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その2「車椅子令嬢と運転手」


 内心の違和感は無視し、レグは営業スマイルを浮かべた。



「どうも。おじゃましてます」



 対する少女の表情は、あまり友好的とは言えなかった。



「待ってください。レイ。どういうことですか?」



 少女は硬い顔で、レイと呼んだメイドに疑問を向けた。



「どう……と言われますと?」



「男の人だなんて聞いていませんが」



「ハリケーンさまからは、


 品行方正で安全な殿方だとうかがっております」



「そういう問題では……」



「あの~」



 レグが口を挟んだ。



「俺が男だと問題がある仕事なんですか?」



「大有りです」



 少女はきっぱりとそう言った。



(どういうことだ……?


 クライアントとギルド長で、何か行き違いがあったのか?


 俺が適任みたいなこと言ってたのは何だったんだよ……?)



「まさか、ここまで来て依頼キャンセルですか?」



 レグが尋ねると、少女はすかさずこう言った。



「はい。そうですね。それが良いです。そうしましょう」



 深く考えずとも、レグが少女に歓迎されていないのは明らかだった。



「参ったなこりゃ……」



「何がですか?」



 平坦な疑問を向けてきた少女を、レグは睨むように見た。



「俺は貧乏ぐらしで、


 高額の依頼だって聞いたから、


 すがる思いでやって来たんだ。


 そっちからすれば、


 人の首を切るのなんて、顎先ひとつの簡単なことかもしれないけどな。


 こっちは人生がかかってるんだ」



 レグには欲しいものがある。



 低収入のレグでは、普通にやっていては手に入らないものだ。



 今回の仕事さえこなせばなんとかできる。



 そう聞いたから、仕事を受けることに決めたのに。



 まともに話を聞く前に、門前払いのような扱いを受けるとは。



 レグの立場からすれば、苛立ちを感じずにはいられなかった。



「人を悪徳貴族みたいに言わないで欲しいのですが……。


 レイ。どうしましょうか?」



 まったくの倣岸というわけでもないのか。



 レグの気持ちを知った少女は、老メイドに意見を求めた。



「せっかくこうして来ていただいたのです。


 まずは面接をして、


 なんらかの結論を出すのは、


 それからでも遅くはないのではありませんか?」



「……わかりました。


 私はアム=オーウェイル」



 まっすぐにレグを見て、少女は名乗った。



「オーウェイル一等貴族家の長女です。


 彼女はレイス=ナーガエール。私の専属メイドです。


 あなたは?」



(……一等貴族。大物だな。


 下手をすれば俺の首が飛ぶ……って時代でもない。


 そう思いたいがな)



 相手の地位を考えれば、シタテに出たほうが良いのかもしれない。



 だが、いちど機嫌を損ねているレグは、へりくだらずに名乗った。



「レグ=リカールだ。


 ふだんは清掃員をやっている」



「清掃? 冒険者ではないのですか?」



 少女、アムは、レグの素性をまるで知らないようだ。



 ギルド長は、自分について何の説明もしなかったのだろうか。



 大金がかかっている仕事の仲介が、どうしてこうも杜黙詩撰なのか。



 そんな疑問を押し殺し、レグは話を続けた。



「昔はな。


 身のほどを知って、足を洗った。


 よくある話だろ?」



「そう。……まぁいいでしょう。


 私が探していたのは、ドライバーです。


 学校までの送り迎えをしてくれる


 サーベル猫の御者を探してたのです」



「御者って、ギルドに頼むようなことか?


 ちょっと求人広告を出せば、


 いくらでも人は集まると思うけど」



 レグは元冒険者だ。



 常人よりも力が優れている。



 それを買われての人選かと思えば、まさか運転手とは。



 猫の運転に、冒険者の力など必要がない。



 どちらかと言えば、猫に慣れていることのほうが重要だろう。



 レグも成人男子ではあるから、猫の運転くらいはできる。



 だが、特別に上手いということもない。



 どうして今回の件に自分が呼ばれたのか。



 ひょっとするとギルド長のお情けだろうか。



 そんなふうに考えながら、レグは相手の言葉を待った。



「あなたはレアスキルの『収納』を持っているのでしょう?」



「そうだけど」



「見てのとおり、私は車椅子生活です。


 猫に乗っているあいだ、


 スキルで車椅子を運んで欲しいのです」



「……ちょっとわかんねぇな。


 車椅子くらい、猫車に乗せられないのか?」



 金持ちのお嬢さまなら、立派な車をお持ちだろうに。



 レグが疑問を向けると、アムは気弱げにこう言った。



「……ダメなのです」



「はい?」



「私は猫車が苦手なのです。


 見るだけでも、ちょっと嫌になるくらいに」



「難儀だな。


 猫車なんて、町じゅうを走ってる」



「だから外を出歩かないことにしています。


 必要がなければですが。


 けど、いつまでも学校を休んでいるわけにもいきませんから。


 通学のため、ドライバーを雇おうという話になったのです。


 なのに、男の人が来るなんて……」



「俺が男だとそんなに問題なのか?」



「あたりまえです。


 男の人と猫に乗るだなんて、


 何をされるかわからないですし、ハレンチです」



「ハレンチって大げさな」



「あなたは男だからそういうことが言えるのです」



「……大事な雇い主に手を出したりはしないさ。


 おまけにオタクは一等貴族だ。


 何かやらかしたら、後が怖い」



「理屈なら何とでも言えます」



「どうしても譲れないか?


 だったらそろそろ帰らせてもらうが」



 用済みだと言うのなら、居心地の悪いソファに長居する理由もない。



 レグは立ち上がり、応接室のドアに向かおうとした。



「お待ちください……!」



 アムではなく、老メイドのレイスのほうが、レグを呼び止めてきた。



 その声音からは、妙な必死さが感じられた。



 隣に居るアムとはなぜか温度差がある。



「何ですか」



 レグはレイスへと向き直った。



「これ以上ヒトさがしに時間をかけていては、


 アムさまは 留! 年! してしまうかもしれません……!


 由緒ある一等貴族家の令嬢にとって、


 由々しき事態です……!」



「なるほど。そいつは愉快ですね」



 妙に必死だったのは、出席日数が原因だったのか。



 想像よりのどかな答えに、レグは笑いそうになった。



 一方でアムは、レイスの言葉に驚きを見せていた。



「愉快じゃないですけど!?


 えっ私の出席日数って、そこまで不味いことになっていたのですか……?」



「じつは」



「そういうことは、もっと早くに言って欲しかったのです……」



「この面接が上手く行けば、


 特に問題はない範囲でしたので」



「っ……背に腹は代えられません」



 びしりと。



 アムの硬い指先が、レグへと向けられた。



「あなたを特別に、


 後任が見つかるまでの間だけ、雇ってあげても良いのです」



 レグはヘラヘラと笑って答えた。



「いや、そんな無理に雇ってもらわなくても良いぞ。


 俺はもう帰るんで。それじゃ」



「足元を見ないでください!?」




 ……。




 何やら雇ってもらえそうな雰囲気だ。



 レグは立ったまま、仕事の話を進めることにした。



「それで……仕事はいつから?」



「明日の朝から。遅刻をしないようにお願いします。


 それと、もうちょっとまともな格好に着替えてきてください」



 アムはそう言って、渋い顔でレグの全身を見た。



 対するレグは、気乗りしない様子を見せた。



「それはちょっと……」



「何なのですか?」



「このズボンはお気に入りなんでな」



「えぇ……?」



 そのだらしないズボンのどこに、気に入る要素があるのか。



 アムはダンジョン生命体を見る目をレグへと向けた。



 レグはそれを無視し、応接室から退出しようとした。



「それじゃ、また明日」



「お待ちください」



 レイスが呼び止めてきた。



「ナーガエールさん?」



「そう畏まらずに、気軽にレイとお呼びください」



「そういうわけには……。それで、何ですか?」



「一等貴族家が人を雇うわけですから、


 口約束というわけにはまいりません。


 雇用契約書を用意します」



「ご丁寧にどうも」



「それでは、契約書の準備が終わるまで、少々お待ちください」



 去ろうと思っていたレグの代わりに、レイスが退出した。



 部屋にはレグとアムの二人が残された。



「……………………」



「……………………」



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