21話:また深淵教団かよ②
アークネストの夕暮れ、黒四季死生はセレン・ルカーノを誘い、市場近くの小さな食堂「鉱石の炉」で食事を共にした。
星影慈善団の集会所を壊滅させ、セレンが深淵教団に騙されていた事実を明らかにした後、死生はセレンとの絆を深め、彼の心境を確認したかった。
食堂は魔力ランプの温かな光に照らされ、鉱石スープと硬パンの香りが漂う。死生は革鎧を脱ぎ、簡素なシャツ姿でテーブルに座る。
セレンは白いシャツと黒いベスト、黒い髪を束ねた姿で、疲れた笑顔を浮かべる。
二人はスープをすすりながら、軽い世間話を交わす。死生は抹茶を手に、星影慈善団との戦いを振り返る。
「ってことがあったよ。教団の偽装組織、魔王の胃みたいな異空間に飛ばされてさ。エクシアと一緒にぶっ潰してきた」
彼の声は軽快だが、戦いの激しさが滲む。セレンはスプーンを止め、驚いたように笑う。
「死生さんには頭が上がりませんね。借金を清算してくれた上に、教団の罠まで壊滅だなんて……よくこんな面倒事に首を突っ込むものです」
彼の目は感謝と、どこか遠い思いを宿す。
死生は肩をすくめ、抹茶を一口。
「俺は自分のしたいことに忠実だからな。良い奴が頑張ってるのに報われないのは嫌なんだよ。セレン、お前はいい医者だ。治療院を守るため、患者を救うために必死だった。それを潰させるわけにはいかねえ」
セレンはスープを眺め、静かに笑う。
「良い人ですね、死生さん。報道部の『亡国の王子様』って話、ちょっと信じちゃいますよ」
死生は笑い、グラスを軽く振る。
「そうかな。どうだろうな。アイドルも攻略者も、ただ俺のやりたいことだ。セレン、お前はどうだ? 借金なくなって、これからどうすんだ?」
セレンはスプーンを置き、窓の外の市場の灯を見つめる。
「深淵教団の邪神信仰……わかる気がします。自分の関与できない大いなる存在に、自分の命運を託したい、と思うのは……人間の性なのかもしれませんね」
死生は眉を上げ、セレンの言葉に耳を傾ける。
「わかるのか? いや、わかる人間のほうが多いだろうな。神様に全部任せたいって気持ちは、楽っちゃ楽だよな」
セレンは小さく頷き、声を低くする。
「僕もその一人です。自分の不幸を、誰かに任せて、緩く生きていきたい。そんな風に思います。借金、治療院の維持、患者の命……全部背負うのは重すぎて。星影慈善団にお布施してた時、どこかで救われる気がしてたんです。騙されてただけなのに」
死生はグラスを置き、セレンの顔を見る。
「そうか……お節介だったか? 俺が借金を払ったり、教団を潰したり、余計なことだったか?」
セレンは笑い、首を振る。
「ええ、お節介です。でも、嬉しかったですよ。手遅れでしたが……それでも最後に貴方のような人間に会えて良かった」
彼の声は穏やかだが、どこか諦めと決意が混じる。
死生は目を細め、違和感を覚える。
「手遅れ? 何を言って……」
セレンは立ち上がり、窓の外を見つめる。「ああ、時間が来たようだ。邪神が降りてくる時間が」
突然、彼の目が赤く輝き、身体が不自然に震える。食堂の空気が重くなり、魔力の圧力が死生を襲う。セレンの背後で、黒い霧のような影が揺らめ、邪神の気配が現れる。
死生は即座に立ち、腰の模造パルスブレードを抜く。
「セレン! 何だ、こりゃ!? 教団の術式か!?」
彼のスーツは宿屋に預けたまま、だが戦士の勘が即座に反応する。
セレンは苦しげに笑い、声を絞り出す。
「死生さん……ごめん。星影慈善団のお布施、ただの金じゃなかったみたいです。僕の魂……が、邪神の依代にされてた。借金を払ってくれて、治療院を守ってくれて……本当に感謝してます。でも、僕の時間は……」
彼の身体が黒い霧に侵され、目が完全に赤く染まる。
死生はブレードを構え、セレンに叫ぶ。
「セレン、持ちこたえろ! 邪神なんざ、ぶっ潰してやる!」
彼は食堂のテーブルを蹴り、セレンに飛びかかるが、黒い霧がバリアを形成、死生を弾き返す。セレンの声が歪み、邪神の低いうなりが混じる。
「アイドル攻略者……貴様の魂も、邪神の糧としよう……」
食堂の客が悲鳴を上げ、逃げ惑う。死生はタブレットでジュリアスとエクシアに緊急信号を送り、セレンを睨む。
「セレン、俺が助けてやる。お前の魂、絶対取り戻すぜ!」
彼はブレードを握り直し、霧の中で蠢く邪神の影に突進する。
◆
アークネストの小さな食堂は深淵教団の邪神の気配に支配されていた。セレン・ルカーノの身体を依代に、黒い霧と赤い目で顕現した邪神が、赤黒い脈動を放つ。
食堂の木製テーブルは腐食し、魔力ランプは不気味に明滅。客は逃げ出し、静寂の中で黒四季死生は単身、模造パルスブレードを握り、邪神と対峙する。パワードスーツは宿屋に預けたまま、革鎧姿の彼は戦士の勘と信念だけで立ち向かう。セレンの魂が邪神に囚われている――その事実が、死生の心を燃やす。
邪神はセレンの身体を操り、低く歪んだ声で問いかける。
「何故、この男を助けようとする? ただの他人だろう?」
その声は嘲笑に満ち、霧が死生を包み込むように蠢く。セレンの顔は苦痛に歪み、だが赤い目だけが邪神の意志を映す。
死生はブレードを構え、静かに答える。
「友達だからだ」
彼の声は落ち着いているが、揺るぎない決意が宿る。死生の手がブレードを強く握り、戦いの準備を整える。
邪神はセレンの口から哄笑を上げる。
「友達? ふはははは! 愚かしいなぁ! たった一度飯を食べたくらいで友達面か!」
霧が渦を巻き、食堂の壁が軋む。邪神の力が空間を圧迫し、死生の革鎧に腐食の跡が広がる。死生は一歩踏み出し、笑みを浮かべる。
「そうだ。友達っていうのは、それくらい軽くて良い言葉だ。そして、それに命を賭けるのも、別に当然のことだ」
彼の言葉は軽やかだが、深い信念が響く。セレンの治療院を守り、借金を清算し、共に飯を食った――その一瞬一瞬が、死生にとってセレンを「友達」と呼ぶ理由だった。
邪神は嘲笑を深め、セレンの手を広げる。
「愚かな人間め! 貴様の命も、この医者と共に邪神の糧としよう!」
黒い霧が触手となり、死生に襲いかかる。触手は鋭く、革鎧を切り裂き、血が滲む。
邪神がセレンの手を振り、黒い霧の触手が死生に襲いかかる。触手は鋭く、鞭のように空気を切り裂く。死生は戦士の勘で横に跳び、食堂の柱を盾に触手を回避。革鎧の肩が切り裂かれ、血が滲んだ。
「チッ、速えな!」
彼はブレードを振り、触手を斬るが、霧はすぐに再生。邪神が笑う。
「無駄だ! この依代は我がもの!」セレンの身体が浮かび、赤い魔術陣が床に広がる。陣から溶解液が湧き、床を腐食させる。
死生は溶解液を避け、テーブルを蹴って跳躍。ブレードをセレンの胸に突くが、邪神のバリアが弾き返す。衝撃で死生は壁に叩きつけられ、肋骨が軋む。
「硬え!」
彼は血を吐き、すぐに立ち上がる。邪神が触手を放射状に放ち、食堂の壁を貫く。死生は柱の陰に滑り込み、触手の隙を突く。
「セレン、聞こえてるなら耐えろ! お前を助ける!」
彼はブレードを投げ、魔術陣の端を切り裂く。陣が一瞬揺らぎ、邪神が苛立つ。
「小賢しい!」
邪神がセレンの手を振り、霧が巨大な爪と化す。爪が死生を薙ぎ払い、彼は床を転がって回避。革鎧の胸部が裂け、皮膚が焼けるような痛みが走る。
「こりゃダンジョンよりキツいぜ……!」
死生は食堂のカウンターを盾にして一度、攻撃を防ぐ。援軍を信じ、彼は戦い続ける。邪神が溶解液を波のように放ち、死生はカウンターを跳び越え、液を回避。液が床を溶かし、腐臭が鼻をつく。
死生はカウンターの酒瓶を掴み、邪神に投げる。
「くらえ!」
瓶がセレンの顔に当たり、邪神が一瞬怯む。死生は突進、ブレードで魔術陣の核を狙う。だが、触手が足を絡め、彼を床に引きずる。
「ぐっ!」
触手の締め付けで骨が軋み、死生は歯を食いしばる。邪神が哄笑。セレンの手が光り、黒い魔力弾が死生を襲う。
その瞬間、セレンの目が一瞬人間の光を取り戻し、魔力弾の軌道が反れる。
「死生……さん……!」
彼の微かな声に、死生は力を振り絞り、触手をブレードで切り裂く。
「セレン、まだそこにいるな! 諦めんじゃねえ!」
彼は魔力弾を避け、セレンの身体に飛びつく。ブレードを魔術陣に突き刺し、陣がさらに揺らぐ。
邪神が咆哮する。
「無駄な足掻き! 我が降臨は近い!」
邪神がセレンの身体を操り、巨大な霧の槍を形成。槍が死生を貫こうとするが、彼は最後の力を振り絞り、ブレードで槍を弾く。衝撃で両腕が痺れ、血が滴る。
「まだ……終わらねえ!」
死生はセレンの肩を掴み、叫ぶ。
「セレン、医者だろ! 患者を救うために戦ったお前が、こんな化け物に負けるな!」
食堂の扉が爆発して開き、エクシアが光の槍を構えて突入。
「状況確認! 邪神依代術式、強度最高!」
彼女の光の翼が輝き、触手を一閃で焼き払う。ジュリアスが蒼い軽鎧で続き、風の魔法を放つ。
「死生、無茶すぎ! 魔術陣の核、急いで壊しなさい!」
エクシアが「セイント・ランス・オブ・ジャッジメント」を発動、光の奔流が魔術陣を直撃。陣がひび割れ、邪神が咆哮。ジュリアスの風の刃が霧を切り裂き、死生に道を開く。
「死生、今よ!」
リリウムの加護が死生の傷を癒し、邪神の魔力を弱める。死生はリリウムの加護を受け、セレンの身体に突進。
「セレン、友達だから助ける! それで十分だ!」
死生はブースターなしの身体で跳躍、触手をブレードで斬り払う。
「セレン、聞こえてるなら持ちこたえろ! お前の魂、絶対取り戻す!」彼は触手の隙を突き、セレンの身体に接近。だが、邪神のバリアがブレードを弾き、死生は床に叩きつけられる。
邪神は笑い、「無駄な足掻きだ! この依代は我がもの! 貴様の信念など、邪神の前では塵芥!」
霧がさらに濃くなり、セレンの身体が浮かび、赤い魔術陣が床に広がる。邪神の完全降臨が迫る。死生は立ち上がり、血を拭う。
「塵芥だろうが、俺の友達は俺が守る。邪神だろうが、ぶっ潰すだけだ!」
彼は魔力タブレットでジュリアスとエクシアに位置情報を送信済み。ブレードは弱いが、彼の動きは攻略者の熟練そのもの。
邪神は死生の抵抗に苛立ち、セレンの声で囁く。
「この医者は自ら魂を差し出した。借金の苦しみ、不幸な運命……全てを我に委ね、救いを求めたのだ。貴様が助ける価値などない!」
「死生……さん……ごめん……俺、弱かった……」
彼の声は微かだが、必死に邪神に抗う。死生はセレンの声に反応し、叫ぶ。
「セレン! お前は弱くねえ! 患者を救うために戦っただろ! 俺と一緒に飯食っただろ! まだ終わってねえぞ!」
セレンの手が震え、邪神の支配をわずかに乱す。死生は隙を突き、ブレードで魔術陣を切り裂く。陣が一部崩れ、邪神が咆哮。
「小賢しい!」
触手が死生を貫こうとするが、彼は身を投げて回避、セレンの身体に再び接近。
「セレン、俺を信じろ! お前は医者だ!
死ぬなんざ許さねえ!」
死生は仲間たちの援護を受け、セレンの身体に突進。彼はブレードを魔術陣の核に叩き込み、エクシアの光の槍が追撃。ジュリアスの風が陣を破壊し、リリウムの加護がセレンの魂を支える。邪神が断末魔の咆哮を上げ、霧が消滅。セレンの身体が崩れ落ち、死生が抱き止める。
セレンは意識を取り戻し、弱々しく笑う。
「死生さん……ありがとう」
彼の目は赤から元の色に戻り、邪神の気配は消える。死生はセレンを支え、笑う。
「当たり前だ。友達だろ。医者、ちゃんと続けろよ」
エクシアは槍を収めて、言う。
「セレン・ルカーノを戦争幇助対象から除外。生存を許可」




