48話「スピードレンジの違い(後編)」
バトル前日の金曜日。
「オーリンズのをベースのサスかぁ……欲しいなぁ」
とぼやいていると。
「買う余裕はないんじゃない」
ぼそっと横で言う宮藤。
「わかってるよ……」
少しは夢を見させてくれよ。
「大体お前はいつまでいるんだ」
「そりゃ夏休み後半までだよ」
「そう言っておきながら転校してくるんだろ?」
「世の中そんなにホイホイいかないもんなんだよ」
それを言ったらおしまいだろ。
「いずれは舞い戻ってくるけどね」
戻ってこなくていい――。
「戻ってこなくていいなんて考えてないよね?」
「ソンナコトハナイヨー」
「まったく、だいたい瞳っちはクールそうにしておきながら、顔に出てるんだから」
「そんなクールぶってるつもりはなんだけどなぁ……」
むしろ熱いほうだと自負はしているが。
「そんなにしょんぼりしなくても、スープラ戦は見守ってあげるから!」
いやそっちを心配してるんじゃなくて――まぁいいか。
*
榛名山頂上。
「一時期に比べれば減ったけど、やっぱ観客多くないか?」
「一気に、ってわけじゃないけど増えたよね」
「あんまり人前で走るのは嫌なんだけどなー」
「まぁいつもどおりやればいいじゃん」
といいながら笑う藤原。
「まったく気楽に言っちゃって……」
「もう大丈夫かな?」
後ろから声がかけられた、相手のドライバーだ。
「私は大丈夫ですよ、あとはコースが――」
麓の仲間と連絡を取り合う工藤。
「問題ないぜ、始めるか?」
「じゃあ始めましょうか」
相手が頷く。
S2000に乗り込みスタートラインまで運ぶ。
*
左曲がりの1コーナーに対して赤いスープラがアウト側、イン側にS2000が並ぶ。
細くうなりながら閉鎖されたこの峠を今にも駆け下ろうとする2台。
その合図が始まる。
「5! 4! 3!――」
回転を合わせるようにエンジンを吹かす瞳。
「2! 1! GO!」
一気に駆け出す2台。
スタートはスープラのほうが有利だ。
アウトからかぶせるように前に出るスープラ。
それにピッタリとついていくS2000。
(さすがパワーがある……しかもコーナーでも速い)
タイヤの感触を確かめながらS2000を旋回させる瞳。
(ハチロクのときとは違う、パワーを受け止めるサスがある……このマシンだとなおさら負けられない)
第一コーナーはテール・トゥ・ノーズで抜ける。
第二コーナーに侵入していく2台。
ここでも両車の差に変化なし。
スープラは2速に、S2000は1速にいれながら旋回。
スタート以来初めての長めのストレートに踊り出る。
450馬力を超すパワーを遺憾なく発揮し、S2000を引き離す。
(さすが2JZ-GTE、GT-RのRB26と違って低速からもモリモリきてる感じがするな)
ギアを2速にいれながらスープラから感じるパワー。
遠ざかるS2000をミラー越しに見ながら坂森は思う。
(悪いけど、コーナーでは勝てそうにないからここで逃げさせてもらうわ)
次のヘアピンコーナー、スープラが減速。
瞳もフルブレーキング。
ABSなしのハチロクとは違いしっかり踏めるブレーキということを思い出しながら旋回に向けブレーキを抜いていく。
差は大して縮まらないが瞳は焦らない。
一見差がついたように見えるが坂森は警戒していた。
(次の高速コーナーを抜けてヘアピン2つも抜ければすぐ連続ヘアピン……そこまでには)
80スープラが速度を乗せ、榛名山で一番度胸が試されるとされる高速コーナーに侵入していく。
いくらクッションや崖には落下防止用のネットがあるとはいえ、ブレーキングする前から見えるのは崖、そこをなぞるように旋回していく。
慎重に侵入させる坂森。
綺麗な弧を描きマシンを旋回させていく。
微妙なS字を描くコーナー、侵入してゆるやかな左コーナー、ラインはセンターを通るようにする。
そして切り返してほんの少し右に曲がり、そこまら左に切り直してヘアピン。
坂森は最後のゆるやかな左コーナーでガードレールに付けられたクッションと車体の間を30センチほど開けるようにマシンを旋回させる。
これはドライバーの心理としては普通のこととも言える、一歩間違えればネットがあるとはいえ、崖から落ちるかもしれない、そんな状況でギリギリのところを走ろうとするドライバーは少ないだろう。
だが瞳は違う。
ためらいもなくギリギリでブレーキ。
こここそチャンス、とでもいうように突っ込んでいく。
最初の左コーナーを曲がってから真っ直ぐ、右コーナーはアウト側である運転席側をクッションに寄せるようにして極限的までラインを直線的に描く。
そしてアクセル操作、エンジンブレーキで、ヘアピンに向け減速させていく。
そして一気にブレーキング。
登山車線が出てくて道幅が広くなるところを有効活用する。
そこでもアウトギリギリまでマシンを動かし、一気に加速させる。
(よし、縮まったぁ!)
目に見えて縮まる差。
ヘアピンが見える。
坂森のスープラが減速し侵入していく。
それから数秒ほどおいて瞳のS2000もブレーキングからの侵入。
連続コーナーへの侵入、ここから連続ヘアピンが差をつめ、オーバーテイクするポイントとなる。
若干道が細くサーキットや他の峠も珍しい90°コーナーになっている。
ミラーに光が映り、後ろをちらりと見た坂森。
(もうこんなにつめてきた!?)
先ほどの高速コーナーを無事に抜けられたこと、そのあとのストレートで油断していたため、瞳の神がかり的なドライビングでの接近に気づかなかった坂森。
コースを知り尽くした瞳にはコーナーで勝てないことはわかりきっていた。
そこでストレートで差がついてつもりでいた。
だが予想を上回る速度で追いつき、テール・トゥ・ノーズとなる。
*
榛名山頂上。
「いつものことだけど、横谷が連載ヘアピンで抜かなければ敗戦濃厚なんだよな……」
といいながら走り去ったコースを見つめる工藤。
「斉藤、まだ連絡こないの?」
「今着たぞ」
メールできたらしい連続ヘアピン直前での報告。
全員が画面を見つめる。
「『スープラが先行 1秒くらいの差でS2000が追いかけている』か……」
微妙な差に頭を悩ませる一同であった。
*
あっという間に連続ヘアピンへの侵入。
連続ヘアピン手前のコーナーをインベタに立ち上がり最初のヘアピンに対してアウト側からノーズを突っ込んでくる。
アウトに逃げられなくなった坂森はインベタで侵入することになる。
サーキットでのサイド・バイ・サイドには慣れている坂森だが、狭い峠でのサイド・バイ・サイドなどこれが初めてである。
瞳も、S2000で初めてのサイド・バイ・サイド、しかも榛名山で狭い方に入る連続ヘアピンで。
両者の精神はドリフトしているタイヤのようにどんどん削れていく。
最初のヘアピンを曲がっても決定的な差がでない。
一瞬でも気を抜いたら相手に先を越される、最悪はクラッシュ。
心理状態としては、仕掛けた瞳有利、のはずだが彼女は焦っていた。
(なんてしぶといやつなんだ……!)
アウトとインが入れ替わる。
見えない棒でつながっているかのようにサイド・バイ・サイドを保つ2台。
一向に差ができない。
3つ目のコーナー。
全身から汗が吹き出てくる、サーキットでも体験できない緊張が坂森を襲う。
瞳も同様にとてつもない緊張に襲われていた。
だが体は自然とアウトを通るラインをなぞろうとしている。
これがコースを知っているかの違いだろうか。
4つ目のコーナー、ここを抜ければほんの少しストレートがある。
(引く気は無さそうだな……腹をくくるしか無い!)
まだサイド・バイ・サイドを保つ2台。
アウトから立ち上がりスピードが稼げるスープラ。
距離が短いインベタから立ち上がり、なおかつコーナリング性能で先にでようとするS2000。
ほんの少しのストレート。ここで前に出たい2台。
瞳のS2000がほんの僅か、先に出る。
だが坂森のスープラもトラクションをかけ、難しい低速からの加速をしっかりクリアし迫ってくる。
またもサイド・バイ・サイドのままブレーキングになる。
ようやく投稿できました。
遅くなって申し訳ありません。
題名と中身の関連性がない? 気にするな!(オイ