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猫は狼に食べられた

作者: 猫蓮

 ルルは倒れていた。突然襲われて体はボロボロだ。終いには川に投げられてずぶ濡れになっている。ルルは水が苦手だ。泳げない。

 さっきまでは意識を失っていた。奇跡的に川岸に打ち上げられて助かった。あのまま川に流されていたら溺れて死んでいただろう。いやー運が良かった。


「きれいなつき」


 開けた視界、視線だけで空を見上げてルルは呟いた。まだ体は動かせない。水が染みてキズが痛い!


 けれど痛みも忘れるぐらいきれいな満月だった。風もない、獣の声もしない静かな夜だった。


 災難で不貞腐れた気持ちも月を見たらどこかへいった。今日は散々だったがきれいな月を見れたから良しとしよう。……いや、やっぱり許せない。体が癒えたら絶対やり返してやる!

 復讐に燃えても今は体が痛くて動けない。今日が満月で良かった。満月の日は誰も外には出ていない。今襲われたら抵抗も出来ずに殺されちゃうからね。それじゃあぼくのプライドが許せない。

 野宿は慣れているけれど、さすがにゴツゴツした石の上は嫌だった。せめて土の上がいい。花に囲まれてならもっと最高。


 まあ、どうせ動けないから考えたって意味ないけど!


 鬱々とした気持ちを癒すためにもう一回月を見上げる。うん、やっぱりきれいだな。今日はこのまま月を見て過ごそうと決めた。決めた瞬間、急に目の前が真っ暗になった。


 なんだいったい、月が見れないじゃないか!


 唸っていると荒い息が聞こえる。どうやら月を遮っているのは物ではなく誰からしい。


 邪魔だと怒る前にはたと止まる。今日は満月だ。満月の夜は皆家に引きこもる。つまり、今外に出ている者はいない、ハズだった。

 もちろん自分のことは棚に上げて考えている。こんな状態じゃあ帰れない。つまり、仕方がないのだ。例外中の例外だ。

 ルルだって夜は家にいる予定だった。今頃家でゆったりしているはずだったのだ。それもこれもアイツのせいだ。絶対許さない。


 逆光ですぐには見えなかったが眼が慣れて次第に姿が露になる。目の前に居たのは狼だった。


 あっこれは死んだな。


 倒れて動けないでいるルル。目の前にいる狼はギラついた眼をこちらに真っ直ぐ向けている。獲物を狙う眼だ。その獲物はルルしかしない。満月は理性を壊し本性を顕にする。


 見逃して……くれないよな〜。


 ルルは諦めて食べられることにした。何事も諦めは大事だ。まあ、抵抗のしようも無いから選択肢なんて元よりないけどね。


 あ〜あ、今日は散々だ。





「ねえ、いつまでそうしているつもりなの」


 ルルはふんぞり返って目の前のものを見る。ルルが目覚めてからずっとこうだ。


「すまない」


 ルルを食べた狼は大きな図体を丸めて、小さく縮こまっている。頭を床に擦り付けてひたすら謝っている。


「その言葉はもう何回も聞いたってば。も〜過ぎたことは悔やんだって仕方ないんだからさあ。ぼくが許す。はい、終わり。さあ、頭を上げて」


 ルルはゲシッと狼の頭を蹴る。ルルの勢いに折れた狼はおずおずと頭を上げる。


「ん、それでいいんだよ。言っとくけどね、ぼくには心臓が十個もあるんだ。それが一つ無くなったぐらい、どーってことないんだよ。だから」

「どうでも良くない!」


 カッと見開いて大きな声を出した狼にルルは思わず口を閉ざしてしまった。


「どうでも良くないよ……死は、簡単に考えていいものじゃない。オレは死んだことないから分からないけど、生き返ると言っても痛みはあるんだろう? 死んで大丈夫なはずがない。笑って簡単に済ましていい事じゃない。きみは怒っていいんだ。虐げられて平気だなんて仕方ないだなんて諦めちゃダメだ! 気付いていないだけできみの心は悲鳴を上げてるんだ。痛いって、苦しいって傷付いているんだ。自分の心まで偽わるな。自分の体を大切にするんだ」


 先程までとは打って変わって叱るような、嘆き叫ぶような勢いにルルは圧倒される。


 びっっっっっっっくりしたぁ。


 目をパチクリ瞬かせる。見た目と違って気弱な奴だと思ってた。なんだ、ちゃんと強い部分があるじゃん。

 クスクス笑い出したルルに今度は狼があっけに取られる番だった。


「……いやぁごめんごめん。でも、おもしろくって……笑ってごめんね。まさかぼくを食べた奴にお説教されるなんて思いもしなくてさ。あーおかしー」


 食べた事を指摘されて気まずくなった狼は再び体を丸め縮こまった。それに構いもせずルルは盛大に笑う。ひとしきり笑ったルルは気分が良かった。小躍りしそうなほどに楽しいと感じている。ルルはこの狼のことが気に入った。一緒にいたら飽きないだろうなと思ったらいても立ってもいられなかった。


「そうだ! ねえねえ、狼くん。ぼくはキミのことが気に入ったよ。だからキミが死ぬまで、ぼくはキミに付きまとうよ!」

「いや、言い方!」


 軽快な声でとんでもないことを宣うルルに狼は思わずツッコミを入れる。ノリがいいな〜。


「ぼくはルル。ゲンエイ種で心臓は後七つあるよ」


 二本ある尻尾をフリフリ揺らして見せる。ゲンエイ種は特別でとっても強いんだよ!


「どんな自己紹介だよ。オレはハイカゼ種のキングだ」


 ケシケシと頭を掻きながら名前を教えてくれた。律儀な狼だ。


「キング、キング……カッコイイ名前だね。これからよろしく、キング」

「拒否権なしかよ」

「えー、ぼくを殺して後悔しているキングくんに拒否権があると思う?」

「それは、もう、やめてくれ……。わかった、わかったから! お手柔らかに頼むよルル」


 やったー了承貰えたー!


 嬉しくってつい飛びついちゃった。勢いあまって押し倒しちゃったし、とりあえずぼくのってマーキングしておこう。キングの首元に額を擦り付ける。キングも嬉しいのか動かないぞ。マーキングも終わったしキングから降りて毛づくろいする。少ししてキングが起き上がった。


「イテテ、少しは手加減してくれ。そういえば、どうしてルルはあんなにボロボロだったんだ? ゲンエイ種ってとても強いんだろう?」

「ああ、それがさー散歩してたら急に竜の奴が襲ってきたんだよねー。奇襲って言うの? 普通に戦っても勝てないからって卑怯だと思わない!? まあもちろんやり返してやったけどね。そしたらあいつ最後にぼくを川に入れやがったんだよ。酷いよね。ぼくが泳げないの知ってやがったんだ」

「あ、ああ、そうか。もう何からツッコめばいいのか分からない」


 うぅ、思い出したら腹が立ってきた。最後に見えたあいつのにやけ顔ときたら……うがー!



「キング行こう! ボッコボコにしてやる」

「行くってどこに? えっ、まさかその竜のとこじゃないよね!?」


 なんだか焦ってるけどどうしたんだろう。


「竜のところに決まってんじゃん」

「いやいや危ないよ! また怪我したらどうするの」


 え、心配してくれてる。なんだか照れるな〜。


「危ないことはやめよう。ね?」

「安心してキング。ぼくは強いからね。竜ぐらいどうってことないのさ」


 今とってもやる気に満ち溢れてるんだ。闘争心がメラメラ燃えているよ。


「さあ行こうすぐ行こう! 朝飯前だよ。今日の朝ごはんは竜肉だ!」

「えー……ちょ、待ってよルルー?!」


 竜のねぐらは知っているからね。ここからそんなに遠くないし。ひょいひょいっと進んでいたら後ろの足音が小さくなっていく。不思議に思って後ろを振り返るとキングの息が切れていた。


「ごめ、待っ、限界……」

「どうしたーキング〜。体力ないのー?」

「体力ってどんだけ走ったと思っているのさ」


 どんだけってそんなに走っていないけど?


「もう二山も超えているよ。どこまで行く気なの?!」

「もうすぐだよ。ほら、あの岩山。あそこにいるんだ」

「え、あそこ……」


 なんだかキングの顔色が悪い。疲れちゃったのかな?


「分かった。さっと行ってさっと殺って来るからキングはここで待ってて」

「え、まっ」

「竜肉美味しいから期待してて!」


 後ろでキングがなんか叫んでいる。きっと応援だ。よーしキングのためにも頑張ろーオー。

 ルルはもの凄いスピードで岩山を駆け上っていく。


「おーい竜ー、出てこーい」

「グァッハッハッハ。ノコノコと我の元に来るとはよっぽど死にた」

「エイッ」


 竜は話が長い。全部聞くと遅くなっちゃうから首を切ってやった。油断して馬鹿だよねー。


「キングとご飯♪ キングとご飯♪」


 邪魔な鱗を剥いで美味しい肉の部分だけ削ぎ落とす。するとキングが来てくれた。わーそんなに楽しみにしててくれたんだ。


「うわ……本当に倒してる」

「キングーこの辺の肉が美味しいんだよ。一緒に食べよ!」

「あ、ハイ」


 いつも一匹だったから誰かとご飯食べるの初めてだ。前に食べた時より美味しく感じる。やっぱりキングと一緒は楽しいな。


「キング」

「ん?」

「いっぱい遊ぼうね」

「お、おう……」

「いっぱい美味しい物食べようね」

「おう」

「ずっと一緒にいてね」

「おう」

「死ぬ時は一緒だよ」

「おう……え?」


 やったやった約束してもらえた。


「え、っと……ルルさん?」

「キングが死ぬときはぼくを食べてね」


 ゲンエイ種の血肉は滋養強壮に良いんだよ。酷い怪我も治るし寿命も長くなるんだよ。ぼくはまだ七つは心臓があるからね。一匹では死なせないよ。


「死ぬまで一緒だよ、キング」


 ぼくが死ぬまで付き合ってもらうよ。



「そうだ、キングって番いる?」

「今更だな……いないよ」

「そう、良かった」


 もしいたら殺してたからね。キングはぼくのものだから誰にもあげないよ。


 「あれ、なんか悪寒が……」

 「他のメスに浮気したらダメだからね」

 「他のってどこにもいねえ……え?」

 「ん?」


 急にキングが固まった。すっごい凝視されてる。え、可愛い? いや〜照れるな〜。


 「待て待て待て! えっ、いや嘘だろ!?」

 「どうしたのキング? 変なものでも食べた?」

 「竜肉が変なものに入るなら今食べてる。あっ、その前にルルを食べたな」

 「わっ、ぼくは変じゃないよ!」


 こんなに可愛くて可愛い猫は他にはいないよ。昨日はあんなに激しく求めてきたのに酷い!


 「……ってそうじゃなくて。ルル、正直に答えてくれ。ルルってメス、なのか?」

 「当たり前じゃん。……ほら」


 真剣な顔するから身構えちゃったじゃないか。こんなに可愛い猫がオスなわけないじゃん。

 ルルはゴロンと寝転んでお腹を見せる。……ちょっと恥ずかしい。


 「なっ、何やってるんだ!?」

 「何って見せてるだけだよ」

 「見せっ!?」


 体格差があるからこうした方が見やすいでしょ?

 ブツブツなにか呟いてるけど早くて聞き取れない。ルルは欠伸する。いっぱい動いてお腹いっぱい食べたから眠くなった。


 「キング〜」

 「え……うぉあ」


 ドォーンと押し倒して上に乗る。マーキングの時も思ったけどキングってふわふわしていて暖かい。ギューッと首に抱き着く。


 「ル、ルルル、ルルさん!?」

 「おやすみ〜」


 これからも寝る時はキングの上で寝よう。ルルは秒で眠った。ぐぅ……。

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