その1「うらぶれ男と貴族の依頼」
男が、暗いどこかをさまよっていた。
弱々しく前を向くのは、銀髪長身の、浮世離れした美貌の男だ。
容姿の華々しさとは対極的に、彼の表情は暗い。
男の名は、レグ=リカール。
どうしてこんな所に居るのか。
どこを目指しているのか。
わからない。
何もわからないままに、レグは前に進んだ。
ここに居てはいけない。
離れなくては。
得体の知れない焦燥感が、レグの背中をチリチリと焼く。
嫌な衝動が、レグの脚を前に動かす。
遠くへ。どこか遠くへ。怖くないところへ。
安心できるどこかへ。
レグの徒労が、実を結ぶことはなかった。
彼がどこかへたどり着くより前に……。
唐突に、覆いかぶさるように、大きな黒い影が、レグを脅かした。
気配に気付き、レグは暗黒色の巨体を見上げた。
それの瞳だけが、赤く鋭く輝いた。
「っ……うあああああぁぁぁぁっ!」
逃れられない破滅が、レグを絶叫させた。そして。
「う……」
悪夢は終わった。
レグが目を開くと、薄暗い天井が瞳に映った。
彼が居るのは、狭いアパートの一室。
そのベッドの上だった。
レグは何かにすがるように、首飾りに手を伸ばした。
そして白いイシがはめられた飾りを、ぐっと握り締めた。
(またかよ……。
いいかげんに克服したらどうだ? チキン野郎)
他の誰が悪いわけでもない。
あんな夢を見てしまうのは、自分が弱いからだ。
なさけない。涙が出そうだ。
うんざりとした心地で、レグはベッドから起き上がった。
そしてパジャマを兼ねた部屋着をぬぎ、普段着へときがえていった。
ぶかぶかの、だらしなくも見えるズボン。
安っぽい上着。
とても上等とは言えない衣服に、レグは身を包んだ。
次に彼は、狭いタイニングキッチンで朝食の用意をした。
男の一人暮らしに似合いの、簡素な朝食。
パンとソーセージが少しに、フルーツジュース。それだけだ。
彼はダイニングの椅子に座ると、リモコンでテレビをつけた。
『世間でウワサされている王室への復帰を、
第三王子は明確に否定しました。
これによって……』
ニュース番組は、自国の王位継承問題について語っていた。
レグが住むこの国は、ロマヌス王国。
その名のとおり、国王が国のトップに立つ、古臭い体制の国だ。
印刷技術と兵器の進歩に伴い、いくつもの王権が打倒されてきた。
民主主義、あるいはそうと見せかけた独裁が、世界に満ちていった。
もはや王政なんてものは、過去の遺物になりつつある。
だがこの国の王族は、なんとか上手くやったらしい。
古い伝統を生き残らせることに成功していた。
そんな国で、次期国王が誰になるのか。
愛国心が高い国民たちは、そのことに興味津々のようだ。
レグの愛国心は、ゼロということはないが、さほど高くもない。
あまりニュースに関心を見せず、朝食をたいらげていった。
食事が終わってすぐ、テーブル上の遠話箱が鳴った。
レグはすぐに箱を取り、魔力波の向こうに話しかけた。
「もしもし?」
「アラシだ。これから出てこられるか?」
聞き慣れた声が、気安い口調でそう言ってきた。
相手は冒険者ギルドのトップ、アラシ=ハリケーンのようだ。
レグはテンション低めにこう答えた。
「ヒマですけど。
ひょっとして、バージョンアップの話ですか?」
「かもな。それじゃあすぐに来てくれ」
(切れた……)
詳しい話をすることもなく、アラシはかってに通話を切った。
レグは気だるげに、遠話箱をテーブルに置いた。
まずは朝食の後片付けをしなくては。
彼は食器を雑に洗った。
そして大して身だしなみを整えることもなく、ぶかぶかズボンで外に出た。
ボロアパートの敷地から出て、覇気なくだらだらと歩いていく。
やがて彼は、それなりに栄えた商業区画にたどり着いた。
レグはさらに歩いた。
活力に満ちた老若男女や猫が、レグとすれ違ったり、追い抜いたりしていく。
自分のペースで進み、レグは冒険者ギルド本部の前にたどり着いた。
国中の冒険者たちを束ねる総本山……と言うには、ギルドはあまり大きくはない。
そこらの市役所よりも小柄な三階建てのビルに、レグは足を踏み入れた。
館内は、それなりに賑わっていた。
冒険者たちと職員が、金儲けのために活動している。
知り合いの冒険者が、レグの入館に気付いた。
「レグ? 久しぶりだな。復帰できるのか?」
「無理だって。ちょっと用事があって来ただけだよ」
「……そうか。まあがんばれよ」
何やら複雑そうな表情を見せ、男はレグを見送った。
レグは前方にある受付カウンターへ向かった。
「すいません。ギルド長に呼ばれて来たんですが」
「少々お待ちください」
その受付嬢は、レグの素性を把握していたようだ。
特に詮索することもなく、奥へと引っ込んでいった。
それからすぐに戻ってきて、彼女はこう言った。
「2階の応接室へどうぞ」
「わかりました」
ていねいな案内を受けることもなく、レグは一人で2階に向かった。
そして記憶を頼りに応接室へと移動した。
部屋に入ると、ソファに体格の良い男が座っているのが見えた。
ギルド長のアラシだ。
彼は見た目に似合わないスーツに身を包んでいた。
「座ってくれ」
「はい」
アラシに促され、レグは向かいのソファに座った。
そして食いつくようにこう尋ねた。
「それで新型は?」
「これが見積もりだ」
アラシは1枚の紙を、ローテーブルに置いた。
レグは紙を手に取り、印刷された文字に目を通していった。
「……高いですね」
レグが欲しがっている『新型』は、かなり値が張るようだ。
渋い顔のレグに、アラシは当然だといった感じの反応を見せた。
「そりゃあな。
最新型の高性能魔導器ともなれば、
値が張るのはあたりまえってもんだ」
「…………」
書類に目を向けたまま、レグは固まった。
高い物は高い。
紙にはあたりまえの事実が記されている。
いくら紙を睨んでも、その事実が変わることはない。
「手が出ないって顔だな」
「知ってるでしょう? 今の俺の暮らしを。
……なんとかなりませんか?」
「べつに最新型なんてなくても、暮らせてはいるんだろ?」
「死んでないってだけです。生きてもいない。
だったら死んだほうがマシだ」
「まあ、おまえの人生だ。好きにすれば良いさ。
それで……そんな貧乏なおまえに、良い話がある」
「何ですか?」
「仕事をひとつ引き受けてくれ。
それをやり遂げたら、
最新型をじゅうぶんに買えるくらいの報酬は出る。
それだけじゃない。
クライアントのコネで、
さらにハイスペックな試作機を渡しても良いと言われてる」
「ハイスペック?」
「俺も詳しくはないが、戦闘用って話だ」
「っ……!」
レグの目の色が変わった。
それを自覚したのか、彼はすぐに表情を落ち着けた。
「ありがたい話ですけど、どうして俺に?
今の俺より仕事ができる冒険者なんて、
いくらでも居ると思いますけど」
「いくらでも……ねぇ。
まあ、強いだけのやつなら当てはあるさ。
けど今回の仕事は、条件が細かくてな。
特に『収納』スキル持ちとなるとなかなか」
この世界の人間は、神々から特別な力を授かる。
『天職』と『スキル』。
天職の加護の力は、人々の能力を底上げしてくれる。
スキルの加護は、人々に魔術にも似た特殊能力を与えてくれる。
レグのスキルは『収納』。
その名の通り、物を異空間に収納できるスキルだ。
それなりにレアなスキルで、その所持者は重宝される。
「けっきょく何の仕事なんですか?」
「細かい話はクライアントから聞いてくれ。
ここがクライアントの家だ」
アラシはレグに、印つきの地図を差し出してきた。
レグは地図を見て、クライアントの住所を確認した。
どうやら都内のようだ。
歩いて行ける距離だ。
「今から行けるか?」
「はい」
「それじゃ、向こうには俺から遠話しておくから」
「わかりました」
話が終わってすぐ、レグは冒険者ギルドから出た。
そして地図を頼りに、通りを歩いていった。
やがてレグは、高級住宅街へとたどりついた。
それからさらに歩き、地図で指定された住宅の近くで足を止めた。
(豪邸だな。こいつは)
視線の先の大邸宅は、高級住宅の中でも特に広大な敷地を持っている。
邸宅の手前には、立派な庭が広がっていた。
そのさらに手前には、白い塀が設置されていた。
塀の真ん中には、格子状の大きな門があった。
門の前には二人の門番が立っていた。
レグは門番の格好を観察した。
(あの服装、ただの警備員じゃないな。
王国に仕える兵士か?)
そう推測した後、レグは衛兵に声をかけた。
「すいません。
ギルドから来た冒険者ですが、
ここが依頼人の御宅で間違いはないでしょうか?」
「話は伺っております。どうぞお入りください」
衛兵の一人が門を開け、庭へと入っていった。
レグはその後に続いた。
もう一人の衛兵は、門の前に留まるようだ。
レグと衛兵は、館の玄関へと辿りついた。
そこから館の中へ入り、広い廊下を歩き、部屋に入った。
レグが案内された部屋は、応接室のようだった。
「どうぞおかけください」
促されるままに、レグはソファに腰かけた。
いかにもな感じのソファは、冒険者ギルドの物より高級に思えた。
「少々お待ちください」
そう言って、衛兵は去っていった。
(なんつー居心地の悪さだ。
こんな高そうなソファ、
俺みたいな貧乏人は、アレルギーが出ちまうぜ)
レグはソファの上で、状況の変化を待った。
やがてドアが開いた。
ドアからはまず、年をとったメイドが入ってきた。
年齢のわりに、メイドの背筋はしゃんと伸びている。
その後には……。
(車椅子?
それと……レディの手袋にしちゃあ、ずいぶんと無骨だな?)
メイドに続いて入室して来たのは、車椅子に座る少女だった。
容姿は若々しい。
まだ10代のように見える。
10代の後半くらいかなとレグは推測した。
その見目麗しい少女は、髪を長く伸ばしていた。
奇遇にも彼女の髪色は、レグと同じ銀髪だった。
何よりも目をひくのは、髪や美貌ではなく、彼女の両腕だった。
彼女は腕に、金属製の無骨なガントレットを身につけていた。
普通の御令嬢にはありえないファッションだ。
妙なのはそれだけではなかった。
彼女が乗る車椅子は、誰かに押されずとも、かってに動いているようだった。
全30話、二ヶ月ほどでさくっと終わらせる予定。
よろしくお願いします。