OTHERS!~Ⅱ~
時系列:楓→高校二年生、相模君高校一年生、季節は初秋
「よぉ」
――木枯らしが吹く。一歩、また一歩と乾いた砂利を踏みしめ向かう先には、彼がいた。気だるそうに壁に寄りかかり、足を組み、けれどこちらをしっかりと見据え力強い眼差しを容赦なく突きつける。待っていたと、言わんばかりに――。
みたいな昭和のカヲリ漂うロケーションで佇む彼に一体どんな言葉をかけてやればいいのだろう。私は彼の期待に応えられるだろうか。息を呑み、慎重に声をかけた。
「そこは、こう……意味もなく偉そうに威厳を無駄に醸しつつ、口にはどっかで毟り取ってきた草を口にぱくっとしているのがセオリーかと」
「誰が番長だ。銜えるかンなもん」
「やだ。銜えるなんて、卑猥な。何を銜えるつもりなんですか。セクハラは止めてください」
「は?……なっ、バッッ、アンタのがセクハラだろ!」
期待通り顔を真っ赤にして取り乱す少年、もとい相模明君。聞くところによると、新さんのご友人らしい。クラスの男子から言伝にその名前を出されたとき本気で誰か見当がつかなかったけれど、呼び出された校舎裏でその姿を目にした瞬間に漸く思い出した。
ああ、あの、相模君。弄り甲斐のあるあの相模君ね。
なるほど。久しぶりの好感触に記憶が蘇る。そういえばあの時は話を聞いてあげられなかった。そのせいか今回は放課後じゃなくて昼休みに呼び出し。学習能力はあるくせに弄り対処の応用力はないらしい。ますますもって将来有望。
「それで、何か御用ですか? また新さん関係でしょうか」
「いや、新は、別に」
なにやら口の中でもごもごと言っているため言葉が尻すぼみになってよく聞こえない。そんな彼に近付き、顔を覗き込んだ。随分と背の高い子だ。そして隙が多い。
「銜えたいとかいわないでくださいね。そういうのは直接本人に交渉していただかないと」
「なっ、んの話だっ。やめろっ、おっ、女がそういうことを軽々しく言うな!」
「そういうことってどういうことですか? どういう意味ですか? 詳しく教えてくれませんか」
「クッッッ」
だぁーもー、くそー。とか呟いて後退りして、しゃがみこんでしまった。頭を抱えているから顔は見えないけれど、耳が真っ赤だ。初っ端から飛ばしすぎてしまったかもしれない。
いけないいけない。こういうことはじっくり行かなければ。
「あの、すいません。悪ふざけが過ぎましたね。それで、御用は?」
中腰で問いかけると、ガシガシ頭をかいていた彼の手がぴたりと止まる。それからそろりと顔を上げ上目遣いで恨みがましそうに見上げてくるものだから、嗜虐心がいっそうそそられたのは言うまでもない。なんなのだろう。新さん含め、やっぱりこういうことは似たもの同士が集まるってことなんだろうか。愉快な仲間達だこと。
思わず浮かんだ暗黒な笑みをモロに見てしまったらしい相模君は顔を引きつらせた。
「……アンタ、絶対ヘンだよ」
「然様ですか。それが言いたくて私をここに?」
「いやっ、ちがくて! そうじゃないんだ」
大慌てで言いながら、がばっと立ち上がる。直情的な子だ。
「あの、俺、謝りたくて。アンタに、いや、一条先輩、に」
「アンタでいいです。先輩後輩で馴れ合うような仲でもありませんし」
ていうか一条先輩って呼ばないで。虫唾が走るわ。言わないけど。
「あ、まあ、ハイ、いや……うん」
何が後ろめたいのかでかいナリしてしどろもどろしながら目を泳がせる相良君。別に時間が押してるわけじゃないんだけど、早くしてくんないかな。じゃないとまた弄りたくなってくるんですがね。なんなんだろう、このイラッとするような、和むような、矛盾した気持ち。人はこれをジレンマと呼ぶのだろうか。
「俺、謝りたくて。この間はあの、アンタのこと良く知りもせずに色々勝手なこと言っちゃって、本当に」
「ちょっと待ってください」
びしっと平手を出してストップをかける。のけぞって口をつぐんだ相模君が続けられないよう、すかさず追い討ちをかけておく。
「貴方が私のことをどの程度知ろうと知るまいと先日かけられた言葉に私が不快感を覚えていれば理由の如何に問わず謝罪を受け入れるつもりはない、ということは置いておきましても」
「あ、え?」
「謝りたい、って。どうして。貴方は貴方なりの主張があって私を呼び出したのでしょう? それに応えなかった私に文句があろうと謝罪する謂れはないと思うんですけど」
矢継ぎ早にぽんぽん言っているせいか頭がついていかないらしく、相模君の頭の上にはてなマークが量産されて見える。それでも辛抱強く待っていると、やがて相模君はなにやら気まずそうにもごもご呟き始める。
「いや、俺もあいつに色々言われて思うところもあったっつーか」
「あいつ。色々言われて。新さんにですよね。何を?」
「何をって、そんなこと」
これだけ見つめてちっとも目線が合わない。私は猛犬かっつーの。逃がさん。
「私には関係ないと。本人の目の前でこれ見よがしに匂わせておいて随分ですね。相模君は焦らしプレイをご所望でしょうか。けったいなご趣味をお持ちで。いや、意外です」
「なっ、ちが! 違う! なんでそうなるんだ、俺はただアンタに」
「私に、なんでしょう。なんと言っていたんでしょうねえ、新さんは。あらかた『姉さんは悪くない』とでも言っていたんでしょうねえ。アラ、図星。いやはや、全く私は優しい弟を持って幸せです」
しまった、と思ったときには相模君の眼差しが怪訝なものに変わる。今度は私の方から目を逸らし、どこ吹く風とばかりにそ知らぬふりをした。
「謝罪は結構です。受け付けません。棄却します」
「は? ちょっと待てよ」
「私は貴方に謝罪が必要なほどのことをされた覚えがありません。よって勝手に謝られても困ります。お解りですか。お解りですね。ではハイ、これにて一件落着。さようなら」
人によっては不快感を煽るような言い方をした。なのにまだ納得していないのか、踵を返した私の肩を掴んで引きとめようとしてくる。全く煩わしい。こいつもお人よしだのなんだのと言われる類の人種だ。振り返り、納得していないような彼を仰ぎ見ながらさりげなくその手を外す。
「いい友人を持って新さんが羨ましいです。今度ウチに遊びに来てください。交渉の際にははりきって援護させてもらいますよ」
にっこり微笑むと、呆気にとられたように彼の目が丸くなる。そのきょとんとした様が誰かを思わせて、私は少し笑ってしまいながらも今度こそその場から立ち去ることに成功した。
我に返った相模君が後ろから『どういう意味だ』と叫ぶ声が、妙に心地よかった。
――『姉さんは悪くない』だって。
「悪いに決まってんじゃん、バカ」
降り積もる悪意は、木枯らしにも揺るがない。彼にこの心は、まだ届かない。




