表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

堂々たれ焔の如く 白羅伝

作者: 恥目 司

月夜に照らされる芒が原。

黒い空に大きく浮かぶ望月の下、二人の侍が邂逅していた。

「お前が俺を付け狙う刺客……って事か?」

長い黒髪に涼しい風が吹き通る。


時代は乱世。

悪辣たる妖魔が跳梁跋扈し、その力で人々の安寧を脅かしていた。

恐怖で怯える民草を守る為に妖魔を斬り伏せるツワモノ。

そのツワモノ達の上に立つ“棟梁”。


——初代棟梁“白羅”。

焔と冰。対の竜を従え、後世の伝説に遺される英雄が飄々とした顔で月を眺めていた。


その二尺先にて、満月の真下に立つ黒袴の侍。

陣笠の奥からギラリと紅の光が輝いている。

「刺客……って訳じゃない。ただ、貴様の力を試したくてな」

「君、よく狂ってるって言われない?()()()()()に駆られて動いていたら損ばかりと思うが……」

 

「まぞひずむ……くくっ。棟梁は流石だ。学もある」

 黒袴の侍は、口角を歪ませずにはいられなかった。

「俺みたく、人斬りばかりしか能のない男には決して解らぬモノ。だからこそ俺は貴様を斬りに行く」

そう言って、侍は鞘から刀を抜く。

ギラリと月光の光を跳ね返し、白刃の切っ先を白羅に向ける。

「……それでもやる気かい?」

「やる気さ。やらなければ一生の後悔だ」


初代棟梁は、ため息をついて仕方なく刀を抜く。

「“(いなずま)”って事は、本気なんだな?」

刃身に稲妻の印が刻まれた大業物——“電”。

かつて稀代の刀匠が鍛えた名刀が牙を剥く。


「君が死ぬ気で来るのなら、俺はしっかりと答えるさ」

それが棟梁の役目だと言わんばかりに真正面に構える。


両者、刀の鋒を互いに向けて静かに相対していた。

静寂の帳が降りている。

そよそよと芒が夜風を受けて揺れている。

刹那に殺し合いが始まる、その瞬間ですら愛おしく。


消える。

再び現れた時には既に、鍔迫り合いになっていた。

ガキンッッッッ!!!!

刀と刀が撃ち合う音が夜空に響く。

何度も何度も、金属音が夜の中に吸い込まれていく。


キリがなく後ろへ足を退き、間合いを広げる。

「なるほど、初太刀から縮地とは面白い」


黒袴の侍は刀を振る。


殺意や負の感情に対しての容赦を捨てた後、思考よりも先に斬撃が飛び出すという退魔の為にある秘剣。

その秘剣をあっさりと鍔迫り合いにまで持ち込んだ。


強力な妖魔なら防ぐ事が出来るが、明らかに人間が受けられる技ではなかったのだ。


(この男……ただもんじゃねぇな)

白羅は焦る事なく、逆に笑っていた。

腕が微かに震えている。

武者震いがしてきた。

それでも、まだ楽しいと思っていられる。


「楽しいか?」

黒袴の侍が白羅に問いかける。

「ああ、楽しいよ」

その答えを斬撃に乗せて詰め寄る。

「楽しいからこそ、お前と死合わねば」

刃が迫る。刀が綺麗に侍の脇腹に滑り込む。

残光が奔る。その軌跡はしっかりと侍の腹部から胸にかけての大きな傷を創った。


「ぐぉぉぉぉぉ!!!??」

ボタボタと血が滴り落ちる。

決して浅くはない傷。黒い袴に血液が滲む。

明らかに致命の傷のはずなのだが侍は倒れず、その場で笑う。

「く、かはははは……重畳。無駄のない刀捌き。まさに至高の斬撃、極まれし太刀筋よ」

ただただ恍惚としながら刀を杖代わりにして体勢を整える。


「やっぱり、そんなんで倒れる訳がないよなぁ」

剣を極めた身としては解っていた。生易しい剣戟で勝てる相手ではないと。

だからこそ、次に出す技はしっかりと考えていた。

「まだ、まだ足りないなぁっっ!!」

侍はただ前へと進む。刀を逆手に持って、駆け出す。

(来る!!)

侍の繰り出す一撃を間一髪で避ける。

芒の穂が斬られて雪の如く舞い散る。


(今ッッ!!)

空になった背後に一撃をと、刀を振るう。

しかし、

ガキンッッッッ!!

その斬撃はどこからともなく現れた剣によって阻まれる。

その形は刀ではなく異国の両刃剣。

侍が逆手に持って、背後からの一撃を防いでいたのだ。


「……“不毀剣(デュランダル)”」

侍は白羅の刀を弾いて振り向き、刀と剣を同時に構えた。

「君のその剣、西洋のものか?」

「すまないな。あまりの楽しさに奥の手が出ちまった」

「奥の手ってそんな簡単に出るものじゃあないと思うがなぁ」

白羅は苦笑して、一つ息を吐く。

「君は、妖魔ではない。でもそれを軽く超える力を幾つも内に秘めている。その剣を見て分かる」


「ああ、そうだ。だが決してお前を騙したかった訳ではない」

ばつが悪そうな顔をして、静かに白羅を見つめていた。

ピシリと、侍の持つ刀が軋む。

「貴様の剣を、業を識りたかった。人を殺し人を活かす貴様の力を知りたかったのだ。そうして、俺は知る事が出来た」

パキンと刀が折れる。

折れた鋒が綺麗に砕けて地面に落ちる。


「守りたいものがあるからこそ、人は強くなれる。たとえ命を賭す事になったとしても」

侍は被っていた陣笠を取って、投げ捨てる。


白に蝕まれている黒髪と顔の半分を覆う火傷の痕。

「お前は俺にはないものを持っている。かつて刻まれてきた伝説と同じ道がお前の前に拓かれている」

侍は満月の下、不毀剣(デュランダル)を構え、声を張り上げる。

「俺は貴様が歩むべき道を阻む最後の門。貴様の歩む道を導く最後の標。遍く撃ち叩かれてきた剣に宿る原初の魂。我が名は“原初の剣”!!人に宿る理を今ここにッッ!!」

その声、その威圧に痺れるほどに大気が震える。


そして“原初の剣”はもう片方の手に剣を顕現させる。

「“聖王剣(エクスカリバー)”!!」

金色に輝く王の剣。

王に与えられる最高の伝説剣が彼の手にある。


しかし白羅はただただその圧に圧倒されて、

「は、ははっ。ははははははっっ!!」

——(わら)うのみ。

「その剣、強いと見たァッ!!俺も、更に本気を出す他あるまいな!!」

刀を地面に突き刺し、両の手を合わせる。

「征こう!!ホムラ、ヒムロッ!!!」


人には必ず限界がある。

それを突破する事は不可能であり、必ず人間以上の力を持つ生命に勝てるわけがない。

しかし、それは人間のみの力だけの場合。

自分の身一つでそれが叶わないのなら、なにか別の存在や概念の力を借りればいい。

そして、白羅が力を借りた存在。

それは———

『いいわよ。あの男なーんか気に食わないし』

『ハクラがやると決めたら私もやるんだから!!』


2つの光が揺らめいている。

一つは、全てを燃やし尽くさんと轟轟と燃える赤。

一つは、万物を凍てつかそうと鋭く輝く絶望の白。


対の力が白羅の身体を纏っていく。

天と地、両極を揺らぐ。

夜空の黒さえも掻き消すほどに眩しい。


その光景に原初の剣は驚愕する。

「まさか、竜の力を扱う人間がいるとは……それも2体同時に!!」


一対の竜の力を纏った白羅は静かに刀を地面から抜いて、原初の剣に向けて静かに構える。

とめどなく溢れてくる殺意に原初の剣は恐怖を滲ませながらも

笑いが止まらなかった。

「良いだろう。受けて立とう。その全力、最大限の力を俺に刻みつけてこい!!」

不毀剣(デュランダル)聖王剣(エクスカリバー)を交差して構える原初の剣。

片や、刀を正眼に構えて静かに息を吐く白羅。


静寂の後、刹那に閃光が奔る。

音速の剣戟が始まった。

二剣を用いて荒ぶる原初の剣に対し、白羅は冷静に剣を捌いている。

それでも剛速で繰り出される怒涛の連撃。

(——今ッッ)

針穴の様に小さな隙を見た白羅は“(いなずま)”を翻して反撃する。

「———『避雷神』!!」 

強烈な太刀筋が大上段から迫る。岩をも切り裂き、鉄をも引き裂くその一撃はもはや雷撃、神の鉄槌。


「ぬかせぃ!!」

原初の剣は伝説剣を交差してその強撃を受けようする。

確かに大上段からの一撃は凌いだ。


だが、それを受けた時には白羅の次の一手は既に終わっていた。


「『召雷』!!」

剣にぶつかった刀を滑らせて、隙だらけの原初の剣の脇腹に斬撃が入る。

(……疾い!!)

「『楽雷』」

さらに刀で反対側の脇腹を斬りつけている。


痛みを耐えて、地団駄を踏む原初の剣。

彼の腹部には交差した傷が開いていた。

「まだまだァッ!!」

原初の剣は聖王剣(エクスカリバー)を白羅に投げる。

剣は白羅の着物ごと地面に深く突き刺さり白羅を拘束する。

「喰らえ!!」

原初の剣は不毀剣デュランダルを振り下ろす。

その瞬間、白羅は叫ぶ。

「今だ、ヒムロ!!」

白羅の掌から白い靄が広がる。

(冷気!!)

白い靄の正体に気づいて離れようとするが、既に原初の剣の身体は凍っている。

 その隙に白羅は袖を破り、自由になった身体で叫ぶ。


「とどめだ、ホムラッッ!!」

 燃え出す刀身。

 鋒を凍りついた原初の剣に向けてそのまま刺突する。


「来い、“巨炎剣(レーヴァテイン)”」

 凍りついたままの原初の剣が呟くと、彼の掌から炎の剣が顕れる。巨炎剣(レーヴァテイン)は原初の剣を固めた氷を溶かして、自由になった腕で刀をいなした。


「やはり貴様の剣術は素晴らしい。だが、星の数ほど英雄がいるのなら同じく剣も星の数」

溶けかけている氷の中から、ニヤリと笑う原初の剣。

しかし、白羅はその光景を絶望とは思っていなかった。

逆にこの状況を楽しんですらいたのだ。


しかし、互いに傷だらけの身体。

どちらが倒れてもおかしくはなかった。

「……最後か」

「あぁ、名残惜しい」


満月は既に沈み、空も少し明るみを帯びている。


「……」

「……」

二人は何も言わず、ただ剣を構える。

柄を強く握って互いの全力を振り絞る。


熱い。頭が、心が、身体の全てが。

歓喜している。

できる事ならば、全てを忘れて永遠に死合いたかった。


二人は静かに駆け出す。

刹那が悠久の時のようで、万物の流転が見えたような気がした。


最後の真剣勝負。


交錯。

互いに剣は出した。精一杯の力を以って斬り伏せた。

涼しい風が二人の間を通る。

がくり。先に膝をついたのは白羅だった。

「素晴らしい……」

原初の剣はただ恍惚としたように白んだ空を見上げている。

()()()()だ」

その言葉が呟かれると同時に、原初の剣の周りに光の粒子が舞っている。

「貴様は、素晴らしい人間だ。定命の者というには勿体無い」

白羅は背中を見せたまま座っていた。

「……わざわざ、どうも。でも、永遠の命には興味ないね」

「不死というのは、誰もが追い求める者ではないのか?」

「いや、俺が興味ないだけさ。俺はただ皆を守る為だけで良い。お役が終われば定めのままよ」

「ふっ、お前らしい」

原初の剣は消えていく。光の粒子を散らして消えていく。

「お前、消えたら死ぬのか?」

「いや、星の理の為に生き続けるからな」

「……また、お前と闘いてぇな」

「貴様が、生きていたらな」


夜が明ける。水平線からぼやけた朝日が顔を出し、白んだ空は徐々に青くなっていく。

『あら、あの男消えたんだ』

『ハクラすごい!!さすが私の男!!』


芒が靡く原の中、白羅は立ち上がり皆のいる村へと戻る事に決めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ