Save-5:ある意味最強の敵 (前編)
ぽかぽかと陽気が気持ち良い。
あの鰐の刺客が現れてから、二週間近く経つけど…今のところ、プラチナスに動きは無い。
まあ、動かないだけで、諦めた訳じゃないのだろうけれど。
思いながら、僕は花の手入れをする。そう言えば、あの子はどうなったんだろう。
蒼野氷女と名乗った、あの可愛い彼女。無事、自分の家に到着したのだろうか。花を探しているみたいだったけど、あれ以降顔を見ないし…
いやそもそも、店の場所を教えてなかったし、彼女だって偶々この町に来ただけかもしれなかったのに…そんなことで、よく僕は「花をリザーブしておく」なんて言ったなぁ。
「はぁぁぁぁ」
深い溜息を吐きながら、思い出すのは彼女が最後に見せた笑顔。
―また、お会いしましょうね―
…可愛かったなぁ、あの子……
「はふぅぅ」
「溜息の吐きすぎだ、この馬鹿」
「あ痛っ!」
僕の考えを中断させるかのように、槍が何処からか取り出したハリセンで僕の後ろ頭を思い切り叩く。
それを見て、店の奥にいたトゥランもくすくすと笑った。
「…何で槍はそんな風にバシバシ僕に突っ込むかなぁ…」
「お前の溜息が鬱陶しかっただけだ」
そう言いながら、更にすぱんっと乾いた音を響かせて僕の後頭部を一発叩く。
まあ…多分、槍なりに心配してくれた結果ってことなんだろうけど…これ以上馬鹿になったらどうしてくれる!?
折角覚えた花言葉とか、抜けてっちゃうじゃないか!
「お前の無いに等しい脳みそで考えた所で、この間の女がここに来る訳で無し。待つなら待つ、諦めるなら諦めるで、腹を決めろ、この馬鹿が」
「…散々な言い様だな、槍…」
「お前にはこれだけ言ってもまだ足らんだろうが。自覚しろ」
何をっ!?これ以上僕に何を自覚しろと!?
と、突っ込みたい気持ちをぐっと堪え、僕は恨めしげな視線を送るだけにとどめておく。
だって、これ以上反論したら、槍の更なるきつ~いお説教が待ってそうなんだもん。
実際昔、反論したら小一時間説教くらったし。
「はあ…」
「だから溜息を吐くなと言ってるんだ、鬱陶しい」
すぱぁんっと軽やかな音と共に、この日何度目かの槍の攻撃をくらいながら…やっぱり僕の頭の中には、彼女のことがちらついて離れなかった。
…蒼野さん…大丈夫かなぁ……
*
そして、それは唐突にやってきた。
奥のパソコンから鳴り響く、緊急警報。プラチナスの連中のバリアが、解除された証だ。
「急いで下さい!相手も最近、本気のようですから!」
「ああ、分かってる!」
僕達は軽く頷くと、僕達はいつもの森の中へとバイクを駆った。
そして、森に到着した時。奇妙な違和感を覚え、僕は思わずその場に立ち止まった。
…なんだろう、いつもよりも煙っている様な…
「光?」
「あ、ゴメン。何か…妙な感じがして」
「……お前のそう言う勘は良く当たるからな。ここから変身して行くぞ」
「了解。ナイトチェンジ」
ブレスレットのスイッチを押し、収納されたナイトアーマーを纏って、僕達は森の中へと足を踏み込む。
やはり…視界が曇っているように思う。まるで霧の中にいるような…
そう思った瞬間。物陰から、ひょっこりと異形が顔を出した。
「き…きのこぉっ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまったが、確かに目の前の「異形」はキノコだ。人より一回りくらい大きい、赤い笠を持つきのこ。笠の真下くらいにおじさんのような顔がついており、柄からは細い手足が普通に生えている。
きのこ人間、と表現した方が良いかもしれない。
僕の声に気付いたのか、そのきのこ人間はちらりと僕の方を見ると、そのだるそうな顔を顰めて、一言。
「あぁ~…やる気出ないなぁ…」
待て。いや、やる気を出されても困るけど、ここまで堂々とやる気の無い刺客も初めてだよ?
「お前さん達、セイバーナイツだろ?名刺も何も無いけど、おじさんは公爵、ブリザラ閣下の配下で、フライアーガって言うの。よろしくねー」
いやいや、本当に何処までおっさんなんだ、このきのこ人間…もとい、フライアーガとか言う刺客は!
まあ、よろしくしちゃまずい訳だけど!
「貴様等のような侵略者と、よろしくやるつもりは無い!さっさと…消えろ!」
そう言うが早いか、槍はすらりと剣を抜き放ち、フライアーガを倒さんと袈裟懸にその剣を振り下ろす。だが、その剣はギリギリのところでかわされ、虚しく宙を切るばかり。
あいつ…やる気が無い割に、強い!
「元気だねー。若い証拠だ、良いね~おじさんもあと数年若ければ…」
「悪いけど、今はそんな愚痴聞いてあげる暇、無いんだよ!」
やれやれと肩を落とすフライアーガに、今度は僕が縦一閃に斬りつける。だが、それも紙一重でかわされ、ひゅんと空気を切る音しかしなかった。
やっぱりあいつ…何気に強い。
「ああ、そう言えばおじさん、最優先の仕事は、お前さん達を倒すことだったっけ。いやー、年取ると忘れっぽくていけないねぇ」
「何を今更…っ!」
「そうだね、今更だね。だから…」
言葉を紡ぐと同時に、今までやる気の欠片も無かったフライアーガの顔が、真剣なものになる。
その瞬間、それまで感じられなかった強烈な殺気が、僕達に向かって叩きつけられた。
仮面越しにも分かる、強烈な殺気。今までこんな激しい殺気を持っていた敵、いなかったぞ!
思うと同時に、僕の眼前にフライアーガの顔があった。
「セイバーライトニング、まずは貴様が死ね」
「まず…」
まずい、と言うよりも先に、相手の拳が僕のみぞおちに入る。
「が…はっ!」
細い腕の何処に、こんな力があるんだろう。思わずその場に膝をつきそうになるのを堪え、僕は剣を杖代わりにして何とかその場に踏みとどまる。
「何て…パワーだ…っ!」
「人を見かけで判断してはいかんよ、セイバーナイツ」
何とか絞り出した声に、余裕気に返しながら、今度は槍に向かって、僕の時同様その拳を叩き込む。
くそ…早い。それに、今までの奴と何かが違う…!
「だけど…負けてたまるか!」
「威勢だけは良いな」
「それだけが、僕の取り柄みたいなものだから…ね!」
何とか体勢を立て直し、僕と槍は相手に向かって再び切りかかる。
だが、案の定その攻撃も、軽やかにかわされてしまい、逆に僕達の背に一撃ずつ蹴りを入れられてしまった。
何なんだこいつ…見た目の馬鹿っぽさに反して、異常に強い…!
そう思った僕に気付いたのか、フライアーガはフンと軽く鼻で笑うと…
「仮にもおじさんは公爵閣下の配下。あのお方に仕えるなら、これくらいは出来ないといけないんだよ」
まるで子供に諭すように言うけれど…それが反ってムカつくって言うか…
ぐぐ、と立ち上がろうとした瞬間。フライアーガの顔が、哀れむような物に変わった。
「立ち上がろうとするその気概は誉めよう。だけれど…」
瞬間。
くらりと、眩暈がした。
な…何だ…?気持ちが悪くて…立てない?
「そろそろ、効いて来た様だね。」
そう言ったフライアーガの声が…やけに遠く聞こえた…