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第十七話 慌ただしい日々の中で 1

「で、なんだっていうの?」

 次の日、朝一どころか真夜中過ぎに旅芸人の村を出た俺たちは、夕方過ぎに西の役所に着いた。本来は一日かかるところを、ナガたちには、ほぼノンストップで走り続けてもらったのだった。ほんと、ごめん。でも、おかげで、一日かからずに着くことができた。

 西の領地での俺たちの窓口は、例の態度が悪いヤツだ。できれば違う人にお願いしたいものだが、窓口は窓口だ。仕方なしに、受付で呼んでもらったんだけど。

 俺たちの顔を見てあからさまに嫌な顔をしたソイツは、そっぽを向きつつ、どっかりと椅子に腰を下ろした。頬杖をつきつつ、俺たちの顔も見ずに反対側の手をブラブラと振る。

「異能でも出たわけ?」

「あ、はい、出ました」

「じゃあ、北に帰るってこと?」

「あ、いえ。その件についてはまた改めて話をしに来ます」

「じゃあなに?なんで来たわけ?」

 コイツ、なんでこの態度なんだろうなぁ。話が進まないの、自分の態度のせいだって分からないのかなぁ。

 半ば呆れつつ説明をしようとすると、その場の空気がスウッと凍るような声が響いた。

「おい。その態度はなんだ」

 振り向くと、ちょっと離れたところで様子を見ていた座長が、いつの間にか俺たちの真後ろに立っていた。

「は?」

 ソッポを向いていたヤツが、座長の顔を見て姿勢を正す。

「さっきから黙って見ていれば、その態度はなんだ、と聞いているんだ」

「あ、いえ。その」

「なんだ?」

「本来はこの業務は自分の仕事ではないわけなので」

「だったら、その態度で仕事をしてもいいというのか?」

 仁王立ちで静かな口調で話す座長は、さすが座長というべきか、威圧感がある。

「これはですね」

「望まない仕事をふられたからといって、そのような態度でいるようなヤツに、今回の件は任せられん。もういい。別の部署へ行く。来い、お前たち」

「あ、そんな、やります!やりますから!!」

「お前のその態度は信用ならん。コイツらの窓口も、そんなに嫌ならなんとかしてもらえるように頼んでみるから、安心しろ」

 そう言うと座長は踵を返し、振り返りもせずに歩いて行ってしまう。

 時間に余裕もない。俺たちも後を追うように立ち上がると、窓口のヤツが舌打ちをしたのが聞こえた。

 やるせない気持ちにはなったけれど、どうしようもない。謝ろうかとも思ったけど、返って嫌味のようになってしまいそうで、何も言えなかった。舌打ちは聞こえなかったフリをして、振り返らずにその場を後にした。


 座長が向かったのは、城から見て南にある役所の部署だった。渉外的なことを中心にしている部署らしく、祭祀関係なんかもここらしい。

「他領地との渉外もここの部署だから、本来ならばこちらが窓口だったのだろうが、恐らく、北からの部署そのままで引き継いだんだろう。望まぬ仕事をやる羽目になったのは気の毒だが、あの態度はならん」

 スタスタと歩きながら座長が言う。

「あの、でも、南の部署の人は誰も知らなくて」

「知らなかろうがなんだろうが、窓口は誰にでも開かれている。それが役所という場所だ」

「でも」

 一応、アイツが西の領地での俺たちの担当だし。

「でも、もなにもない。里長の孫娘のことを考えたら、あんなくだらん態度のヤツを相手にするだけ時間の無駄だ。心配せずとも、祭祀関係であれば私にも知り合いがいる」

 そうして、座長が一つの窓口で足を止めた。

「申し訳ないが、祭祀関係の担当者を呼んでもらえないだろうか」

「はい。お待ちください」

 声をかけられた女性はすんなりと奥へ入っていく。

 しばらくして出てきたのは、細身で長身のヒョロリとした男だった。

「ウルナ。どうした。祭りの打ち合わせは終わっていたはずだと思うが」

「すまんな。タール。ちょっと、対応して欲しい急ぎの案件ができた。北の領地の役所と、すぐに連絡を取ってもらいたいんだ」

 旅芸人の一座といえば、祭祀関係の仕事と決まっているのだろう。常とは違う仕事の話と、既に夕方だったこともあり、チラリと時計を見たタールが戸惑いつつも頷く。

「それは、なんとかなるだろうが」

「領主案件だ。しかも、急を要する。今すぐ、北の領地へ連絡を取る手段を整えつつ、領主へも報告する準備をしてくれ」

「なんだ?それほどのことか。ちょっと待っててくれ」

 そう言い置いて、タールは俺たちの前から離れていった。

「あの男は仕事が早い。お前たちの件は、ドワーフの里から帰ってきてから話そう」

 黙って頷いた俺たちを見て、座長も軽く頷き、黙る。

 タールが戻ってきたのは、それから三十分程度経ってからのことだった。

「よし。どうしたんだ?」

 俺たちを見回しつつ腰を下ろす。

「私だと伝聞になる。このカツミという男が説明する」

 え、俺。あ、そうだよな。どっちも立ち会ってるのは、俺だし。龍とは直接は会ってないけど。ミヤは役所が苦手だ。ロムは俺たちの護衛だし、今回、現場に居合わせただけだ。

「カツミです。北の領地で、冬に出現した伝承上の龍の話は聞いていますか?」

「聞いている。以前、情報としてこちらへも通達があった」

「今度は伝承上の鳥が、ドワーフの里の鉱山に出ました」

「ほんとうか?」

「はい。側に眷属がいました。間違いないと思います」

「話しはしたのか?」

「残念ながら、鳥も、もちろん眷属も、言葉が通じません。通じるとしたら、北の役所で預かっている龍の眷属です。その眷属なら、語彙も増えてきたので、俺たちとも意思疎通はできます」

「鳥たちは、そのままだということか」

「はい。鳥は寝ています。龍のことを考えると、このまま眠っている確率が高いですが、鉱山の中で動く可能性もないとは言い切れません」

「ドワーフはなんと?」

「里長の孫娘が俺たちと一緒に鳥を見ました。俺たちは、そのまま帰ってきたので、里が今、どうなっているのかは分かりません」

「そうか」

 少し考え込んだ後、タールが立ち上がりつつ言った。

「北の領地で眷属を預かっている者は、なんという名だ?」

「北の部署のツタです。龍はドラゴンと意思疎通が図れました。龍には、西の部署のバリスという男が、ドラゴンと共に会っています」

「分かった。待っていてくれ」

 そういって足早にタールは部署を出て行ってしまった。

「さて。どうなるか、だな」

 腕組みをした座長が椅子の背もたれに体を預けて目を閉じた。

「カツミ。龍とか鳥ってさ、体の大きさは変えられないのか?」

「え?」

 それまで黙っていたロムが口を開いた。

「だってさ、オカシイだろう、あんな鉱山にミッチリ詰まって寝てたんだぞ、鳥。気配は何日も前からしてるっていうし」

「え、それと大きくなったり小さくなったりって、何か関係あるの?」

「考えてもみろ。どうやってあんな大きな鳥が、あんなとこに入ったんだよ。それに、見回っていたのにこんなところにはいなかった、って言ってただろ、カシメルが」

 あ。

「確かに」

「なら、体の大きさの調整って、できるんじゃないのか?」

「考えてもみなかった。龍は、湖に寝てて。デカいまま話をしたらしいから」

「そうか。でもまあ、大きさを変えられるとしても、言葉が通じないのが難点なんだよな」

「うん」

 そうなんだよ。言葉が通じないから、お願いすることもできない。

 前回はドラゴンがいたからなんとなかったけど。今回は、ナガとアシだって、頑張ってはくれたけれど、あやふやっぽいし。

 リウがこちらに来てくれるかもしれないけど、それはすごく時間がかかる。それまで、鳥はずっと寝ているとは限らないし、起きている眷属はどうするのか。そして、ドワーフたちはどういう決断を下すのか。

 考えてみると、問題は山積みだ。自分がしでかしたことを考えると、役所に丸投げして、後は知りません、なんてことはできない。

 一般人なのだから、目撃したことを伝えて、後は役所の仕事です、でも別におかしくはないのだろうけど、心情的にそんなことはできない。

 なにか、やれることはないのか。俺にやれることは。

 ……そうだ。

「ロム。この世界って、遠くにいる人にその場で連絡が取れる方法はないのか?遠くにいても、お互いその場で話す方法」

「聞いたことがないな。魔族なら、魔方陣を使ったり、いろいろ方法があるが。それを使うのは高位の魔族だしな。他の種族でもあるかもしれないが、俺は知らんな」

「やっぱ、ないの?」

「そうだなぁ。お互いが遠くにいてその場で話をするっていう手段は限られていると思うな。少なくとも、誰でも簡単には使えないと思う。会話をしなくていいなら、簡易的に連絡を取る手段はあるが」

 うーん。そう考えると、やっぱり、リウを鉱山へ連れて行くより、鳥の眷属をここまで連れてきて、水鏡の間でリウと会話をしてもらうのが、一番手っ取り早い気がするなぁ。日数的にも、一番、かからないで済むし。ここからドワーフの里だと、ナガ達の足で半日程度で行けるもんな。

「えっと。じゃあ、鳥と話せる種族は?いないか?」

 龍とドラゴンが話せて、ドラゴンとバリスが意思疎通できるなら、鳥と意思疎通ができる種族がいても、おかしくないはず。

「俺は聞いたことがない」

 そうだよな、そんなうまい話はないよな。

「……もしかしたら、妖精とかができるかもしれんがな」

 あ、そうか。その可能性はあるよな。でも、ロムが知らないってことは、そんなに一般的じゃないってことだよなぁ。それとも、他の種族については、お互いそこまで詳しく知らないものなのか。

 かもなぁ。それぞれの種族について、詳細まで隅々知ってる、なんてないよな。いろんな種族がいるしな。

「となると、うっすらとでも意思疎通ができた、ナガとアシ、ロムが頼りだな。今回」

「え、俺か」

「頼んだ。俺も、ナガとアシに頼んでみる」

 なんとなく、二羽は俺たちに好意を持ってくれている気がするし、ちゃんと言ってることを分かろうとしてくれている気配がするんだ。

「バリスというのは、狼男か?」

 腕組みをして目をつぶっている座長が、そのままの姿勢で疑問を口にした。

「はい。北の領地の役所の、西の部署にいます」

「そうか。珍しいな」

 珍しい?

「珍しいんですか?」

「そうだな。私もそうだが、一族の者はあまり一族を出て他の仕事にはつかないな。絶対ではないが、珍しくはある」

 そう言えばそんな話を聞いたことがあったな、と続けて小さく呟いた。

「一族が役に立ったようなら、なによりだ。……戻ったな」

 そう言って座長が目を開くと、タールがちょうど戻ってきたところだった。時計を確認すると、いつの間にか一時間ほどが経過していた。そろそろ、役所も閉まる時間だ。

「とりあえず、なんとか北の領地に連絡を取った」

 早いな!!すごい!!

「もうか」

 さすがに驚く座長にタールが頷く。

「伝承の鳥が出たんだ、至急だろう。状況的にも。それでだな、眷属は北の領地から出ることはできないそうだ」

「えっ!!」

 思わず大きな声が出る。ミヤも、隣で驚いた顔をしている。

「語彙がたどたどしくて、理由は分からない。けれど、領地を出ることは不可能だ、ということだ」

 えっと。じゃあ、どうしよう。

「じゃあ、ここに眷属を連れてきたら、水鏡の間でリウと話をさせてもらえるっすか?」

 縮こまるようにして座っていたミヤが、タールに向かって言った。

 おいおいおいおいおいおいおおい。そんなこと、できるか?さっき、俺も思ったけどさ。でも、誰でも水鏡の間に入れるわけでもないだろうし。

「リウを役所で預かっているのは、龍の了承を得てるっす。なら、鳥の眷属もそうしてもらった方が、話すこともできるようになるし、イイと思うっす」

 そりゃまあそうだけど。鳥はどうすんだよ。鳥は。坑道に詰まったまま放置になるぞ。

「それは、可能ならそうしたいが。できるか?鳥は大丈夫か?」

「ちょっと里とここを往復する必要はあるかもしれないっすけど、やってみるっす」

 前のめりで話すミヤの肩に、座長の手が乗った。

「ミヤ、お前の気持ちも分かるが、先走るな。言葉が通じないというのは、想像以上に話や状況をややこしくするものなんだ。相手は伝承上の生き物だしな。自分の想像だけで、話しをしてはいけない」

 そのまま落ち着かせるようにポンポン、と叩き、座長が口を開いた。

「タール。役所としては、どういう見解だ?」

「すぐには決断できないが、北の領地で龍が特に問題がないのであれば、同じように様子見ということになるだろうな」

「問題は、意思疎通が図れないことと、鳥がいつまで寝ているか分からないこと、だな」

 目を覚まして、あの大きさで鉱山の中で動いたら、大惨事だからな。

「眷属は、どうして起きているんだ?」

「どうしてかは分からないんです。けれど、北でも、龍は寝ているのに、眷属は元気に活動していました」

「そうか。ところで、鳥にも眷属にも、なにもせずに帰ってきたのか?」

「いえ。ナガシ鳥がいたので、彼らに頼んで、なんとなく伝えてもらいました」

 なんとなく分かってもらったことを、なんとなく伝えたっぽいくらいの、うっすーいやり取りだけど。

「そうか。……ここで悩んでいても仕方がない。私が一緒に行こう」

 えええええー。今回の段取りのスピードといい、決断の速さといい、この人、ヒラじゃないよね?そんな人が部署を離れて、いいの?

 そりゃもちろん、そんな人が一緒に来てくれたら、話しは早いんだけど。

「そうか。助かる。明日の朝には里に着きたいんだ」

「残念ながら、俺は馬で行くことになるから、ちょっと遅れるな。先に里に入っててくれ」

「分かった。私たちはナガシ鳥でこのまま直行する」

「なるべく飛ばしていく。できる段取りは、つけてから追いかけるから」

「よろしく頼む」

 そう言って立ち上がり、スタスタと役所を出て行く座長の後を、慌てて俺たちも追う。

「さて。お前たち、若いんだから一日くらいの徹夜は辛抱できるな?」

 というわけで、俺たちはドワーフの里にとんぼ返りすることになった。

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