その6の2
「礼くらい言ってくれても良いんじゃねぇの?」
「見返りが前提の人助けは見苦しいですよ。
それと……ボールくらい、この鋼鉄の右腕で受け止められました」
アムはそう言うと、グッと右のガントレットを上げた。
レグから見たアムは、ボールに対処できていたようには見えなかった。
……それをわざわざほじくり返すほどには、レグはヤボではない。
「そいつはお節介だったな。さて……」
レグは事態の元凶であるレッティに視線を向けた。
「何を……?」
少しだけ、レグの雰囲気が変わった。
それを見た体育教師が、疑問符を浮かべた。
レグは教師を一瞥もせず、前方にトスを上げた。
素早く前に出て、跳躍。
高い打点から、ジャンピングサーブをはなった。
サーブがはなたれる瞬間、レグとレッティの目が合った。
鋭く飛来するボールに、レッティは反応することができなかった。
気付いたときには、レッティの隣の床板に、レグのサーブが突き刺さっていた。
ボールはバウンドせず、床を抉って回転した。
床板が破砕され、周囲に木片が飛び散った。
「次からは気をつけてくれよ。
こんなのでも大事な雇い主なんでな」
「は……はい……」
ぺたんと、レッティは腰を抜かした。
「……こんなのとは何ですか」
アムが文句を言った。
次に教師が口を開いた。
「あの~」
「はい?」
「床の修理代とボール代を、請求させてもらいますね」
「えっ……」
レグのサーブにより、床だけではなくボールまでもが粉砕されていた。
レグは困り顔でアムを見た。
「経費ってことでまからんか?」
「まかりませんねぇ」
そう言ったアムは、先ほどまでよりも楽しそうに見えた。
「逆にどうして経費になると思ったのか、
聞かせていただきたいものですが」
「スッキリしただろ?」
「…………少し」
……それから。
レッティの蛮行を、アムは追求しなかった。
仕返しが過激だったこともあり、レッティの処分はうやむやに終わった。
体育が終わると、昼休みになった。
レグはアムたちといっしょに、校内のカフェテリアに向かった。
アムはそこのカウンターで、料理を注文した。
「海鮮パスタを。あなたはどうしますか?」
「俺? 何があるんだ?」
レグがのんびりもたもたしていると、アムがこう言った。
「……彼にも同じものを」
「あっ選ばせろよ」
「みんなお腹が空いているのです。
混雑させてはいけませんよ」
「ちぇ~」
注文を終えると、料理が出来上がるのを待った。
料理を受け取ると、一行はテーブルに向かった。
クラスメイトのノーラと同じテーブルで、レグたちは食事をすることになった。
「よそのやつより麺が細い気がするな」
海鮮パスタを食しながら、レグがそう言った。
「そのほうが早くできるからじゃない?」
ノーラが疑問に答えた。
「なるほど?」
次にレグは、アムのほうを見た。
アムは無骨なガントレットで、フォークを操っていた。
見事な作法……とは言えない。
ぎこちない動きだった。
視線に気付いたアムが、レグを見返してきた。
「……何ですか?」
「べつに」
(まだ魔導義肢に慣れてないって感じだな。
まあ、日が経てば上手くなるだろうが)
アムは大貴族の娘だ。
そんな彼女が使う義肢が、粗悪品であるはずがない。
動きのぎこちなさは技量の問題だろう。
使い慣れないと、魔導義肢を操るのは難しいものだ。
そんな推測の後、レグはレイスに声をかけた。
「ナーガエールさんは、おなかは空かないんですか?」
メイドのレイスは食事に手をつけず、凛として控えていた。
だいじょうぶなのかと思ったレグに、レイスはすまし顔で答えた。
「鍛えてますから」
「どゆこと? ん……」
「どうしました?」
アムがレグに疑問を向けた。
レグは自身の視線の先を、仕草でわかりやすく示した。
「ほら、あそこ。弟くんじゃないか?」
レグの視線が向かう先には、アムの弟のキリアンの姿があった。
キリアンは、学友たちとテーブルを囲んでいるようだ。
「そうですね」
特におもしろくもなさそうに、アムは短く答えた。
他に話のタネもないので、レグはキリアンの話を続けた。
「同じ学校に通ってたんだな」
「それどころか隣のクラスですよ」
「同じ学年なのか?」
「はい。双子ですから」
今まで抱いていた違和感が、レグの中ですっきりと解決された。
「あんまり弟って感じがしないわけだ。
で……双子なのにそっくりって感じでもないな」
「性別が違うということは、
二卵性双生児ということですからね。
普通のきょうだいと変わりません
私よりも、親戚のおじさんに似ているくらいです」
「なるほど?
一緒にメシ食わんのか?」
「弟には弟の学校生活がありますから」
「仲わるいのか?」
「家ではけっこう話しますよ」
きょうだいにはきょうだいの距離感というものがあるらしい。
キリアンの話題に区切りがつくと、レグは別の話題を見つけて口を開いた。
……昼食が終わり、午後の授業となった。
科目を聞いただけで頭が痛くなりそうだったので、レグは外で待機した。
レイスとの交流で退屈をまぎらわし、放課後を迎えた。