42話「直登の調査」
瞳の事故を、高城から知らされた人物は香織だけではなかった。
瞳と血がつながっている一人の、横谷直登である。
直登はハチロクと瞳のことは見に行かず事故現場にいた。
生々しい傷が残るガードレース。
一般道で使われているものとは違い、支柱も太く、さらに支柱に立てかけるように付けられてるバーにより、理論上は150キロでぶつかっても大丈夫、とは言われている。
さらに崖のところにはネットがしかれ、最悪の事態も防ぐようにはなっている。
だが、このようにレース用に改修された峠道でも万が一ということはある、そこでバトルをするための免許を取得する際に自己責任であることをしっかり確認し誓約書も書かされる。
(ま、そうしないとこういうのは維持できないだろうしな)
と思いつつガードレールから崖下を覗いてみる。
もちろんネットはしかれていた。
それからコースのほうへ引き返し、瞳が事故を起こす原因を作ったであろう水たまりのあたりを見る。
ほとんど乾いてしまっていて、少し湿っている程度だが、そのあたりからタイヤ痕が残っていた。
(やっぱこいつで滑らせたんだな、それでそこのガードレールにヒットして……ここか)
瞳がヒットさせマシンを止めた壁。
微妙に白と黒の塗料が残っている。
(ここで少し引きずったか……マシンを止めるには最良の判断ってとこか)
直登としては、瞳を攻める気は無かった、むしろ無傷でいると知り喜んでいるくらいだ。
*
しばらくし、瞳たちが帰ったと連絡のあった後、ショップへ向かう。
「これが瞳のハチロクですね」
「俺が使っていた時より、やっぱボロそうですね」
「実際そうだろうさ、直登くんが乗ってたのは10年近く前だろう?」
そこからフロントに周る、数少ない傷が少ない場所だったが、よくみると跳ね石などでの細かい傷がたくさんある。
「いや、8年くらい前ですかね、1年半くらい乗って香織に譲りましたね」
「そこから香織ちゃんが2年くらい使って、そのあと瞳ちゃんが3年使って……」
そして壁とこすった右サイド、下地も見えている。
「まぁ……なにはともあれ、これでよかったと思いますよ。親父が生きてた頃に聞きましたが、ボディは別のとこから引っ張ってきたので、エンジンが本体だと」
「もともとをたどれば、このエンジンはアイツがレースで使ってたエンジンを気に入って、そいつを綺麗なハチロクに入れて公道で走ってたもんだからな」
「そうだったんですか? そこら辺は初耳でした」
「詳しく言うとかなり複雑になるから、言わなかったんだろう。それに子供にそんなこと教えてると変に舞い上がるかもしれないし」
右リアバンパー、完全に凹み、シャシー自体にも損傷を与えているように見える。
「なるほど……」
少し離れてみるとさらにダメージがひどく見える。
雑誌の仕事をしていてさまざまなマシンをみてきた直登からすれば走行に支障が出るほどの歪みがあるとわかる。
「左のサイドスカートも結構ズレてますね、完全にダメですね」
「エンジンはどっちにしろ載せ換えだね、二人にはとりあえず廃車にするとはいったけどね」
「ということは瞳は乗り換えるのでは?」
「もちろん、確か前々チューニングしてたS2000にするって言ってたよ」
「あのサーキット専用のですか?」
以前そのS2000筑波サーキットでタイムアタックしていた動画を同業者から見せてもらっていたが、そのときは性能重視で日常性など皆無にう見えたマシンだったが……、と記憶をまさぐる直登。
「あれから街乗りできるようにデチューンするみたいだよ」
「でなければ、体のあちこちが痛むようになるでしょうしね」
「ま、デチューンしてもあのS2000の戦闘力は高いだろうと思うよ」
「瞳が自分にあうようにセッティングしますしね」
「いや、実はあのS2000はエンジンオイルの循環方式をドライサンプにしてるんだよ」
「ドライサンプといえば、タンクを別の所に設置し、強制的に循環させる方式……」
市販車ではフェラーリなどの超弩級の高級車にしか使われないようなものだが、レーシングカーでは珍しくはない。
「最近は一般客でも真面目にサーキットを走る人なんかはドライサンプにする人は増えてるからね。5年前と比べるとびっくりするくらいノウハウも増えてるしパーツも安くなってるよ」
「瞳があえてチューニングするときに導入した理由は……」
「オイルの偏りを防いで……だったらバッフル加工で十分だしね。マウントを加工してたから重心を下げるためだよ。これでしっかりと足回りさえ組めれば十分な脅威だと思うよ」
「これじゃあ、低パワーのマシンといえ侮れませんね。こちらもそれ相応の強化をして挑まねば」
「なにか策はあるのかい?」
「オールマイティな方向にセッティングしていたNSXを峠仕様に変更する、それで十分でしょう」
「もうちょっと派手にいじってもいいかもしれないのにねぇ。まぁなにか用事があるときはいいな」
「ありがとうございます」
*
榛名山頂上、その日も瞳は走り込んでいた。
「うーん、どうしても5連続ヘアピンの反応がイマイチなんだよ」
「そりゃ全体的な車重が増えてるからだろ、タイム的にも悪くはないだろ」
とボンネットを開けながら工藤いう。
ちなみに藤原たちは来てない、というか大所帯だと正直なとこ邪魔な時もあるのでセッティングで力仕事を手伝ってくれたり知識もある工藤しか誘ってない。
「まぁ、まだ俺もコイツになれてないけどねぇ……」
わかる人が見ればわかるエンジンの位置、ホイールベースの内側に入っているフロントミッドシップだ。
そからマウントを加工しエンジンの搭載位置を下げている。
「これでエアロがほとんどノーマルっていうのもすごいよな」
「派手なのってなんか嫌でねー」
目立たなく、地味に生きたいのが俺の目標(?)であるが、性転換してから無理になってきている気がする。
「ま、こういう車は地道に仕上げるしかないだろ。構造的にもそれなりにいじってるんだし」
「でも、これじゃあ当分バトルはねぇ……」
やるならきっちりと仕上げてからやりたいのが心情。
「やっぱ一回本気の全開バトルするしかないだろ、俺がいつでも相手になってやるから」
ドヤ顔でいう工藤、無駄にイケメンだからむかつく。
「それはありがたいけど……車は……?」
なぜか工藤はランエボで来ないで、なぜかワゴンRである。
「いや……それがな……」
大体予想がついてしまった。
「リアバンパーをぶつけてな……それでついでにエアロとか中身もすこしいじろうかなって……」
「だと思った……」
なんでだか工藤はリアをぶつける。前のランエボⅣあたり乗ってたときもリアからぶつかっていた気がする。
バトルする心意気があってもマシンがノーマル軽自動車ではその気になれない、ということで。
「役立たずめ」
言い返せない工藤、いつも俺になにかを求める罰だ。
「バトルは藤原たちに頼むことにするよ」
「くそおおおおおおおおお!!」
いくら叫んでも、自業自得だ。
叫ぶ工藤を無視してS2000を発進させる。
*
家に帰った直登は、PCにいれてある車のデータをみていた。
(やっぱり、前のハチロクとは違って非の打ち所のないマシンだな)
ハチロクのときはパワーのなさや基本設計の古さからくる限界の低さで付け入る隙はあった。
だが車のネガはほとんどなくなったと言っていい。
データがすべてというわけではないが、やはり集められる情報は集めたいのが心情ではある。
やはり実際に走行しているとこをみるしかない、それも近くで。
おそらく今の時間なら瞳も走り込んでいるだろう、と直登にしては希望観測的な感情を抱きながら、出かけていった。
目的地は榛名山。
*
BNR32を中盤にある高速コーナーのギャラリーポイントに止め、下ってくる瞳を待つ。
ほどなくして、頂上から微かながらエンジン音が。
(くるな……)
颯爽とマシンに乗り込みエンジンをかける。
その間にもS2000は下ってくる。
(間違いない、S2000の音だ)
音からして8割ほどで走っているのだろうと推測する。
(そろそろだ)
後ろをみて確認していた直登に視界に、純白のS2000が現れた。
そのまま横を通り過ぎた次の瞬間、BNR32がスキール音を立てながら発進する。
そしてパワー任せに瞳の後ろに喰い付く。
(さて、首都高仕様のこのアンダーの強いR32でどこまでついていけるか)
直登による瞳のニューマシンへの性能評価が始まった。
ということで、次回は全開というわけではありませんがvs直登です!
瞳とS2000の実力も少しはわかるはずです。個人的にはちゃんとかけるか心配ですが(汗




