エピローグの2(完)
「今度は逃がさない……」
そう呟いたムクの足元に、魔法陣が展開されていた。
逃走に失敗した邪龍に向かい、ルキナが前進した。
邪龍は頭を持ち上げて、口をルキナに向けた。
口内が闇の魔力で満ちた。
ブレスがはなたれた。
瞬間、ルキナは高く飛び上がった。
邪龍には、それが隙に見えたのだろう。
龍は即座に頭を上げて、ブレスでルキナを追いかけようとした。
そのとき、ルキナの体が輝いた。
スキルか、あるいは魔術の力か。
彼女は空中で不自然に軌道を変え、ふたたびブレスを回避した。
邪龍の目が、大きく見開かれた。
「これで……!」
宙を舞ったまま、ルキナは剣を、大上段に振りかぶった。
光り輝く剣が、邪龍へと振り下ろされた。
剣は龍の首を、斜めに切り裂いた。
断-ダン-と、邪龍の頭が落ちた。
龍の全身から力が抜け、がっくりと地に伏した。
世界を恐怖に陥れた大魔獣も、頭を失っては生きてはいられないらしい。
邪龍の体が消滅していく。
死体が消えた後には、闇色の魔石が残った。
ルキナの活躍を見ていた兵士たちが、感嘆の声を漏らした。
「邪龍の首を一撃で……」
「さすがは国いちばんの冒険者ということか」
(違う……これは……)
この戦果が自分たちだけのモノではないと、ルキナと仲間たちは気付いていた。
「リカールさん……!」
ルキナはレグに駆け寄った。
レグは満身創痍となり、左肩から血を多く流していた。
「あなたは……またこんなふうに……」
ルキナが悲しそうにしていると、レグが目を開いた。
「う……」
「リカールさん……!」
「生きてるか……?」
「はい。生きています。絶対に死なせません」
「そうか……アムは無事か……」
レグがそう言うと、ルキナははっとした様子でアムのほうを見た。
猫の背にぐったりと乗せられたアムは、しっかりと目を開いていた。
命に関わるような傷はなさそうだ。
ルキナはレグに視線を戻した。
「…………はい」
少し悲しそうに、ルキナはレグに答えた。
「良かっ……た……」
アムの無事を知ると、レグは安らかに目を閉じた。
「リカールさん……!?
治癒術師……! 急いで……!」
……。
ベッドの上で、レグは目覚めた。
「生き残ったか……」
体を起こすと、そこが病院らしいということはわかった。
死にに行ったつもりが、誰ぞに救助されたらしい。
「まだ生きるつもりか。おまえは」
自身の生き汚さに、レグは苦笑した。
「生きたくないんですか?」
左から、アムの声が聞こえてきた。
見るとベッドのそばで、アムが車椅子に座っているのが見えた。
驚いた様子もなく、レグはアムに答えた。
「全部を終わらせに行ったんだ。
アンレイドラと決着をつける。
そのためだけに生きてきた。
後のことなんて、考えたくもなかった」
「決着はつきました。
あなたは敗れ、しかし最終的には勝者となった。
後は好きに生きれば良いとおもいますけど」
「好きに生きろだと?
好きな女も抱けないのに、
どう好きに生きろって言うんだ?」
「好きな女も抱けない? 本当にそうでしょうか?」
「あ?」
「何か気付いたことはありませんか?」
「何かって……」
まだぼんやりとしている頭で、レグは周囲を見た。
周囲の光景に異常はない。
そう思ったレグは、自分の体を見た。
左腕が……ある。
邪龍のブレスに吹き飛ばされたはずの腕が。
一気に目が覚めたレグは、バッとベッドの上に立った。
そしてズボンとパンツを同時に下ろし、下半身を確認した。
「有る……!」
失われたはずの三本の脚が、そこにはあった。
「いきなり脱がないでください!?」
アムは顔を真っ赤にして、目を逸らしたフリをした。
「ああ、悪いな」
レグはパンツを履き直し、ベッドの上に腰をおろした。
「……それで、どういうことだ? こいつは?」
「わかりませんか?」
「エリクサーだな?」
「はい。そのとおりです」
治癒術やユニークスキルの可能性も、ないとは言えない。
だがそんな高度な術師が居るなんて、レグは聞いたことがない。
「二つ手に入ったのか? おまえの分と、もう一つ」
アムがエリクサーを手に入れられそうだという話は、以前に聞いていた。
だがまさか、自分にもおこぼれが来るなんて。
そんな都合の良いことがありうるものか。
「いいえ。手に入ったエリクサーは一つだけです」
レグはじっとアムを見た。
アムはこれまでと同様に、車椅子に腰かけている。
その手にも、無骨なガントレットがはめられたままだ。
たった一つのエリクサーを、アムはレグのために使ったというのか。
「おまえの希望だったんじゃねえのかよ。
エリクサーが手に入って、いつか元の体に戻れる。
それを希望に頑張ってきたんじゃねえのかよ。
継承問題はどうするんだ。女王サマよ」
「今の私には、レグのほうがたいせつですから。
そんなふうに思ってしまう私に、
きっと玉座は似合いません」
そう言ったアムの表情に、迷いは見られなかった。
「くっだらねぇ……。良いか?
恋なんてのはな、いっときの魔法みたいなもんだ。
どれだけ大事に思ってても、いつかふっと消えてなくなる。
その程度のもんだ。
人生を賭けて良いようなもんじゃねぇんだよ。
ガキの浅はかな考えで、人生を台無しにしたんだ。おまえは」
「ガキって、二歳しか違わないくせに。
はぁ。台無しですか」
「ああ。台無しだ」
「そうですか。私の人生はめちゃくちゃですか。
国のトップに立つはずが、
冴えない冒険者崩れに恋焦がれて、めちゃくちゃ。
あなたのせいですね。レグ」
「テメェで勝手にやったんだろうがよ。まったく……」
「知りません。
あなたは後ろ向きな理屈ばっかり口にしますよね。
そんなことより先に、
もっと大切なことを口にすべきではないのですか?」
「何だよ? その大切なことっていうのは」
「あなたは私に……恋をしてくださらないのですか?」
「…………」
レグは黙ってベッドから下りた。
そしてアムに身を寄せ、唇を重ねた。
「これで良いか?」
「……うまく伝わりませんでした。
もっとはっきりとした答えが欲しいです」
「欲張りめ」
レグはアムを抱え上げ、ベッドに移した。
そして真っ赤になったアムを見下ろして、こう囁いた。
「台無しにしてやる」
……。
猫と廊下を歩いていたレイスは、レグの病室のドアを、静かに少しだけ開いた。
そして中の様子に気付くと、そっとドアを閉じた。
後ろをついてきていた猫が、こてんと首をかしげて鳴いた。
~おしまい~
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回作は未定です。




