その5の2
「見ての通り、満身創痍といったところです」
「うん……。できるだけ力になるよ。何でも言ってね」
「ありがとうございます」
会話の途中、少女の視線がレグへと向けられた。
「ところでそこのイケメンさんは?
アムちゃんの知り合い?」
「イケメン……? はて? いったいどこに……?」
アムはわざとらしく、視線をきょろきょろと動かした。
レグは薄く苦笑しながら、少女に対して名乗った。
「ブサメンのレグ=リカールだ。
短い間だが、コイツの運転手をすることになった。
よろしく頼む」
「うん。私はノーラ=フリード。よろしくね」
少女、ノーラは快活に名乗った。
そのとき。
「ちょっと、じゃまなんだけど」
レグたちの後ろから、棘のある声が聞こえてきた。
「ああ。すまん」
レグは振り返り、声のほうを見た。
そこに女子がふたり立っていた。
一人は眩しいほどの金髪の女子。
その少し後ろに、地味な感じの茶髪の女子が控えていた。
「何? このみすぼらしい……みすぼらしい……男……は……」
金髪の女子は、最初にレグの服装を見て、それから視線を上げた。
そしてレグの顔をじっと見つめてきた。
「どうしたんですか? レッティさま」
後ろに居た茶髪の女子が、疑問を浮かべた。
レッティと呼ばれた金髪の女子は、少しだけ頬を赤くした。
「どうもしないわよ……!
本当にみすぼらしくて、逆に珍しいと思ってただけよ」
「なるほど……」
「それで、何なのこいつは」
「レグ=リカールだ。よろしく」
「名前は聞いてないわ」
そのときアムが口を開いた。
「彼は私のドライバーです」
レッティは表情の温度を冷やし、アムのほうを見た。
「オーウェイル……生きてたのね」
「はい。ご覧の通り」
レッティは見下したような表情で、アムのすぐ前に立った。
「ずいぶんと惨めな姿になったわね。
それに、こんな貧相な男をドライバーに雇うなんて、
オーウェイル家も落ちぶれて……」
レッティは、嫌味を言い終えることができなかった。
有無を言わさず、アムのガントレットが、彼女の顔面を掴んでいたからだ。
「いだだだだだだだだだっ!?」
凶器でこめかみを圧迫され、レッティは悲鳴を上げた。
「ぷっ……あはははははっ」
お嬢さまの蛮性を目の当たりにし、レグは笑った。
攻撃を喰らっている本人からすれば、笑い事ではないが。
苦しむレッティを見て、茶髪の少女が慌てふためいた様子を見せた。
「レッティさま!?
オーウェイルさん! やめてください!
そこの人も、笑ってないで助けてください……!」
「ああ。アム、やり過ぎだろ。友だち相手に」
笑みを残したまま、レグはアムを窘めた。
「友だちではないのですが……」
アムとしても、ここでレッティを仕留める気はなかったようだ。
特に未練もなさそうに、あっさりとレッティを解放した。
「うぅ……いきなり何をするのよ……」
レッティは涙目になり、自分の頭を撫でながら、アムを睨んだ。
「家名を侮辱されたようなので、
立ち向かおうかと思いまして」
「覚えてなさい……」
レッティは取り巻きらしき茶髪の少女を連れ、自分の席へと去っていった。
「温室育ちのお嬢さまかと思ってたら、意外とやるなぁ。見直したぜ」
レグは楽しげに言った。
「あなたに見直されても、嬉しくはないですけど」
アムはツンとして、視線をレグとは逆側に向けた。
「どういう関係なんだ? あのレッティって子と。
一方的に虐められてるわけじゃないみたいだが」
「彼女はヒリング一等貴族家の御令嬢です。
家格が同じということで、
何かと敵視されているようです」
「なるほど」
(自分が一番じゃないと我慢できない人間ってのは、
どこにでも居るもんだよな)
……。
レッティを退けた後は、特に騒動は起こらなかった。
少し待つと、授業の時間になった。
一時限目は数学だった。
レグとレイスは教室の奥で、授業の様子を見守ることになった。
(あぁ……なに言ってるかわかんねぇ……)
教師の話を理解できないレグは、うつらうつらと舟を漕ぎはじめた。
それを見た教師が、渋い顔になった。
レイスはレグを揺り起こした。
「んぅ……?」
「外の空気を吸いにいきましょうか」
レイスは小声でそう言った。
二人で静かに教室から出た。
広々とした廊下に立つと、レグが口を開いた。
「良いんですか? アムをほったらかしにして」
「教室には先生の目がありますから、
滅多なことは起こらないでしょう」
「……すいません。授業の内容が、俺にはちんぷんかんぷんで」
「普通の高校と比べると、
授業のレベルが高いかもしれませんね。この学校は」
「というか、高校に通ってないんですよ。俺。
田舎の中学を出て、
仲間とこっちに来て、冒険者になって、そして失敗した。
もう中学で習ったこともあんまり覚えてないですし、
ちょっと難しいですね」
レイスと二人で過ごしていると、学校のチャイムが鳴った。
教師が退出するのを見て、二人は教室に戻った。
レイスはアムに近付き、声をかけた。
「問題はありませんでしたか?」
「ええ。ノートを取っているときに、鉛筆が1本おれましたけど」
「えっ」
なぜだかレッティが、ぎょっとした様子を見せた。