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なんでもアリの異世界エトセトラ  作者: 大福満代
第一章
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第二話 どこでも恋愛はこじれる可能性がある3

「ちっかあああああん!!!」

 という叫び声と共に、俺の頬にナカナカの右ストレートが決まったのは、珍しく、ミヤと一緒に買い出しに行ったときのことだった。

 アンタもたまには行ってらっしゃいな、というアスカさんの声に見送られ、重たい物が山ほどの買い物を済ませて、店へ帰っている最中のこと。

 え?痴漢?誰が?

 殴られた頬が痛い。荷物の重さと殴られた勢いで、足がもつれてヨロける。

「カツミさん?」

 訝しげな顔で、前を歩いていたミヤが振り返る。

 いや、最近俺、確かにモヤモヤしてたけど、そういうモヤモヤじゃないし!しかも、調味料と野菜で、両手がふさがってるっつーの!

 突然の出来事に呆気にとられていると、痴漢と叫んだ女の人に胸ぐらを掴まれる。

「ちょっと!」

 自分よりも低い位置からの声に目線を下げると、サラリとしたツヤのある黒髪と、気の強そうな青い瞳と目が合った。

 えっと………見たことある!!確か……確か、ケバブ屋の看板娘!!

 気付くと同時に、俺の顔に影が落ちる。

「覚悟は、……出来てるね?」

 そちらに目を向けると、ケバブ屋のオヤジ。手にしているのは………いや待って待って待って!牛刀ですよね?! 

 なに言ってんの?!

 とりあえずの難を逃れる為に、両手を胸の前に持ってきて胸ぐらの拳を払い、その勢いで荷物を抱え込みつつ尻餅をつきながら叫ぶ。

「誤解です!両手ふさがってます!!」

 いってええええええ!!

 ノークッションで尻餅をついたケツが痛すぎて、涙が出る。調味料も野菜も、すげえ重い!でも、落とすわけにいかないし。

 涙目で尻餅をついて荷物を抱える俺と、看板娘と牛刀持ちのオヤジの間に、ミヤが立ちはだかった。

「誤解っす!!カツミさんに、そんな度胸ないっす!!」

 ミヤああああああ!!ありがとうううううう!!かばってんだか、けなしてんだか分んないセリフだけど!!

 でもでも、牛刀持ちのちょーデッカイオヤジの前に立ちはだかってくれるなんて!!

 つーか、この世界に痴漢って概念あるのか。ビックリだよ。

「すっとぼけてんじゃないわよ!!アンタもグルなの!?」

 看板娘が、ミヤにくってかかる。更に、オヤジがジリジリと迫ってくる。

 更に更に、大騒ぎをしている俺たちの周りに人が集まってきた。

 ザワザワとした喧騒の中から、痴漢、警備隊、等の言葉が漏れ聞こえてくる。最初の四、五人が集まると、後はあっという間に人が集まってきて、俺たちを円の中心にして人だかりができた。

 マジかよ!!濡れ衣だよ!

「両手ふさがってんのに、触れるわけないだろ!!」

 ケツは痛いわ、荷物が重くて起き上がれないわで、もがきつつも、俺も必死に叫ぶ。

 この群衆の前で誤解されたままになって、たまるか。

「俺の手は、二本しかないっ!!荷物でいっぱいだろ!」

「口ではなんとでも言えるのよ!」

「よく見ろよ!」

「そうっす!」

「役所に行く?ここでボッコボコになる?」

 なんでその二択なんだよ、オヤジ!牛刀光らせるな!!

 話を聞かないケバブ親子と、濡れ衣を主張する俺とミヤ。群衆の輪が俺達の方に狭まってきて、ザワつきが騒ぎになり始めたときだった。

 人混みをかき分けて駆け込んできたのは、ショートカットの小柄な女の人だった。

「ティル、待って。ほんとにこの人、荷物で手がふさがってるわ」

「エン」

 小さいけれど、澄んだ鈴の音のような声で言いつつ、看板娘にすがりつく。

「えっ」

 それを聞いて、オヤジの動きもピタリと止まる。

「父さん、ティル、何の騒ぎだい?」

 そして、誰かに呼ばれてきた様子で現れたのは、看板娘とそっくりの男性だ。さわやかイケメンって感じで、穏やかそうな。エプロンをしている。兄か、弟か?

「痴漢よ!お兄ちゃん!!」

 違うっつの!!

「違うって言ってるだろ!!俺じゃない!」

 叫ぶ俺に向き直りつつ、ティルと呼ばれた看板娘が叫ぶ。

「あんた以外に、誰がいたのよ!!」

 知らねぇよ!

 あまりの理不尽さに目眩がし始めたときだった。

 あ………ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。


‘お前、ほんっと使えねぇな!!’

‘邪魔なんだよ!!今まで何してきたんだ!!’

 俺は、そこまで言われなきゃいけないほど、なにをしたんだよ。

‘このグズ!!ったく、ミスるわグズだわ、ほんと使えねぇな!!’

 なんでだよ。どうしてそこまで言われなきゃいけないんだ。俺が一体、何したっていうんだよ。


「カツミさん!カツミさん!」

 ミヤの声で我に返る。開けてくる視界と共に、散々な光景が目に飛び込んでくる。

 俺とミヤが買い出して抱えていたはずの、散乱した調味料や野菜。

 俺たちを中心に、円状になって倒れているケバブ親子と、エンと呼ばれた女の人と野次馬。

 更にその向こうには、何が起きたか分からず、ザワザワとしている野次馬がいる。

 町中で……発動、した。あんなに気をつけて、前の世界のことは考えないようにしてたのに。

 暗い気分に落ち込む俺の耳に、低い獣のような声が響いた。その声は次第に大きくなり、慟哭と言っていいほどの叫びに変わった。

 恐る恐る、声の方向に目を向けると、ケバブ屋の息子だった。

「こ………っこの世からケバブがなくなるなんてええええええええええ!!!」

 大号泣している姿をなす術もなく見ていると、倒れていたケバブ親子と野次馬が、周囲を確認しつつ、体を起こし始める。

「だ……大丈夫よ、お兄ちゃん。ケバブ、あるわよ」

「なんだって?!」

 ティルが兄に向って言うと、泣き崩れていた兄は怒涛の勢いで身を起こし、店の方へ走って行った。

 ヒーリング、効いてるのか、ケバブへの愛か?

「派手にやったわねぇ」

 その声に振り向くと、アスカさんがちょっと困ったように首を傾げていた。

「バリスとヒーラー、呼んだから。倒れちゃった人、その場で座って待機しててね。ごめんなさいね」

 ほんとに、ごめんなさい。

 ガックリしている俺を抱えたままのミヤを見ると、なんだか遠くの一点を見つめていた。

  ?なんだ?


 ザワザワとした野次馬がいる中、俺たちは駆け付けたバリスとヒーラーによって、治療院に運ばれた。というより、歩いて行った。

 歩き始める前、エンが手拭いを貸してくれた。殴られたはずみで、口の端が切れていたらしい。お礼を言って、手拭いで口元を押さえながら歩く。

 歩いている最中、人々の切れ切れの会話が聞こえてくる。

「おい……、何が見えた?」

「俺か?俺は、通り魔に家族がヤられる光景が見えた」

「俺は、とんでもなく高い所にいた」

「私、海で魚に襲われてたわ。見たことないくらい大きくて……」

 俺たち、ケバブ親子、エン、野次馬を入れて、二十人程度になるだろうか。みんな、ヒーリングが効いているとはいえ、驚きを隠せないまま歩いていて、ただその中で、異彩を放っている人物が一人いた。

 ケバブ屋の息子だ。ジンというらしい。

 一人スキップをしている彼は、歩き出す前、ケバブ屋から戻ってきて自己紹介をしたかと思うと、俺の手を握りしめて叫んだ。

「ありがとう!!君のおかげで、ケバブがあることに、より幸せを感じるよ!」

「え?」

 戸惑っている俺に、不思議そうな顔をする。

「さっきのは、君の異能なんだろう?」

 頷くと、ジンも頷きつつ、もう一度言った。

「ありがとう!!」

 スキップをしつつ進んでいる息子を見つつ、隣を歩いていたケバブ屋のオヤジが口を開く。

「息子はケバブが好きでね。毎日毎日、ケバブのことばかり考えていて。ケバブのことになると、人が変わるんだよ」

 なるほど。残念系イケメン。

「申し訳なかったね」

「え」

「確かに、君は重たい荷物で両手がふさがっていた。俺も、つい、早とちりしちまって。すまなかったね」

「あ、いえ。俺こそ、異能が発動して。すみませんでした」

 オヤジは無言で頷くと、ジンの方に歩いて行き、首根っこを掴んでスキップをやめさせていた。が、ジンのニヤニヤは、止まらないようだった。

 当の騒ぎの張本人であるティルは、エンの隣を、うつむいて歩いていた。


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