表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/21

15話:大規模ダンジョン・アーク③

迷宮都市アークネストの宿屋「鉄鉱の灯」は、ダンジョン攻略者たちの休息の場として賑わっていた。鋼と魔力鉱石で飾られた店内は、魔力ランプの暖かな光に照らされ、酒と料理の匂いが漂う。


 黒四季死生、ジュリアス・エメリー、リリウム・オルレアは、大規模ダンジョン・アークでメタルドラゴンを討伐し、クリプトアダマントなどの資源を確保したばかり。地球から送られたナノマシンでパワードスーツや装備を修復し、疲れを癒すために宿屋のカウンター席に腰を下ろしていた。


 死生は修復されたスーツのデータをタブレットで確認しつつ、グラスに注がれた鉱石ビールを一口。


「装備も悪くない。次はもっと楽に化け物をぶっ潰せるぜ」


 彼の声は疲れを隠し、いつもの自信が滲む。ジュリアスはチュニック姿で、魔力ルーンの試作用キットを弄りながら言う。


「楽に、ね。あなたが無茶しなけりゃ、もっと効率よく戦えるわよ」


 リリウムは修道服を整え、鉱石スープを慎重にすする。


「こんな美味しいご飯にも感謝です……!」


 カウンターの向こうで、宿屋のマスター――がっしりとした体格の老人が、グラスを磨きながら三人に話しかけてくる。


「お前さんたちがあのメタルドラゴンを仕留めた攻略者だろ? アークネストでも評判だぜ。名前は……黒四季死生、だっけか? アイドル攻略者ってやつだな」


 彼の目は好奇心と尊敬で輝く。

 死生は肩をすくる。


「アイドルは報道部の戯言だ。で、なんか用か?」


 マスターは笑い、声を潜める。


「いやな、噂話を一つ。ダンジョン内で妙な連中が暗躍してるって話だ。深淵教団って組織、知ってるか?」

「深淵教団……」


 死生はグラスを置き、ため息をつく。


「またあいつらか……」


 その名を聞くだけで、教団の邪神や殺人鬼との戦いが脳裏をよぎる。ジュリアスは眉を寄せる。


「教団がアークに? 壊滅したんじゃなかったの?」

「神に背く者たち……まだいるなんて……!」


 マスターは頷き、続ける。


「ああ、壊滅したって話だったが、最近、アークの深部で黒いローブの連中が目撃されてる。ダンジョンコアを弄ってるらしく、モンスターの動きもおかしい。クリプトアダマントを密かに持ち出してるって噂もあるぜ」


 彼はグラスを磨く手を止め、付け加える。


「世界治安維持機構も動いてるらしい。天使の連中がアークネストに潜入してるって話だ」

「機構か……エクシアあたりが絡んでるな」


 ジュリアスはタブレットを閉じる。


「教団がコアを狙ってるなら、ただの資源泥棒じゃないわ。邪神の復活をまた企んでる可能性が……」

「恐ろしい」


 死生はビールを飲み干し、カウンターにグラスを置く。


「教団がウロウロしてるなら、放っておけねえ。資源もコアも、俺たちが先に叩く」


 彼の目は、疲れを越えた戦士の鋭さを取り戻す。ジュリアスは軽く笑う。


「また戦う気? まあ、あなたらしいけど。情報が必要ね。機構と接触する?」

「私も行きます! 神のご加護で、教団の悪を止めます!」

「いいぞ、リリウム。祈りも戦力だ。ジュリアス、機構の動きを洗ってみようぜ。エクシアなら何か知ってるはずだ」


 マスターは三人のやり取りを見て、笑う。


 「お前さんたち、肝が据わってるな。アークの深部は危険だが、応援してるぜ。飯と酒はいつでも用意しとくからな」


 彼は新たなビールを死生に差し出し、激励する。

 食事を終え、三人は宿屋の部屋に戻る。死生はスーツのデータを再確認し、新装備のシミュレーションを始める。


 「教団がコアを弄ってるなら、ドラゴンより厄介な化け物が出てくるかもしれねえ。準備を怠るな」


ジュリアスは魔力通信で機構の連絡網を調べると、言う。


「エクシアにメッセージを送ってみるわ。アークネストにいるなら、すぐに会えるはず」


 アークネストの夜は、ダンジョン攻略者の喧騒で賑わう。鉄鉱の灯の窓から見える鋼の城壁は、ダンジョン・アークの闇を静かに映す。


 翌朝、三人は宿屋を出て、アークネストの市場通りで装備の補給と情報収集を始める。市場はダンジョン資源を扱う商人や攻略者で賑わい、魔力鉱石の輝きと鉄の匂いが混じる。


 死生は軽装の革鎧に身を包み、修理済みのスーツを格納庫に預けたまま、気軽な足取りで歩く。ジュリアスはチュニック姿で地図を手に、冷静にルートを確認。リリウムは修道服の裾を握り、市場の喧騒に少し緊張した様子だ。


 市場の広場を歩いていると、突然、若い女性のグループが死生に気づき、歓声を上げる。


「きゃー! 黒四季死生さん! 本物だ!」


 五人ほどの少女たちが駆け寄り、目を輝かせる。彼女たちは攻略者ではなく、アークネストの住民や観光客らしい、カラフルな服に身を包んだファンだ。一人が興奮気味に言う。


「アイドルダンジョン攻略者! 男性で唯一の英雄! メタルドラゴンを倒したって、報道でバッチリ見ました!」


 死生は一瞬驚き、だがすぐに気さくな笑みを浮かべる。


「おおぅ、よく知ってるな。応援ありがとう。メタルドラゴンは、まあ、なんとかやった。応援ありがとう!」


 彼の軽い口調に、少女たちはさらに盛り上がる。


「かっこいい!」

「地球の亡国の王子様、最高!」

「サインお願いします!」


 一人がノートを差し出し、別の子が魔力カメラを構える。ジュリアスとリリウムは少し離れて立ち、ファンの熱狂を冷ややかに見つめる。ジュリアスは腕を組み、眉を寄せる。


「またファンの子たちね……ほんと、どこ行ってもこれだわ」


彼女の声には苛立ちが滲む。リリウムは修道服を握り、俯きながら小声で呟く。


「死生さん、いつも女の人に囲まれて……なんか……なんかですね」


 彼女の目は不安と、ほのかな嫉妬で揺れる。

 死生はファンのノートにサインを書き、カメラに軽く手を振る。


「これからも応援頼むぜ。またな!」


 少女たちは歓声を上げる。


「死生さん、ダンジョンでも頑張って!」「大好きです!」


 と叫びながら去っていく。死生は笑顔で手を振り返し、満足げに仲間のもとへ戻る。


「ファンの熱、悪くねえな。アークネストでも俺の名前、結構売れてるみたいだ」

「ふん、売れてるのはいいけど、調子に乗らないでよね。ファンの子たちに囲まれて、ニヤニヤしてる場合じゃないわ」


 彼女は地図を強く握り、足早に歩き出す。死生は首を傾げる。


「酷いな……ファンに応えるのも仕事だ」


 と追いかけるが、ジュリアスは振り返らず、


「仕事なら、ダンジョンで結果出せばいいわ」


 と吐き捨てる。

 リリウムも普段の明るさが影を潜め、修道服の裾をぎゅっと握る。


「死生さん……あの、私、別にファンとか嫌いじゃないですけど……なんか、ちょっと……」


 彼女は言葉を濁し、目を逸らす。死生は二人の態度に気づき、困惑した表情で言う。


「ファンがちょっと騒いだだけで、そんな冷たくしないでほしい。これも立派な仕事だ」


 ジュリアスが立ち止まり、振り返る。


「冷たい? あなたが女の子に囲まれて浮かれてるからでしょ。教団が暗躍してるって時に、アイドル気取りでいい気になってる暇ないわ」


 彼女の言葉は鋭く、だがその奥には、死生への信頼と、ファンへの微妙な苛立ちが混じる。リリウムは小声で付け加える。


「死生さんをちゃんと支えたいのに……ファンの人たち、なんだか私たちより近くにいるみたいで……」


 死生は二人を見て、しばし黙る。ファンの熱狂は彼にとって励みだが、仲間との絆が揺らぐのは本意ではない。彼は軽く息を吐き、言う。


「分かった。ファンは応援してくれる大事な存在だが、お前達が一番だ。ジュリアス、リリウム、俺の背中はいつもお前らに預けてる。今はそれで納得してくれないか?」


 ジュリアスは一瞬目を逸らし、だが小さく頷く。


「……まあ、そう言ってくれるなら、いいわ。次からはファンに時間取られすぎないでね」


 彼女の声は少し柔らかくなる。リリウムは顔を上げ、笑顔を取り戻す。


「死生さん、ありがとうございます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ