40話「公道最速少女の挫折」
終盤の中高速セクション、2台とも接近戦のまま侵入していく。
宮藤は丁寧に減速させ曲げる。
(少しタイヤの手応えがおかしい……それはあっちだって)
その時瞳も確かにタイヤの反応が悪かった、だが。
(いけるよな……ハチロク!)
高速コーナーの一つ目は仕掛けない。
大丈夫、そう宮藤が確証しながら次の減速、ここを過ぎれば最後のコーナー。
ここも丁寧な減速を……そう思ってブレーキを踏んだ瞬間、イン側に先ほどまで後ろにいたハチロクが―――。
(こんなにレイトブレーキング!? 自殺でもする気なの!?)
そのままマシンをフラフラさせながら侵入させる。
*
そのときヘアピンにいた香織は、最終コーナー付近でのスキール音に耳を澄ましている。
(きっと瞳は、ヘアピンで無駄ともいえるくらい煽ってフィットのタイヤを消耗させてるはず……。FFだとフロントタイヤが消耗するとアンダーとの格闘だけど、FRなら無理
やりスライドさせられる……きっと瞳はそれで強引にでも抜くつもりね)
だがそれにはスピンという危険もある。だが瞳にはそれを回避するためのテクニックも経験もある、香織はそう信じていた。
*
ハチロクの姿勢が乱れる、スピンするのではないかと驚く宮藤に対し、瞳は冷静にカウンターステアを当て見事にドリフトを披露する。
だがアウトに膨らんでいく、天性のテクニックか、それを抑える。
それでも止まらないハチロクはアウト側の壁にリアバンパーをこする。
だがそれ以上はなにもない、そのまま最終コーナーへ加速していく。
それを見ていた宮藤は、今まで瞳と張りあえていたことが不思議に思えてきた。
「やっぱ格が違うよ
とつぶやきながらゴールラインを超える。
*
俺らが頂上に戻ると相変わらずテンションの高いいつものメンツがいた。
ただでさえ暑いのに車から降りると。
「タコ~!!」
むぎゅーーーっと藤原が抱きついてくる。
「暑い! 暑いから離れてええ!!」
「最後の最後に抜いたんでしょ、無茶しすぎだよ」
藤原をグイグイ引きはがしながら涼宮。
3人でギャーギャー騒いでいたところ。
「横谷」
と工藤に呼ばれる。
そこには宮藤が。
「ごめん、ちょっと強引に抜いちゃった」
「いやいや無理にブロックとかされたわけじゃないから平気だよ。だけどハチロクは大丈夫……? こすってたけど」
「ああ、これくらいは」
やはり微妙にリアバンパーの角が削れている。最終コーナーの一つ前くらいだろう。
それよりも重大な問題がありそうだしな。
「ま、こんなところで話すのも疲れるから帰るか」
「そうだね」
そういい、藤原達にも声をかけ撤退する。
*
それから少し前、5連続ヘアピンで観戦していた香織も他のギャラリーの波に乗り帰ろうとしていた。
その直後、決して凄まじい音をさせているわけではない、だが威圧感のある排気音をさせる車が下ってきていた。
ギャラリーの一部―――やはり香織も知ってる古参の走り屋―――もそれに圧倒されるかのようにその車が通るのを待っている。
そして目の前に現れたのはBNR32、RB26を搭載する最初のGT-Rだ。
それが全開ではないだろうが、かなりのスピードで過ぎ去っていった。
香織はそれだけでわかった、あのマシン、走り方だけで。
(兄さん……)
何時の前にか家出をし、横川のシビックをチューニングするなどしばしば姉妹の前に現れる存在。
(あのフィットも……兄さんが絡んでるの……?)
*
その日はどんちゃん騒ぎをして、最後の方は覚えていない……いやお酒とか飲んだんじゃなくて疲れて寝ただけなんだが。
「で……」
なんで宮藤が横に。
まぁいい、とりあえずは逃げなければ。
だが背中を誰かに掴まれている。
「……誰だ……?」
姉貴がニヤニヤというレベルではない、ニヤァァァという顔で、なおかつよだれを垂らしながら掴んでいる。
これを恐怖と言わずになんというのだろうか。
ここで起こせば危険で、そこでシャツを脱いで逃げる。
下着姿になってしまうのは問題ありだが、すぐ近くのタンスに着替えがあるので問題ない。
俺がシャツを脱いて離脱すると、姉貴がシャツに顔を押し付けてスーハースーハーしていた。おお怖い怖い。
時間を確認すると午前9時、思ったよりは早い。だがこの時間なら食事は昼と統合したほうがよさそうだ。
とはいえ腹が減る。冷蔵庫を探索してみる。
「おお、ケーキだ」
昨日勢いで買って勢いで食って勢いで残ったチョコレートケーキ。
さっさと食べないと傷んじゃうかも、別に二人に見つからないようにってわけじゃないんだし。
食べてみると多少冷蔵庫の匂いというのだろうか、そのような味はするものの十分の美味しさだった。
……冷静になると午前中にケーキというのも変だな。
だが食ってしまったものは仕方ない、それを悔やむより皿を片付けないと。
そう思い180°回転すると。
「美味しかった?」
と真顔の姉貴。
「うん。味も落ちてなかったし」
「そう」
ガシィ、とでもいうように肩を万力の力で掴まれる。
「あのケーキ、私が食べようと思ってたのにぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「ちょっとまてええええええええええええええええええ、なんかいつもと様子違いすぎるよおおおおおおおおおおおお!?」
これが食べ物の恨みというやつか!?
「こうなったら瞳を食べて……!!!」
「よくわからないこと言わないで!?」
「とりゃああああああああああああ」
「いやあああああああああああああああああ」
そうして姉貴に押し倒される体勢に。
薄い本が厚くなるなだと? ふざけるな、やられてるほうは肉体の危機なんだ。
二人でもみくちゃになっていたら足音が。
その方向をみると、どうやら起きてしまった宮藤がポカーンとした顔でこちらをみていた。まさに( ゜д゜ )←の顔をしている。
「あの……その……ごゆっくり……」
とまた寝ていた部屋に戻っていった。
それからまた2時間ほど経ち、朝食兼昼食。
「「「…………」」」
普段はもうちょっと会話があるものだが……仕方ないね……。
これって、自分の子どもが一晩帰って来なかった時はこんな空気なんだろな。
「瞳っち、大丈夫だよ」
「何が……?」
「需要はあるからっ!」
「なんの!?」
全力でツッコませてもらう。どういうことだおい。
「気にしないでいいよ。ふっふふ~ん♪」
もうやだ、この家族や友達……。
*
早朝の榛名山。路面は前日に降った雨のせいでところどころが濡れている。
そこ疾走するハチロク。
端から見れば全開に見える走行。
だが瞳からすれば8割である。
マシンをいたわりながらコンディションをみているのだ。
これは普段からやっており、これを数本して様子をみてから全開にする。
そのようなときはどこかしら嬉しそうな瞳だが今日は違った。
(やっぱ3速か……)
どこが動きがしぶい。普段の街乗りならどうでもよくても、よく全開で走る車でこれはまずい。
もしこれで全開走行中にミッションブローを起こして走行不能になる可能性もある。
(まだギア鳴りはしてないけど、これだといつ起きてもおかしくはないか……またおじさんのところに持って行かないと)
これを機にパワーアップなども、と思う瞳だったが同時に否定する感情も出てくる。
車齢は約30年、エンジンだけでも10年以上前のもの。
少しずつリフレッシュはしているものの、もう人間で言えば老人のようなもの、これ以上無理をさせていいのだろうか。
おそらくミッションを直しても他からガタがくるだろう。
(もうこれとも……いやいや、まだ次のを買うお金なんてないし……それに……)
なんやかんや言って愛着のあるこのマシン。
ハチロクを労って乗り換えるか、それともずっと走り続けるか。
瞳の頭の中でグルグルと渦巻く思い。
中盤のヘアピンコーナーを立ち上がったとき、テールが流れた。
大きめの水たまりに乗ったようだ。
いつもなら水たまりが出来る場所も頭に入っているのでこんなことはしない。
(完全に乱れてる……)
大きく深呼吸をする瞳。
ハンドルをぐっと握り直しながら加速させる。
せめてこの一本を8割走行で走って終わらそう、そう決める。
次のヘアピンコーナー。
ギアを2速へ落とす。
旋回し、アウト側に寄せながら加速させ、ギアを3速に―――入らない。
(こんな時に!?)
またしても水たまりで姿勢が乱れる。
とっさに操作をしたもののオーバーレブ。
スライドしアウト側のガードレースに接触、反動で反対側に吹っ飛ぶ。
ギアを4速に入れながらその反動に従うことに。
反対側は崖、いくらレースすることも考え強化されてるとはいえ、下手に抑えようとしたら転落する可能性もある。
そして90°ほど回転しながら反対側の壁へ。
さらに90°―――壁に張り付きながらちょうど進行方向と逆方向―――に向き、ながら停車した。
はぁはぁ……と荒い息をする。
ちょうど運転席側が壁と密着している形なのでこのままでは出れない。
とりあえず慎重にマシンを動かし本来の進行方向に向け直す。
そしてコーナーを立ち上がっていきなりハチロクが、ということにならないようにストレートの真ん中ほどまで自走させ、ハザードを出しながら止める。
止めた車両の後方に三角表示板―――赤い反射する板でできた三角形の板―――を置き、改めて自分のマシンをみる。
リアバンパーは歪み、右サイドも無残に削れている。
なにより気になったのはタイヤ。
ホイールまで削れている、これはホイールまでヒットしている。そしてそのダメージはサスペンションまで及んでいるかもしれない。
瞳は無表情に携帯を取り出し、おじさんこと高城の元へレッカーを頼む電話をする。
そして車に乗り込み、エンジンを吹かす。
(エンジンは大丈夫……か)
オーバーレブしたときにブローしてないか心配だったが、こちらは大丈夫な模様。
だが内装をみるとそうもいかなそうだ。
ダッシュボード類が洒落にならないほどズレている。
(ボディがゆがんでるな……)
安全のためにロールゲージなども組んであったのが逆に仇になったのかもしれない。
だが無ければ逆に瞳自身の命が危なかったかもしれない。
瞳はステアかた手を離し、小さくクソ……とつぶやいた。
改めて読み直すと、前半と後半の空気差がひどいですねorz
というか超展開すぎた……(遠い目
これから少しは後半のテンションが続くかもしれません。
この後のネタに関してはそれなりに浮かんでいるので、もしかしたらすぐに投稿されるかもしれません。