第二話 どこでも恋愛はこじれる可能性がある2
「なによぉーどおしてなのお?」
賑やかな店内の雑談に混ざって、酔っ払いのクダが聞こえてきた。
声の主は、トウカさん。俺たちを花のシャワーで歓迎してくれた、花屋のお姉さんだ。
昼間の花屋さんの姿からは想像もつかないが、なんと彼女、酒乱だった。週一くらいで一人で飲みに来ては、ヒーリングにお世話になっている。お世話になるとはどういうことか。潰れるまで飲んだ場合、あまりにタチの悪い精神状態であると判断したら、ヒーリングのケアによって、精神状態をある程度回復させておくのだ。
すげえシステムだ。
要するに、メンタル的に重症化しづらい状態を作る、ということらしい。記憶はあるが、そこまでメンタル的にヤられることはない、という状態が出来上がる。ただ、二日酔いに関しては一切関与しないので、トウカさんが来るのは、花屋の定休日の前日が一番多い。
タチがいい日も悪い日もあるが、大抵、飲み潰れて、次の日は二日酔いでうなっているらしい。コリればいいのにと思いつつ、そこが酒好きとか酒乱たる所以なのだろう。
俺は、ゴリゴリのアルハラをカマされて二日酔いになったことは何度かあるが、一人で飲むときには深酒はしなかった。そこまで飲む前に、頭痛がしてしまうのだ。要するに、酒が弱い。
ミヤは今年で二十一なので、酒はあんまり飲んだことがないそうだ。曰く、コーラの方が好きっす、とのことだが、残念ながらこの世界に、さすがにコーラはない。
そんなことより、トウカさんだ。どうやら今日は、タチのよくない酔い方っぽい。
こういうとき、軽々しく理由は尋ねない方がいい。いくら酔っ払いとはいえ、人のプライベートにズカズカと入り込むのはよくない。話し始めたら聞いたらいい。
水を差しだすタイミングを窺いつつ、空いた皿を下げたりしていると、カウンターに肘をついていたトウカさんが、突然、立ち上がった。
勢いよく倒れていく椅子。ちょうど真後ろを通っていて、椅子にぶち当たる俺。
「またフラれたぁ!」
「イテッ」
トウカさんと俺の声が重なる。椅子が倒れなくて何よりだけど……フラれたのか、トウカさん。しかも、また、ってことは、よくフラれるのか?
椅子をほどよい位置に戻しつつ、なんとなくカニ歩きでカウンターに並行に動いていると、椅子に座り直したトウカさんが、険しい顔で俺を見た。
「どうしてだと思う?!」
どうしてって………過程も何もすっ飛ばして、結論だけ聞かされて疑問を投げられても。
シドモドしている俺を見て、アスカさんが笑う。
「トウカちゃん、天下の野暮天に聞いても、どうしようもないわよ~」
うぐっ。
向き直って、グラスのお酒を飲み干し、今度はアスカさんに問いかける。
「じゃあ、アスカちゃんは、どうしてだと思う?」
視線も寄越さずに、おかわりちょうだい、と俺にグラスを差し出しつつ。
これ幸いと、グラスを受け取って新しい酒を用意しにいく俺を含み笑いで眺めつつ、アスカさんが答える。
「酒乱だからじゃないのぉー」
キッツ!!そのツッコミ、キッツ!!
「お酒、好きなんだもん」
ちょっとしょんぼりしてしまったトウカさんに、一言一言、噛み締めるように続ける。
「トウカちゃん、恋が終わるのに理由なんて、ないのよ」
おぉっ!!名言!!
と思ったが、酔っ払いには通用しないらしい。
「毎回フラれてるのに、そんなことある!?納得いかないー!!おかわりは!?まだなの?!」
「はいっ!!ただいま!!」
慌てて酒を持ってスッ飛んで行くと、それもまた、一気に飲む。
「もっと持って来て!!」
「うっす!!」
すぐ側で聞こえた声に振り向くと、両手に酒のグラスを持ったミヤが、待機していた。
「あらあら、さすがね~」
野太い声でコロコロと笑うアスカさんに、飲み続けるトウカさん。
あーあ。
というわけで、したたかに飲んで潰れたトウカさんは、ヒーリングにお世話になり、呼ばれてきた親父さんに背負われて、帰って行ったのだった。ちなみに、ヒーリングは常駐しているわけではなく、ヤバそうだったら来てもらうのだ。どうやって呼ぶかというと、夜、警備隊と見回りをしているヒーラーがいるのだ。巡回の途中に寄ってもらう。
ただ、俺たちの異能が分からなかったときは、営業時間中はいてもらっていたけど。
ヒーリングが効くなら、失恋の痛みも癒せればいいのにな。そうしたら、潰れるまで飲まなくてもいいし、苦しまなくていいのに。
店が終わった後の食事のときににそう言うと、チーズをつまみながらアスカさんがため息をついた。
「アンタ、ほんとにバカね」
「なんでですか。せっかく、この世界にはヒーリングがあるのに」
ミヤは、大きな肉にかぶりつきながら、俺を見つつ首を傾げている。
なんでミヤまで、首傾げてんの。
「バッカね」
もう一度アスカさんはそう言うと、パンを手にする。
「全部ヒーリングしちゃったら、意味なくなるんじゃないっすか?」
「ほらみなさい。六つも年下のミヤが分かってるのに」
意味なくなるって。だって、苦しまなくて済むのに。
よく分らない俺に、
「ちょっと、自分で考えなさいな」
ため息をついて、一呼吸置く。
「言っておくけどね、この世界のヒーリングだって、万能じゃないのよ。病みきっちゃって治療院から出られない人だって……」
そこまで言うと、ミヤをマジマジと見つめた。
「なんっすか?」
チーズ入りサラダをパンに豪快に挟みつつミヤが言うと、ハッとしたようにアスカさんが目をしばたたかせた。
「とにかく、この世界だって、万能じゃないの!」
そうして、この話はもうお終いよ、とカラになったグラスに、もう一杯、酒を注いだ。
その、翌々日。
一昨日の会話が頭から離れず、モヤモヤしつつ野菜を洗っていると、買い出しに行っていたミヤが、騒々しく帰ってきた。
「すっごいモノ、見ちゃったっす!」
「あらそ~」
鼻歌交じりに、軽やかに返事をするアスカさん。サツマイモとジャガイモ、二種類の芋を大量に茹でている。
芋は、イッちゃんさんの好物だ。皮付きで丸ごと茹でた方が美味しいのよね、とは、アスカさんの弁。
この居酒屋は、この世界にはない味付けや調理のオツマミがウリの店だ。手に入らない調味料はあるが、似たようなモノがあったりするので、自分で調合したり、工夫したり。
もちろん、煮たり茹でたり蒸したりはできるし、油もあるから、揚げ物もできる。ここでは、揚げ物はあるけれど、トンカツとかチキンカツとか、分厚い肉を揚げるという概念がなかったようで、カツも人気料理の一つだ。味付けでは、照り焼きやマヨネーズを使った料理も人気がある。
ただ、電気もガスもない。
薪や炭を使って調理をするので、火加減が難しい。まさか、縄文時代式の火付けかと最初、ビビっていたら、マッチがあった。
更に、火をすぐに熾せる能力を持っている種族もいるそうだ。そういえば、ツタが指パッチンで火を着けていたな。
ピザを焼くような薪釜や鍋とか使うカマドの掃除は大変だけれども、火はなんか、いい。見てると、すごく楽しい。それに、出てきた灰は、洗い物や掃除に使えるし。畑作りに使うと言って持っていく人もいるし。
カマドは火を使うし暑くなるので、カウンターと水回りとフロアは一緒の部屋で、カマド部屋は区切って、別の部屋になる。一応、カマド部屋からフロア方面は見えるようにはなっているので、そこまで神経質にフロアを確認する必要もない。
「花屋さんで、トウカさんが、メッチャ大きい花束もらってたっす!!」
「へぇ~」
鍋の前で、流れてくる大汗を手拭いで拭いつつ、今度はブツブツと独り言を言い始める。
「サラダでしょ、グラタンでしょ、コロッケでしょ、それから……」
ダメだアレ、大量に蒸したり茹でたりしてる芋をこの後、どんなメニューにするかしか頭にない。
「花屋に、デカい花束あげてたのか?」
「俺じゃないっすよー」
分かってるよ!
「愛してます!!って告白されてたっす」
マジか!!
「やったじゃん~!」
「そうっすか?」
なんでだよ!この間、フラれたってヤケ酒飲んでたんだから、トウカさん、今フリーだし、告白されたんなら、いいじゃんか。
「バッカねー」
一昨日のデジャブかと思いきや、いつの間にかカマド部屋から出てきていたアスカさんが、汗をふきつつ、背後に立っていた。
マッチョで体デカイのに、この人、気配も物音もなく動くんだよな、怖ぇ。どうやってんだろう、ほんとに。
ていうかさ。
「なんでバッカなんですか」
ミヤも、今一つの反応だし。
「だから、天下の野暮天って有名なのよ。この、朴念仁」
ザクリ。アスカさんの罵り方は古風だけど、その分、刺さり方が深い。
「どこで有名なんですか?」
ちょっとムキになって聞くと、
「アタシの中でよ」
だそうだ。
ガックリと肩を落とす。そりゃもう、超有名なんだろうな。
「はいはい、カツミ、肩落としてないで、マヨネーズ作って。ミヤ、お酒の準備して」
「うっす!」
「はい……」
って、今日はそれじゃ引き下がらないぞ。
「アスカさん、せめてヒントをください」
「やぁよぉ。自分で考えなさいって言ったでしょ。聞けば、何でも答えが返ってくると思っちゃダメよ~」
うぐ。
「ミヤ!」
「えっとっすねぇ」
そう言うと、ちょっとだけ考えて、首を傾げる。
「俺、コーラが好きっすけど、カツミさんはどうっすか?」
え?何の話し?
「好きだけど………ミヤほど好きじゃないかも」
「この世界には、美味しいジュースがいっぱいあるけど、やっぱ、コーラが一番好きっす」
え?どういうこと?
「そんな感じっす」
ますます分からない!!
更に混乱した俺を横目に、ミヤ上手いこと言うわね、とアスカさんが感心していた。
ぜんっぜん、分からない。