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プロローグ 芝狩りのGさん参上!鬼退治は俺様に任せろ! の巻

残酷な描写あり。


今回のような戦闘パートと、学園パートを交互に行なっていく形式です。

むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。

あるひ、おじいさんはやまへしばかりにおばあさんはかわへせんたくにいきました。

おばあさんが、かわでせんたくをしていると、「どんぶらこ」「どんぶらこ」と、おおきなももがながれてきました。


昔々、選ばれし人々が鬼を倒した伝説は昔話として何百年もの間、人々の間で語り継がれてきた。


やがて、時の流れと共に


昔話はライトノベルへと姿を変える。


芝狩次郎しばかりじろう「やあ、読者の諸君!

 俺様はこの作品の主人公! コードネーム『芝狩のGさん』こと、殲滅機関ももおにのエース芝狩次郎様だ! よろしくな!

 俺様の仕事は、毎夜毎夜に現れる邪悪な鬼から音木町を守る事だ!

 物語の舞台は、かの有名な『ももたろう』の話から数百年後、つまり現代の日本。

 数百年ぶりの復活を遂げた地獄の鬼達が、地上を支配せんとばかりに夜の街に出現する中、ソレに立ち向かうのは正義の組織『殲滅機関ももおに』と、メンバー達!

 かあっ、王道だねぇぃっ! 正義のヒーローここに在りか!?

 果たして、昔話の世界で描かれた桃と鬼の争いの決着はつくのか! 勝利の女神はどっちに微笑むのか!

 霊鎌『芝刈』を右手に持ち、迫り来る鬼どもをバッタバッタと退治していく、俺様の活躍に期待してくれい!

 あと、読者のみんなにお願いだ。

 俺は、確かに芝狩のGさんと呼ばれているが、昔話の「爺さんは芝刈りに」なんかと一緒にしてほしくねえ。

 俺は、爺さんじゃなくて、Gさんだ!

 そこんとこ夜露死苦!

 間違っても、オジーサンとかクソジジイとか言うんじゃねえぞ?

 俺はこれでも二十歳なんだぜ~~~!」

荒井川楼葉あらいがわろうば「ココアシガレット咥えながら、何張り切ってんだか。」

芝狩次郎「うっせー洗濯ババア!」

荒井川楼葉「なによ、私だって、まだ二十歳なのよ!

 まあ、そりゃ確かにババくさい名前してるけどさあ。」

ピーチ「復活を遂げたのは、邪悪な鬼達だけじゃない。

 私ら、桃の12果精だって復活したのを忘れるなよ!

 そもそも、主役は芝狩ジジイじゃなくてこの私だ!

 人と果物の間に生まれ不思議な力を持つ妖精、『桃の12果精』。

 桃太郎の生まれ変わりの私を初めとする、12人の少女達の活躍に期待するんだぜ!」

きび団子「と、いうわけで始まりますの! 

読者の皆さん、お姉さまと私の活躍を、存分にご堪能くださいませ~。

 き~び~き~び~も~っちもち~!」



幻想殲鬼ももおに~プロローグ~

桃の戦士現る!


 ここは、霧樫県音木市音木町むかしけんおとぎしおとぎちょう

 季節は初秋、9月の中頃。

 時刻は深夜3時前後といったところ。

 夜深くの丑三つ時。

  

 人が皆、寝静まった静寂の住宅街。

 まるで、時間が止まっているようだ。辺りには、全然人の気配を感じない。

 月の光や道端の街灯すらまぶしく、猫の鳴き声や草木が風にざわめく音すら煩く感じられる。

 

 風に落ち葉が巻き上げられ、ひらひらと宙を舞う。

 蒸し暑い夜だった。

 それだけに、たまに吹く風が随分癒しに……

 

 ならなかった。

 

 生ぬるい風。おまけに、生臭い。

 

 血の臭いがする。 

 周囲に、ただならぬ不吉な気配が、漂っている。

 地獄からやってきた魔物が放つ瘴気の臭いだ。


 やはりな、俺の勘に狂いは無かった。

 奴らは、間違いなく現れる。


 繁華街ならともかく、この音木市は都市に通勤する者のベッドタウンになっているため、周囲には、あまり娯楽が無い。

 特に、深夜なら尚更。ほとんどの店舗のシャッターが下りている。

 開いている店は精々、コンビニエンスストアくらいか?

 こんな遅い時間に出歩く人間は、誰もいなかった。


 こんな真夜中に一人、月明かりに照らされながら薄暗い路地を歩き続ける『俺』のような変人以外は。


 だからこそ、だろうか?

 視線の遙か先で、道端の街灯の下にゆらめく数多の巨大な影の存在が、余計に異様に感じられた。

 

 草木も眠る丑三つ時、闇にうごめく邪悪な集団。

 ゆらりゆらりと、少しずつ少しずつ眼前に迫ってくる。

 奴らが来た!

 何もかも、俺の読み通りだ。


 ノッシ、ノッシ。


 二足歩行で歩みを進める姿は、遠目には人に見える。

 だが、少しでも近づくとすぐに違うとわかる。

 そう、彼らは大きすぎるのだ。

 その背の高さは、ざっと3メートルくらいだろうか?


 奴らは、相変わらず恐ろしい顔をしていた。

 2つの角を持つシルエットも奇怪としか言いようが無い。

 普通の人間なら、一目見た瞬間に失神してもおかしくない。

 幸い、俺はもう3度目だから、どうという事は無かったが。

 

 なるほど、奴らが『鬼』と呼ばれている理由が良くわかる。

 

 目つきが鋭く、ゴツゴツと頬骨の出っ張った醜悪な顔。それはまるで『鬼』の如き恐ろしさ。

 上半身に目をやると、毛深く筋肉質な胸板の厚さや、丸太のように太くてたくましい腕が見るものの恐怖を誘う。

 更に、彼らがゴツゴツした岩のような手で握り締めているもの。

 それは、丸太……いや、大木のように太く、禍々しい無数のトゲを生やした金棒だった。

 

 ずっしりとした重量感、そして刺々しい威圧感を感じさせる悪夢の凶器。

 もし、こんなのを頭上に振り下ろされたとしたら、人間はどうなるだろうか?

 

 下半身に目をやると、虎柄のパンツ、すね毛と筋肉ばかりで男性的な脚部。

 もし、こんな脚に踏み潰されたら人はどうなるのだろうか?


 2つの問いに共通する答え。

 恐らくその瞬間、一目で人とはわからない程度にバラバラのグチャグチャに砕け散るだろう。

 そして、足元の地面には、死臭香り立つ残酷なミートソースの海が広がっているに違いない。


 だが、あくまで普通の人間だった場合の話だ。

 

 俺のような、『普通でない』人間の場合はまた別の話だろう。

 

 俺の名前は芝刈次郎しばかりじろう

 民間の対妖魔組織、殲滅機関『ももおに』所属のハンターだ。

 コードネームは芝刈りのGさん。ブランド物のスーツがよく似合うナイスガイだ。

 自慢じゃねえが、右手に持った愛用の霊鎌『芝刈』は、もう既に数十匹もの鬼の血を吸っている。

 

 そんな俺にとっては、鬼の1体や2体くらい、もう全然怖くは無い。

 ざっと見渡した限りでは、5体程度か。それでも、まだまだ余裕と言っていい。

 『鬼』退治に関しては、まだ3回目だが、それでもこういった妖魔の類には多少免疫がある。

 

 闇に彷徨う恐怖の巨体。

 ふらりふらりと体を左右に揺らしながら、ドシリドシリとアスファルトの道路を揺らし、踏みしめながら歩みを進める鬼達。

 一体奴らはどこに向かっているのだろうか? 全く、謎に満ちた奴らだ。

 まあ、俺の専門はあくまで殲滅、鬼退治だ。細かい調査は、そっちの専門家に任せる事にしよう。


 その時、どこかから笑い声が聞こえる。


 「ひゃははははは」

 

 誰だ?

 まさか今、俺の名前で笑っただろ!?

 

 え?  笑ってないって?

 

 嘘だ!?

 

 笑っただろ、お前絶対笑っただろ!?

 

 昔々、あるところで芝刈りしてた爺さんじゃねえかって笑っただろ!? 

 そこのお前!

 

 勘弁してくれよ、これでも気にしてるんだから!

 

 なんだか爺臭いコードネームで呼ばれてはいるがな、これでも俺は一応二十歳はたちなんだ。

 若者なんだ。ぴっちぴちのハンサムボーイなんだ!

 だからお前ら!

 俺を呼ぶ時は、『お兄さん』又は、『アニキ』と呼んでくれ!

 『兄様』や『にいにい』も大歓迎! ただし美少女に限る!

 間違っても、『ジーサン』とか『クソジジイ』とか呼ぶんじゃねえぞ!

 

 って、あれ?

 ちょっと待て、俺、誰に話しかけてるんだ?

 

 その時、俺は、この場にもう1人、俺以外の人間が存在する事を認識する。。


 さっきの、まるで酔っ払いオヤジのような能天気な声……。 

 まさか? 民間人の乱入?

 こんな時に?

 勘弁してくれよ……。

 

 物陰に隠れつつ、忍び足で少しずつ近づいてみて、俺はさっきの笑い声の持ち主の姿を確認する。

 

 飛んで火にいる夏の虫とは、まさにこの事なのだろうか?

 事情を知らぬ哀れな犠牲者が無用心にも『鬼』の近くを能天気にも、ふらついている。。


 あちゃあ……。

 悪い予感的中。

 

 「す~いす~いす~だららった~すかすかすいすいす~い。」


 定番の歌を歌いながら千鳥足で蛇行しながら歩く者。

 それは、ネクタイをハチマキ代わりに頭に巻き、手に寿司折を持った背広姿の中年男。

 手足はひょろいがお腹ぼっこり、いわゆる隠れメタボ。

 要するに、通りすがりの酔っ払いだった。

 

 まさか俺に、この酔っ払い背負ったまま戦えと?

 『なんてこった』と、俺は頭を抱える。

 正直、俺は可愛い女の子以外は助けたくないし、中年オヤジの酔っ払いなんて、一番どうでもいい連中だ。

 できれば、無視したかったというのが本音だ。

 でも、それは無理だ。

 もしそんな事になったら、何枚始末書書かなきゃいけないんだよ?

 一般市民の犠牲は下手すりゃ、責任問題。もう二度とこの業界で飯を食う事が出来なくなる。

 

 他人を守りながら、なるべく傷つけないように戦う事は、一人で何も気にせず戦うのより10倍は難しい。

 行動が制限されるからだ。

 何せ、敵の攻撃1つ避けるのにも、気を使う。

 自分の体に加え、もう1つの体を守らなければいけない。それがどれだけ大変な事か。

 うかつに鬼の攻撃を回避して、それが民間人のおっさんに直撃した日にゃあ、即死確実だぞ。

 更に、こいつは酒の飲みすぎでまともに歩けないと来たもんだ。

 こいつの逃げ足に期待することさえも出来ない。

 

 どうすればいいんだ?

 

 ここで、俺がとるべき選択肢は?

『1・こんなオヤジほっといて、とっとと鬼退治済ませちまおうぜ!』

『2・酔っ払いのオヤジと一緒にこの場を離れる』

『3・酔っ払いを庇いながら、この場から動かず戦う』


この中で、どれ?

 

 もちろん、俺の選ぶ答えは1つ。

 

 『1・こんなオヤジほっといて、とっとと鬼退治済ませちまおうぜ!』

 

 に決まりだ!

 理由はなにしろ面倒くさい!

 それ以外に、理由が何か必要かよ! ひゃっはぁっ!

 

 こんな足手まといの酔っ払いオヤジを見捨てて、とっとと鬼退治すればいいさ。

 

 なあに、ここで俺が見捨てたって事は、黙っていればわからないさ。

 

 そもそも、死者が出たとしても、後で細かい死亡時間を特定するのは困難な事だ。

 検死を欺き死亡時間や原因を偽装する方法など、俺の愛読書の1つ、名探偵コ○ンを読めばいくらでも載っている。

 つまり、多少の誤魔化しは効くという事だ。

 

 こいつごと、まとめて鬼ども全員を霊鎌『芝刈』のサビにしてやる。

 後のことはどうとでもなるからな。

 例えば、こいつは俺が来る前に食い殺された、憐れな犠牲者って設定にしておけばいい。

 そうすりゃ、俺が責任を問われる心配は何も無い。

 誰も見てないからな。

 だから、ばれない。今なら何をやってもばれない!

 ばれなきゃ何やっても始末書にならないのさ、くくくくく。

 

 そう思った俺が、鬼どもをオヤジごと葬ろうとしていた時だった。

 

 ピピピピピ。

 上着の胸ポケットの端末から、通信音が聞こえる。

 端末を取り出し、受信キーを押す俺。

 

 その瞬間、端末の液晶に映ったのは俺のパートナー……もとい口うるさい洗濯ババアの顔だった。

 軽蔑するようなじと目で、俺を睨んでいる。

 

 「まさか、あんた。そのおじさん見殺しにするつもりじゃないでしょうね?

 私達の仕事は、鬼を退治するだけじゃなくて、鬼の手から人命を守る事なのよ!」

 

 同僚の一言が、俺の胸を突き刺した。

 ずっきゅーん! 図星っ!

 み、見透かされている……!?

 「ま、まさか…あははっ! ご冗談を?

 人命救助第一を信条としているこの俺がだよ?

 天下の『ももおに』機関に所属している俺がだよ?

 民間人犠牲にして生き延びようなんて、そんなせこい事するわけねえじゃねえか~!

 もうっ、嫌だなあ~。」

 「そう、それなら良かったわ。」

 

 ダメだ。

 その顔、明らか信用されて無い。

 普段の行いが悪いから仕方がないか。

 この女は、今回の任務では俺と別行動を取り、ちょうど隣の地区の鬼どもを担当している。

 どうやら、あっちはまだ鬼と遭遇してないらしい。

 洗濯ババアめ、まさか勝手に俺の端末から音声受信しやがったな!

 

 「後ねえ、私の事を洗濯ババアとか陰口叩いてるんじゃないかって心配してたのよ。」

 「まっさか~? 『ももおに』随一のクールビューティとして名高い楼葉ろうばさん相手に、滅相も無い!」

 

 くっ、緊急時用に、仲間の端末の音声ならいつでも自由に受信…いや、盗聴できる仕様になってるのを忘れてたぜ。

 後、これは仲間の裏切り対策も兼ねているらしい。

 俺達ハンターには、鬼に匹敵する力がある。

 だからこそ、それを悪用してテロを起こす者への対策が必要らしい。

 ちくしょー! 誰が裏切るかよ、こんな金払いのいい組織!

 俺達ハンターには報酬は払うけど、信用はしないってか?

 プライバシーも何もあったもんじゃねえ。

 普通の電話と違って、掛けなくても通じるだなんて反則にも程がある。

 

 その時、映像が切り替わり、今度は研究室を背景に、白髪頭が液晶に映る。

 「ふぉっふぉっふぉっ、始末書の添削楽しみじゃのお。

 ああいうのは細かいところに難癖を付けて、没にするのが一番楽しいんじゃよなあ。」

 

 「ごめんなさい。

 真面目にやります。見捨てません。民間人の命は私の命です。」

 「うむ、よろしい。」

 

 老人がそう応えると、通信は切断される。

 

 この老人は、殲滅機関『ももおに』設立者にして所長にして殲鬼兵器研究室長のドクター花坂。

 名前が爺さんっぽいだけの俺と違い、実年齢も70を超えている正真正銘の爺さんだ。

 爺さんの中の爺さん。爺さんオブ爺さんといっていいほど、しわしわに年老いている。

 腕利きのハンター達をまとめ上げている凄い人なんだが、やたら気難しくて、何かあるとすぐに俺に始末書を書かせやがるんだよなあ。

 

 さあ、どうすればいいんだ?

 

 ここで、俺がとるべき選択肢は?

『2・酔っ払いのオヤジと一緒にこの場を離れる』

『3・酔っ払いを庇いながら、この場から動かず戦う』

 

 

 『2・酔っ払いのオヤジと一緒にこの場を離れる』にはどうすればいいか?

 

 その応えは1つ。

 

 こうやって、背負うなり何なりして、持ち運ぶ事。

 成人男性の体重は、大体5~60キロ程度。

 きついが、持ち運べない重さじゃないはずだ。

 

 こいつを放って見捨てる選択肢もあった。

 だが、俺にはそれは選べない。

 例え面倒でも、民間人を犠牲にはできない。

 一応、助けないわけにはいかないのだ。

 目の前で人が食い殺される姿は、何度見ても見慣れないというのが理由の1つ。

 

 それに、何よりもなもっと気にしなければいけないことがある。

 それは始末書だ。

 何せ、任務中、俺の過失で人が死ぬと、人数分の始末書書かねえといけないんだよな……。

 助けに行けるだけの距離と時間があって、見殺しにしたとあっては恐らく弁解も効かないだろう。

 

 畜生!

 ただ『鬼』を退治するだけなら、そんなに難しくないのに、余計な仕事増やしやがって!

 

 「ろっきゅ~でな~し~! ういっ♪」

 

 俺は、暢気に歌なんか歌っているオヤジに呆れつつも見捨てず背負い上げ、安全な場所に移動させようとした。

 だが、その瞬間、俺はバランスを崩し尻餅をついてしまう。

  

 「お、重っ……。」

  

 俺も、一応プロのハンターだ。

 だから、それなりに力には自信があるはずだった。

 5~60キロ程度の物が単体なら、軽々と持ち運ぶ自信がある。 

 だが、それはあくまで単体だったらの話だ。

 

 そうか、俺が背負っているのは、酔っ払いのオヤジだけじゃないんだ!

 

 右手には、10キロ強の重量を持つ柄の長い巨大な鎌。

 スーツの下に着込んだ耐魔装甲は薄型で軽量とはいえ、合計5キロ。

 おまけに、おっさんの持ってるカバンも妙に重たい。5キロはあるぞこれ!

 

 つまり、合わせて80キロ超えだ。

 俺の体重よりも重えよ。

 道理で、持ち上がらねえわけだ。

 

 こんなの背負って逃げろってか?

 あまりにも無理ゲーすぎるってばよっ!

 

 何か別の手を考えないと。

 

 どうすればいいんだ?

 

 ここで、俺がとるべき選択肢は?

『3・酔っ払いを庇いながら、この場から動かず戦う』

 

 残ったのは、たった1つ。

 どうやら、俺にはもう選ぶ余地は残されていないらしい。

 

 仕方ない。

 こうなったら、『3・酔っ払いを庇いながら、この場から動かず戦う』しかないか。


 「部長が怖~くて酒が飲めるか~。女房怖~くて酒が飲めるか~い、ういっひっく、うい~。」


 お約束の、寿司折片手に上司や女房の悪口をいうバーコードオヤジ

 近くに、どれだけの脅威が近づいて来るのかも気づかずに、なんと愚かなのだろうか?



 挙句の果てには、道路わきの溝蓋の隙間めがけてゲロを吐き出す。

 どうやら、相当飲みすぎたらしい。


 どれだけ、お気楽、能天気なのだろうか?

 自らの生命を脅かす、黄泉の国の死の使いが近づいて来ているというのに。


 そんな中年オヤジの背後から一欠けらの容赦なく、ずしりずしりと近づく巨体。

 影が、酔っ払いのオヤジを覆う。

 そして、飲み込んでいく。


 「ん~なんだ~?」


 さすがの酔っ払いオヤジも違和感に気がついたようだ。

 振り向き、背後の存在を確認しようとする。

 瞬間、見上げるほどに巨大な鬼の姿がオヤジの目に飛び込みびっくら仰天、すぐに腰をぬかして倒れこむ。


 「の、飲みすぎたかな俺。あははは、ありもしない幻覚が見えやがる…。」


 早く、逃げないと!

 オヤジはそう心の底では思っていた。

 でも、オヤジは顔を引きつらせ、体を震わせ、ただ乾いた笑いを浮かべる事しかできなかった。

 何故なら、とっさの事に、オヤジは目の前の出来事を現実として捉える事ができなかったから。


 人は、自身の許容範囲を超える恐怖を、簡単に現実として認めないようにできている。

 人は、自身の想像力を超えるものを、簡単に現実として認めないようにできている。

 夢だ、幻覚だと自分を欺き、誤魔化すことによって、弱い心を守るようにできている。

 何故なら、恐怖の存在を認めてしまうと心が壊れてしまうから。


 だから、いつもこうやって逃げ遅れる。


 そして、いつも通りに。

 鬼どもの餌になる。


 そう、今ここに、俺がいなかったら…な。


 迫り来る鬼の影。

 いつの間にか、鬼の顔が、オヤジの目と鼻の先にまで近づいていた。


 「え?おい。嘘だ、ろ・・・? 鬼嫁か鬼部長か何かと見間違いだよなぁ……。」

 餌を求め、集まる鬼の影。


 オヤジは腰をぬかして、へたりこむ。

 なんとか這いつくばってゆっくり、後ずさる。

 でも、無駄だった。


 今のオヤジは、鬼達にとってもはや皿の上の食材に等しい。

 もう、逃げる事はできない!


 邪悪な金棒が、今。

 オヤジの頭上に振り下ろされ、オヤジの断末魔があたり一面に響き渡る!


 「ギャあああああああああああああああああ!!!!!!」


 その瞬間、酔っ払いオヤジは砕け散り、原型を留めないほどのぐちゃぐちゃミンチと化した。

 

 

 

 ……はずだった。


 しかし、オヤジは無事だった。

 何故なら、俺がここにいたからだ。


 俺は、口元にニヤリとニヒルな笑みを浮かべる。

 

 オヤジの傷一つついていなかった。

 何故なら、金棒はどっさりと、鬼の足元の地面目掛けまっすぐに落下したから。

 金棒を持っていた腕と一緒に。


 そう、金棒は振り下ろされなかった。

 振り下ろすための腕が、今の鬼には残っていなかったから。

 だから、傷など負わされるはずがない。


 何故、鬼の腕が無いのか。

 それは、俺がここにいたからだぁっ!


 その瞬間、再び襲い掛かる別の鬼。

 その時、ビュンと風のようなものが吹き去り、鬼の腕を切り裂く。

 また、腕の肘より先が千切れ飛び、鮮血を噴出す。


 オヤジの目の前に現れたもの。

 それは真っ黒なスーツ(ブランド物)を着込み、右手に巨大な鎌(最強)を持った(超面白かっこいい)俺の姿だった。

 鎌の刃部分は血に染まり、切れ味鋭く真紅の光りを放っている。


 「助けに来たぜ、おっさん。」

 

 自分の頭を庇うように両手で抱え込んでいたオヤジだったが、俺の声に気づいたのか両手を下ろす。


 「あんたは、一体?」


 そして、呆然とした顔で、俺に問いかける。

 

 俺は応える。

 

 「通りすがりの、若くて格好いい好青年ってとこかな?

 間違っても、ジーサン呼ばわりするんじゃねえぞ! クソオヤジ!」

 

 と。

 

 民家の塀を背にし、オヤジを庇いながら俺は戦う。

 

 向かい来る鬼達を、自慢の大鎌で

 切り払い、切り払い、刈り取り、そしてまた刈り取り!


 俺は、鬼どもを次々となぎ倒していく。

 

 たった5体だろ?

 人命救助なんて、慣れないミッションってことで一瞬焦ったけど、所詮は5体程度、俺の敵じゃない。

 

 「ひー!ひゃあ~っ!」

 

 何かあるたびに一々、横で大げさな悲鳴を上げる酔っ払いのリアクションが実に面白い。

 

 「私は助かるよなあ? ここで死んだら女房は? 息子は? ローンは? ひゃーっ死にたくない~~~~。」

 

 オヤジはすっかり酔いが醒めたのか、涙目の青ざめた顔で何度も何度も聞いてくる。

 戦慄に打ち震え、表情を強張らせ、本当に何度も懸命に私を助けてくれと懇願する。

 俺は、その滑稽な姿への笑いを堪えつつ余裕の表情で応える。

 

 「心配しなさんな。俺を誰だと思っている!?」

 

 そう、俺は…、俺の正体は…。名乗りを上げようとした時だった。

 勝手に割り込んでくる酔っ払いオヤジ。

 

 「鎌持ってるし、まさか林業関係の人?」

 

 思わず、つんのめりそうになった。

 

 「俺は芝刈り爺さんじゃねえっ!

 民間の対妖魔組織、殲滅機関『ももおに』所属のハンターだ!

 大体なあ、林業関係の奴が、こうやって武器持って鬼と戦えるかっ!?」 

 

 その時、俺が感じた違和感。

 

 俺は、鬼を全滅させたつもりだった。

 何故なら、俺はもう鬼を5体以上退治しているから。

 

 しかし、鬼は、倒せど倒せど更に目の前に現れる。

 

 以上……?

 さっき視認した限りでは、5体程度しかいなかったはずだ。

 

 それなのに、もう既に、俺は10体くらい鬼を退治しているような気がするぞ?

 

 馬鹿な!? 

 おいおい!?

 5体くらいしかいないはずのものを、どうやったら10回以上倒す事ができるんだよ!?

 

 まさか……!?

 

 不安に感じた俺は、慌てて周囲を見渡す。

 すると、いつの間にやら、鬼達の厚い壁が何重にも俺を覆いつくしていた。

 

 うじゃ。

 うじゃうじゃうじゃ。

 うじゃうじゃうじゃうじゃうじゃ。

 

 何ぃっ? こいつら、いつの間にか100体くらいいるぞ!

 いや、それ以上か? 一々図体がでかいせいで、奥がどうなってるか全然わからねェ!

 

 つまり、今の俺はそれだけ恐ろしい数の敵に囲まれているという事か。

 

 巨大にして、邪悪な鬼が集まり形成されるバリケード。

 それは、禍々しい瘴気をまとい、まるでブラックホールのように俺達を飲み込もうと迫ってくる。

 

 身の毛のよだつ恐怖に耐え切れなかったのか、それとも瘴気に当てられたのか、酔っ払いのオヤジは泡を吹いて気絶した。

 「ふぅ~……」

 

 畜生、お荷物めっ。これだから民間人は邪魔なんだ!

 

 それにしても、こいつら一体どこから湧いてきたっていうんだ!?

 さっきまでは、確かに5体程度しかいなかった。

 馬鹿な、奴らの四方には誰もいなかったはず!?

 まさか、こいつらみんな、さっきまでずっと近くに潜んでいたのか?

 いや、それにしては、変だ。

 さっきまで全然、気配を感じなかった。

 何よりもこの巨体でこの人数が、隠れられるような場所なんて、常識で考えれば無いはずだ。

 わからない。

 考えてる暇は無いってか?

 

 「くそっ!」

 

 俺は、無我夢中で鎌を振り、鬼達を刈り取っていく。

 

 そのたびに、

 返り血で、脳漿で、視界が真っ赤に染まる。

 

 「今度こそ、やったか…!?」

 

 どうだ!

 手ごたえは、ばっちりだったはずだ!

 敵の全滅を確信する俺。

 しかし、ぬか喜びだった。

 何故なら、俺の上に、いくつもの巨大な影が覆いかぶさってきたからだ。

 

 馬鹿な!

 その時感じた違和感。

 

 「鬼達が、さっきよりも増えている?

 倒せば、倒すほどにまた新しい鬼が現れる!

 鬼が、まるでこの路地を、空間を埋め尽くさんとばかりに、増殖している?

 んなバカな話があるかっ!」

 

 まさか、こいつら地面から湧き出してるんじゃないだろうな?

 

 「それにしても、やばいなこれは。

 さすがに数が多すぎる。

 

 もう、無理だ!

 

 俺は、上着のポケットから、巷で人気のスマートフォンをちょっぴり豪華にしたような端末を取り出すと、仲間と連絡を取る。


 「こちら芝刈。音木町C-3エリアは既に鬼に埋め尽くされてしまった。

 荒井川、聞こえるか? 至急、援護を頼む。」


 『無理よ。こっちも身を守るだけで精一杯なんだから』


 連絡相手の女は荒井川楼葉あらいがわろうば。俺のパートナーであり、フルーツキャプターの職務についている。

 フルーツキャプター。

 その役職名にある通り、鬼を退治するための特殊な能力を持つ12人の不思議な少女「破邪の12果精」を集める仕事だった。

 数百年前の桃太郎戦役の頃活躍した12人の生まれ変わりだから、2代目12果精と呼んだほうがいいだろうか。

 

 楼葉は、果物ナイフの達人で、彼女に掛かれば桃だろうとスイカだろうと、鬼だろうと岩石だろうと何でも一瞬で真っ二つにしてしまう。

 彼女は、怒りの沸点が低く、ちょっと怒らせたらすぐにキレて暴走し、周辺の物が何もかもずたずたに切り裂かれる。

 機関内では、『楼葉無双ろうばむそう』と呼ばれ、恐れられているとかいないとか。

 

 楼葉は、不安そうに眉をひそめて言った。

 『どうやら、さっき近くに鬼門が開いたみたい。』

 

 「ま、マジかよ?

 で、鬼門って何だ?」

 

 無闇な専門用語は、中二病臭くするからなるべく控えて欲しい物だ。

 

 「まさか、忘れたの?

 そういえば、あんた会議の時、高いびきかいて寝てたわよねえ。」

 「そういやあの日の前の晩、レギンレイヴのオンラインソロプレイが楽しくてさあついつい夜更かし。」

 

 うわっ、めっちゃ青筋立ててる。

 ここで怒り爆発されると、前みたいに面倒な事になるぞ!

 そうだ、とりあえずは思い出したことにして、機嫌をとろう。

 

 「あ~、今、やっと思い出したー。キモンね、あーはいはいっ。」

 「じゃあ、言ってみなさい。」

 え?言わなきゃならないの? まじ知らない、思い出せない。

 とりあえず適当に!

 

 「友禅染、西陣織などが有名で、外国人観光客にも大人気!」

 「そりゃ着物だ! この馬鹿G……。」

 今にも、ブチキレそうな楼葉。

 その瞬間、楼葉に襲い掛かる鬼の姿をモニター越しに確認した。

 「くっ。」

 楼葉は、怒りを納める。

 どうやら、このままじゃ鬼に負けるという危機感により、楼葉は冷静さを取り戻したようだ。

 「時間が無いから簡潔に説明するわ。

 鬼門っていうのは、地獄と現世を繋ぐ次元の歪みが作り出したトンネル…って、うわっ、ちょ、説明まだ終わってない!」

 

 説明が終わるのを、待ってくれるほど鬼はお人よしでは無い。

 なるほど、穴が鬼を呼び寄せているわけだ。

 何しろ、鬼だ。情けも容赦もあったもんじゃない。


 「つまり、早く門を封鎖しないと、鬼はいくらでも増えるって事っ。くっ。」

 

 肉を切る音。

 血しぶきが飛び散る音!

 

 「やあっ! はっ!」


 向かい来る鬼を、果物ナイフで撃退しながら、息を切らしながら話す楼葉。

 そんな様子を見せられると、さすがの俺もシリアスモード。

 俺も俺で、敵に囲まれて結構大ピンチだしな。

 何よりも、退屈な会議の時とは違い、今は現場だ。

 俺は、会議や研究のような知的労働には素人だが、現場では自他共に認めるプロフェッショナルだ。誇りもある。

 だから、楼葉の言葉を一語一句聞き漏らさず、冷静な思考によって全てを理解する。

 

 鬼門をなんとかしない限り、鬼はいくらでも増え続けるということを!

 

 「なるほど、ようやく疑問が解けたぜ。鬼門の疑問…くっくっく。」

 

 でも、あまりシリアス過ぎるのも慣れないので、1つボケを挟んでみた。

 

 「冗談言ってる場合じゃないでしょ!」

 「そうだな。

 なるほど、道理でキリがないわけだ。

 で、その場所はわかるか?」


 『その道を喫茶サンふじ屋の看板のある方に10メートルほど行くとマンホールがあるはずよ。』

 

 「サンふじ屋? あ、あの看板か?」

 

 どっかの某有名店をまんまパクってしょぼくした個人経営の喫茶店が近くにあったのを思い出す。

 まあ、入ったことは無えけどな。

 あのダサい外観が示す強烈なインパクトは見るもの全ての脳裏にこびりつき、一度でも前を通ったなら二度と忘れないだろう。。

 この真夜中の暗闇でも、あのバカでかいプルちゃん人形は無視しようにもできないほど、異彩を放って目立っているはず!

 

 『どうやら、マンホールの入り口が地獄に繋がって鬼門になっちゃったみたい。

 だから、あんたにはそのマンホールに霊符を貼って、封鎖して欲しいの。

 赤黒い瘴気を発しているから、すぐにわかるはずよ!

 鬼は、妖術の力で鬼門を作り、地獄の鬼を直接地上に送り込んでる!

 マンホールに今、魔方陣みたいなのがうっすら浮かんでるでしょ、それは鬼方陣といって鬼どもが妖術を使う時に用いる物なんだけど、霊符を貼り付けることで力を失わせる事ができるの! 

 鬼の侵入を防ぐとしたら、それしかないわ!だから、早く!』

 

 「すまん、無理だ。」

 俺には、今、お荷物がいる。

 

 『あ、そうか、あんたその酔っ払い守らなきゃいけないからっ!?』

 

 「ああ、動けねえ。畜生、余計なお荷物背負い込んじまったあ……。

 それに、こいつがいなくても、この数相手じゃどっちにしろかなり厳しい。

 体力の消耗も、正直やばい状態だぜ。

 お前、来れるか!?」


 『私も、無理。物凄い数の敵に囲まれて、今すっごくやばい状況!

 自分1人で本当、精一杯!御免、もう切るね!』

 

 通信を切られた。どうやらあいつも相当やばいらしい。

 

 くそ、詰んだか……?

 まさか、この俺が任務を失敗するとは、焼きが回ったもんだぜ。


 そんな時、俺の頭上に迫る大きな影。

 

 他の鬼とは違う。

 身長は5メートルくらいあるし、角はでかいのが頭の真ん中に1つ、目も1つだけ。

 ぎろりと1つしかない巨大な目を見開き、口元をにっと歪め嘲笑う。

 

 「なんだよ、こいつ?

 他の鬼より、更に一回りでけえじゃねえか!

 しかも、目が1つに角も1つ? 1つ目の入道さんか?」

 

 俺は、その時始めて死の恐怖を感じた。

 最初はザコの集まりだと思っていた。

 すぐに終わる、簡単な仕事だと思っていた。

 それなのに、やたら数は多いし、おまけにこんなボスキャラまでいるなんて、さすがに反則過ぎる!

 

 今、俺が『入道』と命名したデカブツは、手に持った金棒を力いっぱいに振りかぶり、そして猛烈な勢いで振り下ろす!

 

 やばいっ!!!

 俺はとっさに、右手に持った鎌に左手も添え、それを受け止める。

 反射的、本能的に。

 襲い来る死を前に理性でじっくり判断する暇は無かった。

 だから、頭で考えるより先に、体が動いた。

 

 キーン! 

 金属同士がぶつかりあった轟音が周囲一体に甲高く響き渡る。

 俺は、自慢の大鎌を使って、なんとか間一髪で受け止めたのだがっ!

 しかし、凄まじい振動が、衝撃が俺を襲う。

 鬼のすさまじい怪力に、霊鎌『芝刈』は耐えられても、俺の両手は耐え切れない!

 どうやら、力負けしたようだ。

 鎌が、俺の手から弾け飛ぶ!

 くるくると、回転しながら放物線を描くように宙を舞い、やがて民家のブロック塀に突き刺さる。

 

 最早、何の抵抗も出来なかった。

 他に、装備が無いことはないのだが、『芝刈』で敵わない相手に他の装備で戦ったところで敵うはずが無いのは明白だ。

 

 武器を失ったハンターは、最早ただの憐れな餌にすぎない。

 今の俺に残された未来、それは美味しいご馳走になって鬼どもの食欲を満たす事だけ。

 

 敵わない。

 俺は、生まれて始めて、鬼ども相手に負けを認めた。

 

 怖い、嫌だ、死ぬのは嫌だ。

 俺は、生まれて始めて、鬼ども相手に恐怖に打ち震え、戦慄した。

 

 頼む、助けてくれ、殺さないで!

 俺は、生まれて始めて、鬼ども相手に命乞いを……

 「してたまるかよっ!」

 

 屈服を認めず強がる俺だったが、今の絶望的な状況は覆せない。

 

 目の前の単眼の異形が、あまりにも強大過ぎて、倒せる気が全くしない。

 今、生きている心地すら、全くしない。

 

 「ちっ!」

 

 俺は、悔し紛れに舌打ちをする。

 

 万事休す……か?

 始末書じゃなくて、これじゃ遺言書を書かなきゃいけないじゃねえか、ちくしょー!

 

 しかし、そんな時だった。

  

 どこかから、甘酸っぱい果物のような香りが漂ってくる。

 

 桃の香り?

 

 それと共に、眼前を吹き抜ける一陣の風。

 肉を切り裂く音。

 そして、鈍く澱んだ断末魔!

 

 「ぐぎゃああああああああああ!!」

 

 目の前の『入道』は、両腕、両足が、首までもが切断され、おびただしい量の血を噴出して地面へと崩れ落ちた。

 momo.png


 「何だ、何だ~っ!?」

 

 最初は、突風かカマイタチみたいなもの思っていた。

 でも、目を凝らして凝視するうちに、俺は確認する。

 

 風の中に、日本刀を持った長身でセーラー服姿の少女の姿があったことを。

 「女?」

 

 少女は、桃色のポニテ髪をなびかせながら、桃色の手で、桃色の剣を振り、鬼達のバリケードの中に突っこんでいく。

 

 あまりに速過ぎて、顔は確認できなかった。

 だが、遠目から見たシルエットの美しさが、美少女だという事を主張していた。

 

 鬼の大群を前に、少女の影が動く、動く、動くっ!

 芸術的なほどに鮮やかな刀裁き。  

 向かい来る敵を、切る、切る、KILL!

 切り刻む!

 真っ二つに、そして木っ端微塵に。

 砕ける、爆ぜる、噴出する!

 そして果てていく無数の異形。

 

 手が飛ぶ、首が飛ぶ、足が飛ぶ。

 

 また!

 また!

 そして、また!

 

 今のは、大根を刻んでいるみたいだ。

 そしてさっきのは。

 

 「ネギの小口切り!?」

 

 なるほど、見事に鬼を料理してやがるって事か。

 それは、まるで夕飯の味噌汁を作るように手軽で、自然で、簡単に行なわれていた。

 俺は、彼女の剣の腕にただ感嘆する事しかできなかった。

 

 ごくん。思わず、俺はつばを飲み込む。

 

 切る、切る、KILL!

 切り刻む、その度に!

 

 桃のような胸が揺れる。

 桃のようなお尻が。セーラーのスカートが、時々めくれ上がって、おぱんぱんが……。

 俺は、彼女のプロポーションの良さにも、ただ感嘆することしか出来なかった。

 

 ごくん。俺は再びつばを飲み込む。

 

 芸術のように美しい剣裁き。

 

 剣を操るのは、月光に照らされた一人の長身の少女。

 

 きっと、技量に見合った美少女に違いない。

 ごくん。しつこいようだが、俺はまたもや飽きもせずに、つばを飲み込む。

 もう、飲み込みすぎちゃって、腹がタプタプだ!

 

 それくらい、彼女の動きは華麗で、そして洗練されていた。


 彼女の通った場所には、一本のまっすぐな道ができている。

 まるで、モーゼの滝のように、鬼たちは道を開けていく。

 勿論、鬼にそのつもりがあったわけではない。

 少女を食い止め、鬼門を守るために、何度も何度も立ちはだかったはずなのだ。

 しかし、悲しい事に鬼達には少女を食い止めるだけの力が無かった。

 少女を導くかのように、倒れ、朽ち果て、道を開けていく。

 

 少女の向かう先、それはどこか?

 恐らく、鬼門のマンホールだ。

 

 何故、俺にそんな事がわかるか。

 それは……。

 「よーするに、無限湧きのザコは無視して真っ先にマンホールを破壊すりゃいいって事だね!

 楽勝じゃん!

 ジェネレータを先に壊せば楽になるのは、シミュレーションRPGのお約束ぅっ!」

 

 本人が、そう言っているからだ。

 どうやら、案外軽い性格らしい。

 …って、おい壊すなよ!公共物だぞ!

 

 俺が、突っ込みを入れようとしたとき、もう1人、今度は体操服、しかも旧式でブルマ姿の少女が現れる。 

 団子頭に、もちもちほっぺ。

 まるで、きびだんごのような女の子だった。

 

 「壊してどうするんですかピーチお姉さま!?

 封印するんですのよ! ふ、う、い、ん!」

 

 「あ、そうだったっけ?」

 

 「あーもう~。

 私が何度も何度もお団子のように粘り強くモチモチと申し上げておりますとおり、鬼門封じというのは鬼門に霊符を貼って封印することによって次元の穴を塞ぎ、鬼の発生を抑える事ですの。

 マンホールの蓋なんて真っ二つにしたところで、次元の穴が塞がるわけがないでしょう!」

 

 「粉々にしても、ダメ?」

 「当然! 鬼達はマンホールの蓋から直接出てきているわけではありません!

 マンホールの蓋のあった空間座標に開いた次元の裂け目から湧き出しているんでございますのよ?

 物理的に蓋だけ壊したところで、穴は依然地獄に繋がったままですわ!」


 むっつりと不機嫌な呆れ顔で、団子頭の少女は突っ込みを入れる。

 慌てるのは、ポニテで長身の巨乳少女。

 

 「冗談だって! そんな怒るなよ~。」

 

 しかし、団子頭の妹系ロリ娘は、簡単には許さない。。

 

 「全く全く、お姉さまは本当に冗談がお好きでございますわよね!

 これからはお姉さまの事を、マイケルジョー○ンとでもお呼びしましょうかしら?」

 「ほんと、ごめんって。」

 

 なんだこいつら?

 戦闘中だってのに、ぐだぐだダベりやがって全然緊張感が無い。

 さすがは、今頃のジョシコーセイ

 

 でも、それなのに鬼の数が少しずつ減っている。

 

 「蓋が無理なら、ぶっ壊すのはこいつらだけで我慢しますか~。

 鬼ども、覚悟しろよなあ! 次は、せん切りにしてやるぜ!

 それとも輪切り? ぶつ切り? 斜め切りがいいかあっ!?」

 

 某東の方的なシューティングの某魔女のような言葉遣いだなあ。

 あと、どうやら以外に料理が得意っぽいみたいだ。

 あらゆる切り方をマスターしてやがる! 何この主婦の鑑!?

 目の前で作られるのは鬼達のフルコース! 食べたくねえ!

 

 ポニテの少女の剣の腕が、バッタバッタと敵を蹴散らしていく。

 不満そうに口を尖らせている様子から、余程物を破壊するのが好きと見受けられる。

 物騒なジョシコーセイもいたもんだ。

 

 そして、隣の団子頭の方も、同じく!

 「キ~ビ~キ~ビ~も~っちもち~っ。皆さんまとめて、団子刺しですわああっ!」

 

 槍投げの容量で自分の身長並みの長さの串を投げ、5匹ほどの鬼の群れをサクッとまとめて串刺し、一網打尽にする。

 

 「ブスっと一刺し!団子ちゃん特製の鬼団子、完成でございますの!!」

 

 なんかこいつ、ジャッ○メントですの! とか突然言い出しそうな声してやがる。

 

 串刺しになってる鬼達を見て、俺は思った。

 これ、なんかさ焼き鳥みたいだよな? 刺さってる鬼が鶏肉なら、したたるタレは鬼の…

 

 「おえええっ! 明日から焼き鳥食えねえなあ。」

 

 それにしても、この2人のガキども。 なんて強さだ。

 どうやら、見かけによらず、こいつらの力量は相当な物らしい。

 

 「くそっ、この俺が。

 このイケメンハンサム芝刈のGさんが苦戦した奴らを、よそ見しながら楽々と倒すんじゃねえよ!

 俺、どんだけかませ犬なんだよおおお!」

 

 って、劣等感感じても仕方ないか。

 破邪の12果精相手に、普通の人間の俺が張り合ったって意味が無い。

 この間、雉羽ツバサ(きじはつばさ)が、レモン連れて来た時に、散々思い知った事だろう。

 何をいまさらと言う奴だ。

 

 俺は、奴らの姿や言動で、その正体を推測した。

 間違いない、奴らは破邪の12果精様だと。

 それも、この桃の香りを嗅ぐに……。

 

 あいつは恐らく12果精最強と名高い、桃の精の2代目に違いない。

 かつての桃太郎戦役の英雄、桃太郎の生まれ変わり!

 

 以前、組織内の極秘資料という奴を見た時だ。

 俺は、昔話の『桃太郎』が、数百年前に実際に起きた史実を元にして作られている事を知った。

 どうやら、違うのは桃だけじゃなくて他の12個の果物の太郎がいたという事や、お供の犬猿雉が半獣半人であったという事。

 そして、数百年ぶりの鬼の復活に合わせて、12個の果物の生まれ変わりがこの世に生を受けたことも知った。 

 

 しかし、先代が12果精+犬猿雉の3獣士全員男だったのに、今回は桃太郎が女。そういやレモンも女だったし、ツバサも美少女

 これが時代のニーズという奴なのか?

 

 確か、その資料の内容を、通信端末にもコピーしてたような。

 ちゃちゃちゃと手早く手際よく、確認しなくては。

 付属のペンを本体から取り外して画面にタッチのタッチパネル操作、DSと感覚が似てるからやりやすい。

 俺は、パスワードロック付きのフォルダにアクセスする。


 「えっと、パスワードは、確か…思い出した!

 07214545っ!」

 

 パスワードを入力すると、フォルダが展開!

 よし、覚えやすいパスワードにして良かった。

 さて、色々あるけど、2代目桃太郎に関するPDF資料は?

 

 えっと、このファイルかな?

 忘年会のお知らせ?

 違う。去年の忘年会の段取りなんてどうでもいい!

 こいつか?

 レモンと雉羽ツバサについて?

 違う。もうこいつら2人は身内も同然!

 済んだイベントなんてどうでもいいんだよ!

 

 じゃあ、これか?

 鬼門?

 

 いや、これはもうさっき聞いたから用済みだ。

 そーいや、鬼門の説明も、このフォルダに全部まとめてあったんだな。

 ちっ、中をもっと細かくフォルダで区切ってラベルを付けておくべきだったぜ。

 俺ってハンサムな外見に寄らずズボラな性格というギャップが、ギャルに評判だからな。

 

 あった。

 やっとみつけた。

 

 画像付きで、2代目桃太郎に関する資料が表示される。

 

 「アッタコレダ! って、DSにあったよなそんな名前のゲーム。まあ、いいや。

 何々、えっと何々~あの娘は桃太郎の生まれ変わり、ピーチ。

 体の一部が桃で出来ている。

 12果精一の剣の達人。彼女の剣の腕と、自慢の宝刀『桃神丸』の手に掛かればどんな硬いものでも物でも切ることができる。

 性格はとても男勝りで、物を切ったり壊すのが大好きな激しい性格。

 それ故に、男性よりも女性からもてることが多い。ほー。」

 

 資料によると、先代の名前が桃太郎という純和風で男っぽいだったのに対し、ピーチと英語っぽい上女っぽい響きの名前に変わっている。あと、先代はいわゆる昔話の桃太郎みたいなもっさりしたルックスだったのに、それに比べるとピーチはやけに顔面偏差値が上がっているように思える?

 

 サムライポニテのうなじがそそる、桃色リップが男心を掴んで話さず、凛々しい切れ長アイが同姓人気もがっちりキープ。

 おまけに、胸も尻も、桃のようにボインボインのプルンプルン。

 何より極めつけは、みんな大好き男のロマン、セーラー服!

 

 しっかり今風で萌え萌えにリファインされてやがる。

 

 となると、横のお団子頭は…、お供のきび団子か。

 

 「吉備団子。吉備が苗字で団子が名前。団子と書いて『だんこ』と読むらしい。

 体の一部が団子でできている。

 武器は巨大な串、鬼の大群を一気にまとめて串団子にするのが得意技。

 串で刺されるよりは、他人を串刺しにするのが大好き。

 刺されるより、刺す方が好き。 だから、男性よりも女性相手の方が好き。」

 

 ん?

 女性にもてる女と、女性相手の方が好きな女?

 もしかして、この2人レズカップル?

 

 まさか、きびだんごまでも女になってるとはなあ。

 しかもこいつはロリでブルマ、一部のマニアにはたまらないだろう。

 

 つかおい待て!

 12果精でもなんでもない奴が、何で勝手に擬人化されてるんだよ?

 お前、そもそもただの団子じゃなかったか? 食料じゃなかったか?

 機関にあった資料によると、前の桃太郎戦役では、ただの食料として袋に入ってただけだろお前?

 

 なんで、手足生やして服を着て、ちゃっかり妖精に昇格してるんだよ!?

 

 どうやら、何百年かの時の流れは、食い物まで美少女に変えやがったらしい。

 

 まあ、先代が爺さんだった俺が、人の事は言えないがな。

 昔々、山へ芝刈りに言ってたお爺さんが俺のご先祖様だそうだが、まさか、その生まれ変わりが殲滅機関『ももおに』所属の若くてかっこいいハンターの俺様だなんて、ご先祖様自身、恐らく予想してなかった展開だろうな。

 

 昔々、桃太郎が犬猿雉を連れて鬼退治をした時に比べて、みんなこんなにも今風に若く綺麗に洗練されているんだから。

 

 俺が端末のモニターを眺めていた、その時だった。


 ピーチたちは、もう既に、マンホールの側にまで到達していた!


 「マンホール、あった! よし破壊だ!」

 「お姉さま!」

 ジト目の団子。ピーチは慌てて、言い直す。

 「あ。封印ね、封印。あはははは……。」

 「たくもぅ……。」

 

 ついに、ピーチはマンホールに到達し、霊符を貼り付ける。

 

 その瞬間、激しい閃光に辺り一面が包まれる!

 

 「封印成功!」

 

 マンホールの上に浮かんでいた鬼方陣が消滅し、地獄への入り口が今、閉ざされた!

 

 「いえい! 今日のあたし、最高にかっこいいぜ!」

 ガッツポーズのピーチ。

 

 しかし、ピーチの後方に迫る一匹の鬼。

 

 「ふう、鬼退治完了、家帰って桃缶食って寝るとしますか!」

 

 余裕綽々に、帰り支度を始めるピーチ。

 

 振り上げる金棒。

 巨大な影が、今彼女を襲う!

 

 俺の顔が強張る。

 

 まさかピーチ、ザコを1体残していた事に気づいていない

 

 そんな時だ!

 

 「お姉さま、危ない!」

 

 団子が振りかぶって投げた渾身の串が、鬼の背中に突き刺さる!

 どばっと鮮血を噴出すと、鬼は呻きながら崩れ落ちた。

 

 ひゅ~、やるじゃねえか。

 

 ただの食い物の癖に、桃の二代目を守りやがるとは!

 

 「あ、ありがとう。」

 

 突然の事に、きょとんとしながら礼を言うピーチ。

 対して、怒り心頭の団子。

 

 「ありがとうじゃございません!」

 

 「団子?」

 

 「全く、お姉さまは注意力不足にもほどがあります!

 前々から申し上げようとしていた事なのですが、お姉さまはいつもすぐに調子に乗って油断しすぎですの!

 そのせいで、今までどれだけ無用なピンチを招いていた事か!

 

 最初は、怒鳴り声だった。

 

 「私が串を投げるのが2秒遅かったら、今頃お姉さまは鬼達の残骸と混じってぐちゃぐちゃのジャムになってた所ですのよ!

 さっき、団子がどれだけ肝を冷やした事か。お姉さまにはおわかりですの?」

 

 でも、段々、涙声が混じるようになってきて、

 言葉を進めるたびに、団子の目から流れるもの。

 それは涙。

 

 「お姉さまがどれだけお強くいらっしゃったとしても、それはあくまで剣技や身のこなしと言った技の強さ。

 妖精の体は、鬼の一撃に耐えられるほど強くできてはいませんのよ!

 もし、あの時お姉さまが死んでいたらと考えると、団子は、団子は、もう、うわああああああん」

 

 ついに、大声を出して、泣き出してしまう。

 団子の怒りは、愛情の裏返しだったようだ。

 大切に思うからこそ、本気で怒る。

 油断をして、死の危険を迎えたピーチを怒鳴る。

 その本心は、恐らく。

 自分の大好きなピーチに死んでほしくないから。

 

 ピーチの、胸元に泣きつく団子。


 「団子、何もなく事。」


 さすがにまずいと感じた様子。

 

 「う・・・ごめん。私調子に乗りすぎた。

 そうだよな。

 最近、調子良すぎて忘れてた。

 鬼は、みんな動きが単純で鈍いけど、量産型でもすごい怪力なんだよな。」

 

 胸元から、変な音が聞こえる。

 

 しゃくしゃくしゃく。

 

 「しゃく?って、うわあっ!」

 

 なんてこった!

 どうやら団子が、胸元にかぶりついているではないか。

 しかも、物凄く興奮に満ちたいやらすぃ顔で。鼻血まで出して。

 

 びびった!

 

 今泣いた烏がもう笑うって言葉は知っていたが、さっきまで泣いてた子が鼻血出して欲情するなんて前代未聞だ!

 そもそも、団子からなんで鼻血が? と思ったら、みたらし団子の『みたらし』部分かあの汁は?


 もしかして、やっぱこの子百合キャラ?

 ペロペロと、なめ回したり、甘がみしたり焦らしながら、胸元をじっくりと責めていく。

 

 「うまいうまい、実に美味ですわ。たわわに実ったお姉さまの桃色果実!

 ふわふわで、ぽよぽよで、とろけるような舌触り、実に病みつき!

 辞められない止まらない!もう最高でございます! もぐもぐもぐ」

 

 つーよりむしろ、胸を、食ってる?

 食べ物的な意味で!

 

 「や、ダメ、そこは…!」

 

 そして、ピーチの方は身を震わせて、悶えてる…?

 食われると、気持ちいいのか?

 

 「いいじゃないですか?減る物じゃあるまいしし。」

 

 いや、減ってるし。

 

 「だから駄目って」

 「嫌も嫌よも好きのうちという言葉がございます。」

 

 それに関しては、同感だ。

 

 「団子の寿命を縮めた罰とでも思っていただければ。

 どうせ、明日の正午には元のサイズに戻るじゃないですか~っ。」

 

 ちなみに、資料によると栄養をとると、減った部分に実がなって修復されるらしい。

 この間、レモンで実証済みだ。

 

 この間、ももおに本部内の食堂で食ったフライドチキンにかかってたレモン汁があいつの体液だと知ったときには、吐き気どころの話じゃなかった。

 その瞬間、半分も食べないままダストボックスにゲロリだ

 

 それにしても、便利な体してやがるぜ、こいつら~。

 

 男勝りな女の子が、恥ずかしがってる姿。

 来るものがあるが、いつの間にか萎えてしまった自分に気づく俺。

 素直に受け入れられなかった。

 12果精は、みんな体の一部分が果物で出来ている。

 つまり、半人半獣の獣人ならぬ、半人半果の果人ってわけだが、どうも生理的に受け付けないところがある。

 これも、一応レモンで体験済みだが、何度見ても慣れない。


 「ら、らめええええっ!」

 ピーチはびくんびくんと体を小刻みに震わせると、両手を前に突き出し、団子を突き飛ばす。

 「ぎゅむっ、ですわ~!」


 地面にぶち当たる団子。

 恥ずかしそうに胸を隠す、ピーチ。

 しかし、激しく激突して怪我するかといえば、そうではなく『ぽよよん』という軽い音と共に跳ね上がる。

 どうやら、あの団子顔、相当弾力があるらしい。

 何度も、何度もポムポムと弾力のある弾み方をしながら、民家のブロック塀の方まで跳んでいく。

 そして、跳ね返る。

 

 「ただいま~、ですわ~っっ!」

 

 「団子~~~!!!

 帰って来るな~~~~~~!!!!!」

 

 「ぐぎゃ」

 

 殴るピーチ。

 地面に叩きつけられる団子顔。

 しかし、跳ね返ってくる団子顔!

 何度も何度繰り返し、ピーチの足元でボインボインと弾む様子はまるで、バスケットボールのドリブルのようであった

 

 「は、あ、あ、あ、あ、ず、う、う、う、う、う、む、う、う、う、う、う。」

 ↑(注:バウンド1回につき一文字と考えてください)


 まあ、何はともあれ鬼門は壊した。鬼達は全滅。

 俺達の今宵の仕事はようやく終了ってわけだ。

 

 どうやら、いい場面はあいつらにとられたみたいだが、

 しかし、俺もプロのハンターの端くれだ。

 最後だけはしっかり決めないとな。

 

 俺は、ポケットからタバコを取り出すと、一本口に咥えてニヒルに笑う。

 そして、渋い重低音で、一言決めてやることにする。


 「なかなか、面白いゲームだった。また会おうZE、GOODNIGHT!」

 

 決まった!

 なんてクールだ。なんてダンディなんだ、今の俺!

 渋すぎる~っ。

 

 しかし、自己陶酔にふける暇も無く、速攻で水を差される。

 

 「何かっこつけてるのよ。」

 

 いつの間にか俺の右横にいた、パートナーこと楼葉の声によって。

 

 「楼葉?何でここにいるんだ!」

 「何で?って、追いついたからに決まってるじゃないの。鬼たちをあの子達がやっつけてくれたおかげでね。

 それにしても、バカじゃないの? 口にお菓子なんか咥えて、かっこつけちゃって。」

 

 それを言っちゃあ台無しだ。

 

 「うるせえ! 何を咥えようが俺の勝手じゃねえか!」

 「まさか、タバコのつもり?」

 

 ぐさっ!

 どうやら、俺がかっこつけのためにココアシガレットを咥えていること。

 それを、楼葉は既にお見通しのようだった。

 うーん我ながらかっこ悪い。どうせなら本物のタバコを吸いたいところだが、肺に持病がある俺にはきついんだよなあ。

 格好つけるつもりで吸ったタバコで、散々咳をしまくった挙句に呼吸困難になってご臨終じゃ、目も当てられない。

 どんだけ恥ずかしい死に方だよ、それ。

 

 「それにしても、凄い収穫じゃないの。

 鬼門を1つ封じた上に、2人も12果精見つけるなんて。」

 

 楼葉は、封印された鬼門と12果精の生まれ変わりを眺め、満足げに見渡す。

 

 「偶然だけどな。

 あと、団子を12果精に入れるんじゃねえ。

 あいつ果物ですら、ねえぞ。」

 

 「そうか、同じ妖精でも、この子の方は果精じゃないのね。」

 

 少し黙ってから、言う。

 「ツバサ喜ぶでしょうね。前からずっと桃の生まれ変わりに、会いたい会いたい、言ってたから。

 あの子、桃の精の大ファンらしいの。

 桃の3獣士は、桃の精に仕えるために生まれてきたという。

 もしかしてこの伝承も関係してるのかしら?」

 

 「3獣士というが、残りの2人は見つかったか?

 犬と、猿がまだ足りねえ。」

 

 「犬のところには、アップルが向かっているわ。

 犬の戦士なら、僕に心当たりがありますプル~って。」

 

 「アップル? また新しい果精を見つけたみたいだな。どうやらお前も、かなり順調らしい。」

 

 「さて、あの桃ときびだんごのお嬢ちゃんは、私が本部に連れて行くとして。

 酔っ払いの保護は、あんたに任せるわ。」

 「げ、代わってくれよ~。酒臭いオヤジかつぐよりかは女の子のエスコートしたい~。」

 「ダメよ。あんた絶対、セクハラするから。

 あんたがレモンの時にやった事、まさか忘れたとは言わせないわ。」

 「それ出されると、反論できねえ。」

 

 確かに、俺はレモンにセクハラした事がある。

 でも、あれは散々な結果に終わった。

 レモンに抱きついて、レモンのファーストキスを奪ったところまでは良かったんだけどなあ。

 まさか、本当にファーストキスがレモンの味だったとは思わなかったよな。

 レモン汁が口内炎に染みてさあ、おまけに虫歯にも……

 どんだけ刺激強いんだよ、果汁100%のレモン汁って奴は!

 痛くて痛くて、本当に死にそうになった。

 

 後、レモンは強く抱きしめると、汁を汗の穴から放出する体質だった。

 揚げ物の時に、スライスレモンを絞る時がたまにあるけど、奴の皮膚の触感は、まさしくそれと同じ感覚。

 あの時、抱きついた手にも、その時鬼との戦いの傷跡が残っててさあ。

 その傷に、レモンの汁が染みこんで、痛いのなんの。

 あれぞまさに激痛!

 本当痛かったよあれは。

 

 「よっこいセックs!」

 ブロック塀に突き刺さった大鎌を抜き取る俺。

 

 「この酔っ払いオヤジ。後で、記憶を消さないとなあ。

 ああ、面倒くせえ。」

 

 「文句言わないの。

 サボると所長にまた始末書書かされるわよ!」

 

 楼葉は、一言言うとピーチたちの方に向かう。

 

 「へいへい、わかりましたよ。」

 

 俺達の組織や、鬼の事は一般人には知られてはいけないことになっている。

 世界に無用な混乱を与えてしまうというのが、主な理由。

 そりゃあ、自分達の住んでる近所に邪悪な鬼どもがいると知って、慌てない一般人なんているわけがない。

 一般市民に、鬼に対する心配や不安は一切与えちゃいけないのだ。

 だから、全てを隠して秘密にする。見られた場合は、見た対象の記憶を消す。

 近くの物が破損した時は修復し、一切の痕跡も残さない。

 秘密組織特有の守秘義務という奴だ。

 

 正体は明かさない、記憶も痕跡も残さず。

 だから、誰も俺がやった事に気づかないし、感謝もされない。

 それが、殲滅機関『ももおに』の厳しい鉄の掟だ。

 

 ちょっと、勿体無いような気もする。

 だってさ、考えても見ろ!

 鬼と勇敢に戦うかっこいいこの俺の姿。

 市民に一度でも見てもらえば、たちまち町のヒーローだ。

 テレビや新聞の取材なんかも来るだろう。

 芸能界デビューに、銀幕デビュー。働かなくても一生贅沢に暮らせる金が手に入り、夢のような人生を過ごせる事は間違いない!

 

 あーあ、それをしちゃいけないって、どれだけ損してるんだよ~。

 

 でもまあ、正体を隠して善行を行なうのはそう嫌いじゃない。

 

 やっぱ、格好いいんだよな。

 なんていうか昔からのヒーロー物のお約束だし、男のロマンじゃないか。

 

 そして、実は俺、心の底では密かにヒーローの奥ゆかしさに憧れていたりする。

 

 『ヒーローは決して正体を明かさない』、

 これはヒーロー全般に言える鉄の掟だ。

 周りに正体をペラペラ喋って、新聞やテレビに売り込んだり女にもてようとするのは、正直みっともないにも程があるし、美学に反する。


 『ヒーローは決して目先の私利私欲のためには動かない。』

 これも、鉄の掟だ。

 

 ヒーローってのはどんなに凄い事をしても誰にも知らせず、黙っていてこそが華なのだ。

 俗な欲望の充足なんて糞くらえだ!

 

 と考えながら俺は、真夜中に道端でココアシガーレットを咥え格好付けていた。

 

 あーダメだ。

 やっぱ本物のタバコじゃなきゃ、どんなに格好付けても全然決まらねえ!

 

 そろそろ、帰るとするか。

 いくらハンターが夜の仕事で、そのために生活を夜型に切り替えているとはいっても、さすがに深夜3時じゃ、眠くて眠くて仕方がない。

 それに、ハンターの仕事は夜のバトルだけじゃない。

 夜に戦った鬼の特徴や、戦闘記録の詳細を報告書にして、明日中に提出しなきゃいけないんだよな。

 しかも、没が大好きな所長の事、どれだけ書き直しさせられるか、想像するだけで地獄だぜ。

 

 ハンターの仕事に、決まった勤務時間は無い。

 自由を求める俺はそこに惹かれてハンターになったんだが、最近どうも定時の仕事の方が簡単そうに思えてくる。

 こんな真夜中に死ぬ危険のある危ない仕事をしたのに、その報告書を明日中に書かなきゃいけないのは、さすがに体力的にハードすぎる。

 

 まあ、報酬はその分高いんだけどな。

 一夜の仕事だけで、DSソフトが100本は買える。本体だって、何十個も買えるレベルだ。

 

 楼葉が、ピーチ達と何か話している。

 どうやら、『ももおに』への勧誘と、これからの仕事の段取りの打ち合わせ辺りだろう。

 

 その時、ピーチや団子、そして楼葉の体が、薄く半透明に透けている事に気づく。

 彼女らの体は、1秒ごとに、少しずつ、少しずつ、薄くなっていく。

 俺もだった。

 まあ、毎日の事だ。

 夜の世界の住人達は、夜が過ぎると色を失い、空気にうっすら溶け込むように姿を消すものだ。

 俺も、ここらで姿を消す事にする。

 

 「じゃあな、幻想にまみれた夜の世界! また会おうZE、GOODNIGHT!」

 

 戦士達は、みな戦場を去った。

 俺も、この場を去ることにする。

 

 戦いが終わると、桃も、鬼も、姿を消す。

 

 そして、やがて夜が明けていく。

 日が昇り、小鳥が鳴き、止まっていた時が動き出す。

 

 あ~、ココアシガレットうめ~(台無し)。

 

 第1話に続く。


プロローグ終了時での登場人物による座談会。


芝狩「ふう!

今宵の仕事はこれで終了だ!」


楼葉「さて、状況の整理。

今回のバトル終了時点で、ももおに傘下に入っている12果精は……。

レモン、アップル、ピーチ、きび団子、計4人ね。」

芝狩「待て、1個違うの混じってるぞ。」

楼葉「あ、団子ちゃん抜きで、『レモン、アップル、ピーチ』の3人ね。

次に、3獣士の集まり具合だけど……3獣士の方は今のところ雉だけ。

アップルが犬の戦士を見つけたらしいけど、まずはその報告待ちね。」

芝狩「ところで、気になってるんだが、犬の戦士ってどういう奴なんだ?」

楼葉「まだ、アップルから連絡が無いから詳しい情報はわからないけど。

どうしたの?」

芝狩「いやさあ、雉も桃もレモンも女だった。

きび団子ですら読者受けする、女キャラになっちまう有様だ。

時代の流れか何か知らないが、まさかこのまま仲間になる奴、全員女じゃねえだろうな?

俺様の、クールでシリアスでハードボイルドな鬼狩りミッションが台無しになって、

萌え萌えキュンキュン、ご主人様とおにたいじ~♪ になるんじゃ無えだろうな!?

楼葉「女の子に囲まれて、嬉しいくせに~。この女たらしっ。」

芝狩「まあ、嬉しいことは、確か何だがな。

鬼共との戦いが激化してる中、男が俺だけってのは戦力的に不安でな。

図体でかい鬼達の前に、乙女の柔肌をなるべく晒したくないってのもある。

もう1人くらいは力のある男手が欲しいところだ。

 あと、話相手にも苦労する。

 世間話も、女相手じゃ全然話が噛みあわねえしよ。」

楼葉「あんたのする世間話って、ゲームの攻略法か猥談くらいでしょ?」

芝狩「他にもミニ四駆にベイブレード、遊戯王カード! 男のホビーを忘れるな!」

楼葉「小学生かい!」

芝狩「いつまでも、純粋な少年の夢を忘れない、正しい大人の姿じゃないか。」

楼葉「……まあ、安心していいわ。

 今度の、犬の戦士。彼は中学生の男の子みたいよ。

 名前は犬塚健一。音木中学校1年生。体が小さくて華奢らしいけど頭のいい秀才みたい。

 私も、本物まだ見たこと無くて、アップルから聞いた話でしか知らないんだけどね。」

芝狩「そうか!てことは、ついに俺の舎弟第一号がここに誕生ってわけだ!」

楼葉「舎弟?」

芝狩「そうだ、そいつが合流した時に一緒にレースできるようにコース作らねえといけねえよなあ。あと、駒同士ぶつかり合わせるための土俵と、バトルするための鉛筆に、デッキを10個は作れるくらいのトレーディングゲームカードも、押入れから引っ張り出して来ねえと!」

楼葉「もしかして、あんたって、友達いない子?」

芝狩「べ、別にそういうわけじゃないんだからな! 俺は、新入りとの親睦を深めるために、レクリエイションという奴をしようとしてるだけだ!」

楼葉(うわーやっぱ図星……地雷踏んだ? 超落ち込んでる! 収拾つかなくなる前に無理やり終わらせるか。)


楼葉「まあともかく、今日のところはお疲れ~。風邪引かないように早く寝るのよ!」

芝狩「おう!」

楼葉(なんとか、誤魔化せたわね)

芝狩「ところでさあ、俺、明日そいつに会いたいんだけど、いいか?

 これから仲間になる奴の事は、なるべく知って置きたいんだわ!

 そのアップルって奴に案内してもらえばいいんだろ?」

楼葉「しょうがないわね。

あんたがアップルに同行することは、組織内WEBに打ち込んどく。所長にもメール出しとくわ!

それじゃ、これからアップルの端末のアドレスを教えるわ。端末のアドレス帳に打ち込んで頂戴。」

芝狩「おうよ!」

楼葉「集合場所や段取りは、アップルとあんたで綿密に打ち合わせする事。

  アポはしっかり取ること! あと、何かあったらしっかりアップルに連絡する事!

  先方に会ったらちゃんと礼儀正しく挨拶するのよ!

  ハンカチ、鼻噛み忘れずに! おやつは300円まで! バナナはおやつに入らない!

  シャツの出しっぱなし禁止! ネクタイはしっかり締める!

  後、財布を落とさないようにしっかりチェーンで結んどくのよ! いいわね!」

芝狩「何だよ? その子ども扱い!?

  俺は、少年の夢を忘れないってだけでさあ、精神年齢は二十歳なんだぜぇ!」

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