にはフランの姿が映っていた。
つまり、牛は訳も分からずにフランに突進していたのだ。
このままではまずい!!
なら! もう一発ぶちかますだけだ!!
突き刺さったままのテネブラエ。そのもう一つの能力を使う。
いくら炎に大勢のある化け物でも、直接脳味噌を焼かれたことは無いだろ!!
『はっはー!! いいぞユーイチ!! やっちまえ!!!』
「うおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!」
テネブラエから炎が牛の頭の中へと注がれた。
これまでで一番でかい雄たけびをあげ、牛はその速度を落とし、千鳥足のように足をがくがくさせながら歩いている。
気がつけば、牛はフランのすぐ目の前まで迫っていた。
あと一秒でも攻撃が遅かったら、フランは見るも無残に轢き殺されていただろう。
俺が剣を引き抜きフランに駆け寄ると同時に、イグニスバイソンと言う、俺が異世界で初めて出会った化け物はその場に崩れ落ちた。