Day.5【ガチャ文化の誕生】
魔法と剣が栄えているとある世界に、“桜月ラビ”というウサギの獣人がいました。
彼は街の外れに構える小さな魔法道具屋を営みながら、それなりに充実感のある日々を送っていました。
彼の1日は、日課である相棒のマンドラゴラ“カロ”への水やりから始まります。
「おはようカロ!近所のパン屋さん、今日から“メロンパン割引セール”だって」
店内は狭いながらも整理されており、商品はきちっと並んでいます。
よくあるポーションの類、魔法石、乾燥した植物、古びた本、小さなナイフ、使い方のわからない魔道具など、様々な商品を取り扱っている雑貨屋のようです。
ラビは水の入った小瓶を、カウンター上にある植木鉢のそばに置きました。
するとその植木鉢の中からモゾモゾとカロが顔を出し、おもむろに小瓶を手に取って水を1口飲みました。
「お、じゃあ今日のお昼はメロンパン?」
「カロが食べたいならそれでもいいよ!」
「え、てかセールの対象はメロンパンだけ?」
「そうみたいよ?今メロンパン推しなんじゃない?知らんけど」
「俺は推せないね、メロンパンのヤツは」
「え、なに急に」
ラビはいつものようにカロとどうでもいい話をしながらテキパキと商品棚を拭いたり在庫の確認をしたりしています。
カロは苦々しい表情をしつつ、短い腕で腕組みしながら話し始めます。
「あれ、カロってメロンパン好きじゃなかったっけ?」
「味は認める。けどあいつ、メロン入ってないくせにメロンパンなんて名前つけやがって……許せねぇ」
「うわ出た―。それ言うヤツいるよなー」
「わかってないなラビ。あんぱんには何が入ってる?」
「そりゃあ“あん”でしょ」
「そうだな。じゃあクリームパンは?」
「クリーム」
「そうだろ?パンの名前ってのは普通“中に入ってるもの”だろ」
独自の理論を展開してカロはドヤ顔しています。
ラビは小さく「なるほど」と言うと、品出しの手を止めてカロの方を向き、こう言いました。
「じゃあさ、“コッペパン”は?」
「え?」
「コッペパン、カロも食べたことあるでしょ」
「そ、そりゃ当然“コッぺ”が入ってるだろ」
「コッペってなーに?」
「……めっちゃ美味しい不思議な粉」
「カロ、負けを認めろ見苦しいぞ」
ラビは笑いながら再び手を動かし始めましたが、カロは「ぐぬぬ」してます。
「あれは“形がメロン”っていうタイプのやつでしょ。コッペパンもその類だよ、所説あるけど」
「シンプルに勉強になるの余計腹立つ」
ラビが補足するとカロは余計に悔しがりました。
「でもあのパン屋、最近ちょっと攻めてるんだよね」
「そうなの?どのへんが?」
「この前、レジ横に“謎パン”って名前のパン売っててさ、しかもめっちゃ安いの」
「え、こわ。中身がわかんないってこと?」
「『食べてからのお楽しみ!』って書いてたよ!」
「あれか、訳あり品とか余った具材とかをそういうのに回してんのかな?そうだとしたら無駄にならなくて賢いな」
「面白いよね!んで安かったから買ってみたんだけど」
「え、買ったの!?」
「うん、袋の中見たらロールパンの間に食パンが挟んであった」
「ん、聞き間違いか?なんて?」
「ロールパンの間に食パンが挟んであった」
「なにその”酒を酒で割ったカクテル”みたいなパンは」
――
これだけパンの話をしていたので2人のお昼ご飯は近所のパン屋さんのパンになりました。
「なんでメロンパン割引セールでメロンパンじゃないんだよ」
小さく「別にいいんだけどさ」と付け加えたカロの表情は、全然“別にいい”感じには見えませんでした。
「行ったらもう売り切れてたんだ、ごめんね」
「へー、意外と繁盛してんだな」
ラビはお詫びにと、買ってきた色んなパンを見せて「好きなの選んでいいよ」とカロに選ばせてあげました。
カロは「えー!悩むなー!」と、なんだかんだ楽しそうに選び、その後2人で仲良く食べました。
――食べ終わってコーヒーを飲んで一息ついていると、ラビが話し始めました。
「……うちもやってみよっかな」
「ん?なにを?」
「謎ポーション」
「それヤバ過ぎない?」
「ホントたまにだけどさ、半端に余った効果の薄いポーションとか、ただマズイだけのポーションとか、果ては何の効果があるかわかんないポーションとか……。廃棄してるポーションって実はあるんだよね」
「まぁわかるけど。ラビ最近あんまやらかさなくなったけど、駆け出しのころはよく調合中に小爆発させてたもんな」
「記憶にございません」
――
後日、余ったポーションや、端材で作った謎ポーションを集めて、ダメもとで【度胸試しポーション】としてレジ横に置いてみました。
すると早速、常連の冒険者のおっさんが2つほど買っていきました。
常連のおっさん曰く、『ギルドの酒場で度胸試しに連れに飲ませたら面白そう』とのことでした。
――さらに数日後、度胸試しポーションを求めるおじさん冒険者がちらほらと増えはじめました。
不思議なのは、何故かみんな周りの目を気にしながらコソコソ来店されるのです。
気になって聞いてみたところ、意外な答えが返ってきました。
『仲間と酒場でワイワイやってたとき、“度胸試しポーション”を買ったってやつがいてな。周りの奴らにそそのかされて本当に飲んだ奴がいたんだよ。んで、その時は結局何も起こらず場はシラけちまったんだが……』
『なんと、そのポーション飲んだ奴、数日で“フサフサ”になりやがったんだ』
ラビは「あー……なるほどですねぇ」とつぶやきつつ、心の中で(だからちょっと“寂しい”感じのおじさん冒険者ばかり来るのか……)と納得しました。
教えてくれたおじさん冒険者はさらに続けました。
『な、なぁ、恥を忍んで話したんだ!“フサフサそういうポーション”があるんじゃないのか?もちろん金なら払う!あるなら売ってくれ!』
ラビは、“その効果を狙って作ったポーションではないので在庫の有無が不明なこと“、“そもそもどのポーションを飲まれたかもわからないので再現するのが極めて難しいこと”、“その需要があるなら開発してみるが、期待はしないでほしいこと”などを努めて冷静に伝えました。
おじさん冒険者は残念そうにしつつも、度胸試しポーションを3つ購入していきました。
「……意外と気にしてるヤツいるんだな。ラビはウサギ族だしそういうのとは無縁っぽいけど」
「そうね、全然想定してなかった需要を開拓しちゃったみたい」
これをきっかけにラビは“そういうポーション”の開発に着手したそうです。
多くのおじさんから神様のように崇め奉られるようになるのは、それから数年後のことでした。
――
余談ですが、ポーションを3つ買っていったおじさん冒険者が後日追加購入に訪れました。
その時、前回のポーションの効果は何が出たのか聞いたところ、"笑いのツボが浅くなるポーション”と、"モノの声が聞こえるポーション”と、"ちょっとだけ浮遊してしまうポーション”だったそうです。
特に"モノの声が聞こえるポーション”がめっちゃしんどかったそうで、『自分ではモノを大切にするタイプだと思ってたけど、結構嫌われてたわ。ハハッ』と乾いた笑いを添えて話してくれました。
ラビとカロは何も言えませんでした。
【コッペパン】って所説あるんですけど、ドイツ語説の場合、「Koppe」は「山」や「丘」を意味してて、コッペパンの形が山や丘に似ていることからこの名前がついたらしいよ。
ちなみに、フランス語説の場合の語源は「coupé(クーペ)」で「切られた」という意味らしい。パンの焼き上げ前にナイフで切り込みを入れる工程や、サンドイッチ用に切れ目を入れることに関連しているといわれてるんだってさ。




