一話:天使の苦悩
迷宮に出口が存在するように、悩みという迷宮にもまた、出口が存在している。
そんな悩みを解決するのがこの店、『ラビリンス』。人、あるいは人以外の様々な悩みを解決し、やすらぎを与える、そんな店だ。
そして今日も、悩みを抱えたお客様が来店するのだった……
そこは天使の暮らす世界、通称:天界。ここには、神の使いである様々な天使が暮らしている。今日のラビリンスはこの天界に出店しているようだ。
石造りの住宅が多く立ち並ぶ、そんな道の一角に、何も乗っていないリヤカーを停めて営業している店がある。
そう、これが今日のラビリンスの営業形態だ。ラビリンスは特定の建物で営業しているのではなく、今日のように移動しながら様々な場所で営業をしているのである。
リヤカーには羊皮紙が貼り付けられており、そこにはこう書かれていた。
『貴方にやすらぎ、届けます』
通る人は皆、不思議そうにそのリヤカーを見つめながら通り過ぎていく。
やはり場所が悪いのだろうか。一向にお客は来ず、ラビリンスには閑古鳥が鳴いている。ラビリンスがその場に出店し、数時間が経過しているが、この有様だ。
だが、そんな時、一人の女性の天使がラビリンスの前で立ち止まる。
その天使は潤いのある腰元まで伸ばした金髪に、背中には小さくも存在感のある白い羽が携えられている。
その天使の名はルーカス。人々を正しい道に導くという重大な役目を担う天使の一体だ。
ルーカスはリヤカーの横にひっそりと座っていたボロの布切れを身に纏った老人に恐る恐る声をかける。
「あ、あのぉ……、このお店の方ですか……?」
すると、老人がルーカスの方向を見据えて立ち上がりながら返答してきた。
「おやおや。今日は、お客は来ないと踏んでいたんだが、珍しいこともあるもんだねえ。おっと、こんな戯言はともかく、私がこの店の店主、カルロスだ。よろしく頼むよ」
やはりその老人……カルロスが店主だったようで、ルーカスの少し緊張している様子を見て、それを和らげるようにこう言う。
「そう緊張しなさんな。そこの椅子に座るといい」
その言葉には魔法か何かが宿っていたのか、ルーカスの緊張がどこかへ消え去る。
ルーカスは緊張が消えたことに不思議さを覚えながらも、椅子に座りつつ羊皮紙に書かれた内容について聞く。
「あ、あの、そこに書いてあることって、どういったことなんでしょうか。イマイチ理解できなくて……」
「その羊皮紙のことかい? それなら字のままだよ。この店、ラビリンスは悩みを持つお客の悩みを解決して、やすらぎを届けるのさ。悩みがあるのなら、言ってみるといい」
カルロスは確かにそう言った。その言葉を確実に耳で聞いたルーカスは、思い切った表情で身振り手振りを交えながら語り始める。
「実はですね、私は人の未来を導くのが役目の天使なんですが、どうしても少なからず良い方向ではなく、悪い未来に行ってしまう方がいるんです。私は決して悪いことをさせるために導いたわけではないのに、なぜか私まで罪悪感でいっぱいで……」
ルーカスの悩みはまさに天使ならではといったものだった。人の未来を導く存在であるからこそ、その行動に責任が伴うのである。
すると、カルロスはルーカスを宥めるように言う。
「そういうことかい。なら話は簡単だ。私の話、聞いていくかい?」
ルーカスは迷うことなく返す。
「もちろん聞きたいです。これからの私のためにも……」
カルロスは、コホンッっと一つ咳払いをし、口を開く。
「まず、この世界の人間に完璧を求めたらダメだ。人間は一つ悪に手を染めると落ちるとこまで落ちちまう。そういうもんだ」
「完璧を求めない……?」
「そうだ。この世界には人間が八十億人いるらしい。そんだけいれば、ほんの一握りや二握り、悪に落ちるさ」
「なるほど……」
あまりにも納得できすぎるカルロスの語りに、天使ながら驚きを隠せないルーカス。
その表情を見ながらも、カルロスは語り続ける。
「だが、悪い未来に導いたところで、いずれまたそいつを導く日が来る。未来は必ず来るからな。その時に良い方向に修正するといい。それまではどん底をにいさせればいいさ」
今まで天使として導くことしかしてこなかったルーカスにとって、カルロスの言った『未来は必ず来る』という言葉はかなり刺さったようだ。
一通りの話が終わると、カルロスはまた一つ咳払いをして、話を終えた。
ルーカスは、話を終えたカルロスに向けて満面の笑みで頭を下げて礼を言う。
「私の未来を導いてくれるような、そんなお話しでした。本当にありがとうございました」
「いいってことよ。またここに来たら会おうや」
そう言って、手を振りながら、カルロスは何かを見据えるような表情でリヤカーを引いてその場を去った……
本日のお客様:完璧を求めてしまう天使、ルーカス様
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