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17話:大規模ダンジョン・アーク⑤

迷宮都市アークネストの宿屋「鉄鉱の灯」の一室で、夜が更ける中、黒四季死生とジュリアス・エメリーは二人きりで話をしていた。リリウム・オルレアは疲れから早々に自室で祈りを捧げ、休息に入っていた。部屋は魔力ランプの淡い光に照らされ、窓の外ではアークネストの喧騒が遠く聞こえる。


 死生は革鎧を脱ぎ、簡素なシャツ姿で椅子に座り、セレン・ルカーノの話を切り出す。ジュリアスはチュニック姿で、魔力ルーンの試作用キットを弄りながら、冷静な視線を死生に向ける。


「セレンを助けたい」


 死生はグラスを手に、静かに言う。


「借金を全部払ってやる。その代わりに、俺たちの専属の医者になってもらうってのはどうだ?」


 ジュリアスは手を止め、眉を上げる。


「論外ね。借金がいくらか聞いたの?」


 彼女の声は冷たく、いつもの現実的な分析が滲む。

 死生はグラスを置いて肩をすくめる。


「まだだ。けど、ダンジョンに潜ればすぐに稼げるだろ。アークの深部にはモンスターのドロップアイテムがゴロゴロしてる」


 ジュリアスは軽くため息をつき、ルーンキットをテーブルに置く。


「甘いわね。世界治安維持機構の天使が取り逃がした深淵教団の連中が、アークのダンジョンで暗躍してるのよ。その時期にダンジョンに潜り続けるのはリスクが高いわ。教団の罠や強化されたモンスターにやられたら、借金どころか命がないわよ」

「それは……そうなんだがなぁ」


 彼はセレンの診療所での会話を思い出す。借金に潰されそうな美少年の医術師が、信念を曲げずに患者を救う姿。死生の戦士の勘が、セレンを放っておけない理由を静かに告げる。

 ジュリアスは死生の沈黙を見透かし、鋭く問う。


「そんなに助けたいの? 何故? ただの医者でしょ。あなたがそこまでこだわる理由がわからないわ」


死生は一瞬黙り、グラスを手に取って一口飲む。


「見ず知らずのガキのために全力を尽くして治療するその精神……良い奴だ。いい奴にはいい未来が待っていてほしい。それだけだ」


 彼の声は低く、だが確信に満ちている。セレンの信念が、死生自身のダンジョンでの戦いとどこか重なるのだ。

 ジュリアスは鼻を鳴らし、「独善的ね」と吐き捨てる。だが、彼女の目は死生の真剣さを捉え、軽い苛立ちの裏に理解がちらつく。


「いいわ、気持ちは分かった。でも、借金を払うなんて非現実的よ。ダンジョンで金策するのは明らかにリスクが高い」


 死生は椅子に凭れ、突然閃いたように笑う。


「なら、発想を変えてみよう。アイドルとして金を稼げばいい」


 彼は立ち上がり、市場でのファンの熱狂を思い出す。


「アークネストでも俺の名前は売れてる。報道部がでっち上げた『亡国の王子様』で金を集める。サイン会でもイベントでも、ファンが金を落としてくれる」

「アイドル活動? あなた、ダンジョン攻略者よ? 教団が動いてるのに、ファン相手にニヤニヤしてる場合じゃないわ」


 だが、彼女の口元に微かな笑みが浮かぶ。


「まあ、嫌いじゃない発想ね。あなたなら、ファンを騒がせて大金稼ぐくらい簡単かもしれない」


 死生はグラスを掲げ、「だろ? セレンの借金を払って、専属医者になってもらう。ついでに、ダンジョンでの怪我も安心だ。どうだ、完璧な計画じゃねえか?」


 ジュリアスは軽く笑い、ルーンキットを手に取る。


「完璧かどうかは、借金の額と教団の動き次第ね。まず、セレンの借金を調べること。エクシアにも連絡して、教団の情報を引き出すわ。あなたは……ファンに囲まれないように気をつけなさいよ」

「マネージャー気取りか。いいぜ、エメリー。セレンのためにも、深淵教団をぶっ潰すためにも、動くぞ」


 彼の目は、戦士の鋭さと新たな目的の輝きを宿す。

 迷宮都市アークネストの朝、黒四季死生は再び路地裏の『月影診療所』を訪れた。昨日、宿屋「鉄鉱の灯」でジュリアス・エメリーと交わした密談の後、セレン・ルカーノの借金の具体的な額を聞き出すためだ。


 診療所のドアをノックすると、セレンが現れる。黒い髪を束ねた美少年の医術師は、いつもの白いシャツと黒いベスト姿だが、目の下に疲労の影が滲む。治療台には朝早くから訪れた患者――軽傷の攻略者が横たわり、セレンが魔力安定剤を投与している。


「死生さん、こんな朝からどうしたんです?」


 セレンは患者の治療を続けながら、軽く笑う。


「また子供を担いで来たとか?」


 死生は革鎧の埃を払い、単刀直入に言う。


「お前の借金の話だ。いくらだ? 正確な額を教えてくれ」


 セレンは一瞬手を止め、患者の傷を縫い終えてから答える。


「1000ゴールド。両親が治療院を維持するために借りた金と、利子が膨らんだ分。でかい額でしょ?」


 彼は淡々と話し、治療器具を片付ける。

 死生は腕を組み、笑う。


「1000ゴールド? 安いな。一日ダンジョンに潜れば返せる額だぜ。アークの深部なら、ドロップアイテムで余裕だ」


 セレンは苦笑し、患者に布をかけて立ち上がる。


「攻略者はそうだろうけどね。僕たち一般人からすれば、十年分の大金だよ。アークネストの医術師は稼ぎが少ない。患者から高額を取らない方針だから、なおさらね」


 彼の声には自嘲が混じるが、信念の強さが揺らがない。死生は診療所の簡素な内装を見回し、言う。


「んー、そうか。で、どうする? 俺たちの手助けを受けるか? 借金を払ってやる。その代わり、俺たちの専属医者になってくれ。ダンジョンでの怪我、診てくれると助かる」


 セレンは治療台に凭れ、しばし考える。彼の目は死生の真剣さを捉え、やがて小さく頷く。


「まぁ、そうだね。受けるよ。こんなチャンス、滅多にない。アイドルの手伝いをしようじゃないか」


 彼は軽く笑い、死生に手を差し出す。


「借金を肩代わりしてくれるなら、専属医者として全力で働く。約束するよ」


 死生はセレンの手を握り、力強く笑う。


「ありがとう、セレン。話が早えな。1000ゴールド、すぐ用意するぜ」


 セレンは患者のカルテを整理しながら、付け加える。


「アイドル活動で稼ぐって話、聞いたよ。死生さんのファン、すごい数らしいね。市場で騒がれてたの、見たんだから」


 彼の目は少しからかうように光る。

 死生は肩をすくめた。


「報道部の戯言が役に立つ時もあるってことだ。サイン会でもなんでもやって、1000ゴールドなんてすぐだ。準備始める。セレン、治療院は守られるぜ」

「期待してるよ、死生さん。ダンジョンでも、市場でも、気をつけて」と応じる。


 鉄鉱の灯に戻った死生は、ジュリアスとリリウムにセレンの借金の額と合意を報告する。ジュリアスはカウンターで魔力通信をチェックしながら、驚いたように言う。


「1000ゴールド? 思ったより安いけど、ダンジョン一回で稼げるなんて、あなたの感覚、ほんと攻略者よね」

「 アイドルで稼ぐって、どうするんですか?」


 死生はビールを注文し、笑う。


「市場でサイン会でも開くか。ファンが金を出してくれるなら、セレンの借金なんて一瞬だ。ついでに、機構にエクシアを呼んでもらう。教団の情報も引き出すぜ」

「アイドル兼攻略者兼慈善家?  忙しいわね。いいわ、セレンの借金は私が計算して管理する。あなたはファンに囲まれないように注意しなさい」


彼女の声には、いつもの皮肉と仲間への信頼が混じる。



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