その3の1「レグとアムの家族」
アムにはレグとキサクに語らう意図はないようだ。
室内には沈黙が訪れた。
物凄く気まずい……というほどでもないが、良い雰囲気とも言いがたい。
(なんか話を振ってみるか)
レグは環境改善に努めてみることに決めた。
「なあ、アム」
「……なれなれしいですね。あなた」
アムはツンと指摘を口にした。
たしかに。
雇い主への口調としては、ちょっとフレンドリーすぎるかもしれない。
そう納得しつつも、レグには悪びれた様子はない。
「どうせ雇ってもらえない雰囲気だったから、
気を遣うのも止めようかなって。
まあ結局は働くことになったわけだが」
「ギルド長が言うには、
あなたは品行方正だという話ですが。
話と違い、ずいぶんと現金な方のようですね」
「そうだな。だからこそ、カネにならないことはしないさ。信用してくれ」
「……それで何のお話ですか?」
「その腕につけてるのは、魔導器か?」
レグの疑問が、アムのガントレットへと向かった。
ガントレットのせいで、小さいはずのアムの手が、倍は大きく見える。
並の令嬢が、こんなごついモノをふだん使いするわけがない。
有史以来、こんなファッションが流行ったことはないはずだ。
ただのガントレットでないということは、容易に想像がついた。
「ええ」
アムが頷いた。
「元は腕をなくした人のための義手なのですが、
少し改造してもらって、
中に手を通せるようにしてあるのです。
ちょっと見た目が物々しいですが……。
これがないと、私は指先すら動かせません」
「脚は?
義足も用意してもらって、
歩けるようにならないのか?」
「無理ですね。
人が歩くためには、胴体の力も必要になりますから」
(首から下がまるでダメなのか。このお嬢さまは)
「……病気なのか?」
「いいえ。少し前に事故にあったのです。
交通事故です。
だから私は、猫車が恐ろしいのです」
「そうか。たいへんだったな」
「べつに、今だけのことですから」
「……今だけ?」
「すぐにお父さまが、エリクサーを手に入れてくださいます」
「エリクサーって……」
レグが言葉に詰まると、アムは意外そうな表情を見せた。
「おや。知らないのですか? 冒険者なのに」
この世界には、ダンジョンと呼ばれる大迷宮が散在している。
魔獣を生み出す迷宮は、人々に災厄と恵みをもたらす。
エリクサーは、伝説的な知名度を誇るダンジョン産の霊薬だ。
元冒険者だったレグも、それくらいは当然に知っている。
レグが言葉を詰まらせたのは、無知が原因ではない。
「知ってるさ。けど、簡単に手に入るもんじゃないだろう。
エリクサーってのは」
(カネで手に入れようとしたら、
安くても500億サークルはかかる。
たとえ一等貴族でも、簡単に支払えるような額じゃない)
一等貴族ともなれば、莫大な資産と収入を持っているはずだ。
年収で言えば、数億サークルはあるかもしれない。
だが、貴族的な資産の多くは、貴族的な維持費も必要とする。
収入の全てが、新たな財産として積み重なっていくわけではない。
500億サークルは、貴族にとっても大金と言えるはずだが……。
「たしかに簡単ではないでしょう。
ですが、お父さまが手に入れると言ったのですから、
必ず手にはいるに決まっています」
「どうやって?」
(資産を山ほど売り払えば、
届くのかもしれんが、
クスリ一瓶にそこまで出来るもんかね?)
「それは……」
アムからは、歯切れの良い返答はなかった。
彼女はまだ小娘だ。
家の財政に関して、多くは知らされていないのかもしれない。
「冷静に考えたら、
もう私がここに留まる理由もありませんでした」
ごまかすように、アムは話を切り替えた。
「それではさようなら。明日の仕事に遅れないように」
「はいはい」
「ハイは1回にしてください」
「へい」
「…………」
ふざけるレグを軽く睨み、アムは去っていった。
レグは応接室に一人になった。
(気楽にはなったが……退屈だな)
ひとめがなくなったことで、レグはだらけた。
元々たいして気を遣ってもいなかったが、さらにだらけた。
ソファでぐでーんとしていると、やがてドアが開いた。
(おっと)
さすがにだらけ過ぎたかなと、レグは居住まいを正した。
ドアのほうを見ると、身なりの良い少年が入ってくるのが見えた。