その8の2
「ありがとうございます」
アムがルキナに答えた。
次にルキナが、レグにこう尋ねた。
「リカールさんは、
彼女のボディガードをやっているんですか?」
ルキナはレグの前職を知っている。
冒険者としての力を活かした職についたのだと想像したらしい。
「いや。そんな荒っぽいやつじゃない。
平和に猫のドライバーをやらせてもらってるよ」
そう言ったレグを、アムが何か言いたそうに見た。
レグは視線を返したが、アムが何も言わないので、ルキナに視線を戻した。
「そうなんですか。
元気そうなのは良かったですけど……」
「そっちはどうしたんだ? リュートは?」
かつてのルキナのパーティメンバー全員を、レグは把握していた。
だが、アイシャ=リュートという冒険者の姿が、今日は見当たらない。
「アイシャは冒険者から脚を洗うことになりました」
ルキナは穏やかにそう答えた。
「まさか……」
冒険者は、凶悪な魔獣と戦う危険な職業だ。
彼らの引退理由のいくらかは、あまり明るいものではない。
良くない事態を想定し、レグは眉をひそめたのだが……。
「いえ。そんな深刻な話ではなく、
寿退社というやつです」
「そうか。そいつはめでたい」
レグの表情が、明るく弛んだ。
「はい。それで彼が、
アイシャの代わりに入ってもらうことになった
エラン=エナンカくんです」
ルキナは仲間の男に視線を向けた。
身軽そうな防具に身を包んだ中背の男に。
「リカールだ。よろしく」
レグはエラン=エナンカに、友好的な笑みを向けた。だが。
「はぁ。どうも」
エランから返ってきたのは、実に無愛想な態度だった。
ルキナは気まずげな表情を見せた。
「……気難しいんです。エナンカくんは。すいません」
「良いさ」
気分を害した様子もなく、レグは話を続けた。
「それでどうして王都に?
外国のダンジョンで活躍してるって聞いたが」
かつてのルキナたちは、国内のダンジョンで活動していた。
だがパーティが成長するにつれ、国内だけでは物足りなくなったらしい。
より大きな成果を求め、外へと旅立っていった。
それがなぜ、今になって帰ってきたのか。
「……わかりませんか?」
「アンレイドラか」
レグの予想を聞いて、ルキナは頷いた。
「その通りです」
次にアムが口を開いた。
「アンレイドラと言うと……」
「ああ。七大邪龍って呼ばれる最悪の邪龍の一体で、
2年前にレイガルルたちが戦った相手だ」
「知ってます。
レイガルルさんたちが邪龍を追い払って、
オム島の危機を救ったんですよね。
ニュースにもなった偉業です」
アムが誇らしげに言うと、ルキナは陰りのある表情でこう言った。
「手負いの邪龍に逃げられただけの話で、
偉業なんて大したものじゃないんだけどね」
魔獣を滅ぼしたわけでもなく、ただ追い払っただけ。
それが偉業と見られるのは、邪龍という存在が、特別視されているからだ。
強敵に立ち向かったルキナたちは、同業者にもいちもく置かれている。
だがルキナ自身は、その結果に満足がいっていない様子だった。
「島が一つ救われたんですから、凄いことですよ」
「だと良いけどね。
その邪龍、アンレイドラが、戻ってくるかもしれない」
「……らしいな」
レグが頷いた。
「どういうことですか?」
アムの疑問に、ルキナが答えた。
「少し前、東にあるルキスという国の、
リプモックという山で、
登山者がドラゴンに殺される事件が起こった。
生存者の証言から、
ドラゴンの特徴が、アンレイドラに酷似していることがわかった。
それで調査が行われたんだけど、
ドラゴンは少しずつ移動して、
西に向かってきているらしい。
このままだとあいつは、この国にたどり着くはずだ」
「どうして邪龍は
こちらに向かっているのでしょうか?」
「わからないけど……ひょっとすると、
忘れられないのかもしれないね。
自分に深い手傷を負わせた相手が」
それから一拍おいて、ルキナはレグの名字を呼んだ。
「……リカールさん」
「ん?」
「あの日から私たちは、
必死に腕を磨いてきました。
むざむざとやられるつもりはありません。
ですが、邪龍に立ち向かうためには、
少しでも戦力は多いほうが良い。
もしよろしければ、
邪龍との戦いに加わってはいただけませんか?」
「無理だよ。俺はもう戦えない」
「はっ」
消極的なレグの態度を見て、エランが笑いを漏らした。
「なさけのない奴だな」
レグをバカにした後、エランはルキナに話しかけた。
「レイガルルさん。こんな臆病者の手助けなんていりませんよ。
俺たちだけでじゅうぶんです」