その3の2
「はじめまして。ぼくはキリアン=オーウェイル。よろしく」
少年は、アムと同じ家名を名乗った。
深く考えるまでもなく、一等貴族家の子供のようだ。
「レグ=リカールです。おじゃましてます」
「そう硬くならないで。
きみがねえさんのドライバーになるのかな?」
(『ねえさん』……クライアントの弟くんか。
姉より背が高いな。
あんまり弟って感じもしない)
少年、キリアンの外見年齢は、アムとほとんど同じくらいに見えた。
あまり年が離れていないのか、それとも早熟なのか。
少し観察したくらいでは判別がつかない。
……さて。姉のアムにタメ口なのに、弟のキリアンに畏まることもないか。
そう考えたレグは、くだけた口調でキリアンに答えた。
「一応は。
まあ、すぐに辞めることになると思うけど」
「どうして?」
「まず、ドライバー候補が男ってのが、
向こうには想定外だったらしい」
「そう。猫に二人乗りってなると、
けっこう近付くことになるもんね。
まあでも、とりあえずは働くことになったんだね?」
「俺を雇わないと、留年の危機だそうだ」
「ははは。それは文句を言ってもいられないね。
ちょっと気難しいところもあるけど、
大事な次期当主さまだから、
なるべく優しくしてあげてよ」
「次期当主か」
「うん?」
「あれだけの怪我をしてても、
一等貴族っていうのは継げるもんなのか?」
詳しいことは知らないが、一等貴族というのはそれなりにたいへんな立場のはず。
体にハンデがあっても問題はないのかと、レグは疑問に思った。
「簡単ではないと思うけど、
ぼくはこの家を継ぐのは、ねえさんがふさわしいと思うよ」
問題はあるが、不可能というほどでもない。
そんなところだろうか。
(この言い様、姉を尊敬してるみたいだな。
俺にとっては今のところは、
めんどうなクライアントでしかないが……)
「……やっぱり一等貴族ともなると、
エリクサーなんかも簡単に手に入ったりするのか?」
レグは消化不良だった疑問を、キリアンに向けてみることにした。
「エリクサー? いや。
ぼくたちから見ても、
エリクサーっていうのは貴重品だけど」
「そうか」
「どうしたの?」
「アムが、オーウェイル一等貴族だったら、
エリクサーを必ず手に入れられると言ってたもんで」
「必ず? うーん。それは難しいと思うけどな。
願望も入ってると思う……。
って、ぼくがこう言ってたことは、ねえさんには言わないでね」
「わかった」
「ありがとう。それじゃあそろそろ行くよ」
キリアンは応接室から去っていった。
レグが退屈な時間を過ごしていると、やがてドアが開いた。
(やっとか)
やっとメイドが来たのかと、レグは思った。だが。
「はじめまして。ドライバーくん」
声のぬしは、メイドのレイスではなかった。
新たに応接室に現れたのは、40歳くらいの男女だった。
距離感を見るに、夫婦のようだ。
明らかに身なりが良い。
アムよりも格上の相手と見て、レグは背筋を伸ばした。
「……はじめまして」
「私はジャバック=オーウェイルだ。一等貴族をやっている。
こっちは妻のシトリーだ」
予想はできていたが、相手はアムの両親のようだ。
「よろしくね。ドライバーさん」
シトリーの声音は穏やかで、柔らかかった。
「……庶民をやってます。レグ=リカールです」
レグは態度に硬さを残し、探るように相手の言葉を待った。
「ふむ……」
ジャバックが、レグをじろじろと観察してきた。
その仕草が大げさに思えて、レグは疑問符を浮かべた。
「あの……?」
「きみは安全な男だと、ハリケーンから聞いている。
くれぐれも、間違いがないようにな」
「それはわかってますけど……」
「頼んだよ」
ジャバックはレグに身を寄せてきた。
そして強くレグの肩を叩き、応接室から去っていった。
シトリーも、ジャバックと共に去った。
(あ~こわ)
妙に疲労感を覚え、レグは姿勢を崩した。
それからさらに待つと、ようやくレイスが入室してきた。
「お待たせしました」
彼女はレグの向かいに座り、ローテーブルに書類を置いた。
「こちらの書類にサインをお願いします」
「わかりました」