Save-4:蒼い女性 (前編)
さて、皆は「花屋」と言う職業にどんなイメージを抱いているだろうか。大抵の人は、お店でお花を売っているというイメージをお持ちだろうと思う。
だけど、実際は店頭販売だけじゃない。花のデリバリーというのもあるんだ。
注文を受けて、それを時間までに相手に届ける仕事。注文は、花束だったりディスプレイ用だったり、時には仏花だったりと様々だ。
で、今の僕は「彼女に贈る花束」のデリバリーに行って来た帰り。
お昼になる少し前に、槍の奴は
「花束は作っておいてやったから、お前はさっさと運びに行け」
なんて言って僕を追い出したんだ。
そりゃ、僕は花言葉を覚えてない駄目店員さんだよ?だからって、
「お前はバイクを転がすか、喧嘩をするか、顔で客寄せするかしか能が無い」
なんて台詞…いくら長年の付き合いのある相棒だからって、酷いと思わない!?
…まあ、依頼人も満足そうにしていたし、そう言う顔を見ると、花屋をやっていて良かったなぁって思うんだけど……
あの人、彼女さんと上手く行くと良いなぁ。あーあ、僕も恋人が欲しいなぁ。槍のあの厳しい仕打ちを癒してくれて、一緒に居るだけで幸せって気分になれる、そんな子が。
…いや、無理か。プラチナスがいる限り、そんな野望も夢のまた夢……いつ戦いになるか分からないから、デートもきっとままならないだろうし、何より万が一にも僕がセイバーライトニングだとバレたら、真っ先にその恋人が狙われることになる。
ならば!やっぱり一刻も早くプラチナス連中を倒して、恋人を危険に曝さない世の中にしないと!まあ、その前に恋人を見つけろって話もあるんだけど。
そう思いながら、「Licht unt Dunkel」へ向かってバイクを走らせ、ただ今信号待ち…なんだけど。
ぐぅぅ……
あ、まずい。かなりお腹空いた。朝一から花の競り落としに行ってたし、お昼まだ食べてないし……
槍からは、寄り道をするなって厳重注意を受けてるけど…ちょっと位なら、良いよね?バーガーショップでハンバーガー一個食べるくらいの時間なら……
ここ最近、プラチナスの侵略も無さそうだし。
と言う訳で。僕は信号が代わると同時に、店へ帰る途中にあるバーガーショップへと向かったのであった。
*
「あの…この辺りにお住まいの方でしょうか?」
バーガーショップから出てきたばかりの僕に、一人の女性がおずおずと言った風に声をかけてきた。
…何と言うか…一言で言って、青い。
僕より少しだけ年下だろうか、海を連想させる青い髪に、空色の瞳。服装も、水色に近いブルー系統で統一されたカジュアルな格好。
紺色のタートルネックのシャツの上に、ケミカルウォッシュのジージャンを羽織り、細身のジーンズのせいか、足はすらりと長く見える。首から提げているペンダントは、雪の結晶を模した形をしている。
……正直に言おう。思わず見惚れる程、その女性は可愛いと思った。童顔と言う訳では無いが、黒目がちの瞳、化粧気が無いせいか、女性特有の化粧臭さと言うものは感じない。
「あの…?」
「あ、ごめん。うん。確かに近所に住む者だけど」
「良かった…」
答えると、彼女はほっとしたように笑った。
どうやら、可愛いと感じているのは僕だけでは無いらしい。十中八九の人間が、彼女をちらりと見ている。
「あの、私、花を探しているんです。どこかに沢山の種類の花がある場所…ご存知ありません?」
唐突とも思えるその質問に、僕は我に返る。いやいや、見惚れている場合じゃないってば。
それにしても、花?種類を探してるなら…
「うちは、どうかな?花屋なんだけど」
「ああ、そうだったのですね。道理で…」
…?
何だ?この子、最初から僕に声をかけようとしてたのか?
「僕が、どうかした?」
「あ、いえ。あなたからは、花の香りがしていたものですから」
余程僕の問い方が怖かったのか、彼女は申し訳無さそうに目を伏せて、恐縮したように言葉を返してくれた。
怖がらせた!?
ちょっと待って、槍ならともかく、僕は割と怖がらせるような顔つきはしてないよ!?自慢じゃないけど、お店に来てくれる女子高生の皆からは「王子」って呼ばれてるんだよ!?槍は「カイザー」だけど!
「あーえーっと……良ければ、うちの店に来る?」
ああ、何かこれって、ナンパ男みたいじゃないか。そりゃあこの子は可愛いと思うし、下心ゼロだとは言わないけれど!
そんなことを悶々と考え込みそうになった瞬間。彼女の視線が、僕の後ろ…ある一点で固定された。
不審に思い、その一点をなぞると、そこには…緑色の、人より一回り位の大きさの異形の姿。
あれは…プラチナスが放った刺客じゃないか!
「ぐうぅぅぅををををっ!」
獣のような咆哮を上げ、どことなく鰐を連想させるその化物は、真っ直ぐに目の前に立つ、青い女性に襲い掛かる。
…ヤバイ。僕1人の時なら、変身して倒したりもできるけど、あまりにも人が多い中でやるのは、自分の正体をばらすことになる。それはやるなって、槍からもきつ~く言われている。
と、なると僕がとるべき行動は…
「こっちだ!」
「え…?」
とにかく、化物の狙いはこの子らしい。呆然としていた彼女の腕を引き、僕はひたすらに走る。
彼女を連れて、逃げるために。
これと言って、当てがある訳じゃ無いんだけど…
「青い髪の女…殺す、殺す、殺すぅぅぅっ!」
やっぱり、あの刺客は…この子を狙っているらしい。適当な所にこの子を置いて、どこか人目のつかないところで変身するか……
いや、そんな暇は無い。今はとにかく逃げ切らないと…
「あの、私を放して逃げて下さい」
「何言ってるんだ!?」
「あの怪人の狙いは、私です。別々の方向に逃げれば、あなたは助かります」
真っ直ぐに僕を見つめて言い切る彼女に、僕は芯の強さを見た。
この子は、可愛いだけじゃない。気が強くて、しっかりしている子なんだ。だけど…
「あのね、女の子を見捨てて逃げるなんて、出来る訳無いだろ?そんなことしたら、寝覚めが悪くて仕方が無い」
と、自分的にはかなり格好良く言いきったものの…正直、困った。
鰐の顔した刺客と、僕らとの距離は縮んで来ているし、逃げ回るのだって限界がある。
まずいと思った、その刹那。僕達を守るかのような、漆黒のシルエットが目に飛び込む。
「早く逃げろ、ここは食い止めてやる!」
「そ…セイバーダークネス!」
そう…僕の相棒、東風槍影こと、セイバーダークネスの登場だ!
ナイスタイミング、槍!出来過ぎとかご都合主義とかチラッと思ったけど、この際どうでも良いや!