Save-3:血塗れの鴉 (前編)
「光矢さん、ご存知ですか?」
「何を?」
「また、この近くでバラバラ殺人があったらしいです」
テレビの画面を食い入るように見ながら、苦しそうに眉を顰めて言うトゥランに、僕も思わず黙り込んでしまう。
ここ数日、物騒な事件が起きている。それが、バラバラ殺人。常軌を逸しているとしか思えない程、相手を切り刻みその亡骸を畑やら果樹園やらに散らかして行く。
勿論、殺害現場にはおびただしい量の血液がぶちまけられている。その現場に残る、唯一の手がかりは…鴉の羽らしい。
それにしても…また、か。
この常軌を逸した行為、普通の人間の仕業とは思いたくない。プラチナスの刺客の仕業では無いだろうかと疑ったものの、こちらの警報には引っかかって来ないんだよね…
「それで僕、思ったんですけど…」
「ん?」
「一連の殺人は、やっぱりプラチナスの刺客の仕業で…ひょっとしたら、バリアを解除しなくても、外に出る方法を手に入れたんじゃないかと」
…確かに、その可能性はあるかもしれない。
何しろあんな怪人を生み出すことが出来る連中だ。バリアの改良くらい、訳ないのかも知れない。
それを考えると、この一連の事件…
「だとすると、一気にきな臭くなったな、光」
「ああ」
「だが、警報にかからない以上、何処に現れるかは分からないな……」
確かに。今までは要塞、シュラーフェス周辺って言う認識があったから、割とすぐに駆けつけることが出来たけれど…今回は違う。
もしも本当にこの事件の犯人がプラチナスの刺客なら、無差別に人を襲っているだろう。そうなると、出没する場所の見当なんて、そう簡単につけられる物じゃない。
さて、どうやって見つけるか……
「あの…」
「何だ?」
「今までの殺人のケースから考えて、相手は街中に現れると思うんです」
…まあ、確かに。最近の殺人は、街で殺されて畑に捨てられるってパターンだったな…
「けど、街って言っても…結構広いよ?」
「とてもじゃないが、二人でフォローしきれるとは思えないな」
「いえ、お二人にパトロールをしてもらうのではなく……」
言いながら、トゥランは手元のパソコンを操作しだす。その指の動きに合わせるように、画面には幾つもの画像が映し出されるのだが…
…もしもしトゥラン君?早すぎて、指先が見えないんですけど。
それに、この映像は何?何となく画像の質が悪いし、白黒だし、動きがカクカクだし…
「…防犯カメラか…!」
「え…?」
「槍影さんのおっしゃる通りです。商店街の防犯カメラの回線に割り込んでみました」
待って、トゥラン。それ、多分この世界じゃ犯罪だから。
ある意味、盗撮だよ?
「光、お前が何を気にしてるのか、大体の予想は付くが…非常時だ、許されるだろう」
「大丈夫です、ここからアクセスしてるって痕跡は、消してますから」
そう言う問題じゃないって!倫理観の問題!正義の味方がそんなことして良いの!?
とか、そんな僕の心の声を無視して、トゥランはどんどん色んな防犯カメラの回線にアクセスしていく。
そして、その中に一つ…どうしても見捨てて置けないシルエットが、映し出された。
明らかに人間じゃ、無い。顔はどう見ても何かの鳥。手に当たる部分は翼になっている。白黒映像だから良く分からないが、どこかで見たことあるような鳥だ。
これは恐らく…
「鴉の刺客か!?」
そう言えば、ニュースで言ってたっけ。殺害現場には、「鴉の羽根が残っていた」って。
って事は、まさか!
「やはり最近のバラバラ殺人…奴の仕業らしいな!」
槍も同じところに思い至ったらしい。悔しげにその怜悧な顔を歪め、吐き出すように呟いた。
これ以上の被害者を出す訳には行かないし、あいつらの好きにさせてたまるものか!
「トゥラン、場所は!?」
「ここからバイクで15分程度の場所です!」
「了解、行って来るよ!」
「お気をつけて」
ぺこりと頭を下げるトゥランの方を、一瞬だけ振り返って…僕達は、その刺客の元へと急いでバイクを駆った。
『ナイトチェンジ!』
現場に到着、刺客の姿を認めるや否や、僕達二人は腕を十字に構え、ブレスレットのスイッチを押す。
ナイトアーマーが定着するまで、その時間僅か一マイクロ秒。瞬きよりも早く、僕等の姿はセイバーナイツへと変わる。
「そこまでだ、プラチナス!」
「これ以上、この世界を貴様等の好きにはさせない」
「聖なる光を纏いし純白!セイバーライトニング!」
「妙なる闇を纏いし漆黒!セイバーダークネス!」
『平和と正義の名の下に、セイバーナイツ、参上!!』
ビシリとポーズを決めた僕達に、その鴉顔の刺客は楽しそうに一声鳴くと、恭しい態度で僕等に一礼する。
あ、何か紳士かも。
……いやいや。紳士は人を、あんな無残な姿に変えたりはしないから。しかも、あんな…血塗れの紳士なんて、普通いないから。
と、自分に突っ込んでおく。
濡れ羽色、とはよく言ったものだ。今目の前にいる鴉は、間違いなく濡れた羽根を持っている。
…奴が殺したであろう、人間の血で。
「貴様等が噂のセイバーナイツか。ならば俺も名乗らせてもらおう。我は『伯爵』フレイル様により、ハシブトガラスの細胞から造られし者。名はロウク。貴様らを倒す者の名だ、覚えておくと良い!」
「しかし、敵は鴉か。空中戦は厄介だな」
「いきなり弱気なこと言わないでよ…」
苦笑気味に言った槍に、僕も仮面の下で苦笑して返す。
確かに、僕達は空を飛べない分、空中戦は苦手だけどさぁ…
「セイバーナイツ!ここで消えてもらうぞ!」
言うが早いか、その鴉頭…ロウクと言うらしいそいつは僕達に向かって空中から攻撃を仕掛けてくる。
ある時は刃物のようになっているらしいその羽根を飛ばし、またある時は僕達に向かって翼を打ちつけてから、僕達の攻撃の届かない空中へと飛び去る、ヒット・アンド・アウェイ。
何とか致命傷は免れているけれど、全く攻撃を喰らっていない訳でもない。細かい傷がアーマーに入り、打たれた部分は、正直痛い。
「カーッカッカッカァ!そろそろトドメだっ!」
高らかにロウクは笑うと、更に空高く舞い上がり…ある程度の高さまで上昇すると、こちらへ向かって一気に下降する!
危ないと思うよりも先に、条件反射的に体がその突撃を避ける。加速がつきすぎているためか、敵は途中で止まることなく、近くの建物へと顔から突っ込んでいくが……
どがんっ!
派手な音がしたと思った次の瞬間、建物の壁…鉄筋コンクリート製と思しきそこには、綺麗な円形の穴が開いていた。
……死ぬ。喰らったら確実に死ぬ。あんな攻撃、いくらナイトアーマーでも穴が開く。
思い、次の攻撃に備えるが…どうしたんだろう、なかなか建物から出てこない。何か企んでいるのか…!?
油断無く剣を構えながら、ロウクの姿を確認すべく僕達はその建物に近寄った、その瞬間。屋根をぶち抜いて、ロウクは再び空高く舞い上がった。
建物に突っ込んだくせに物凄い元気だし!
けれど…どうする、どうやって勝つ?良い案も思い浮かばないまま、それでも勝つ方法を考える。
勝たなきゃ、いけないんだ。この世界を守るためにも。
槍も僕と同じ考えらしい。隣でギリギリと奥歯を噛み締めながら、それでも睨みつけるようにロウクを見やる。
だが、ロウクが襲ってくる様子は、一向に無い。それどころか、忌々しげに舌打ちをすると…
「もう夕暮れか…命拾いしたな、セイバーナイツ!」
そんな言葉だけを吐き捨て、奴は一声だけ甲高く鳴くと、バサリと羽音を残してこの場を去ってしまった。
……どう言うことだ……?
不審に思う僕等をよそに、ロウクはそのまま、あの要塞の方へと姿を消してしまったのであった。