第十六話 再び遭遇する伝承の生き物 3
「おおー。なんか、すごいっすね。」
鉱山の中に入る。坑道の中は暗くて見えない。カシメルとロムが持っているカンテラの明かりが頼りだ。
中は、真っ直ぐな道だけではなく、横道が所々あって、その一つ一つがずっと奥まで続いている。案内がいなかったら、迷子になって出てこられなくなってしまいそうだ。出口のない迷路。そんな印象だ。
「真ん中はトロッコ用のレールがあるから、注意して歩いてくれ」
カシメルの言葉に足元を見ると、確かに、電車のレールのようなものが敷かれている。鉱石を掘り出した後、トロッコに乗せて運ぶのだとか。
鉱山は他にもあるけれど、他は別の人たちが行っているので、ここだけ、俺たちは確認すればいいらしい。ここだけっつっても、広そうだけどな。
俺たちの足音の他に、ナガとアシ、ルウの足音も微かに聞こえる。中は音が反響しやすい。ますます、侵入者なんて、すぐバレてしまうような状況な気がするが。
いつもはこういう時、ナガ達には留守番していてもらうのだが、なんだか今日は来たがっていたので、カシメルの了承を得て連れてきた。ルウはともかく、俺たちより目線がずっと高いナガとアシは、見えてんのかな、周り。どうなんかな。
でも、いいかも。人間以外の気配にも敏感そうだし。ナガとアシとルウ。ん?いいのか?
自分の思考に一人ツッコミを入れつつ、歩く。坑道はドワーフが管理しているから、おかしな獣とかはいないだろう。マミルと一緒に湖に行った時よりは、きっと安心だ。気をつけなきゃいけないのは、騒ぎの原因だけだし。
ロムも、何だか分からないモノを怖がっても仕方ないって言ってたしな。絶対出るって決まったわけでもないし。なんだかちょっと、足取りが軽くなる。気楽にしてればいいんだ、気楽に。
カンテラの明かりに照らされた坑道を眺めてみる。俺たちの影が伸びて、ユラユラと揺らめく。鉱山の中って、思ったよりも滑らかだよなぁ。もっと、ゴツゴツしたイメージだった。
「カシメル。ここにいるのって、正体は、検討もつかないのか?」
「そうだな。ただ、何かがいるのだけは確実なんだ」
「そうかぁ」
霊とかお化けとかの概念がないこの世界では、怪談じみたそういうことは、どういう感覚なんだろう?俺たちの知っている科学は発達していなさそうだけど、お化けとかの概念がないことを考えると、みんな、現実的に捉えるのだろうか。
認識できないものは現れない、かな?
魔法があっても不思議な力があっても、それは存在している人や何かが生み出しているものだから、必ず、原因があるはずだ、とか。
そうして思い浮かんだのは、龍やガイコツのゴーストタウン。
でもあれも、予想も想像もつかないモノだけど、害がないってことで、放置してるよな、この世界の人。
うんん?あ、でも、そうか。受け入れる力が大きいのか。だって、俺たちみたいな異世界人を受け入れて生活してるくらいだもんな。
信じられないようなことが目の前で起こった時、人が取る選択肢は、恐らく、拒絶か拒否、見ないふり、攻撃、後は、受け入れる、くらいだろう。
おそらく、この世界の人は何かを許容する範囲が広いんだ。
自分が知らないこと、分からないことも世の中にはたくさんある、ってことが前提で、世の中は、自分が知っていることが全てじゃない。そう思っていると、いろんなことを柔軟性を持って受け入れられるのかもしれない。
ま、そうは言っても、異世界人を受け入れるっていうのは、許容範囲が広過ぎると思うし、そんなに簡単なことじゃないだろうけど。
「カツミ!!こっちだぞ!」
ロムの声にハッと足を止める。考え事をしているうちに、一人、ズレた方へ歩いてしまっていたらしい。
正面は真っ暗闇だった。慌てて振り向こうとした俺の目の前を、何かがフワリ、と横切った。
え。何。今の。
恐る恐るフワリとしたモノを視線で追ってみる。それはなにか、どこかで見たことのある大きさの、色違いのようなもので。
淡い光を放っているソレに照らされて、何か大きな……く、嘴?
「で、出たっぽい」
見つけてしまったソレを刺激しないように後退りをすると、背中に何かが当たった。
「うぁわああ?!」
ビックリして飛び上がると、背後にいたのは、ナガだった。俺が一人でアサッテの方向へ歩いて行ったので、心配してついてきてくれたらしい。
俺が悲鳴を上げている間にみんなが駆けつけてきた。ナガにぶつかって悲鳴を上げてしまったものの、最初に出した声は静かだったので、みんな、なるべく音をさせずに近づいて来る。
カシメルとロムがカンテラをかざす。
視線の先を飛ぶのは、リウとそっくりだけど、色違いの妖精っぽい生き物。リウは服とかも全体的に寒色系だけど、こっちはオレンジや赤の暖色系だ。
そうして、二つのカンテラの先には。
「鳥………」
デッケエエエエエエエエエエエエエ!!!!
坑道にみっしりと詰まるようにして眠っているのは、オレンジから赤へのグラデーションも美しい、見事なデカい鳥だった。
え。こんなデカい鳥、坑道にどうやって入ったの?それに、こんなデカいのがいたら、見回りですぐ見つかるんじゃないの?
「なんだ、これは」
カシメルが息を飲む。そりゃそうだよ。デカすぎるし!!
「この場所に、今まではいなかったのか?」
「いなかったな。ここも何度も見ているはずだが」
なんで今日に限っているんだよ!!そして、こんな大きな鳥、どうやって入ったんだ、こんなとこに。移動だって、こんなデカかったら難しいだろ!
「すごいねぇ。大きいな。こんなに大きい鳥、俺は初めて見たな」
ジンがのんびりと言う。ジンって、意外に肝が据わってるよな。
「カツミが言ってた、不思議なモノ、かな」
「そっすね」
「詳しい話は戻ってすることにして、一回、撤収しないか?」
せっかく寝てるわけだし。目が覚めたらめんどくさいことになりそう。そもそも、リウの仲間だったら、言葉が通じないよな?だって、龍のときは、バリスに頼んでドラゴンが出動したんだし!
「このままというわけには」
カシメルがためらう様子を見せたが、こんなんどうにもできないだろう。作戦練り直しだよ。
「そう上手く、撤収できるっすかね?」
ミヤがいらんことを言い始める。やめろ!!俺もそう思ってるんだから!!つうか俺、なんで見つけちゃうんだよ~!
自分の、ある意味での強運に愚痴の一つも投げたくなる。やった、ジンの包丁ゲット!!と咄嗟に気楽に思えたら、いいのになぁ。
とかなんとかしているうちに、妖精が目の前に飛んできた。リウが龍の眷属だということは、この子はこのデカい鳥の眷属ってことになるんだろうな。
目の前に来たその子は、俺の顔をマジマジと見ている。これはもう、覚悟を決めて話しかけてみよう。ダメ元で。
だって、この中で伝承上の生き物の眷属に会ったことあるの、俺とミヤだけだもん。
「君、この鳥の眷属?」
話しかけてみるものの、黙ったまま首を傾げている。やはり、言葉は通じないらしい。
「やっぱり、通じないみたいっすね」
「だな」
さて。どうするか。
この眷属の子が俺たちに興味を持ってしまっている様子な以上は、黙ってここから立ち去ることもできない。
ここにリウがいたらなぁ。同じ眷属同士だし、言葉も通じそうだけど。いないしな。
「カツミさん。ナガとアシにお願いしてみたらどうっすかね」
ミヤがヒソヒソと耳打ちしてきた。
「それだ!」
ナイスアイデア、ミヤ。
そうだよ、鳥だもん。ドラゴンで龍と意思疎通できたなら、このデッカイ鳥だって、ナガとアシなら意思が………通じないかな?厳しい?
いやでも、ダメ元だよな。それ以外、今、何も思い浮かばないし、手段も方法もない。
俺たちがナガとアシと話せるわけじゃない。けど、ナガとアシは俺たちの言っていることを、なんとなく理解しているような節があるのだ。
「ロム。ナガとアシに頼んで、この妖精に、また改めて来るから、ここにいるようにって言ってもらえないかな?」
「ナガとアシに?」
「うん」
「通じるのか?」
「分からない。でも、それしか思いつく手段はない」
そう言うと、ロムは分かったと頷いて、身振り手振りを交えて、ナガとアシに言い聞かせてくれる。三回ほど繰り返すと、ナガとアシは妖精に近づいてきた。
妖精は、まだ俺の顔の辺りにいたが、ナガとアシが近づいてくると、そちらにフワリフワリと飛んで行った。
ナガとアシが両側から、妖精に首を振りつつ何やらゴニョゴニョとした鳴き声を上げ、やり取りをしている。
通じて、るのか?
とは思うものの、ナガとアシもちょっと戸惑っているようなところをみると、きちんと通じているわけではなさそうだ。
しばらくゴニョゴニョとやっていると、そのうち妖精がデッカイ鳥の方へ飛んでいき、ナガとアシが、俺たちを誘導するように、来た方向へ戻っていく。
「通じたみたいっす。今のうちに、戻るっすよ」
ミヤの言葉に頷き、俺たちは素早く坑道の外へ出たのだった。
思ったよりも早く何かの気配の原因が見つかったので、まだ夜もそこまで更けていなかった。俺たちは集会所へ先に戻り、カシメルは他の坑道へ見回りに行った人たちを呼び戻しに向かった。
「出たな」
「出たっすね」
車座になって座り、俺とミヤが腕組みをしつつ、うんうんと頷き合う。
「これで、ジンさんの包丁、心おきなく打ってもらえるっすね!!」
ミヤがメッチャ嬉しそうに言う。
「ありがとう」
ジンも、嬉しそうだ。俺も嬉しい。
けどな。
「アレのこと、俺とミヤがなんとかしなきゃじゃないか?」
状況的に、否応なしにそういうことになりそうだ。
「仕方ないっす。乗りかかった船っす」
「だよな」
とりあえず、詳しい話はカシメルが戻ってきてからすることになっている。一度に説明してしまった方がいい。
時間がない。戻ったら、ジンはオムリと一緒に出かける予定だし、祭りも近々始まる。とりあえずは、一座の村へ戻らないといけない。なんとかして、この件を収めなければ。
この後の段取りを考えている中で、チラリ、と西の役所の窓口のツンケンした態度を思い出す。アイツには申し訳ないけど、仕方ない。またしても、想定外の仕事をしてもらおう。だって、一応、俺たちの西での役所の窓口は、アイツなんだから。
名前も知らない西の役所の窓口の人物を思い出しつつ、心の中で手を合わせていると、カシメルが集会所へやってきた。
「遅くなって、すまない」
「里の人は、全員撤収した?」
「戻って、各々家へ帰って行った。明日、説明をするということで話はついている」
そう言って入ってきたカシメルは、手にヤカンを持っていた。
「茶をもらってきた。飲みながら話そう」
「ありがとう」
そうしてみんなでお茶を飲みつつ、しばしの休憩を挟む。ああー、こういうときって、お茶しみるなぁ。そういえば、店では、何かあるとアスカさんがお茶とかコーヒーとか、こまめに淹れてくれてたっけなぁ。自覚してなくても、心が慌てているときって、一息つくのも大事なんだな。
しばらく黙ってお茶を飲み、一息ついたところで話をし始めた。
「あの坑道にいた生き物は、伝承上の生き物だと思う」
俺の話に、みんなが黙って真剣に耳を傾ける。
「北では、冬に龍が見つかっている。あの妖精っぽいのは、恐らく、眷属だ。龍にも、色違いでそっくりな眷属がいた」
そうして俺は、北で起こったことを話した。
龍は起きたものの、眠くて仕方がないので、眷属は役所で預かって育てていること。
眷属は言葉は通じなかったが、役所で生活しているうちに言葉を覚え、語彙は増えてきているので、北では意思疎通が図れるようになっていること。
伝承上では、東が龍、西は虎、南が鳥、北が亀と蛇の伝承になっているが、目覚めた龍は北だったし、鳥は西で見つかった。伝承とはちょっと違うこと。
「北でも、詳しいことは一切、分かっていない。けど、眷属が今、役所にいることは確かだ」
「そんなことが」
カシメルが驚いたように言うが、その後の言葉が続かないようだ。そりゃそうだ。
「あったんだ。俺たちも、眷属には会ってる。で、カシメル。あそこの坑道は、今、ドワーフ族で採掘する予定はあるか?」
「え?」
龍が眠くて仕方なかったのは冬だけど、春になっても目撃情報も聞かないし、役所からも何も聞いていない。ということはだ。
「あ、いや……。ぜひともあっちの方面を使わなければならない、ということはないな。確か」
突然の出来事に、にわかには信じられない話をして、畳みかけるように問いかけた俺に、混乱しているであろう頭で考えつつ、カシメルが答える。
「そうか。なら、あそこはしばらく、放っておいてもらえると助かる。多分だけど、龍と同じように、鳥も眠くて仕方がないはずだ。起こさない方がいいと思う」
「……そうか。分かった」
「とりあえず明日、俺たちは旅芸人の一座の村に戻った後、すぐに西の役所へ行ってくる。この件を話して、北の役所と連絡を取ってもらうよ」
展開が早すぎる感はあるが、時間もないので仕方がない。坑道にいる鳥にしても、できるだけ早く対応した方が、絶対にいいし。
「役所同士で話し合ってもらって、どうするか。それ次第で、また戻ってくるかもしれないし、役所に一任することになるかもしれない」
俺たちは北の領地の人間だ。役所の人間でもないし、一任することになる可能性の方が大きい。
「それまでは、鳥は放っておいた方がいい、ってことだな?」
「うん。その方がいい。ナガとアシは意思疎通が多少できたみたいだけど、確実に意思疎通を図る手段は、今は、ない」
そう。北では龍とドラゴン、ドラゴンとバリスが意思疎通ができたからなんとかなったけど、今回は鳥だ。今日はナガとアシが一肌脱いでくれたけど、ハッキリとした意思疎通ができてるわけじゃない。
可能性があるとすれば、眷属同士、リウだけだ。リウなら、語彙も増えてきたし、俺たちとだって意思疎通ができる。
「分かった。話しておこう」
「しばらくはあそこの方面の鉱石の採掘は、難しくなると思う」
「やむをえまい」
軽く頷いて、首を傾げる。
「眷属は北の役所にいるとして、龍は今、どうしているんだ?」
「寝てる。多分。たまに起きてるんだろうけど、ずっと起きてるとかは聞いてないんだ」
「冬に目が覚めたと言っていたな?」
「うん」
「なら、鳥も、長期間、眠り続ける可能性が高いということだな?」
「俺はそう思った」
「なるほど」
出来事を整理するように、顎を引いて黙り込むカシメル。明日以降の段取りもあるだろうし、里の人への説明もある。そして、俺たちは明日は朝早くに戻る。
大変だけど、頑張ってもらうしかない。
「危害は?なかったのか?」
「特に龍に攻撃的なところは見られなかったって言ってた。ただただ、眠そうだったらしい。眷属は、友好的だよ。それに、龍は人里離れた森の中の湖に寝てるんだ」
「そうか。今回とは状況が違うな」
「そうなる」
しばらく黙り込んだ後、俺たちを真っ直ぐ見て言う。
「よかろう。ただ、条件がある」
「条件?」
「そうだ。あの鳥が出たのは、カツミたちのせいではあるまい。が、何度も私たちで見回りしていた場所で、今日に限って見つかったのは、事実だ。それに、本来であれば、里の者たちで話し合って、あの鳥の対応を決めるところだ。だが、私はカツミの話しを信じよう。そうは言っても、私自身伝聞で、確証もないのに、里の者に確約することはできない。だから、何か一つ、約束してから行ってはくれないか」
約束。なにか。
「お前たちを信じて待っていていいのだと、信じられる約束を」
そう言われて、視線を合わせる。ミヤもジンもロムも、多分、俺の決定で頷いてくれそうな気がした。
「カシメル。誰か一人が残るよと言いたいけれど、事情があって、それはできない。だから、俺とミヤとロムが、役所の人間と戻ってくるよ。もしくは、俺たちが役所から請け負って戻ってくる。ジンは、この後、予定があるんだ」
さっきは戻ってくるかどうか分からないって言ったけど、何とか戻って来よう。それしか、約束できそうなことはないから。
「よし。カツミとミヤとロムが戻ってくるんだな?」
「必ず。約束する」
「わかった。なら、私もそう信じて、里の者を説得しよう」
そう言うと、カシメルは素早く立ち上がった。
「明日の朝は、早く出るだろう?ここはそのままにしておいていいから、好きに出発してくれ。では、またな」
そう言って、カシメルはサッと扉を開けて出ていった。バリス並みの早業だ。
「みんな、アレでよかったか?」
「うっす」
「そうだな。他にはなかったんじゃないか」
「ごめんね。俺のことを優先してくれて」
何言ってるんだ。
「ジン。当然のことだよ。謝らないでくれ」
「そっすよ。謝る必要なんて、どこにもないっすよ」
「ありがとう」
ニコニコと微笑むジン。オムリと行く先で、いい食材との出合いがあるといいな。包丁も無事に打ってもらえることが決まったわけだし。
「ところで、ジンの包丁って、出来上がりはいつになるんだ?」
ロムの言葉に、肝心なことを聞き忘れたことに気が付いた俺たちだった。




