その7の1「レグと休みの予定」
「ばいばい」
ノーラが帰りの挨拶をした。
「はい。また明日」
ノーラと別れ、レグたちは猫小屋へ向かった。
その道中。
(こいつ一回も……トイレに行かんかったな)
アムを横目で見ながら、レグはそう考えた。
レグの内心を知らないアムは、きょとんと視線を返してきた。
「どうかしましたか?」
「いや。便利な世の中になったもんだと思ってな」
女子に対し、『おまえのシモのことを考えてたんだよ』などとは言えない。
レグは話をはぐらかした。
「…………?」
やがて一行は、猫小屋に到着した。
小屋の中では、白猫がだらけきっていた。
すやすやと眠っていた猫を、レイスが揺り起こした。
次にレイスは、アムを鞍に乗せた。
行きと同じように、レグは車椅子を『収納』し、猫を出発させた。
しばらく通りを駆けた猫は、オーウェイル邸の前に辿りついた。
館の塀の門。
その前に、衛兵以外の人影が見えた。
「……お父さま?」
鞍の上で、アムが口を開いた。
人影の正体は、アムの父のジャバックだった。
「アムか。奇遇だな」
偶然を装って、ジャバックが声をかけてきた。
「ここで何を?」
「息抜きに、散歩でもしようと思ってな」
「そうですか。ただいま帰りました」
「ああ。お帰り。
どうだった? 久しぶりの学校は」
「さすがに前と同じとは行きませんが、
大きな問題もなく、授業をこなすことができたと思います」
「そうか。何か困ったことがあれば、すぐに言うんだぞ」
「はい。ありがとうございます」
ジャバックは少し立ち位置を変え、後ろのレイスに声をかけた。
「レイス」
「はい」
「本当に何もなかったのだな?」
ジャバックの疑問に、レイスは涼しく答えた。
「はい。つつがなく」
「ならば良い」
話を終えたジャバックは、家に戻ろうとした。
それを見て、アムが疑問符を見せた。
「お父さま。散歩に行かれるのでは?」
「さっき帰ってきたところなんだ」
ジャバックに続いて、レグたちは門をくぐった。
ジャバックはそのまま館のほうへ。
レグたちは猫小屋へと向かった。
小屋でアムをおろし、鞍を外し、レグの仕事は終わりとなった。
「お疲れさまでした。
また明日もよろしくお願いします」
「はい。また明日」
レグがレイスにそう答えると、次にアムが口を開いた。
「レグ」
「ん?」
アムは車椅子の位置を微調整し、しっかりとレグに向き直った。
「……今日はありがとうございました」
妙にいいづらそうに、アムはレグに礼を言った。
「仕事だし、そんな畏まらんでも」
「体育の時の話です」
アムの礼は、運転に対してではないらしい。
ボールから、アムを守ったことを言っているようだ。
それだってべつに、わざわざ畏まることでもない。
レグはそう思い、アムにこう返した。
「べつに良いって。鋼鉄の右腕でなんとかできたんだろ?」
「そうなのですけどね」
「んじゃ」
「はい。んじゃです」
自由の身となったレグは、小屋の出口に足を向けた。
アムとレイスも、レグに続いて小屋から出た。
レグは庭の出口に向かった。
途中、視線を感じたような気がして、レグはちらりと振り返った。
するとアムが、自分を見送っているのが見えた。
そんなていねいにしなくても。
とっとと家に入って、茶菓子でもかじってろよ。
そんなふうに思いながら、レグは門を抜けた。
そして通りを歩き、自宅であるアパートへと帰っていった。
アパートにたどりついたレグは、狭い自室に入った。
(狭いなぁ。狭いしきたねぇ)
煌びやかな豪邸、国家のエリートたちが集う華やかな校舎。
今までのことが夢に思えるほどに、レグの部屋はしょぼくれていた。
(けど……)
レグはベッドに転がって、脱力して天井を見上げた。
(俺はこれくらいが落ち着くな)
見慣れた薄汚い天井は、レグを安心させた。
……。
だらだらと過ごしていると、翌日になった。
その日もレグは、変わらずにドライバーの仕事をこなした。
レッティがケンカを売ってきたりはしたが、平和に一日が過ぎていった。
次の日も、その次の日も、特に問題は起きなかった。
そして休日の前日。
猫小屋に帰ってきたところで、アムが口を開いた。
「レグ。明日は暇ですね」
「ナンデやや断定口調なん?」
「暇でしょう?」
「まあ暇だけど」
今のレグは、アムの専属ドライバーだ。副業はない。
休みに遊びに行くような仲間も居ない。
独りだ。
暇そのものだと言えた。
「そうでしょう?
筆記用具を見に行きたいので、
猫をお願いしても良いですか?」