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なんでもアリの異世界エトセトラ  作者: 大福満代
第一章
72/247

第十四話 旅路の途中で 3

「行っちゃったっすね」

「いいのか?」

「何がだ?」

 コウジが奥へ進みつつ質問を投げ返してくる。

「俺たちが悪いヤツだったら、どうするんだ?」

「そんときは、すごいメに遭うぞ。農業従事者の筋力はナメたらヤバい。興味あるか?」

 ニヤリと笑いつつコウジが言うが、興味はない。

「ないないないないない」

「そんなことより、どうする?」

 ランプの明かりを頼りに、洞窟内に置いてある食材を確かめる。食材は、想像以上の量が洞窟内に保管されていたが、それよりも、洞窟はもっとずっとずっと奥に深く続いているようだった。

「これ、奥はどうなってるんだ?」

「さあな。俺も奥まで行ったことはないからな。行って来てもいいぞ。迷っても助けに行かないけど」

「いいです」

 洞窟に興味を示すのはやめて、ミヤとジンと一緒に食材を見始める。

「肉は、何があるんだ?」

「うーん。肉かぁ。塩漬けの豚肉とか、まあ、鶏肉とか。あ、鹿肉もあるぞ。最近、獲ったんだ」

 鹿肉。どうやって料理するんだ?肉質、豚とかと違うよな?

「魚はほとんどない。たまに行商の人が来た時に買うくらいだな。あ、川魚ならあるぞ。後、塩漬けにした鮭。すーんげぇしょっぱいの」

「へぇ、塩漬けの鮭?」

「おう。ものすごく、しょっぱいぞ。一口食べるだけでも、口の中がしょっぱくなる。町にはないか?」

「そうだね。見ないかも」

「町は流通がしっかりしてるからな。この辺だと冬になると流通が滞るから、保存食を作ったり、保存がきく食べ物を仕入れるんだ」

「塩漬けの鮭は、保存がきくの?」

「きくね。半端じゃなくしょっぱいからな」

「どうやって食べるんだ?」

「焼いてから、他の食材と一緒に調理して食べたりするな。米やパンのおかずにな。塩分が高いから、汗をかいた後に食うと美味いって思うぞ。後は、汁物に入れたりとか。そのまま単体で焼いて食べるには、しょっぱすぎるんだよな」

「おもしろいね」

 おお。やっとこの世界の食べ物の話になった。よかった。

「ジン。鹿は珍しくないのか?」

「鹿はあるよ。町にも入ってくるし。ウチでは扱ってないけど」

 そうか。だよなぁ。

「あ、これ、果物のシロップ漬けっすか?」

「どれだ?ああ、そうだな。果実酒もその奥にあるはずだ」

「結構、いろいろあるね。どうする?」

 どうするって、どうしよう。

「五人分でいいって言ってるけど、何を作るかだよな」

「カツミさん、一応聞くっすけど、得意料理ってなんっすか?」

「カレー」

「スパイスっすか?」

「市販の固形ルーを使うヤツ。でも、この世界にはないよな。っつうか、得意料理。今、とっさに出てこないな。うーん」

 大学の時から一人暮らししてたから、それなりにはやってたはずなのに。とっさに出てきたのは、カレーだった。得意っていうか、作れる料理、だな。うーん……カレー、カレー。あー。

「タンドリーチキンとか?」

「ヨーグルトって、あるっすか?」

「ある」

「牛乳も?」

「ある。しぼりたてがあるぞ」

「いやでも、スパイスがない。あ。ジン、香辛料持って来てるんだっけ?」

「あるよ。バリスから仕入れている物を持ってきてる」

 いやでも、それはジンが使おうと思って持ってきたものだし、全部使っちゃったら申し訳ない。そもそも、カレーのスパイス……うーん?なんのスパイス使うんだっけ?

「ちょっと待って。もうちょい考えさせて」

 あるのは、根菜類、葉物類もあるな。米に小麦粉、豆。果物はシロップ漬け。牛乳とヨーグルトがあって。鶏肉と鹿肉があって。しょっぱい塩鮭も。えっと。タマゴもある。北の町とさほど変わらないはずだから、多少足りないものはあっても、調味料も同じようなのがあるはずだ。

「油は?」

「油か。菜種油があったはずだな」

 油もある。ううう。なんっも思い浮かばん。情けない。

「オニギリ、チャーハン、オムライス……」

 とりあえず、片っ端から思いつくものを口にしてみる。

「豚汁。味噌がないか」

「味噌っぽいものはあるらしいけど、この村にはないな。味噌は俺、冬に仕込んだけど、まだ熟成中だしな」

 うん。今使いたいからなぁ。コウジの味噌、楽しみだけど。とりあえず、今、今。

 日本は食文化が独特で、いろんな料理があるから、余計に混乱する。とりあえず、シーフード料理は除外。ってことは、山側の料理?

「あっ。キャベツと山芋があるっすね。お好み焼きなんてどうっすか?」

「いいけど、ソースどうする?」

「マヨネーズはカツミさんに作ってもらうっす」

「俺かよ。いいけど」

 お好み焼き作れないし。マヨネーズなら、材料も作り方も分かるし。

「あー、お好み焼きソースはないけど、普通のソースならあるぞ」

「おっ、それでいいんじゃないっすかね!」

「具は?どうするんだ?」

「具は、塩漬けの豚肉があるってさっきコウジさんが言ってたっすから、それと、タマゴ、キャベツに、山芋をすりおろしていれて、小麦粉でちょっとつなぎ入れてできるっすよ」

「ほぉー。すごいな、ミヤ」

 マジで料理はある程度できるんだな。茶わん蒸し作れるくらいだもんな。

 えへへ、と照れくさそうに笑うミヤ。マジですげえ。

「そういえば、この世界でお好み焼きってみたことないな。いいかもな」

「うっす。お好み焼きなら、鉄板さえあれば簡単に焼けるし、人数が増えても簡単に作れるっすから、いっすよ」

 おおー。そこまで考えてたのか。確かに、茶わん蒸しとかタンドリーチキン(作れないけど)とかだと、数が決まってるから後から増やせないけど、お好み焼きなら材料刻んで混ぜるだけでできるもんな。

「すごいな、ミヤ」

 それに引き換え、俺、ほんとダメだなぁ。でも、店で作ってたから、マヨネーズは作れる。気合入れて作ろう、マヨネーズ。疲れるけど。


「俺、とりあえずマヨネーズ作るわ」

 町の集会所の調理場で、火を熾しているコウジに言う。材料は揃えてもらった。

 集会所はコウジの家をもっとずっと大きくしたような建物だった。簡素な造りだけど、広い。共同で作業をしたり、集まったり、いろいろとここでする作業は多いのだそうだ。

 洞窟で迷っている間に、お昼近くになってしまった。村人のお昼ご飯はどうするのかと思ったら、朝のうちに準備してるんだって。休憩は木陰でするらしくて、昼だからと言って、村まで必ず戻ってくるってわけじゃないって。作業の具合いによるんだってさ。なるほど。

 とりあえず、洞窟の中にあったキャベツと山芋と小麦粉を持って集会所へ戻り、村長を呼んできた。お好み焼きを作ると言うと、頷く。まあ、お好み焼きって言われても、分からないよな。

「必要な食材は足りているか?」

「あ、タマゴと塩漬け肉が欲しいっす」

「分かった」

「あ、待って。塩漬けの豚肉って、そのまま使うつもり?」

 ジンがちょっと慌てたように言う。

「使えないのか?」

「そうだね。塩漬け肉はしょっぱいから、水につけて塩抜きをしてから食べるんだ。茹でたり、焼いたりしてね。だから、使うのにはちょっと時間がいる」

「そうなんすか!知らなかったっす!」

 うーん、と腕を組んで考え込むミヤ。

「塩抜きしたのが欲しいのか?なら、俺の家にあるのを使え。どのくらいいるんだ?」

「いいんっすか?ありがとうございますっす!そっすね、一塊くらいあるといっすね」

「分かった」

 そう言って村長が持ってきた一塊は、思ったよりもずっと、デカかった。一塊の感覚が、全然違う。

「あー!!デカかったっす!!これの十分の一くらいでいっす!!」

 慌てているミヤの隣で、ジンが冷静に肉を受け取った。

「必要な分を切り分けたら、お返しします」

「うん」

 そう言うと村長は集会所を出て行ってしまった。

「タマゴも多くね?」

「マヨネーズにも使うっすけど、多いっすね」

「村長、異世界の料理が楽しみ過ぎて張り切ったんだろ。豆腐も、なんやかんやで気に入ってたしな」

「そうか。じゃあ、気合い入れて作らないとな」

 と、いうわけで、俺はマヨネーズ。

 火を熾すコウジ、材料のキャベツを洗うミヤ、肉を切り分けるジン。ジンは二丁、包丁を持参していた。大切そうに鞄から出されたそれは、ジンが普段、店で使っているものだという。果物ナイフくらいのと、普通のと。大きいものはさすがに持ってこれなかったらしい。そうだよな。初めて会った時にオヤジさんが持っていた牛刀を思い出して、思わず笑う。あれを持ち運ぶのは、ちょっと大変だ。

「肉を置いてくるよ」

 切り分けた肉を持って、ジンは村長の家へ向かった。ミヤがキャベツを刻み始める。コウジは火の番だ。カマドの火は、少しずつ大きくなってきている。

「そんなにたくさん、マヨネーズいらないよな?」

「そっすね。ちょっと多めに作るくらいでいいと思うっす」

「分かった」

 ボウルに塩と酢、卵黄を入れて混ぜる。もったりするくらいまでまずは混ぜる。とにかく、マヨネーズは材料は単純なんだけど、手間とタイミングと気を抜かないことが大事だ。

「ミヤ君、豚肉はどれくらいの大きさに切るといい?」

「メッチャ薄切りでお願いしますっす」

「分かった。これくらい?」

「その倍くらいの厚さでお願いしますっす」

「分かった」

「すごいっすね、その塊を薄切りにするのって、難しいっすよね」

「店でケバブの仕込みしてたからね」

 楽しそうに笑いながらジンが肉を切り分けていく。ジン、ケバブを作るんじゃなくても、好きそうだな、調理場に立つの。それとも単純に、肉を切り分けるのが好きなのか。

「よっこいせ」

 気合いと共にコウジが鉄板をカマドへ置く。

「デカいな!!」

「だよな。デカいよな。でもこれ、意外に便利なんだよな。大人数の食事作るときとか」

 コウジがカマドに置いたのは、よく一人で持ち上げたな、ってくらいデカい鉄板だった。業務用だよ、マジで。

「これなら、五人分、一気に焼けるっすね!!」

 ミヤが嬉しそうに言う。

「鉄板が熱くなるのに時間かかるから、今から乗せとくよ」

「うっす」

「火力は?」

「中火くらいがいっす」

「おう」

「豚肉、味見しなくていい?」

 ジンが豚肉の切れ端を持ってミヤに言う。

「あ、そっすね。ちょっと焼いて食べてみるっすね」

「待て待て。まだ全然、鉄板熱くないぞ」

「うっす」

 という会話を聞きつつ、ひたすら混ぜる俺。人力で作るマヨネーズは、結構体力勝負だ。

「山芋はすりおろすんだっけ?」

「そうっすね。お願いしますっす」

「全部やる?」

「半分でいっす」

「ところで、お好み焼きって、どんな料理なの?」

「具材を全部混ぜて、焼くんす。俺が焼くのは、タマゴは別に焼くっすけど、タマゴを混ぜて焼いてもいいんすよ」

「へぇ。想像がつかないけど、楽しみだよ」

 そうこうしているうちに、ボウルの中身がもったりしてきた。

「手が空いてる人、油をちょっとずつ垂らしてくれ」

 自分でもできるけど、失敗しないように垂らしてもらおう。それくらいは許されるはずだ。気を付けて入れていても、突然ドバッと入ったりすることもある。

「いいよ」

 肉を切り分け終わり、山芋をすりおろしていたジンが、手を洗って油を持つ。ジンはケバブを作るために、マヨネーズ仕込んでるからな。安心だ。

「マヨネーズって、こうやって作るんだな」

 コウジが俺たちの手元を覗き込みつつ言う。

「な、俺も店で働くまで知らなかったよ」

「おもしろいな。マヨネーズなんて、チューブに入ってるのが当たり前だったもんな」

「そうだよな」

「俺、ここで農業やってて、知ってるつもりでいたけど知らないことの方が多いなって思ったんだよ」

「うん?」

「例えばマヨネーズだって、日常的に食べてたけど、作り方は知らない。作り方は知らなくても、知りたくなったらスマホで検索すればよかった」

「そうだな」

「でも、この世界に来て、調べようにもスマホなんてない。そうすると、自分の知識がどれだけ、‘あるようにみえて、なかった’かが分かった」

「なるほどなぁ。そうかも、確かに」

「不思議なもんだよな」

「っていうか、どうやって豆腐の作り方調べたんだ?」

「あれはさ。調べたんじゃないんだ」

「?誰か、知ってる人がいたのか?」

「いや。俺、下町育ちでな。商店街がまだあるような場所で育ったんだ。ガキの頃、豆腐屋もあってさ。近所に。なんか、好きでな。入り浸ってたんだ、豆腐作ってるとこに。長期休みなんかになると、朝早く起きたりしてな」

「え、思い出しつつ作ったのか?」

「そうなんだよ。だから、時間かかった。全然、上手くいかなくて」

「すげえな」

「なんか、子どもの頃のことって、変なことを妙に覚えてたりしないか?」

「ああ……、そういうのって、あるかもな」

「そんな感じだよ。なんか、思い出したら、すごく作りたくなったんだ」

 遠い目をしてコウジが言った。幼い頃の記憶っていうのは不思議なもので、確かに思いもよらないことを鮮明に覚えていたりもする。

「そうか。成功して、よかったな」

「おう。安定して作れるようになったら、もっといいよな」

「そろそろ鉄板、いっすか?」

 ミヤがカマドの火と鉄板の様子を見つつ、声をかけた。

「おう。ちょっと待て」

「結構、熱いっすよ」

「触ってないだろうな」

「うっす」

「ジン、ありがとう。マヨネーズできたぞー」

「うっす。じゃあ、後は焼くだけっすね。コウジさん、村長連れてきてくださいっす」

「待って。豚肉の味見、してないでしょ」

 ジンが急いで豚肉を人数分鉄板に乗せて焼いてくれる。ジュゥ、といい音がする。薄切りの肉はあっという間に焼けた。

「はい」

「あちっ!!」

 思ったよりも熱かった豚肉を、口の中で冷ましつつ食べる。

「美味いっす。ただ塩胡椒したのだけとは、また違った旨味があるっすね」

「ほんとだ」

「塩漬けにすると、旨味が増すんだよね」

 うん、と頷きつつジンも豚肉を食べる。コウジは豚肉を口に入れると、村長を呼びに出ていった。

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