3話「前哨戦」
3話
赤城山の頂上に二台のマシンが置いてある。
一台はR32型GT−R もうひとつはホンダ シビック タイプRのFD2型。
R32のドライバーはもちろん横谷直登。
そして、シビックのドライバーは――
「どうでしたか?」
と直登に訊いている少女、横川春奈の愛車だ。
チューンは軽量化など、基本的には直登がやっている。
「いい感じだ。走りのリズムも乱れていない」
「これなら……」
「瞳も超えられる。高性能車殺しと呼ばれたハチロクをな」
「必ず――」
勝って見せます。という前に直登が。
「腕があればな。正直、お前は並みの走り屋よりはセンスもテクもある。だが、瞳+ハチロク=高性能車殺しとなる。言うだけなら簡単だが、あのコンビが出来た時、やはりなにかが違う。理論や数値を超えたスペックが出てくる」
「だから、高性能車殺しと呼ばれる。ですが、そのために走りこんでマシンも仕上げじゃないですか」
「そうだ。だが、その『理論や数値を超えたスペック』が底知れないんだ。そこが恐ろしい」
「わかりました。明日、宣戦布告してきます」
「わかった。頑張れよ」
と言って帰って行った直登。
「あぁ、どうしよぉ……」
と悩み始めた横川。
実は横谷の前の席に座っているのだが、シャイでなかなか話しかけられない。
「ここは『当たって砕けろ』作戦!」
*
と裏では恐ろしいのかわかんない作戦が決行されたことを知る由もない俺、横谷瞳は教室で授業を終えた。
あとはホームルームが終わって、新自動車研究部の部室に向かえばいいんだ。うん、楽だ。
と、帰りのホームルームで明日必要なものなどを言われて、部活か下校。
で、当然俺も藤原達と一緒に新自動車研究部の部室に――――
「横谷瞳、一緒に来なさいっ!」
と腕を握られてどこかに連れて行かれた。
「ひぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
という情けない声しか出せない俺。なにか悪いことでもしたのか?
*
横谷瞳が誘拐っぽいことをされた。それを知った藤原は。
「誰が、一体、なにが目的で!?」
と若干興奮気味に言う。
「前の席の横川春奈って娘に……」
とつれさらわれた瞬間を見ていたクラスメイト。
「なに、横谷がだと。待ってろ横谷ぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
と文字通り目にも止まらぬスピードで追いかけて行った工藤。
「タコ……まさか、可愛いから……?」
と若干見当違いなことを言う涼宮。
そんな風にみんなが慌てている中、斉藤は別の意味で慌てている。またはイラついていた。
(横川、やりすぎだ……というか、監視ってレベルじゃねぇぞ……)
と思っていた。
『組織』の中では活動歴と功績が多い斉藤が横川に『横谷を平穏に監視をしていろ』と指示をしたのだが、横川なら少しは行動を起こすと思っていたら、ここまで派手にやるとは考えもしていなかったのだ。
*
俺はただいま屋上手前の踊り場に連れてこられていた。
相手は確か前の席に座っている横川春奈って女子だ。短髪でざっくり言うならどこかの超電磁砲を撃つ人みたいな感じだ。適当ですまないが。
前の席に座ってても藤原達と話していたし、あちらからも話しかけてこなかったので会話はゼロだ。というか、シャイなのか、自己紹介の時はボソボソ言っていてあまり聞こえなかった。
で、今顔を真っ赤にしながら、しかも時々噛みそうになりながら言ってきた。
「あ、貴女が高性能車殺しの横谷瞳?」
もし違ったらどうする気だったんだ?
「ああ、そうだけど」
こちらも男子っぽくならないように口調を気を付ける。
「では、話は簡単」
「話?」
大体想像できるが。
「えぇと……やっぱこれを見てくださいっ!」
と鼻息荒く、手紙、ピンク色の封筒に可愛いシールで封を閉じたのだった。
まさか、バトルではなく……告白か!?
「うぅぅぅぅうううううう……ひゃぁぁああああああああああああああああああああああ!」
と叫んでどこかに行ってしまった。
この封筒、まさかの告白、同性愛、百合か!?
*
横川は走りながら先程、横谷瞳にしたことを回想して顔を真っ赤にしていた。
初対面の相手にはなかなか言葉を交わせないので手紙で行こうと思った横川は、手紙とそれを入れる封筒を探した。だが、以前に使っていた可愛らしい便箋一式しかなかった。なのでああなった。
普通に渡せば問題なかっただろうがあのように強引かつ誤解を誘いそうな渡し方をしてしまった自分を恥じる。
(明日から……どどどどどどどうしよう……ッ!?)
もはや脳内口調も狂っていた。もし明日から「横川春奈は美少女が好き」という情報が流れると思うと。
「なんであんなことしたのぉ――――――――――――――――――!?」
自業自得であった。
*
俺は手紙を確認する度胸がなかった、もし中身が本当に告白だったと思うとゾッとする。やはり創作上の話だからいいんだな。
と思っていたら人の気配が。
「くんくん。横谷の匂いが近い。もうすぐだ」
と踊り場の床の匂いを嗅ぎながら上がってきた工藤。おい、どこからやっていたんだ、それ。
と俺の足元まで近づいてきて。
「横谷のオーラ、顔を上げれば天国が――」
その前に生き地獄を味あわせてやろう。
俺は工藤の頭をふんづける。そして
「さぁ、顔を上げたら芳○文乃の『二回死ね!』を実際に体験できるけど。どうかなぁ?」
「わかりました。レッドゾーンから退避して顔を上げます」
よかった、工藤がドMじゃなくて。
と、レッドゾーン(俺のスカートの中身が見えない距離)まで下がっている工藤がぼそっと。
「でも、横谷のならいいかもな……惜しいことをした」
と呟いていた。やはり殺すべきだったか?
「あ、タコだ!」
と藤原、その後に続いて涼宮、斉藤も姿を現した。
「たまには変態も役に立つことはあるのね」
と藤原がホコリを落としている工藤を見ながら言った。
「で、なんかされたの?」
と涼宮。今はされてないが……。
俺は、手に持っている手紙を見る。なにが書いてあるんだ……?
「そ……それは?」
「なんか、鼻息を荒くして、顔を真っ赤にしながら……」
今想像すると恐ろしい。
「これを渡してきた」
と手が震えるのを感じながら手紙をみんなに見せる。
「「「「!?」」」」
と、俺以外の全員も凍りつく。
「た、タコ、それって……?」
「ま、まだ開けてないから知らん」
「あ……開けないとわからないよ……」
と涼宮の声を受けて、意を決して開けた。
「よ……読むぞっ!」
「こ、こい!」
と工藤が身構える。
「『背景……』って、背景じゃなくて拝啓だろ……。えと、『拝啓、横谷瞳。貴様と榛名山でバトルをしたい。二週間後の夜11時。榛名山頂上で待つ。尚、それまでの期間こちらでも走りこませていただく』だと」
と、読み終えたら全員で。
「「「「…………告白じゃないのかよっ!」」」」
って、全員じゃない。斉藤は溜息をついている。まさか、知っていのか?
「って、バトルよっ!」
と言われてもなぁ……、どんだけ速いかもわからないし……
「最近、首都高速環状線、妙義山、赤城山で速いと言われているシビックタイプRを知っているか?」
と斉藤。
「ああ、確か環状線でGT−Rに勝って、峠でも俺や兄貴とタメを張れるんじゃないかって噂のシビックだろ?」
「そうだ。俺の情報によると、あいつがそうらしい」
「なんですと!?」
と藤原。
「タコ、これは新自動車研究部の最初の表立った活動よ! そのバトル、受けるわよね?」
YES以外は受け付けそうになかったし、俺のその気だったので。
「受けるよ」
と言った。
*
横川春奈は直登に。
「直登さん。とりあえず宣戦布告をしてきましたっ!」
と敬礼をしながら言う横川を見た直登は。
「よく出来たなぁ。ま、それはさておき、もう戻れないぞ。いいのか?」
「いいの。絶対に勝って見せますから!」
「わかった。あっちから連絡が来るのを待とう」
「あ」
「どうした?」
「連絡先書くの忘れた」
「おいおい……」
とため息をつく直登だった。
でも、横川の後ろに相手の瞳はいるのだが……そこまで頭が回っていなかった横川だった。
*
家に帰って本格的な走りこみを始めた俺達。
とは言っても俺が走って他のみんなはサポートだが。
「いい感じだ」
と、今までの甘めセッティングから詰めたセッティングに変えていく。
今回の相手、シビックタイプRは厄介な相手だと思っている。
正直言って、どこをとっても俺のハチロクは相手のシビックよりいいとこはほとんどない。
唯一あるとすればスタート時の0km/hからの加速だけだ。
俺のハチロクは後輪駆動のため、スタートダッシュの時に慣性の法則で後輪に車体の重量がかかってロスが少ないのだ。
逆に相手のシビックは前輪駆動。そのため駆動する前輪が浮いてしまうのだ。
それ以外は、ホンダが本気で作った『メーカー純正のチューニングカー』をさらにチューンしたようなものだ。それはかなり恐ろしい。
俺の記憶が正しければ某有名ホンダ系チューニングショップのデモカーのシビックが筑波サーキットで1分フラットで走ったと聞いた。しかもノンターボ。
つまり、そのくらいシビックタイプR FD2型はポテンシャルがあるということだ。
でも、バトルするのは榛名山。俺の地元だ。負けるわけにはいかない。
というわけで走りこみで榛名山。
だったのだが……
「なんで兄貴がいんだよ―――――――――――――!」
それが俺の榛名山頂上で走りこむ前の第一声だった。
「なんでって、横川の面倒を見ているのは俺だからな。いるのは当然だろう」
とあっけらかんという兄貴。
「直登さん。走ってきます」
「わかった。5本ほど走ってこい!」
「わかりましたっ!」
と排気音で声をかき消されないように大きな声で会話する兄貴と横川。
「俺もいく。準備をしていてくれ」
「わかった」
と工藤が頷いて指示を出し始めた。
走りこめばわかるが、こちらはコースを知っている分コーナーに深く突っ込めるがあちらが慣れてしまえばこちらのアドバンテージは無くなる。でも――――
*
最近建てられた鉄塔では榛名山が一望できた。
そこにいるのは横谷直登。
「遂に……始めるのか……」
とヘッドライトを見る直登。
「瞳の高性能車殺しは、榛名山で走ればさらに強化される。『道の形を覚えている』その先にある『こういうときはどのくらい滑る』や『どこどこが荒れている』とかは走りこんだ瞳が有利だ。それを覚悟で走るのは、俺でもkを愛」
と一人で言う直登。
「横川、お前では無理だろうな。今の瞳なら、レーサーにも勝てる……そんな怪物を相手に戦ったと思うと、俺は恐ろしいよ」
と振り返る直登。
――――二台はまるでバトルのように榛名山を走りこんでいく。
瞳の高性能車殺し(ハイスペックキラー)の大元はどこかの幻想殺しです。あまり気にしないように。どのようなことかと言うと。「自分より格上の相手にも勝てる」という当たり前な感じですが、ハチロクでGT-Rに勝ったりすると考えると、まぁ、こんなのもいいかなと思いました。
次回からVS横川です。