36話「最速フィット」
「さすがに帰りは水着はダメよー」
と姉貴に釘を刺される。
代わりにポカリス○ットを何本か持ち込んで帰ることに。
「まぁ、夕方だから大丈夫か」
となんとか言い聞かせハチロクで自宅を目指すはず……が。
『タコ、今の気持ちは?』
「走っていれば走行風で涼しいのに、残念だぜ」
『でもこっちは快適だよ♪』
「くそう……」
といい俺はダッシュボードに固定してある携帯に手を伸ばして藤原との通話を切る。
ちなみにいうと、今は渋滞の中だ。
完全に高速の帰宅だか帰省ラッシュにはまった……。
あともうちょいなんだけどなぁ……。
トマラナイスピードデオモイガアフレテイクー♪
着信だ。
「なあ横た」
ブツッ
あー、早く進まないかな。
トマラナイスピードデオモイガ
ガチャッ
『なんで声出したら切っちゃうんですか!?』
「ごめんごめん、本能的に」
『本能!?』
「で、なんなの? セクハラだったらあとでランエボとおさらばした後、榛名の崖から突き落とすよ」
『なんてバイオレンスな……。けど、今回はちゃんと有益なことだぜ』
「ほう」
『この渋滞にはまってても仕方ないから、この次のインターで降りようぜ、下の道は空いてるようだし』
「そうするかー」
『じゃあ他の奴らにはどっちがいう?』
「俺が姉貴とと横川にいうから、工藤は藤原と斎藤と涼宮に』
『なんでこっちが多いんだ?』
「こんな熱い車内にいる女の子に余計に働かせるの!!」
『お前……前は女の子扱い嫌がっていたのに……』
「昔は昔、今は今だよ」
『へいへいわかったよ』
姉貴に電話をすると。
『次のインターで降りるなら有城峠にいかない?』
「あー、なんか有名なチームがいるところだっけ?」
『そこまでレベルは高いって聞かないけどね、どんなところか試しましょ』
「わかった、じゃあ横川には俺からいうから他のメンバーにはよろしくね」
『え、ちょっと』
ブツッ
数分後、全員の了解も得られたので近くのインターチェンジから降りて有城峠へ。
*
足城峠は基本的にはヘアピンは少なく、軽い減速から曲げていく印象だ。
ヘアピンも4つほどあるだけで、たくさんヘアピンのある榛名とは大違いだ。
そんな有城峠を登りきった頂上では。
「誰もいないね」
俺ら以外誰もいなかった。この時間帯なら地元の奴らがいてもおかしくない時間帯なのだが。
「そういえば、今ここ走ってるチームは遠征しにいってるとか」
「斎藤、なんでそんな重要なこと忘れてたし」
俺も横川のいうことに賛成だ。
「今思い出したんだから、仕方ないだろ」
「仕方ない、帰るかー」
「残念だわねー、私の仲間もいたのに」
姉貴の仲間とは……どうしても変人な気がして……。
*
車列を作って下っていく瞳たち。
最後尾の香織が違和感に気づく。
(かなりのスピードで下ってくるわね……なにかしら?)
そうこうしているうちに広報にピッタリとついてくる。
目を凝らすもライトの光のせいかよく見えない。
(まぁ、あっちのが速いみたいだし譲ったほうがよさそうね)
と思いインテグラをわずかに左に寄せ道を譲る意思を見せる。
前の皆も気づいたらしく香織を真似る。
本来ならその横を通り抜けて行って終わりなのだが……。
(なに、こいつ?)
瞳のハチロクの横を通り抜ける寸前で車速を落として右斜め後ろからパッシングなどをしながら煽ってくる。
(やるっていうのか、受けてやる!)
瞳はいっきにアクセルを踏み込む。
相手もアクセルを踏み追いかけてくる。
(思ったよりもいい加速だ、車種を確認したいところだな……)
この状況では瞳に不利な条件が多すぎた。
一回登ったきりでのぶっつけ本番のコース。
それをほぼ勘で切り抜けていく。
(動きからしてFF、それに俺よりはこの峠を知ってるみたいだな……)
速度は速いが、瞳からすればいつもよりも慎重にコーナーに侵入する。
(離れない……! なんて速さなんだよ!!)
ギアダウンをしながらコーナーへ侵入。
(動きからすればFF……こりゃ抜かれるな……)
その次の瞬間、複合コーナーの処理をミスし、アウトに膨れる瞳。
そのインを差してきたマシン。
(こ、これは……!?)
ハッチバックのようにみえるそのマシンは。
「フィット……!」
きれいなイエロー(実名、プレミアムイエロー・パールII)のマシンだ。
瞳はその姿をみてあっけにとられる。
(フィットってあんなに速く走れるのかよ……!?)
信じられない、だが信じるしかない光景だ。
(ドライバーもいい、ここの走り方を知ってる……)
だが、ここで引き下がるわけにはいかない、相手のラインをトレースすることに。
(いける、このペースならついていける!)
多少距離が開いてしまったが大丈夫かもしれない、そう思った瞳だったが。
直後にフィットが急減速。
瞳も慌てて急ブレーキ。
ロック寸前まで踏み込む。
その甲斐あってか、ハチロクがわずかにフィットのリアバンパーにタッチしている程度で停車できた。
一瞬怒りがこみ上げた瞳だったが、フィットの前をタヌキが横切るのをみて、フィットが急停車した理由がわかった。
「はぁ……」
とため息をつく瞳。
*
一度視線を落とし、ステアリングに体重をあずけていると上からエキゾーストノートが。
どうやら他のメンツも下ってきているみたいだ。
と、上に意識を向けたところ、フィットが走り去ってしまった。
……ブラックマークが残ってるなんてそこそこぱパワーはあるみたいだな。
しかし、あの走り方どこかで見たことがあるような……。
夜中とはいえ、ここで集団で止まるのも危険なので、そもまま下ることに。
そして下りきったところにあった駐車場に止める。
先ほどのフィットはそのまま帰ったようでいなかった。
いつの間に抜いたのだろう、先陣を切って駐車場にきたのは姉貴だった。
「瞳大丈夫だった!?」
「あー、大丈夫大丈夫。少しバトルっぽくなっただけだし」
だがこのように言っても止まらないのが姉貴だ。
「私としたことが車種で油断して……あんなに速く走るのがいるだなんて……」
「ま、金の使い所を間違えたアホだろうね」
横川が毒舌を吐きながら言っている。
まぁあながち間違えではないだろうが。
「ま、あの感じからして過給器はつけてそうだな」
フィットが走り去ったであろう道をみながら工藤。
「それでも200馬力出るかってところじゃないかな」
「ま、NAばっかのホンダだからあんまり過給圧もかけられませんしね」
*
某所のガレージにそのフィットが収まっている。
そこには青年と少女がいた。
「調子はどうだ、宮藤」
「問題ありません、さすがの仕上がりです」
「ならいいが……元々速さを求めるのに不向きなフィットで瞳に挑むなんてな、俺もどこまできるかわからんしな」
と半ば呆れながら言っている男――横谷直登である。
「一度お前と同じような願望を持ったFD2乗りの面倒をみたこともあるが、そいつでも勝てなかったしな」
「そんな奴とは腕は違います。私は勝ちますよ」
と今から勝利宣言でもしそうな勢いで言うのは宮藤里奈。
「そもそも、ホンダ車に過給器が邪道ということに縛られてるからいけないんですよ、直登さんもNSXにターボをつければいいのに」
「一時期つけたこともあったが、バランスも考えるとNAがいいんだ」
「ま、フィットは相性いいですよ」
「そうか、でもセッティングはこれからだ、今日勝てたと言ってもイーブンな条件とはいえないしな。これからが本番だ」
「わかりました」
返事を聞きながら、直登はフィットをジャッキアップした。
*
次の日、俺はといえばハチロクのエアコンの修理の見積をみていた。
「……わかっていたことだけど、これはなぁ……」
当分扇風機で我慢の日々が続きそうだ。
「エアコン直りそう?」
エアコンの効いた部屋のソファーに座りながら姉貴が言っている。
「金がかかるから無理」
「お金のかかる車よねー」
「旧車なんだし仕方ないよ」
「燃費も良くないのに」
「高回転型だから仕方ないの!」
「そんなことばっかりしてるから胸も大きくならないのよ」
「関係無いだろ!」
「ハチロクが貧乳好きで」
「そんな車いたら怖いよ!」
「ギャグがわからない娘ね……」
「もういいよ……」
これ以上関わるとろくなことがなさそうなので逃げる。
姉貴は俺がドアノブに触ったときに。
「そういえば」
「ん?」
「この前フィットのこと、ちょっと調べてみたんだけどね」
いつもどおりの微笑だが、種類が変わっている。
「最近、有城峠だけじゃなくていろいろな峠で走ってたみたいよ、元からそこそこの速さだったけど、いいチューナーにあったのか車も速くなってるみたいね」
「それだけなの?」
「私の友達の友達が実際に聞いたって言ってるらしいけど、本人が『榛名の「高性能車殺しを倒す」って豪語してたらしいわよ。
「そんな奴、いくらでもいるでしょ、大抵は口だけのやつだけど」
「今回はそう言ってられるのかしら?」
「まぁ、勝負するなら受けてやるまでだよ」
そう言って俺は部屋を後にした。
相当前に約束した藤原ヒカリさんの「リリカル・イグリプス」からようやくキャラを出させてもらいました。
キャラクターを提供してくださったヒカリさんには本当にお礼を申し上げたいです。
話は変わって、今回は短いですが、なんとなく区切りの良いのでここで区切らせてもらいました。