その7の2
休日もドライバーをやれと。アムはそう言いたいらしい。
「え~? めんどくせぇなぁ。
筆記用具くらい、召使いに買いに行かせられんのか?」
どうせ暇人のくせに、休みに働かされるのは嫌なのか。
レグは渋る態度を見せた。
「できますけど。それでは味気ないでしょう?
……いけませんか?」
元々レグには、誘いを断る大きな理由はない。
ちょっと強めに頼まれたことで、彼はすぐに折れた。
「わかったよ。何時に来れば良い?」
「いつもより遅めで、9時くらいで良いですよ」
「りょーかい」
週に二日ある休日の初日、先休日-さききゅうじつ-。
レグは普段よりも少し遅れて、アムの家を訪れた。
それから猫を運転し、レグはショッピングエリアに向かった。
アムの指示を受け、レグは文具店の前で猫を止めた。
お金持ちは、文房具を買う店も、庶民とは違うのかな。
レグはそんなふうに思いながら、落ち着いた雰囲気のファサードを眺めた。
そしてアム、レイスといっしょに、店の中に入っていった。
「う~ん……」
アムは商品棚に向かい、並べられた赤ペンを睨みつけた。
「レグ。あなたはどちらが良いと思いますか?」
「たかがペンだろ? どっちでも変わらんだろ」
似たような物が並んでいる。
ちょっと見た目は違うかもしれないが、大きな差はなさそうだ。
繊細さに欠けるレグには、そう思うことしかできなかった。
アムは少しむっとしたふうにこう言った。
「変わりますけど」
「だったら良いと思うほうを買えよ」
「それがなかなか……甲乙つけがたく……」
「ソーデスカ。
ナーガエールさん。ちょっと外で休憩してきますね」
「はい。あまり遠くまでは行かれませんよう」
許可を得られてすぐ、レグは店の外へと歩いていった。
残されたアムが、つまらなさそうにレイスに声をかけた。
「……レグはあまり、
文具に関心がないようですね」
「そのようです」
店から出たレグは、シルクの隣に歩いていった。
頭を軽く撫でると、白猫は小さく鳴いた。
「みゃー」
猫の頭から手をはなし、レグは周囲を見た。
(さて……。
あの様子だと、まだしばらくかかるかな。
遠くには行くなって言われたけど、
ちょっと店に入るくらいは良いか。
通信機も持ってるしな。
けど……このへんの店ってお高いんだよな。
あんまり気軽に入れる感じでもない。
向こうの店は……ダンジョンショップか。
今の俺には特に用もない。
どうしたもんかな)
買い物をしようにも、縁のある店が見つからない。
どうしようか。猫と遊んでいようか。
レグがそんなふうに考えていると……。
「ひったくりだ! 捕まえてくれ!」
叫び声が聞こえた。
そのすぐ後に、バッグを持った男が、レグの近くを駆けていった。
なかなかの疾走だ。
天職レベルをそこそこに上げているらしい。
ひったくり被害者が並の人間なら、追いつくのは難しいだろう。
(どうするかな。俺がなんとかする義理もないが)
「みゃ……!」
レグが迷ういとまもなく、シルクがやる気を見せた。
「わかったよ」
レグは瞬時にシルクに飛び乗った。
操猫を受けるまでもなく、シルクが走りはじめた。
シルクの視線は、しっかりとひったくり犯の男を見据えている。
犯人の男は、それなりに鋭い感覚を持っているのか。
後を追うレグたちに気付いた様子を見せた。
「ぐっ……!」
男はなんとか逃げようとしたが、シルクのほうが速かった。
距離を詰め、とどめの跳躍。
シルクの前足が、男に届く……。
その直前。
別の何者かの手が、男の肩を押さえていた。
その直後、男は地面に押し倒された。
ターゲットを失い、シルクの足は空を切った。
「みゃ……!?」
宙に浮いていたシルクは、倒された男を追い抜いてしまった。
彼女は不恰好に着地したあと、すぐに体勢を立て直した。
そして取り逃がした男のほうへと向き直った。
ひったくり犯は、しっかりと取り押さえられていた。
それを成したのは、鎧姿の赤髪の女性だった。
女性は顔を上げ、レグのほうを見た。
「すいません。余計な手出しかもしれないと思ったのですが」
「いや。助かった……ん……?」
レグと女性の目が合った。
彼女の容姿は、まだ少女と言って良いくらいに若々しかった。
「リカールさん?」
「ひょっとして、レイガルルか?」
「ひょっとしなくてもそうですよ! お久しぶりです」
「みゃ……?」
どうやらこの女性は、レグと顔見知りだったようだ。
空気の変化についていけず、シルクが首を傾げた。
二人が見詰め合っていると、複数の気配が近付いてきた。
レグは気配のほうを見た。
そこには冒険者の一団の姿があった。
「リカール……?」
魔術師スタイルの女性が、口を開いた。
青髪の魔術師は、赤髪の冒険者と同じくらいの年齢に見えた。
この魔術師の顔にも、レグは見覚えがあった。
「よっ。久しぶりだな。セイレン」
レグは手を上げて、きさくに挨拶をした。