12話:船旅②
オルカナ号は迷宮都市アークネストを目指し、広大な海を進む。
黒四季死生、ジュリアス・エメリー、リリウム・オルレアは、先の戦いで船の損傷を最小限に抑えたものの、緊張感を解く間もなく新たな危機が迫った。船旅の四日目、夜の海が不気味に静まり返る中、魔力センサーが異常反応を捉える。船員の叫び声が甲板に響く。
「オヤ・クラーケン、再出現! コドモ・クラーケンの群れ、確認!」
水面が爆発的に泡立ち、巨大なオヤ・クラーケンが再び姿を現す。全長120メートルに膨れ上がったその巨体は、先の個体よりも一回り大きく、触手はまるで鉄の鞭のように船体を叩く。
赤い目が凶暴に輝き、腐臭を放つ口から咆哮が轟く。だが、さらなる脅威はコドモ・クラーケンの上陸部隊だ。先の戦いの倍――百体近い小型クラーケンが、毒液を滴らせ、甲板に這い上がる。牙と触手が月光を反射し、船員や護衛を襲う。
「またかよ! 今度は楽に終わらせねえな!」
死生は即座にパワードスーツを起動、ブースターの唸りが甲板を震わせた。ジュリアスは蒼い軽鎧を鳴らし、魔力ルーンを輝かせる。リリウムは修道服を握り、金色の加護を放つ。
「死生、コドモを先に減らしなさい! オヤは私と魔導師で抑える!」
「神よ、皆をお守りください!」
彼女の祈りが船全体を包み、毒の侵食を防ぐ。
オヤ・クラーケンの触手が船体を締め上げ、甲板が軋む。魔力砲が一斉に火を噴き、青白い光弾が触手を焼き切るが、クラーケンは怯まず新たな触手を伸ばす。
護衛の魔導師が炎と雷の魔法を連射し、騎士たちが剣でコドモ・クラーケンを迎え撃つ。だが、コドモの数は圧倒的で、毒液が甲板を腐食させ、騎士たちが次々に倒れていく。
死生はブースターを全開にし、甲板から跳躍。空中でスーツのセンサーを展開し、コドモ・クラーケンの群れを捕捉。
「まとめて吹き飛ばす!」
彼は右肩のグレネードランチャーを連射。爆炎が甲板を覆い、十数体のコドモが血と粘液を撒き散らして爆散。だが、残りのコドモが触手を振り乱し、死生を狙う。
死生はブースターで急降下、パルスブレードを両手で握り、コドモの群れに突っ込む。青白い刃が弧を描き、三体の頭を一閃で刈る。血飛沫がスーツの装甲を濡らし、警告音が鳴る。
コドモ・クラーケンが毒液を吐き、死生の視界を遮る。リリウムの加護が毒を中和し、死生はブースターで空中へ再浮上。
「しつこい奴ら!」
彼は左肩のミサイルポッドを開放、誘導ミサイルがコドモの群れを直撃。爆風で甲板が揺れ、二十体以上が粉砕される。死生は再び降下、パルスブレードでコドモを切り刻む。刃が触手を断ち、牙を砕き、粘液が飛び散る。
彼の動きはまるで嵐のようだ。
ジュリアスはオヤ・クラーケンを牽制。
「死生、急いで! 船が持たない!」
彼女は風の魔法で触手を弾き、粘着陣でオヤの動きを鈍らせる。魔導師たちがマジカルフレイムを連射し、クラーケンの目を焼くが、触手が魔力砲を破壊し、船体がさらに傾く。リリウムは騎士たちに回復の加護を施し、彼女の祈りが護衛の士気を高め、騎士たちがコドモを押し返す。
死生は空中からバズーカを構え、オヤ・クラーケンの口を狙う。
「てめえから片付ける!」
至近距離で発射、爆発が口内で炸裂。クラーケンが咆哮し、触手が無秩序に暴れる。死生はブースターで触手を躱し、パルスブレードで口元に突進。ブレードが内部を切り裂き、血と粘液が噴き出す。コドモ・クラーケンが死生を襲うが、彼はグレネードを投じ、爆炎で一掃。甲板は血と破片で埋まった。
オヤ・クラーケンが最後の力を振り絞り、触手で船を真っ二つにしようとする。ジュリアスが全魔力を注ぎ、風の刃で触手を両断。
「死生、今よ!」
死生はブースターでクラーケンの目に突進、グレネードを眼球に叩き込む。爆発が頭部を吹き飛ばし、クラーケンが海に沈む。コドモ・クラーケンは統制を失い、騎士と死生の猛攻で殲滅される。
甲板は血と粘液にまみれ、船体は深刻な損傷を負うが、航行は辛うじて継続。死生はスーツの損傷をチェック、装甲に新たな傷が刻まれている。
「海の化け物、しぶといな」
彼は息を整え、ジュリアスに言う。
「お前もいい仕事した」
ジュリアスは疲れた笑みを浮かべ、
「それはどうも。リリウム、よく耐えたわね」
「神のご加護、皆さんに届いて……よかったです……!」
船員や護衛から歓声が上がるが、死生は手を振って応じる。
「アークネストまでまだだ。気を抜くな」
オルカナ号は傷ついた船体を進ませ、遠くにアークネストの灯が近づく。ダンジョン・アークの試練を前に、海の戦いは死生たちの決意をさらに固めた――。
◆
オヤ・クラーケンとコドモ・クラーケンの猛攻を退けたオルカナ号は、血と粘液にまみれた甲板と、ひび割れた船体を抱えながら、迷宮都市アークネストの港を目指して進み続けた。
魔力エンジンは不安定な唸りを上げ、魔力砲の半数は破壊され、護衛の魔導師や騎士たちも疲弊しきっていた。黒四季死生、ジュリアス・エメリー、リリウム・オルレアは、戦いの傷を負いながらも、船の生き残りを鼓舞し続けた。
死生のパワードスーツは新たな傷だらけで、装甲に刻まれた無数の爪痕が月光を鈍く反射する。ブースターは過熱で出力が不安定、グレネードとミサイルの弾薬はほぼ枯渇していた。彼は甲板の端に立ち、荒々しい海風に目を細める。
「この船、よく持ったな……」
スーツの警告音が断続的に鳴るが、彼は無視して点検を続ける。ジュリアスは蒼い軽鎧の肩当てを外し、魔力ルーンの輝きが薄れた腕をさする。彼女の顔には疲労が滲むが、クールな口調は変わらない。
「クラーケン二匹相手によくやったわよ、死生。でも、この船がアークネストまで持つかどうか……」
彼女は傾いた甲板を見回し、眉を寄せる。船員たちが必死に修復作業を行う中、海水が浸入する音が不気味に響く。
リリウムは修道服の裾が海水と血で汚れ、青ざめた顔で祈りを捧げ続ける。
「神よ、この船をお守りください……皆さんが無事に港に着けますように……!」
彼女の金色の加護は、船員や護衛の傷を癒し、わずかながら士気を保つ。だが、彼女自身も魔力の消耗でふらつき、ジュリアスに支えられる。
「リリウム、よくやった。お前のおかげで死人が減った」
死生はヘルメットを外し、汗と血にまみれた顔で彼女に笑いかける。リリウムは弱々しく微笑む。
「死生さん……ありがとうございます……神のご加護、届いてよかったです……」
夜が明け、水平線にアークネストのシルエットが浮かぶが、船の状態は悪化の一途を辿る。魔力エンジンが断続的に停止し、船体は左に大きく傾く。船長が魔力拡声器で叫ぶ。
「全乗員、緊急体制! 港まであと数時間、持ちこたえろ!」
護衛の騎士たちは残った武器で甲板を守り、魔導師たちは魔力を絞り出して船体を補強する魔法を展開。だが、クラーケンの毒液が船底を腐食させ、海水の浸入が止まらない。
死生はスーツの残エネルギーを駆使し、甲板の破損箇所にパルスブレードで切り取った鉄板を固定する。
「このままじゃ沈むぞ! ジュリアス、風で船を押せねえか?」
ジュリアスは頷き、魔力を限界まで引き出し、風の魔法で船の推進を補助。
「これで少しは速くなるけど、私の魔力も長くは持たないわ!」
彼女の顔に汗が滴る。リリウムは船員たちに回復の加護を施し、祈りを続ける。
「神よ、どうか力を……!」
彼女の光が船員の疲労を癒し、作業速度をわずかに上げる。死生は彼女に一瞥し、軽口を叩く。
「リリウム、無理するな。倒れたら俺が担ぐ羽目になる」
リリウムは小さく笑う。
「大丈夫です……神が支えてくれます!」
海は再び不穏な波を立て、小型の海洋生物が船に群がるが、死生がグレネードの残弾で一掃。爆炎が水面を照らし、船はなんとか前進を続ける。だが、エンジンがついに停止し、船は漂流状態に。船員の絶望的な声が響く中、死生は甲板に立ち、
「まだ終わってねえ! アークネストはすぐそこだ! 俺が船を押す!」
と吼える。彼の声に、乗員たちが再び力を取り戻す。
正午近く、ボロボロのオルカナ号は、ついに迷宮都市アークネストの港に辿り着いた。港の城壁は鋼と魔力結晶で輝き、巨大な門がダンジョン・アークへの入り口を示す。
港の労働者や攻略者が船の惨状に驚きながらも、救助隊が即座に動き出す。ロープと魔力クレーンで船を固定し、乗員たちが次々に下船する。
死生はスーツを脱ぎ、息を吐く。
「やっと着いたぜ……」
彼は港の喧騒を見やり、疲れた笑みを浮かべる。ジュリアスは軽装のまま、髪を整えながら言う。
「この船、よく沈まなかったわね。死生、あなたの無茶がたまには役に立つわ」
彼女の声には安堵が混じる。
リリウムは修道服を握り、港の地面に膝をついて祈る。彼女の目には涙が浮かび、死生とジュリアスがそっと肩を叩く。
港の管理者が三人に近づき、敬意を込めて言う。
「オルカナ号を救った攻略者たちだな。迷宮都市アークネストへようこそ。ダンジョン・アークの資源は、君たちを待っている」
死生は手を振って応じる。
「資源なら山ほど持ってくぜ。まずは飯と寝床だな」
三人は港の宿に向かい、休息を取る準備を始める。背後では、ボロボロのオルカナ号が修復作業に入り、アークネストの喧騒が彼らを迎え入れる。ダンジョン・アークの試練が待つ中、死生のスーツ修繕と新装備の夢は、目の前の鉱山資源に一歩近づいていた――。




