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第十四話 旅路の途中で 2

「ぐあー」

 土間に水甕を置いてそのままの勢いで転がる。井戸から水を汲み、重たくなった水甕を運ぶのは、思った以上に重労働だった。ライフラインが完璧だった場所で育った俺には想像できなかったけど、何をするにも必ず人の手がかかってる時代だってあったんだ。そして、そういった時代を生きた人たちの努力の上で、俺は何不自由なく暮らしてたんだな、とつくづく思う。

「重かったっすねぇ」

 ミヤが額にうっすら浮かんだ汗を拭って言った。さすがにミヤも疲れたか。

「頑張ったな」

 ナナリが褒めてくれたが、そこでなにやら家の中が妙な雰囲気になっていることに気が付く。

 板間の上で、コウジとジンとロムが向かい合って腕組みをしている。あれ?買い出しに行ったんじゃなかったっけ?

「どうしたんだ?食料、分けてもらえなかったのか?」

 土間に転がったまま聞く。申し訳ないが、すぐには起き上がれない。ミヤは横で息をついて、体を伸ばした。

「あー……いや。分けてもらえそうではあるんだがな」

「なんていうか、条件が出た」

 は?条件?

「お金じゃなくて?」

「うん。金はいらないそうだ。四人分の次の町くらいまでの食料なら、分けても村には大きな影響はないって。去年は豊作だったし」

 豊作なのはいいな。なんか、景気がいい感じ。でも、金はいらないっていうのは、気がひける。豊作は天候も左右するだろうが、村人が一生懸命作業をして得たものだ。今も体験してきたけど、水を汲むのだって一苦労なんだ。農機具がないこの世界では、農業も大変な労働だろう。いや、農機具があったって、手作業でしかできないことが多いし大変だろうけど。

「なにが問題なんだ?条件って?」

 ロムがコウジを見て、俺たち二人に視線をうつす。

「異世界の料理が食べてみたいそうだ」

「ええー!!!」

 あーそうか。滅多に揃わない異世界人が三人も一気に揃ったし、コウジは豆腐っていう不思議な食べ物を作ったんだ。なにかしら、異世界の料理が他にも食べられるって思ったのか。ってか、食べてみたいのか。

「マジっすか」

 ミヤがちょっと驚いたように言った。そりゃそうだよ、俺たちの中で料理人ってジンだけだけど、ジンはこの世界の料理人だ。

 異世界の料理が食べたい、っていう指定だと、俺とミヤが作らなきゃならない。やらなきゃなら、やるけど。ただ、俺たち二人は料理人のとしての腕も知識もない。作れたとしても、家庭料理のレベルだ。

「どうしよう」

 アスカさんがいればなんとでもなるだろうけど、俺は簡単な料理しかしたことないし、ミヤは……ミヤは案外器用になんでもできるけど。

「村の人って、どれくらい人数いるんっすか?」

 それだよ!!だって、俺ら仕込みの手伝いはしてるけど、そんな大勢の仕込みなんて、検討もつかないぞ。

「そうだな。ざっと百人くらい?」

 コウジが首を傾げつつ言う。村としてはかなり小さいんだろうけど、俺たちが料理するとなると、途方もない人数だ。

 うわうわうわうわどうしよう。

「百人分の何かは作ったことないっすね」

 ミヤが考えつつ慎重に言う。コウジが俺を見るけど、作ったことあるわけないだろ!!ブンブンブンと首を振りつつ起き上がる。

「鍋とか釜とかカマドとかはありそうっすか?」

「そうだな。この村はよく、炊き出しみたいな感じでみんなで調理して食べたりするから、村長の家の隣にある集会所に色々そろってる。俺も、そこで豆腐を作らせてもらったりしてるし」

 あ、なるほど。小さい村だから、みんなで食事したりするのか。考えてみると、バリスの村でも、月に二回の集会の為に、大きな調理場があった。

 じゃあ、調理場はなんとかなるとして。

「食材は?」

「村にあるものを使っていいそうだ」

 恐る恐る聞いた俺に、コウジが答える。使っていいって言われても。前にいた世界と同じような食材が多いとはいえ、どれがどうで何人前かなんて、分かるわけがないし。

「どうする?食材は諦めて、次の町まで大急ぎで行くのもアリだけど、途中でアクシデントが起きたら、空腹で狩りとか釣りとかすることになるが」

 ロムがどっちでもいいような感じで言うが、釣りはいいにしても、狩りはご遠慮したい。

「ジン、さ……さばける?」

「いや。さばいたことはない。ある程度の塊なら切り分けられるけど」

 キッパリと言うジンに頷いた後、ロムに向き直る。

「ロムは、できるんだよな?」

「そうだな。できるな。鹿くらいまでならな」

 ですよね。

「ちなみに、考えられるアクシデントって?」

「予期せぬ雨風とかかな」

 そういうこともあるわな、自然の中を旅してるんだしな。荒天になってしまえば、しのげる場所を探して足を止めるしかない。

 どうしたもんかな。確かに急いだ方がいいのはいいんだが。

「完全に異世界の食べ物じゃなくてもいいんっすかね?」

「というのは?」

「異世界風の食べ物、みたいな感じのものっす」

「ミヤ。何か策があるのか?」

「ないっす!!」

 ないのかよ!!思わずズッコケると、ミヤが笑いながら言った。

「だって、異世界の食べ物なんて、無理っすよ。手に入らないっすもん。でも、食材を見てできるものを考えてもいんじゃないっすかね」

「なるほど」

「ジンさんもいるし」

「俺かい?俺はこの世界の料理しか作れないよ」

「でも、この中では、唯一の料理人っす。ジンさんの力を借りて、俺たちの知ってる料理で、作れそうなものを探してみましょうっす」

 そっか。ジンはケバブ修行にきてるんだもんな。イレギュラーな出来事でも、料理できそうなチャンスがあったら、した方がいいよな。ただでさえ、料理のチャンスは今のところないんだ。ここで潰してしまうのも、残念だよな。

「そうだな。ジン、力を貸してくれる?」

「もちろん」

 そう言ってジンが笑う。いい笑顔だった。


 今度は全員で村長のところへ行くことになったが、その前にちょっと相談。

「ロム。旅程がちょっとズレるけど、大丈夫そうか?」

「次の町に行ったら、北の役所へ郵便を飛ばす。気にしなくていい。一座の方は、一日くらいのズレは大丈夫だろう。アクシデントにも対応できるように、大急ぎで進んできたからな」

「分かった。コウジ。今晩も泊めてくれるか?」

「ああ、いいぞ」

「ありがとう」

 というわけで、村長のところへ、とゾロゾロと歩き出したところでロムが言った。

「俺は料理人でもないし、異世界の料理も分からないから、村の仕事を手伝ってくるよ。コウジの分の作業があるだろう?」

「俺もそっちに行くよ。料理なんて、ほとんどできないしな」

「よろしく頼む」

「おう」

 そうしてロムとナナリは畑仕事へ、俺たちは村長のところへ向かうことになった。

「ルウ、ナガ、アシ、ちょっと行ってくるっすよ」

 ルウも走りどおしで実は疲れていたのか、ここぞとばかりに丸くなっている。ナガとアシはなぜか鶏に圧力をかけている。なんでだ。

「ナガもアシも、ちゃんと休むんっすよ。ずっと走ってたんっすから」

 ミヤの言葉に軽く頷いたような二羽は、急にふぃっと鶏から目線をそらして座り込んだ。

 四人で歩きながら、静かな村の中を歩く。農村は朝早くから動き、昼に休憩して、また暗くなるまで働くのだという。各々が働きに出てしまった村の中は静かだ。

「コウジ。ここって、百人規模の村なんだろう?」

「そうだ」

「家畜とかってどうしてるんだ?農作業に必要だろう?」

 ちょっと驚いたような顔をして、コウジが言う。

「家畜は卵を産む鶏は村の中で放し飼いだな。馬や牛なんかは、冬はこの辺は結構、雪が降るから、ちょっと離れた、降雪量がここより少なめの、酪農してる村から借りてきてる。提携してるんだ。こっちの村では、牧草も管理したりな」

 なるほど。

「カツミは農業に詳しいのか?」

「いや。じいちゃんの家が田舎でさ。俺が小さい頃は、牛とか馬とか飼ってた名残があったんだ。じいちゃんが話してたし」

 もう使われていない納屋があった。昔は牛や馬を飼っていたってじいちゃんが言ってた。

「農作物はどうしてるんだ?全部、種から植えるのか?」

「いや。全部ではない。こっちの世界にはビニールハウスみたいなものはないけど、魔族もいるし、他の種族もいて……不思議な力があるからな。種から植える物もあるけど、魔力とかで苗の状態にした物も売ってるんだ。そこから買ってきたりもする」

「へぇ~。この世界ならではだな」

「だな。この村には魔族も妖精もいないし、水とか自然を操れる種族もいないから、人力が主流だけど、いるところにはいるよ。そういう種族と一緒に農業してる人たちもいる」

「この世界には、ハイテクはないけど、魔法があるんだな」

 不思議な思いで空を見上げる。空も木々も川も、この世界は元の世界よりもずっと、自然が豊かで、人が自然の中で生きている。青空の色も自然の色も、元の世界とすごく似ているのに。そして、科学はないけど、魔法はある。それが、なんとも不思議に思えた。

「俺は会ったことないけど、雨や雷や風を操れる魔族や妖精、種族もいるんだってさ」

「マジで?!」

 それはすごい。

「どんな気分なんっすかね、自然を操れるって」

「どんなんだろうな。でも、ロムが言ってたけど、大きなことは魔力が強い高位の魔族じゃないとできないって」

「じゃあ、高位の魔族とか力がある妖精や種族なんだな、そういうことできるの」

「ジンは、見たことある?」

「残念ながら。この世界にいても、そんな大きな力を見る機会は、そうそうないと思うよ」

 万能そうでいて、万能じゃない。誰でも持っていそうで、誰でもが持っているわけじゃない。この世界でも、力がある者とない者が存在している。ということは、やっぱりこの世界も平等ではないし、絶妙なバランスの元に成り立ってるんだな。

 そんなことを話しつつ歩いていると、コウジが村の中心近くの大きな家の前で立ち止まった。村長の家なのだろう。

「ちょっと待っててくれ」

 そう言ってコウジが扉を開けて入っていく。コウジの家とは違い、村長の家は引き戸ではなく、ドアノブがついている扉だった。

「俺たちで、何が作れるかな」

「大丈夫じゃないっすかね。何とかなるっすよ。タマゴもあるし」

「なんでタマゴなんだよ」

「え、タマゴ料理、メッチャ種類あるじゃないっすか」

「あるよ、あるのは知ってるけど、作り方を知らん」

 アハハと笑いつつ、ミヤが背伸びをする。

「なんとかなるっすって!!いざとなったら、タマゴ焼き作りましょうっす」

「タマゴ焼き。出汁巻きとか?」

「この辺だと魚介の出汁はないかもしれないっすから、鶏出汁っすよね」

「ううー。出汁巻きって難しいんだろ?」

「厚焼きでもいいじゃないっすか」

「ミヤは、タマゴ料理は一番難しいのは何が作れる?俺、スクランブルエッグ」

「マジっすか?意外っすね」

「崩れていいなら、タマゴ焼きもかろうじて作れる。ミヤは?」

「俺、茶わん蒸し作れるっすよ」

「マジか!?それはすげえ!!」

「茶わん蒸し?」

 俺たちの愚にもつかない会話を黙って聞いていたジンが、不思議そうに聞いて来た。

「茶わん蒸しっていうのは、えーと。プリンって、この世界にある?」

「プリン?」

 ないのね。

「タマゴに牛乳?と砂糖……だったような……を混ぜて、蒸したのがプリン」

「だし汁とタマゴを混ぜて具材を入れて蒸したのが、茶わん蒸しっす」

 プリン、ないのか。でも、パウンドケーキみたいのはあったよなあ?確か。クッキーもあるし。フィナンシェみたいのもあったし。

「へぇ~。どんなのだろう?」

「食感は、どっちも豆腐寄りっすね!!」

 ミヤが言う。豆腐。考えたことなかったけど、確かに似てるかも。あの頼りないっつうか、正体がつかめない食感。

「ミヤ、上手いこと例えたな」

「っすよね!似てるっすよ」

 うん。似てる。豆腐食べたことある人なら、例えやすいな。

「味は全く似てないけどな」

「味は、どんなの?」

「プリンは甘いよ。デザートだな。生クリームとか果物を一緒に盛り付けて食べたりしても美味しい」

「茶わん蒸しはおかずっす。出汁の味が基本っすね。具材も、キノコとか鶏肉とかっす」

 そしてまたいつの間にか、異世界料理講座になってる。違うんだって!!ジンはケバブのための修行に来たんだって!!手に入らない、異世界の料理じゃないんだって!

 どんどんズレていく料理の話に歯止めが利かなくなってきた頃、コウジが老人とともに扉から出てきた。

 老人ではあるけれど、足腰がしっかりしていて背筋もシャンと伸びている。若い頃はさぞかしガッシリとした体格だっただろうと思わせるような雰囲気の人だ。

 頭はツルツルだけど、髭は豊富に蓄えたその人は、ジロリと大きな目で俺たちを見て口を開いた。

「さっきのヤツはどうした」

「あ、農作業のお手伝いに行きました」

「そうか。着いてこい」

 言葉短かにそう言うと、老人は俺たちが来た道と反対方向へ歩き始めた。村の奥の方へ。

 着いて歩いて行くと、村の奥の方は森なのか林なのか?木々が立ち並んでいる。村からはその木々の中へ一本道が通っている。

 新緑を過ぎて落ち着いた色合いになってきた緑の木々の中を歩いて行くと、突然崖のようなものが目の前に立ちはだかった。

 高い崖は、上を見ると微かに端が見えるだけだ。木々に邪魔されて、しっかりとは見えない。木々の終わりと崖の始まりには、大きな洞窟のような穴が開いていて、一本道はすぅっと飲み込まれるようにその中へ続いていた。

 老人が洞窟の入口に置いてあったランプを手に取る。懐からマッチを取り出して、ゆっくりとした動作で火をつけた。 

 ユラリ、と小さく炎が揺らめく。

「すごいっすね」

 小さな炎が照らしだした洞窟の入口でミヤが言う。その言葉が、洞窟に吸い込まれていく。中は、思いの外ヒンヤリとしている。

「ここは夏は涼しいし、冬は暖かい。食材の保存に適してる」

 ランプをかざして洞窟内に入りながら、老人がぶっきらぼうに話し始める。

「ここにあるものは、何でも使っていい。村人全員の分を作るのは大変だろう。五人分でいい。決まったら、俺にまた声をかけろ」

 それだけを言うと、老人はコウジにランプを預けて行ってしまった。

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