29話「セットアップ」
俺、横谷瞳はよく走り屋に絡まれる。
だからよくバトルするのだが、今回は違う。
俺ではなく工藤がバトルをする。
俺自身がバトルしないとなるのは、涼宮VS大川のとき以来であろう。
涼宮のときはFRのFZ対これまたFRのZ32だった。
今回は4WD同士、ランエボ対BNR32だ。
ちなみに今は、近くのチューニング関係のショップに工藤と二人で来ている。
読者の皆さん。これはデートではない、繰り返す、これはデートではない。
「いやー、瞳と二人っきりでデートなんて……ゲハッ! ……ごめんなさい」
「まったく、次同じようなことを言ったら記憶を消去するからな」
「やめてください。自重しますから」
工藤が自重するとは思えない。
ちなみに今探しているのはマフラー関係と、デフ関係のものだ。
「これか、AYC対応のLSDって」
と工藤が棚の目線よりちょっと下くらいのある段ボール箱を見ながら言う。
ランエボなどに搭載されているAYCに対応するLSDを見ているらしい。
そこから目を移し、別のものを見ている。
AYCのプログラムだ。
ランエボⅨではAYCのセッティンは『速く走るもの』というより『安全性のため』というため、違和感が強いらしい。
そのセッティングを変えるものだ。ECUのセッティングを変えるのと同じようなものらしい。
そこにAYC対応のLSDを入れることにより、より高い効果が得られるもの……だったはず。
「でも、ここまでやる必要もあるかね」
と言ったら工藤は。
「あそこまでやられたら、やるっきゃないだろ……」
と真剣な顔で言った。
それから1時間と少ししてから店から出た。
パーツの装着はショップに任せているので俺達はS2000でショップを後にした。
「そういや、お前が女子になったのってこのエスニが原因だよな」
と突然言いだした。
「って言っても、この車は悪くないよ」
「そんくらいはわかってるわ。にしてもあれから考えるとかなり穏やかになったな」
「そう?」
自分では自覚はないけど。そうなのだろうか。
「可愛くなってし……」
「なに?」
「可愛くなったって言ってんだ!」
「へ……?」
こ……これって!?
「横谷……お前のことが好――――」
「やっぱ懲りてねぇじゃねえかぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
それからしばらく車内ボクシングだった。
皆さんは真似はしないように。
*
それから十数分後、ボコボコになってなにかに目覚めた顔をした工藤を家に送り、家に戻ってきた俺。
リビングへ行くと姉貴が。
「瞳ー。おじさんから、ハチロクが途中まで仕上がったって」
予定では明日から明後日に途中経過の電話をすると言っていたけど、やっぱり早く仕上がってるようだ。
だが仕上げってもすぐにバトルできるというわけではないだろう。
恐らくエンジンなどのナラシ走行に細かいセッティングも出さなければならない。おそらくそれには1週間程度はかかる。
*
それから数日後、工藤のランエボが戻ってきて、セットアップ開始である。
元からメカメカしい車ではあるが、AYCのコントロール用の装置などなど、多少追加されてさらにメカメカしくなっている。
「このボタンで動作量を変えられる。ちなみにこのボタンを押すとAYCはオフになってただのLSDになる」
と頼んでもいないのにボタンを指差しながら解説してる工藤。
「というか、そもそもAYCってなんだっけ?」
と横川。
「そもそもLSDというものの存在を忘れていたよ」
と続く藤原。
みんな、こんなのでも峠を速く走れるんだよ。
工藤は少し呆れたような顔をしながら解説を始めた。
「AYCっつーのはいうのは、左右の駆動差を電子制御してコーナリングをよくするっつーモノで。外側のタイヤにトルクを多めに配分したりして旋回性を上げるようなもんだ。それで、このエボⅨにはスーパーAYCって前のAYCよりもコントロールできるトルクの容量をアップしたのがあって、これにプラスして――――」
「工藤、途中で悪いが、あいつら聞いてないぞ」
「なん……だと……?」
と工藤が藤原達を見ると。
「やっぱ新しい車っていいよねー。FCからFZに変えたら燃費よくなったよー」
「えー。でも峠で踏んだらすごいでしょ……?」
「ていうかREで燃費比べるのもアレな気がするよ……」
そんな三人の会話を見た工藤は。
「無視すんなぁああああああああああああああああああああああ!!」
そりゃこうなるわな。
工藤の咆哮に大して藤原は。
「聞いてたら何時間かかかると思ってねー」
「俺がそこまで解説してると思ってたのか……!?」
「そんな勢いがあったから」
と言われて撃沈した工藤に代わって俺が簡単に説明する。
「ランエボについてる、AYCというのは、左右の回転差を制御して速いコーナリングをできるようにする装置だよ。それにプラスして前後の駆動を制御するACDっていうものついてさらによくなったって話だし」
と俺が解説すると横川が。
「じゃさ。GT-RのアテーサET-Sとはどう違うの? 直登さんは『前後のトルク配分を調整させて安定させる装置』よか言ってたけど。同じじゃない?」
「いい質問ですね~」
「池上○さんの真似はいいから」
一度やってみたかっただけなのに……。
「アテーサは基本的には0:100のFRで。そこから50:50までの可変なの。ようはコーナリングとかで滑ったときに前輪にトルク配分をするようなもんで。ACDは50:50の配分から制御するものらしいの」
「ようは安定装置と積極的に曲げる装置みたいな差?」
「そんな感じ」
「やっぱり説明は変態じゃなくてタコに聞くべきだねー」
と涼宮。
もう許してやれよ、工藤が泣きそうだ。
*
なんやかんや言っているが、工藤のランエボをセットアップするのが今日の目的だ。
「これでいくか……」
と工藤はAYCコントローラーのスイッチをイジっている。
「コントロールの量を増やしたの?」
「そうそう。これで安定性の代わりに旋回性能が増す」
「じゃ、気を付けてね」
「わかってる」
直4ならではの若干バラけたような音を出しながら出ていく工藤。
*
工藤のランエボが第一コーナーへ侵入。
予想通り旋回性能が上がっている。
安定性も下がると思っていたが、それほどは下がっていない。
踏み込んでもトラクションはいい。
ストレートだけなら自動車研究部の中でも上のほうの工藤のランエボ。
特にコーナーからの立ち上がりだけでは最速だ。
それは4WDのトラクションもあるし、工藤の走り方もある。
今回工藤が求めているのは旋回性能。
ある程度オーバーステアにセッティングしても大した問題にはならないと踏んでいる工藤。
例えスライドしようがそれを抑えるテクニックがあるから考えられることだ。
(今の感じだと、少しアンダーが強い。下りだけならともかく、上りもあるからこれだとヤベーな……)
と考えつつ、アクセルを抜いてブレーキを踏む。
そして緩やかな右コーナーへ侵入。
工藤はアンダーと言っているが、下りではその辺の後輪駆動車よりも旋回性能は高いレベルにある。
あくまで下りでは。
しかし、上りとなると話は変わる。
下りでは常に前輪に車体の重心、つまり荷重がかかっている。
前輪に荷重がかかっていると、前輪のグリップが確保され、旋回性能が上がる。
逆にいえば、リアの荷重が少なくなりスライドし、スピンする可能性もある。
上りでは、後輪に荷重がかかり、下りとは逆の特性となる。
榛名山は傾斜が大きいので、この差が顕著に表れる。
下りでの安定性を求めてアンダー気味にすれば上りで強いアンダー。
上りでの旋回性を求めるてオーバー気味にすると下りで挙動が不安定に。
両立はできないので、ここをうまくバランスを取る必要がある。
今回工藤は若干旋回性を求めるようにしている。
(4WDならある程度挙動が乱れても問題はねぇ。ここはアンダーを消すことに集中しよう)
と考えつつゴール地点から180°ターンして再度全速力で上り始める。
なんとか前の話から一カ月以内に投稿できました。
次回からバトルが始まるので、楽しみにしていてください!