バカ王子の企み
「貴様のような女は願い下げだ!」
尊大に言い放つと、周りの貴族たちがざわめいた。
私が指差す先にいるのはアウロラ・ルンドバリ。美しく聡明な侯爵令嬢であり、私の婚約者だ。
だが、もう半年の間、私たちはろくに顔を合わせることすらしていない。
二か月前のアウロラの誕生日には、彼女をよく知らない入りたての侍従を使って安物の見てくれだけは派手な装飾品を送った。予算を渡して、「派手なものを買ってこい。余った金は駄賃にくれてやろう」と言ったらわかりやすい安物を買ってきた。
その後の夜会では、今、私の腕にぴたりと張り付いているモーナ・ストール男爵令嬢に私の髪の色である白銀のドレスと瞳の色である紫の装飾品を贈り、これでもかと飾り立てて同伴した。アウロラはきちんとした令嬢だから、私が贈ったような子供だましの安物を身につけて夜会に出るなどという愚行はしない。
だが、聡明であるがゆえに、モーナにかけられた金額と手間には気づく。少しだけ顔色が白くなっていた。
私はそんなふうに、モーナに入れあげ、アウロラをないがしろにした。
学園では常にモーナを伴い、密室に二人でこもった。
夜会ではモーナを飾り立て、アウロラをエスコートさえしなかった。
その度に、代わりにアウロラのエスコートをした父親の侯爵や彼女の兄たちに睨まれ、それも不快だとわめきたててやった。
そして今日、私はやっと言いたかった言葉を放つ事ができる。
衆目の中、私は久しぶりにまっすぐアウロラを見た。
アウロラは勤勉で責任感が強い。私が遊び呆けていてもきっちり妃教育をこなしている。だからだろう。今日も顔色が良くない。始終寝不足のくせに、手を抜くということを知らないのだ。
私が不出来ないせいで、負担は彼女に際限なくのしかかる。
私はそんな彼女に最低な言葉の刃を突き立てた。
「そのような顔色で私の横に立とうなどとよくも思えるものだ。どうせならモーナのように陽気で明るい女がいいというのにな」
「やだ、マクシミリアン様ったら!」
モーナが貴族令嬢にあるまじき大口でけたけたと笑う。それを愛しげに見る私に周りから向けられるのは、嫌悪と侮蔑の視線だ。
そして、第一王子派の貴族たちは表面上は私に阿り、内心嘲笑っている。
それでいい。
私は、もうしばらくだけ、お前たちが満足する王子でいてやろう。
「もうお前の陰気な顔には見飽きたんだよ。だからアウロラ、私はお前との婚約を破棄する!」
ざわりと人々がざわめく。
王と王妃のいない、私が一番高位である夜会。
欠席は許さないとわざわざアウロラ個人に出した招待状。
そのくせエスコートなどせず、モーナを腕にぶら下げて登場した私。
そこまで重なれば、アウロラには今夜何が起こるのかなど容易に想像がついていただろう。彼女はきちんと育てられた貴族の娘だ。馬鹿な王子になど、やられっぱなしでいてはいけない。当然、選ぶエスコートは、私より格下である彼女の家族では弱い。
想像通り、顔色が更に悪くなったアウロラを力強く支えているのは、私の異母弟のエクシードだった。一を聞いて十を知るその聡明さと、高貴な顔立ちながら明るく太陽のように屈託のない笑顔と、柔軟な考え方をしている傑物だ。
もっとも、今は不機嫌にもほどがある顔をしているが。
「兄上、本気ですか?」
怒りを込め、眉をひそめてそう言う異母弟に、私はへらっと軽薄に笑ってみせた。
「ああ、本気だ。モーナの笑顔があれば、この国もより明るくなるだろう?」
「そうよね?やだ、私ったら次期王妃ぃ?」
大声で騒ぎ立てるモーナに俺は微笑んだ。
私のその顔にアウロラが目を背けるのが見えた。
「わかりました。婚約破棄に同意いたします」
「ではこれにサインを」
私は用意していた書類を側近に差し出させた。わざわざ下に敷く板とペンも用意してある。震える手で、それでも気丈にサインをしたその紙は、側近から私の手に渡った。
いつもは流れるような筆跡なのに、震えて歪んでいる。それを確認して無造作にエクシードに渡す。ついでに先に作っておいたちょっと分厚い書類の束も一緒に。
「兄上?!」
「悪いがあとはよろしくな、エクシード。・・・ああ、清々した」
私はニヤリと笑って、モーナの腰を抱いたまま魔封石をパキンと割った。魔封石とは魔力が少なく魔法を使えない人間用に作られたもので、それを割れば封じられた魔法を、たとえ魔力がなくとも発動できる便利道具だ。ちなみにかなりお高い代物で、これを贖うために私はちょっと無理をしたが、先方が言うようにいい品質だ。魔法の発動速度が速く、安定している。ついでに、発動時の結界つきとは。
ぶわりと光が広がり、私とモーナの足の下に魔法陣が現れた。
当然結界に遮られて騎士たちは私たちを捕らえることはできない。
「マクシミリアン様、どこへ行かれるのです?!」
「じゃあな、アウロラ」
目を見開いたアウロラの美しい青の瞳にひらひらと手をふると、私たちはその場から転移して姿をくらませた。
「ほんっと馬鹿だな」
王都から馬車で一週間かかる海沿いの貿易都市ファウスで、俺は今日も罵倒されている。
「もう二週間ずっとそれだが、飽きないのか?」
「言葉遣い」
「ちっ・・・お飽きにならないんですか?ゴシュジンサマ」
スパーンと飛んできた室内履きが俺の後頭部に直撃した。
そいつ曰く、足に履くものを頭に当てることで屈辱を与え、いい音がして達成感があり、しかも怪我はしない優れモノの懲罰道具なのだそうだ。
床に落ちたそれを拾って持ち主の元へ行き、表面上は恭しくそれを履かせる。
持ち主は黒髪の魔導師だ。
ただの魔法士ではなく、国一番の技量と魔力量を誇り、本来であれば王宮で魔法士を束ねる役職に就くべき男だが、他人との協調性がなく、慕われているにも関わらず誰にでも塩対応。しまいには王宮に上がることすら拒否し始めた変わり者だ。
「仕方ないですよ。ジュスト様はマクシミ・・・マックス様を惜しんでいらっしゃるんですから」
そう言って、黒髪の魔導師ジュストに紅茶を入れているのはメイド服を着たモーナだ。もっとも、あの夜会の時とはまるで違う。
「ここまでこればもう覆らないというのに」
「そこがジュスト様のいいとこですしねえ」
「そんなバカ、誰が惜しむか!」
のんびり言葉を交わす俺とモーナにジュストが読んでいた新聞を投げつけた。
そこには、二週間前の夜会で婚約者に婚約破棄をたたきつけ、そのまま浮気相手の女と行方をくらませた馬鹿な王子が王家から除籍され王都を追放されたこと、そして、王太子に第二王子エクシードが決定し、その婚約者にアウロラ・ルンドバリが決まったことが大々的に報じられていた。
ルンドバリ侯爵令嬢に何一つ瑕疵はなく、愛と尊敬をもって結婚を申し込んだと書かれているその新聞を、俺は綺麗に折りたたんで片付けた。
「しかし、お前だって努力はしていただろうが」
そう言うジュストは、俺が王立学園に通っている時の同級生であり、同時にその才ゆえに魔法が苦手な第一王子に魔法を教えろと無茶ぶりをされた被害者だ。
俺は魔力量も少なく、魔法も得意ではない。だが、俺をどうしても王太子にしたかった母の実家がジュストを脅してまで俺の側に付けた。
だが、ジュストは開口一番『才能がない。諦めろ』と言い放ち、俺はその物言いに逆に感心して付き合いが始まったのだ。学んでいるふりをしつつ共に時間を過ごし、俺は奴に王子の教育者としての高給と研究の為の場所と時間を、奴は俺に王子として振舞わなくていい居場所をお互いに与えた。
卒業後はそれほど接点はなかったが、この計画を実行するために俺は奴を巻き込んだ。というよりもがっつり協力要請した。奴はそれから文句を言いつつ手を貸してくれている。
最終的に馬鹿な王子を保護してしまっているあたり、奴も人がいいというか、なんというか。
「努力だけでなんとかなる座ではないんだよ。それに資質も見ずに年齢で決めようなんて横暴もいいところだ。まあ、俺が馬鹿だから傀儡にできると思っていた奴らは一掃したからな。少しは風通しも良くなるだろ」
そう。俺は王の器じゃないと常々感じていた。
僻みではない。
エクシードとアウロラの聡明さや有能さを一番身近で見ていたのは俺だ。自分との縮まらない距離などいくらでも自覚する。
それなのに、俺は第一王子で、王妃の息子で、王妃の実家は公爵家だ。しかも外祖父である公爵は俺を傀儡にして実権を握る気満々だった。
こりゃダメだな、と思った。
俺が都合のいい手駒でいる限り、この国は外祖父や野心のありすぎる貴族の好きにされる。俺自体に力はないから、俺が王になっても彼らに抗うことはできない。かといって、普通の状態では王位継承権を返上なんてさせてもらえない。
俺ができるのは、馬鹿な王子として国王と国に見限られることだけだった。
だから俺はジュストの使用人であるモーナを借り、女に現を抜かす馬鹿になってやった。
アウロラには苦しい思いをさせたかもしれない。
俺に恋情は無くても、真面目でまっすぐで優しい人だから俺を支えようとしてくれていた。でも、あの状態なら彼女は責められない。普段の態度も、すでにいくつか担っている公務も、彼女はしっかりと実績を積み上げているから。
それに。
俺は自嘲した。
アウロラは気づいていただろうか。
いつも、目で追っているのは俺じゃなかったことを。
俺が彼女を邪険にするたびに節度を持って、でも本当に心から慰めていたのはエクシードで。
婚約する前から彼女が目で追うのはエクシードだけだった。
自分を繕わず、愚痴を言い、泣けるのも。
「マックス様は純愛ですよねえ。初恋の君の為に身を引くなんて」
「そんなんじゃないって言っただろう?」
モーナにしかめ面をしてやると、大口を開けて笑った。わかっていてからかっているのだ。
「アウロラ・・・ルンドバリ侯爵令嬢は戦友ってやつだ。それに俺はあいつらに王位を押し付けて自分だけ逃げて自由になったんだぞ?後始末しろと貴族の悪だくみの証拠まで押し付けて。最低じゃないか?好きなら近くで守るだろうが」
「籍を抜かれて平民になって、ジュスト様の監視下に置かれて、こき使われてますけどねー」
うるさい。
結局俺は、逃げたがあっさり捕まって国王に断罪されたことになっている。いや、実際されたのか。モーナとは別れさせられ、平民になってジュストに監視され、この街を出ることは許されないという罰だ。誘拐されて利用されても困るから、王族としての知識には封印の枷がかけられ、なけなしの魔法も封印された。そもそも、生まれた時から傅かれていた王子が平民になって、しかも使用人として使われるのだ。多少は俺に同情が集まるくらいの大断罪らしい。
ジュストは国王に命じられて俺を監視する役目を担っている。
実際には俺の暴走に関与していたことを国王である父は知っている。母とその実家がどうしようもないのも理解している。だからこそ俺を野放しにし、そしてあえて公にはしなかった。
モーナとは最初からお芝居の仲だから、別れさせられたというのは完全に外に対するアピールでしかない。
優れた王太子が才媛を娶り、馬鹿な男はその報いを受け冷酷な魔導師の使用人としてこき使われるというわかりやすい図式で決着させたのだ。
「まあ、お前のおかげで俺は研究三昧だしな」
そう言って、ジュストは俺に視線を向けた。それがジュストへの報酬だった。この魔術バカは研究以外何もしたくない男だ。だから俺の監視という名目で王宮を出し、地方に移らせた。この街は海に面していて、外国の技術や知識が入ってくる。奴はここで嬉々として魔術研究に没頭している。
「というわけで、研究には糖分が不可欠だ。今日のティータイムには一角ウサギ堂のシフォンケーキを買ってこい。クリーム増量で」
「なっ?!あそこは朝から並ばないと売り切れることもある人気店だぞ!」
「そうだな、俺は冷酷な主人だから、元は王子だった使用人はいたぶらないとな」
「ちっくしょう、行ってくる!」
「マックス様、がんばれー!ついでにイチゴシュークリームもお願い!」
「馬鹿野郎!もっと早く言え!」
俺はジュストのにやにや笑いとモーナの声援を背中に受けながら、金の入った巾着を握って屋敷の階段を一段抜かしで降りていく。
こんな生活も悪くない、と口元に笑みが浮かんでいるのを隠すことなく、俺は街に飛び出した。
ざまぁを書こうとしたけど、無理でした(泣)。
平民になったマックス君ですが、結局弟と元婚約者に大きな問題を丸投げして逃げたと心の奥の方では罪悪感が消えないので、自分を責めすぎないようにジュストとモーナがわざとにぎやかしているとこはあります。彼も結局まじめなんですな。
モーナ、第一王子のバカな浮気相手をノリノリで演じておりますWWW