表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/58

その10の2


「ん? ああ。何だっけ?」



「……何でもありません!」



 なぜかぼんやりとしたレグに、アムは機嫌を損ねた。



 まじめに話をしていたのに、どうして聞いていないのか。



 アムは不機嫌顔を隠さずに、車椅子を加速させた。



「おい……悪かったって」



 レグは脚を早め、アムの後を追った。



 結局のところ、二人の目的地は同じだ。



 猫小屋で待っていたアムに、レグはすぐ追いついた。



「……遅いですよ」



「はいはい。悪うございました」



 不機嫌なままのアムを猫に乗せ、レグはオーウェイル邸に移動した。



 そしていつものように、猫小屋に猫を収めた。



「それでは。また明日」



 アムは小屋の前で、ツンとレグに背中を向けた。



 レグは何かを考えている表情で、庭の門に脚を向けた。



 そのときレグの前に、学校帰りのキリアンが姿を見せた。



「やあ。こんにちは」



「ああ。おかえり」



 キリアンの挨拶に答えた後、レグは彼にこう尋ねた。



「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いか?」



「良いけど。ねえさんのことかな?」



「関係はあるんだが……」



「うん?」



「カヤックって何だ?」



「えっ?」



 よっぽど想定外の質問だったのか。



 キリアンは普段は見せないぽかんとした顔を見せた。



「キリアンも知らないのか……。


 カヤック……いったい何者なんだ……?」



「いや知ってるけど」



「そうか。どういうのなんだ? 猫に似てるか?」



「猫には似てないよ。


 カヤックっていうのはただの小舟だよ。


 長いパドルを使って漕ぐんだ。


 それ、屋外学習の話だよね?」



「ああ。アムが乗り気じゃない感じだったから、


 カヤックっていうのが怖いのかと思ったんだが、


 べつにワニとかサメみたいなやつでもないんだな」



「きみって意外と浮世離れしてるよね。


 じつはどこかの偉い人だったりしない?」



「まさか。ド田舎出身の、ただの田舎者だよ。


 けど、そうか。ただの舟か……」



「ただの舟でも、ねえさんには怖いと思うよ。


 今のねえさんは水に落ちたら、


 自分で岸に戻ることも難しいんだから」



「引っ張り上げてやるよ。俺と猫で」



「それ、ねえさんに言った?」



「いや」



「だったらちゃんと言ったほうが良いと思うな。


 それと……たとえ溺れなかったとしても、


 ねえさんにカヤックは難しいかもしれない」



「たかが小舟だろ?


 あいつは腕は動くし、漕ぐくらいはできるんじゃないのか?」



「カヤックには車椅子みたいな背もたれはないんだ。


 ベルトがないと椅子にも座ってられないねえさんに、


 乗りこなせると思うの?」



「キリアンも、アムは屋外学習を休んだほうが良いと思うか?」



「ううん。


 ぼくは出来ればねえさんには、


 人生を楽しんで欲しいと思ってるよ」



「そうか。ん。背もたれ。背もたれか」



「うん?」




 ……。




 レグは帰宅をとりやめて、キリアンと共にオーウェイル邸に入った。



 そして彼と途中で別れ、アムの部屋の前に立った。



 レグはすぐドアノブに触れたが、思いとどまって手をはなした。



(まずはノックだったかな)



 コンコンと、レグはドアを叩いた。



 すると室内から、レイスの声が返って来た。



「どちらさまですか?」



「リカールです。入っても良いですか?」



「はい。どうぞ」



「ちょっとレイ……!?」



 アムが声を荒らげるのが聞こえたが、レグはそれを無視した。



 すぐにドアを開けて、部屋の中に入っていった。



 すると丸テーブルのそばに居たアムが、レグを睨みつけてきた。



「……何ですか? 帰ったのではなかったのですか?」



「知ってるか? カヤックっていうのはサメじゃない」



「はい?」



「ワニでもないぞ」



「知ってますけど」



 レグの言動が意味不明すぎたらしい。



 アムの表情から、ぽかんと毒気が抜けた。



「よし。カヤックに背もたれをつけるぞ」



「はい?」



 何が『よし』なのか。



 アムが脱力していると、レグが説明を続けた。



「おまえは自分がカヤックに乗れないかもしれないと思ってる。


 だから屋外学習に行きたくないんじゃないか?」



「かもと言うか……普通に乗れないと思いますけど。


 問題はそれだけではありません。


 車椅子では、登山も厳しいでしょう」



「そんなもん、猫にでも乗っていけば良いだろ」



「それは……登山の意味がないのでは?」



「何だ? その意味ってのは?


 一人で休んで家に引きこもってたら、


 その意味ってやつは沸いて出るのか?」



「…………」



 反論が思い浮かばなかったようで、アムは黙ってしまった。



 レグはそれを見て、合意を得たと判断したようだ。



「よし。登山は解決だな。


 それじゃあカヤックをなんとかしようぜ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ