15話:大規模ダンジョン・アーク③
迷宮都市アークネストの宿屋「鉄鉱の灯」は、ダンジョン攻略者たちの休息の場として賑わっていた。鋼と魔力鉱石で飾られた店内は、魔力ランプの暖かな光に照らされ、酒と料理の匂いが漂う。
黒四季死生、ジュリアス・エメリー、リリウム・オルレアは、大規模ダンジョン・アークでメタルドラゴンを討伐し、クリプトアダマントなどの資源を確保したばかり。地球から送られたナノマシンでパワードスーツや装備を修復し、疲れを癒すために宿屋のカウンター席に腰を下ろしていた。
死生は修復されたスーツのデータをタブレットで確認しつつ、グラスに注がれた鉱石ビールを一口。
「装備も悪くない。次はもっと楽に化け物をぶっ潰せるぜ」
彼の声は疲れを隠し、いつもの自信が滲む。ジュリアスはチュニック姿で、魔力ルーンの試作用キットを弄りながら言う。
「楽に、ね。あなたが無茶しなけりゃ、もっと効率よく戦えるわよ」
リリウムは修道服を整え、鉱石スープを慎重にすする。
「こんな美味しいご飯にも感謝です……!」
カウンターの向こうで、宿屋のマスター――がっしりとした体格の老人が、グラスを磨きながら三人に話しかけてくる。
「お前さんたちがあのメタルドラゴンを仕留めた攻略者だろ? アークネストでも評判だぜ。名前は……黒四季死生、だっけか? アイドル攻略者ってやつだな」
彼の目は好奇心と尊敬で輝く。
死生は肩をすくる。
「アイドルは報道部の戯言だ。で、なんか用か?」
マスターは笑い、声を潜める。
「いやな、噂話を一つ。ダンジョン内で妙な連中が暗躍してるって話だ。深淵教団って組織、知ってるか?」
「深淵教団……」
死生はグラスを置き、ため息をつく。
「またあいつらか……」
その名を聞くだけで、教団の邪神や殺人鬼との戦いが脳裏をよぎる。ジュリアスは眉を寄せる。
「教団がアークに? 壊滅したんじゃなかったの?」
「神に背く者たち……まだいるなんて……!」
マスターは頷き、続ける。
「ああ、壊滅したって話だったが、最近、アークの深部で黒いローブの連中が目撃されてる。ダンジョンコアを弄ってるらしく、モンスターの動きもおかしい。クリプトアダマントを密かに持ち出してるって噂もあるぜ」
彼はグラスを磨く手を止め、付け加える。
「世界治安維持機構も動いてるらしい。天使の連中がアークネストに潜入してるって話だ」
「機構か……エクシアあたりが絡んでるな」
ジュリアスはタブレットを閉じる。
「教団がコアを狙ってるなら、ただの資源泥棒じゃないわ。邪神の復活をまた企んでる可能性が……」
「恐ろしい」
死生はビールを飲み干し、カウンターにグラスを置く。
「教団がウロウロしてるなら、放っておけねえ。資源もコアも、俺たちが先に叩く」
彼の目は、疲れを越えた戦士の鋭さを取り戻す。ジュリアスは軽く笑う。
「また戦う気? まあ、あなたらしいけど。情報が必要ね。機構と接触する?」
「私も行きます! 神のご加護で、教団の悪を止めます!」
「いいぞ、リリウム。祈りも戦力だ。ジュリアス、機構の動きを洗ってみようぜ。エクシアなら何か知ってるはずだ」
マスターは三人のやり取りを見て、笑う。
「お前さんたち、肝が据わってるな。アークの深部は危険だが、応援してるぜ。飯と酒はいつでも用意しとくからな」
彼は新たなビールを死生に差し出し、激励する。
食事を終え、三人は宿屋の部屋に戻る。死生はスーツのデータを再確認し、新装備のシミュレーションを始める。
「教団がコアを弄ってるなら、ドラゴンより厄介な化け物が出てくるかもしれねえ。準備を怠るな」
ジュリアスは魔力通信で機構の連絡網を調べると、言う。
「エクシアにメッセージを送ってみるわ。アークネストにいるなら、すぐに会えるはず」
アークネストの夜は、ダンジョン攻略者の喧騒で賑わう。鉄鉱の灯の窓から見える鋼の城壁は、ダンジョン・アークの闇を静かに映す。
翌朝、三人は宿屋を出て、アークネストの市場通りで装備の補給と情報収集を始める。市場はダンジョン資源を扱う商人や攻略者で賑わい、魔力鉱石の輝きと鉄の匂いが混じる。
死生は軽装の革鎧に身を包み、修理済みのスーツを格納庫に預けたまま、気軽な足取りで歩く。ジュリアスはチュニック姿で地図を手に、冷静にルートを確認。リリウムは修道服の裾を握り、市場の喧騒に少し緊張した様子だ。
市場の広場を歩いていると、突然、若い女性のグループが死生に気づき、歓声を上げる。
「きゃー! 黒四季死生さん! 本物だ!」
五人ほどの少女たちが駆け寄り、目を輝かせる。彼女たちは攻略者ではなく、アークネストの住民や観光客らしい、カラフルな服に身を包んだファンだ。一人が興奮気味に言う。
「アイドルダンジョン攻略者! 男性で唯一の英雄! メタルドラゴンを倒したって、報道でバッチリ見ました!」
死生は一瞬驚き、だがすぐに気さくな笑みを浮かべる。
「おおぅ、よく知ってるな。応援ありがとう。メタルドラゴンは、まあ、なんとかやった。応援ありがとう!」
彼の軽い口調に、少女たちはさらに盛り上がる。
「かっこいい!」
「地球の亡国の王子様、最高!」
「サインお願いします!」
一人がノートを差し出し、別の子が魔力カメラを構える。ジュリアスとリリウムは少し離れて立ち、ファンの熱狂を冷ややかに見つめる。ジュリアスは腕を組み、眉を寄せる。
「またファンの子たちね……ほんと、どこ行ってもこれだわ」
彼女の声には苛立ちが滲む。リリウムは修道服を握り、俯きながら小声で呟く。
「死生さん、いつも女の人に囲まれて……なんか……なんかですね」
彼女の目は不安と、ほのかな嫉妬で揺れる。
死生はファンのノートにサインを書き、カメラに軽く手を振る。
「これからも応援頼むぜ。またな!」
少女たちは歓声を上げる。
「死生さん、ダンジョンでも頑張って!」「大好きです!」
と叫びながら去っていく。死生は笑顔で手を振り返し、満足げに仲間のもとへ戻る。
「ファンの熱、悪くねえな。アークネストでも俺の名前、結構売れてるみたいだ」
「ふん、売れてるのはいいけど、調子に乗らないでよね。ファンの子たちに囲まれて、ニヤニヤしてる場合じゃないわ」
彼女は地図を強く握り、足早に歩き出す。死生は首を傾げる。
「酷いな……ファンに応えるのも仕事だ」
と追いかけるが、ジュリアスは振り返らず、
「仕事なら、ダンジョンで結果出せばいいわ」
と吐き捨てる。
リリウムも普段の明るさが影を潜め、修道服の裾をぎゅっと握る。
「死生さん……あの、私、別にファンとか嫌いじゃないですけど……なんか、ちょっと……」
彼女は言葉を濁し、目を逸らす。死生は二人の態度に気づき、困惑した表情で言う。
「ファンがちょっと騒いだだけで、そんな冷たくしないでほしい。これも立派な仕事だ」
ジュリアスが立ち止まり、振り返る。
「冷たい? あなたが女の子に囲まれて浮かれてるからでしょ。教団が暗躍してるって時に、アイドル気取りでいい気になってる暇ないわ」
彼女の言葉は鋭く、だがその奥には、死生への信頼と、ファンへの微妙な苛立ちが混じる。リリウムは小声で付け加える。
「死生さんをちゃんと支えたいのに……ファンの人たち、なんだか私たちより近くにいるみたいで……」
死生は二人を見て、しばし黙る。ファンの熱狂は彼にとって励みだが、仲間との絆が揺らぐのは本意ではない。彼は軽く息を吐き、言う。
「分かった。ファンは応援してくれる大事な存在だが、お前達が一番だ。ジュリアス、リリウム、俺の背中はいつもお前らに預けてる。今はそれで納得してくれないか?」
ジュリアスは一瞬目を逸らし、だが小さく頷く。
「……まあ、そう言ってくれるなら、いいわ。次からはファンに時間取られすぎないでね」
彼女の声は少し柔らかくなる。リリウムは顔を上げ、笑顔を取り戻す。
「死生さん、ありがとうございます」




