その9の1「アムとオペラ」
「やめないかエナンカくん……! 失礼だぞ……!」
ルキナはエランを睨んだ。
ルキナからすれば、レグは世話になった先輩だ。
そんな彼を侮辱する態度を、見過ごすことはできないようだ。
「良いさ。たしかに俺は臆病者だ」
「リカールさん……」
当事者のレグに割って入られて、ルキナは怒りを鎮めた。
「そういうわけだから、戦力が欲しかったら、他を当たってくれ」
「……はい」
……。
次の国王には誰がなるかなど、無難な話題を経て、一行は食事を終えた。
レストランから出ると、ルキナはレグから少し距離を取り、彼に向き直った。
「また会えて嬉しかったです。それでは」
「ああ。がんばれよ」
頭を下げ、ルキナは立ち去ろうとした。
だが、エランがその場に留まったので、ルキナは彼に振り向いた。
「エナンカくん?」
「ちょっと寄り道したいんで、別行動させてもらいます」
「そう。それじゃ」
エランを除いたパーティが、レグたちの前から去っていった。
エランは動かずに、レグの前に留まり続けた。
「寄り道は良いのか?」
ルキナたちの姿が見えなくなると、レグが口を開いた。
そのとき、エランが急に、レグとの距離を詰めてきた。
「ぐっ……」
レグは呻いた。
レグの腹に、エランの拳が突き刺さっていた。
「レグ……!」
二拍遅れて、アムが驚きを見せた。
「何のつもりですか」
レイスがレグの前に立ち、エランを睨んだ。
「にゃぁぁ……!」
シルクもレグを庇って立った。
「また……女に助けてもらうつもりか? なあ、先輩」
「…………」
レグは感情の読めない表情で、レイスの前に出た。
「俺のことが気に入らないらしいな。エナンカくんは」
「あたりまえだ。調子に乗るなよ。
運良く助けられて縁ができただけのザコが、
レイガルルさんに馴れ馴れしくしてんじゃねぇよ」
エランはルキナに対し、少なからぬ想いを抱いているようだ。
ルキナに近付くレグのことを、目障りに思ったらしい。
(敬愛か、男としての気持ちか。
……まあ、どっちでもいいか。
レイガルルのやつ、
うるさいガキだと思ってたが、
いつの間にかモテるようになったもんだな)
レグは薄く笑い、エランの眼光を受け流してこう言った。
「そうカリカリするなよ。
俺はしょぼくれたドライバーで、
あいつは世界を股にかける冒険者だ。
今日はたまたま会ったってだけで、たいした接点もない。
今回みたいなのは、これっきりだ。
妬くようなことでもないだろ? なぁ?」
「…………」
覇気のないレグの態度に、エランは毒気を抜かれたように見えた。
「身のほどを知ってんなら良いんだよ。
ったく……レイガルルさんは、どうしてこんな奴を……」
腑抜けとは張り合う必要もないと思ったのか。
ぶつくさと言いながら、エランは去っていく。
そんな彼の背中を、アムが睨みつけた。
「何なのですかあの無礼な男は……!
レイ。あの男の後頭部をひっぱたいてやってください」
「……ご命令とあらば」
レイスは重い口調でそう答えた。
アムがさらに何かを言う前に、レグが割って入った。
「やめろよ。相手は特級冒険者だ。
ナーガエールさんを死なせたいのか?」
「そこまでの技量なのですか? あの男は」
自分が軽率なことを言ったと気付いたのか。
アムは肝が冷えたような表情を見せた。
「あのレイガルルが、
そのへんの二流をパーティに入れるわけねぇだろ」
「それは……むぅ……なんだかもやもやします」
アムから見たエランは、理不尽に暴力をふるうロクでなしだ。
憧れのルキナがそんな男を認めているということが、納得できないらしい。
「世の中そんなもんだ。
とっとと忘れろ」
アムの気持ちを切り替えさせようと、レグはこう提案した。
「他に買いたいもんはないのか?」
「それなら……服でも見に行きましょうか。
そろそろそのズタ袋のようなズボンを、履き替えてもらいますよ」
エランへの鬱憤の捌け口のように、アムはレグの下半身を睨んだ。
「そんなに人のズボンを脱がせたいのかよ」
いやんと、レグはわざとらしく身を縮めてみせた。
「妙な言い方をしないでください。さあ、行きましょう」
「やだよ。俺はいいんだよこれで」
「まったく強情なんですから……」
やはりレグが譲らないので、ズボンを買う話はナシになった。
気晴らしにドライブした後、一行はアムの家に帰還した。
猫小屋で車椅子に座ると、アムがレグにこう言った。
「今日は見直しましたよ。
まさかレグに、レイガルルさんとお知り合いだなんて長所が有るだなんて」
「……長所かそれ? 俺の評価点そこだけ?」
「ふふっ。ところでレグ。
あなたは当然、明日もヒマですよね?」
「当然じゃないが? まぁヒマだけど」
「オペラに興味はありませんか?」
「ないけど」
レグが即答したので、アムは固まってしまった。