24話「決着、そして最速崩壊」
空いているイン側にマシンをねじ込む瞳。
だが、直登もラインを塞ごうとする。
(ダメか……ッ!)
と思った瞳。
(いや、ノーズがッ!)
わずかながら、マシンのノーズが直登のNSXよりイン側にあった。
これにより、イン側の主導権は瞳のもの。
だが、加速で抜かれるかもしれない。
そこで、ぶつけない程度で直登のラインを塞ごうとする瞳。
その甲斐があってか、瞳はインからギリギリで抜き去ることに成功した。
一方抜かれた直登の顔には、笑みしかなかった。
*
頂上では、瞳が直登を抜いたという情報が伝わっていた。
「ついに抜かしたね」
とそわそわと藤原。
「だが、直登さんがこんなに簡単に抜かれるのか?」
と工藤。
「工藤、今はそんなマイナス思考はやめよう……」
と涼宮が不安そうな顔で言う。
「いや、工藤の言うとおりだ。直登がこんな簡単に抜かれるとは思えない」
と荒畑が工藤のことをフォローする。
「ということは……まだなにかあると……?」
と藤原。
「だろうな……」
と、二台が走り去って行った道を見る荒畑。
*
ハチロクが先行して高速セクションへ侵入。
高速セクションではパワー、空力などの面でNSXが有利だ。
だが、それもテクニックがあって生かされる。
瞳は最小限の角度でコーナーを抜ける。
対して直登はマシンをスライドさせず、グリップ走行で駆け抜ける。
二台とも、アウト側、ガードレールに掠めるようにコーナーを脱出。
すぐに右に切り返し。
微妙な角度で曲がるコーナー。
それを巧みなハンドル、ペダルさばきで駆け抜ける二台。
そしてヘアピン。
二台のマシンがフルブレーキで侵入する。
ここでの状況の変化はなし。
(ここでなにもしてこないなんて……諦めた?)
と瞳は直登の走りを不思議に思う。
そしてストレート。
ここで来るのではないかと心配をした瞳だが、直登は抜きにかからず、瞳の後ろに貼りつくように付いてくるだけだ。
(ストレートで仕掛けるのは得策ではない、第一、パワーだけで勝ったと思われるのは癪だ)
と直登は頭の中でシュミレーションを立てる。
そして、ストレートの後のヘアピン。
ここでも直登はなにも仕掛けてこない。
微妙に飛び込んできたようにも見えたが、瞳は気のせいと思い、今は前に集中する。
ここから90°曲がるコーナーが連続する。
そこを二台は駆け抜ける。
ここでも瞳はドリフト走行。
直登はわずかにスライドさせる走行。
そして、五連続ヘアピン。
瞳の中では、直登レベルのドライバー相手で五連続へピンで仕掛けてきたのはいない。
だが、あの直登なら仕掛けてきてもおかしくはない。
*
「五連続ヘアピンに侵入してきているそうだ」
と頂上で仲間の連絡を受けて自動車研究部の面々に報告する荒畑。
「こっちも、香織さんから音が聞こえるってメールが来ました」
と携帯を閉じながら藤原。
「こっからが勝負だな……」
と、わずかに音がするほう―――二台が走りぬけて行った方を見つめる斉藤。
*
一つ目のヘアピンは、特に変化無し。
(やっぱ、ここでは来ないのか……?)
と不安そうにミラーを気にする瞳。
だが、ヘアピンはまだ四つある。
二つ目のヘアピン。
アウトにマシンを降る直登。
わずかにスライドの角度を増やしてラインを塞ぐ瞳。
直登も無理には抜かず、一旦引く。
(やっぱ来る!)
そう確信する瞳。
一気に戦闘モードに切り替わる。
三つ目のヘアピン。
瞳が少しラインを塞ぐようにして、直登が抜きにくるのを防ぐ。
直登もピッタリついてくるだけにしている。
四つ目のヘアピン。
ブレーキングで直登が離れる。
(諦めた……?)
そのまま加速する二台。
そして、最後のヘアピンの前に変化が起きる。
侵入で離したはずのNSXが、立ち上がりで猛烈な加速をしているのだ。
(まさか、立ち上がり重視にするため!?)
基本的にコーナリングはアウト・イン・アウトというように抜けていくが、時にはイン・イン・アウトや、イン・アウト・アウトのように早くアクセルを開けられるように侵入を犠牲にするときがある。
このように仕掛けてきたということは、ヘアピンの間のわずかなストレートでもスピードを稼ぎたいということ。
そのように瞳が気付いた時には、NSXのノーズがイン側に入ってきていた。
その直後、ブレーキング。
完全にNSXがイン側を取る。
瞳が抵抗するも、綺麗にマシンを曲げ、加速させていく直登。
前と後ろが入れ替わる。
(こんなところで……ッ!)
と前に出たNSXを睨む瞳。
そして五連続ヘアピンの間よりわずかに長いストレート。
パワーの差でさらに離される。
だが、次のヘアピンで追い付ける。
そう思っていた。
だが――――
(走りが……違う……)
今までの走りとは、動きが違いすぎる。
(今まで本気じゃなかったのか……)
それはつまり、『瞳を油断させられる程度遅くて、瞳に抜かれても離されない程度速く走る』というように器用にスピードを調整していたのだ。
自分の技術をフルにつかって走るのは誰でもできる。
だが、『ある程度抑えて、ペースをそろえておく』というのは難しい、それこそプロのドライバーの技術に近い。
(化け物レベル……俺では勝てない……)
だが、まだなにかがあるかもしれない、そう勇気づけてアクセルを踏み込む瞳。
それをミラー越しに見た直登は。
(無理だ瞳、技術うんぬんの話ではなく、その精神状態では無理だ)
もはや崩れかけたモチベーションを強引に組みなおしたようなもの、この状態でコーナリング勝負で負ければ、あっという間に減速するだろう。
(俺もそうだった、今の瞳に足りないのは負けから学ぶことだ、それさえ越えれば俺を超えられる)
そして、直登の本気のブレーキングからのターンイン。
わずかに瞳が離れる。
それだけで十分だった。
瞳のハチロクが離れる。
その瞬間、横谷瞳の負けが確定した。
―――――峠最速のハチロク、高性能車殺しが負けた瞬間だった。
*
頂上では。
「五連続ヘアピンの最後で、ハチロクが抜かれたらしいぞ」
となるべく冷静に伝えようとする荒畑。
それでも自動車研究部の面々は驚きを隠せない。
「うそでしょ……」
とつぶやく藤原や。
「やっぱりな……けど五連ヘアピンの最後か……直登さんの速さを考えると……くそッ……」
と頭を掻きながら言う工藤。
「タコ……抜き返せるかな……」
と涼宮が言うも、それに対する応えは無い。
*
ゴールしていくNSXを後ろから見つめる瞳。
マフラーからアフターファイヤを出しながら停車する直登のNSX。
その後ろにつけるように停止させる瞳。
「……お疲れ様だったな、瞳」
と直登。
若干言葉が場違いなのは、おそらく、自分で負かせてしまった妹にどういう声をかけていいかわからないのだろう。
「やっぱ速いね」
と、精一杯笑顔を作って言う瞳。
「お前もなかなかだったぞ」
と無表情で返す直登。
「でも……ね」
と言ったところで瞳がプルッと震えた。
「……悪い瞳、やらないといけないことがあるから帰るな」
と言って、NSXに乗り込み走り去っていく直登。
NSXが完全に見えなくなったところで、瞳の目から塩辛い液体が漏れてきた。
*
「どうする、迎えにいくか?」
と荒畑。
「ここは行ったほうがよさそうですね」
といいつつ愛車のランエボに乗り込む工藤。
「なんか泣いてそう……」
とFZのドアを開けながら涼宮。
自動車研究部と荒畑の車両の集団が、榛名山を下っていく。
*
ゴール地点でハチロクのボンネットに座るようにして泣いている瞳。
(くそっ、なんで涙が止まらないの……これでみんなが降りてきたら……)
と思いつつも、涙や鼻水が止まらない瞳。
その直後、頂上から複数の車が下ってくる音がした。
(早く……泣き止まないと)
と思いつつ、気持ちを落ち着かせる。
だが、そうしているとバトル中、もっと考えて動けばマシな結果になったかもしれない局面があったことに思い当たり、それに対しての悔しさからか、また涙が止まらない。
そうこうしてると複数の車が下ってきた。
下ってきたマシンはもちろん自動車研究部の面々だった。
「タコっ!」
と藤原が叫びながら近づいてくる。
もちろん振り返らない。
「ねぇ……泣いてるの?」
と恐る恐る訊いてきた藤原に対し瞳は。
「泣いてないもん……」
と、自分でもアホとしか思えない言い訳を言う。
その直後。
「瞳ッ!」
と言いながら、いつの間にか下ってきていた香織が瞳に声をかける。
それにも反応しない瞳に対し、香織は優しく瞳抱いた。
遂に瞳が敗北、言い方はあれですが、何故NSXが勝ったのかと言えば、単に作者の好みですww 他の車も好きですが、やはり一番好きなのがNSXでして……w
ですが、いままで瞳がバトルしてきたマシンが遅いというわけではありません、今回はドライバーがチートすぎただけです。
次回からは瞳の復活――じゃなくてサブキャラクター、工藤や藤原、香織などのバトルでも書こうかなと思っています。