第十九話 南の領地へはまだ遠い 3
「おおおおおお!!リゾートっぽいっすね!!」
ミヤが海風に吹かれつつ、見えてきた景色に歓声を上げる。
西の中心町を出てから少し遠回りをすることにして、俺たちは海沿いにやってきていた。
西の領地の海は、北領地の海とは違っている。北は日本海の荒波みたいな感じだったけど、西は地中海のリゾートっぽい感じの雰囲気だった。季節や天候なんかも関係しているのかもしれないけど、だいぶ違う。
町では、白を基調としたテラス付きの家々が太陽に照らされて輝き、海にはヨットとは言わないけれども、小舟も浮いている。漁船っぽいのもあるけど。
「ロム。四天王の城は?」
「ここからはちょっと遠いな。見えない」
残念。見てみたかった。城の雰囲気は北と同じなのだろうか?なんとなく、違う気もするけど。あれってやっぱり、サナさんの趣味で荒波岩壁の場所に建てたのかなぁ、城。
どうでもいいか。でも、気になる。
「ロム。四天王の城って、やっぱりゴツイの?」
「ゴツイ?ゴツイかどうかは分からないが、真っ白で、デカい柱がたくさんあるぞ」
「真っ白?」
「そうだ。真っ白だな。こう、大人が何人も手を伸ばして抱えなければならないほど太い支柱がたくさんある。風通しは良さそうだが。ゴツイ、というよりは、荘厳な感じか?」
真っ白で支柱がいっぱいあって、荘厳な感じ。神殿みたいなイメージかなぁ?
「北の城とは違うんだな」
「北?ああ、北の四天王の城って、ゴツイよな。アレとは全然違うな」
なるほど。荒波といい、やっぱりアレはサナさんの趣味か。外見はシュッとした執事風なのになぁ。足癖もよくなさそうだしな。
厚生者を眉一つ動かさずに蹴り倒していた姿を思い出す。
「さすがに行け……」
「町への来訪者か?」
さすがに行けないよな、と聞こうとした俺の声を遮り、横から声が飛んできた。
振り向くと、馬に乗った男たちがズラリと並んでいる。頭には全員、赤のバンダナを巻いている。
何かの一味か?
「そうだ」
ロムが全く動じずに返事をすると、よし、と頷いた男たちが、騎乗したまま俺たちを取り囲んだ。
ナガ達に乗ったまま囲まれた俺たちを見て、ルウが姿勢を低くして唸り出す。
「ルウ。いい」
ロムが短く言うと、ルウが上目遣いで警戒を解く。
「クゥ……」
「大丈夫だ」
「一緒に来てもらおう」
「この町に、こんなシステムはなかったはずだが?」
「今はこのシステムなんだ」
肩をすくめたロムが目配せをする。
「仕方ない。案内してくれ」
黙って頷いた男たちが、馬で俺たちを囲んだまま動き出した。ナガ達も、馬の動きに従ってゆっくり歩き出す。
「ロム。大丈夫なのか?」
後ろに乗っているロムにコッソリ聞くと、片眉を上げて肩をすくめるのだった。
「入れ」
男たちに連れてこられたのは、リゾート風の町の中でも、一、二を争うくらいの豪華な家だった。真っ白な石なの?これ?で作られた家に、大理石のような石材の床。あちこちにはなんだか高そうなデッカイ宝石の原石みたいなのとか、置き物とかが飾られている。庭にプールとかもありそう。すぐそこ、海なのに。
セレブの匂いがプンプンするその家の奥の扉を開け、バンダナの男たちが俺たちを誘導する。そして、やたらゴージャスな階段を上がった先にある、観音開きの扉の前にいた男に俺たちを引き渡し、バンダナの男たちは去っていった。
「ボス、新しい来訪者です」
扉の前にいた男がそう言って俺たちを扉の中に突っ込むと、踵を返して扉を閉めようとした。その男の背中に、ロムが呑気な口調で声をかけた。
「あ、ナガシ鳥たちに水とご飯、やっといてくれ」
おいおいおいおいおい!!ロム!!大丈夫なのか、それ!!
「ん?」
「走ってきて疲れているんだ、やっておいてくれ」
「分かった」
アッサリと男が承知したものだから、キョトンとする。怖い人じゃなかったの?
「よく来たな」
不思議に思っていると、部屋の中から声がかかった。その声に振り向く。
だたっぴろい部屋の中央にあるソファーに、筋肉がほどよくついたガッシリとした体格の、片頬に大きな傷跡がある男が、長くてスラリとした足を組んで、どっかりと座っていた。
魔王はイケオジだけど、こちらはダンディな感じ。イタリア製のスーツとか、葉巻とか似合いそう。俺たちよりも少し上くらいの年頃のその男は、ロムを見て立ち上がった。
「ロム!来訪者は、ロムか!!」
「久しぶりだな、バンドロー。これはいったい、どういうことだ?」
二人は握手を交わしながら、親し気に言葉を交わす。
「まあ座れ。今、飲み物でも持ってこさせよう。連れの人たちも、座ってくれ」
さっき水やってくれって言った男、もしかして、ロム、知り合いなの?やたら気安い口をきくと思ったら。
顔を見合わせた俺たちに二人は手招きし、さっさと先に座る。一人掛けの大きなソファーにバンドローと呼ばれた傷の男、三人掛けのソファーが二つあるので、俺たちは二人ずつ、そこに座った。
「あ、茶だな。おおおい!!」
デカい声で急に叫ぶと、扉からさっきの男が入ってきた。
「ボス。どうしました?」
「飲み物と、何かつまむ物を持って来てくれ」
「はい」
返事をしつつ、素早く部屋から出て行く男。アレが右腕なのか?疑問が果てしなく湧いてくる。が、隣に座ったミヤがカチコチになっているのに気付いて、その好奇心は一先ず置いておく。
ボスとか呼ばれてる人の部屋に通されて、ミヤがまた緊張してる。カチコチになったまま浅い呼吸を繰り返して俯いているミヤの腕をつつき、ささやく。
「ロムの知り合いみたいだし、大丈夫だ、ミヤ」
「うっす」
「お待たせしました、ボス」
勢いよく開いた扉にビクッとする。全然待ってない、なんか早すぎない?
「バカヤロウ、こんな真っ昼間から酒なんて持って来るな。茶だ、茶!!」
「はい!」
「それはお前らで飲んどけ!!」
「はい!」
真っ昼間から部下は酒飲んでもいいの?なんか、おもしろそうな感じがする。
アベコベみたいなやり取りに、緊張しているミヤには申し訳ないが、笑いがこみ上げる。
「今度こそお待たせしました!!」
全然待ってない。もうダメだ。
なにかのコントみたいなやり取りに、こらえきれずに肩が震える。本人たちが真面目にやっているから、余計、おかしくて仕方ない。
「よし。置いとけ」
「はい!!」
ソファーの前のローテーブルにお茶と果物の盛り合わせを置き、男が扉から出て行く。あ、待って。面白かったから、名前知りたい。
とは思ったものの、そんな状況でもないので、黙っておく。後で、チャンスがあったら聞こうっと。
「改めて久しぶりだな、ロム。今日はどうした?」
「仕事さ。今、この人たちの護衛をしているんだ」
「ほう」
「北の領地から来たんだ。カツミ、ミヤ、ジンという。このオッサンは、バンドローっていうんだ。この町を取り仕切っている男だ」
それぞれ名前を呼ばれた順に頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「うっす」
「初めまして」
「よろしく頼む。ここには、観光か?」
「そうだな。これから南に抜けるんだ。その前に、この町に寄った」
「そうか」
「で、どうしたんだ?なんで俺たちは連行されたんだ?」
「実はな」
そこでバンドローは両肘を膝の上に置き、両手を組んでその上に額を乗せた。下を向いてしまったので、表情は見えない。長い長い溜息をつき、更に長い長い沈黙がおりた後、男はこの世の終わりのような、重々しい声を振り絞るようにして言った。
「…………喧嘩したんだ」
喧嘩?誰と?
「またか」
ロムの言葉に、バンドローが肩を震わせる。笑ってるわけでは、なさそうだな。
「それが、今回ばかりは、こじれにこじれたんだああああああ!!!ここで通りかかったのも何かの縁、ロム、どうにかしてくれええええええ!!!」
大声で叫びつつ、いきなり立ち上がったバンドローに驚いたらしく、ミヤが横でビクッと飛び上がる。俺ものけぞった。ジンは笑みを浮かべたままだ。すげえ。
バンドローは勢いのまま立ち上がり、ロムの前まで来ると肩をつかんで揺さぶり始めた。
「なんとかしてくれ!頼む!!」
「激しいな、おい」
両肩を掴んで揺すぶられ、頭をガックンガックンさせつつ、ロムが笑う。
「謝ればいいだろ」
「そうはいかないんだ。町を二分する騒ぎになって、お互い引くに引けなくて!!」
「肝心のラミーはどこにいるんだ?」
ロムが聞くと、途端にバンドローは両肩から手を離して、忙しなく窓の方へ歩いて行く。肩を解放されたロムが、半笑いでお茶を飲む。
「あそこ」
バンドローが指さした場所を見ると、海岸沿いの端に、大きなお屋敷が見える。
「謝りに行ってくれば?」
「入れない」
「は?」
「入れてもらえないんだ」
しょんぼりと背中を向けたまま肩を落とす。ってことは、行ってはみたのか。
「で、どういうことなんだ?」
「うん。最初から話す。お客人、取り乱してすまなかったな。遠慮せずにお茶と果物をどうぞ」
そうしてバンドローは、世にもくだらない夫婦喧嘩の話を披露したのだった。
それはある日のことだった。
バンドローが起きてくると、妻の姿がない。いつもなら笑顔でおはよう、と言ってくれるその妻がいないことで、バンドローは動揺した。昨日、寝る前にちょっと口論になったのがいけなかったのか。また家出でもしたのだろうか。
そう思ったものの、部下たちの前でオロオロするのも格好がつかない。仕方なく、部屋の中をウロウロしながら三十分。
もう待てない探しに行こう、と思ったところでラミーが帰ってきた。仲直りの為に、バンドローの好物の焼きたてのパンを買いに行っていたという。
家出をしたのではなくて安心したのと、もしかして何かあったんじゃないかと心配になったことが反動になり、嬉しかったことよりも、怒ってしまったらしい。
―どうして何も言わずに出かけたんだ!-
―寝ていたから、起こすのも悪いと思って―
至極全うな反論をされ、なんだか引き返せない気持ちになったらしい。
―そんなこと関係ない、起こせばよかっただろう!-
そこからは売り言葉に買い言葉、どうにもこうにもどうしようもなくて口喧嘩が加速し、奥さんであるラミーは家の女性陣を連れて、町の中でも海辺に近いお屋敷に家出をしてしまった、という。
「いつものことだろ」
ロムが眉一つ動かさずに言う。そんなに毎回大喧嘩してるのか。さっきより肩の力が抜けたミヤは、隣でおとなしく茶を飲んでいて、ジンはライチに似ている果物をしげしげと眺めつつ食べている。話しは聞いているんだろうけど。
「それがな。謝りそびれているうちにな」
町を二分する騒ぎになってしまったという。
今、この町の勢力図はバンドロー派とラミー派に分かれ、旅人などは町に入る前に連行され、どちらが歓待できるかを競うようになっているという。
なんだそれ。どこの世界の愉快な話?
とんでもなくどうでもいい気分に襲われつつ、俺もお茶を飲む。冷めてしまっているけれど、乾いた喉にしみる。
本人たちは真剣なんだろうけど、聞いてる方には何かの愉快な話にしか聞こえない。
「ロム。助けてくれ。謝って済む、というには規模が大きくなり過ぎた」
「そうは言われてもな。ちょっと、作戦会議がしたい。俺たちだけにしてくれるか?」
「この部屋でいいか?」
「ここ、バンドローの部屋だろ」
「俺が出て行ったら四人になれる。手っ取り早いだろ。ロムはおかしなことはしないだろうしな」
なんか、人の好さがにじみ出てるんだけど。変な雰囲気で連行するの、やめたらいいのに。絶対、誤解されてそう。
「お前がいいならいいけど」
「よし。ちょっと散歩して来るわ」
言うが早いか、バンドローはさっさと立ち上がり、長い足を持て余し気味にしつつ扉から出ていった。
はっや。もしかして、ジッとしてられないくらい、落ち着かないのかな。
「で?ロム、知ってたのか?」
この町の状況。だってロム、さっきは妙に落ち着き払ってたし。そういえば、西の中心町で情報収集してたしな。
「うん。知ってた。助けを求めてくるとは思ってなかったけど。どうせ大した喧嘩じゃないと思ったし」
やっぱり知ってたんだ。確かに原因は、くだらないことだったな。
「ビックリしたっすけど、偉い人っぽいのに人情家っぽくて、安心したっす」
「アイツは見た目は威圧感あるし声もデカいけど、悪いことはしないよ。気持ちのいいヤツなんだ。ただなぁ。なんとかしてくれって言われてもなぁ」
「代わりに行って、謝るか?」
「それじゃ収まりがつかないって言ってたろう?話を聞いてるうちに、一つ、案が浮かんだけど、ちょっとなぁ」
「なんかいい案、あったのか?」
「うーん。手っ取り早い方法ではあるが、荒療治過ぎるから、イイか悪いかと聞かれれば、あんまり気乗りしない」
「どんな方法だ?」
「おっこれ、美味いっすね、ジンさん」
ミヤは既にジンと二人で果物談義に突入した。二人も参加しろよ。この、世にもくだらない夫婦喧嘩の仲裁案の会議。
「うーん。怒らないでくれよ。カツミとミヤの力を借りるのはどうかな、っては思ったな」
「俺たちの?……念の為聞くけど、玉すだれじゃないよな?」
「そうだな」
「異能か」
ロムが黙ったまま頷いた。
「カツミの異能は、本人にとって恐ろしい映像を見せるだろう?一人一人映像は違っていても、それを見ることによって心境の変化はある。ミヤのヒーリングも効くし」
「そうかもしれないけど」
でも、異能だぞ。
「芸人一座の村で異能が出たとき、お互い相性が悪いヤツらの矛先が収まったって言ってたろう?荒療治だが、このまま関係が悪化して、現実的に悪いことが起きるよりは、マシかと思ってな」
「苦しいだろ」
「そうだな」
ロムも、一度、俺の異能をくらっている。苦しさは分かっているはずだ。
「だから、前もって確認しておくしかない。ものすごく苦しいけど、やってみるかどうか」
自分から進んで苦しい思いしたい人、いる?!
「やるっすか?」
「え、どうしたの、ミヤ」
それまでジンと和やかに果物を食べていたミヤが会話に参加してきた。
「時間もないっすよね?この後の予定もあるっす。バンドローさんたちが了承してくれるなら、やってもいいっす」
「ミヤ。俺もそうだけど、ミヤだって、そんな大人数のヒーリングしたら、下手したら動けなくなるぞ」
「うっす。承知の上っす。もしかしたら、この喧嘩、止められるかもしれないっすよね?このまま引くに引けなくなって、ほんとうに、よくない出来事が起こり始める方が、怖くないっすか?」
一理ある。勢力が二分しているということは、それが加速していけば、何らかの争いが起きると考えて間違いはない。
諍いというものは、悪化していくものだ。仲裁がない限り。
「俺たちの異能で、現実的に起こる争いが止められるなら、それはそれでいいと思うっす」
いつもは俺が言い出す方だけど、今回はミヤが珍しく主張する。
「……そうだな。現実に起きるよりは、幻覚の方がまだいいよな」
幻覚っていうのも違うかもだけど。
「二派の核になっている人物は、せいぜい十人ずつ程度だろう。全部で二十人程度。ちょっとした大広間があれば、全員入るだろう」
「その人数でいいのか?」
「主要人物たちが仲直りしてしまえば、自然と収まりもつくだろうからな」
「うっす」
「でもさ、バンドローに説明して異能を発動させるとして、ロムとジンはくらわない方がいいだろう?」
「俺は部屋の外にでも出てるさ。ジンは、この際だから、厨房の見学をさせてもらおう。この屋敷、大所帯だから、厨房も広い。見ごたえあるぞ、きっと」
「いいのかい?」
「そのくらい、いいだろう。無茶な頼みを聞くんだ」
「そうしてもらえると、すごく嬉しいよ。ありがとう」
ロムはすごくバンドローとは懇意にしてるんだな。勝手に厨房見学の提案してるけど、あの人のよさそうなバンドローは、快く引き受けてくれそうだ。
大所帯の厨房を見学できるかも、ということでジンはすっかりご機嫌になっている。いろんな厨房を見るのも、勉強になるよな、確かに。
「じゃあ、決まりだな。バンドローに聞こう」
「あ、でも、一座は大丈夫かな。役所とか」
「大丈夫だろう。頼まれてやることだからな。カツミたちの異能が危険視されているのは、その内容もそうだが、場所も時間も選べないし、自分でコントロールできないせいだ。請われてする分には、当てはまらない。実際、役所に頼まれて、厚生者に異能を使ったことがあるって言っていただろう?」
「う、うん」
「無差別に周囲を危険にさらすのとは、話しが別だからな。座長にも役所にも、事後報告だ。バンドローたちには説明もあらかじめするし。こちらの事情もきちんと話そう。嫌だと言われたら、やらなければいいだけだ」
アッサリとロムが言い切る。ゴチャゴチャ考えるより、行動してしまった方がいいのかも。傾いてきた午後の陽射しを浴びつつ、頷いた。




