第二話 どこでも恋愛はこじれる可能性がある1
「恋って、いいわよねぇ」
ホウキを握りしめて、突然、アスカさんがため息をつきつつ言った。突然、何を言い出したのやら。
「それって、どういう……」
テーブルを拭きつつ、聞いてみる。ちなみに、ミヤは買い物リスト作成中だ。
「素敵じゃない?だって、毎日が輝くのよ」
「へぇー」
何を言っているのか、全然分からない。俺の情緒が足りないのか、アスカさんの表現がポエム過ぎるのか。
いつもならツッコミがとんで来る雑な相槌も気にせずに、ウットリとホウキを抱きしめて言っているアスカさんを眺める。抱きしめたホウキが、メキョッって音を立てた。
この店、俺たちが来る前はお掃除契約をしていたが、人手が増えたので、手作業で開店前と閉店後に掃除をしている。今は、みんなで開店前の準備中だ。
なんかウットリしてるし、しばらく放っておこう。
テーブル拭きが終わったので、グラス磨きにとりかかる。
するとバキッという音がして、不気味な笑い声が響いてきた。驚いて振り向くと、据わった目をしたアスカさんが、折れたホウキを抱きしめている。
「折れたっすよー!」
ミヤが出かける準備をしつつ言う。いや、そうじゃないだろ。
「でもねッ!でもッ!!結局、‘麦茶だと思って飲んだらドクダミ茶だった’とか言われて、フラれちゃうのよおおおおおおおお!!!」
どうしたの?!急に!!何の話?!っていうか、ドクダミ茶って、何?!お茶なの?飲んでもいいお茶なの?
「麦茶とドクダミ茶なんて、同じの色だけじゃないのよッ!飲む前に気づきなさいよおおおぉぉ!!」
ミヤが、用意していたかのように、もう一本ホウキを差し出す。
うわ、それ、予備のホウキ!!それ折っちゃったら。
バキッ!
すげえ。折れた一本持ったまんま、もう一本折った。さすがゴリゴリのマッチョ。
「行ってくるっす~」
機嫌よく扉を開けたミヤに、慌てて声をかける。
「ホウキも買ってきて!!」
「うっす!」
カランコロンと閉まるドア。残されたのは、折れたホウキ二本を抱きしめるアスカさんと俺。
アスカさんはまだ何かを回想しているらしく、筋肉が盛り上がっている。ヤバい。対応間違えるとホウキ飛んでくる。
とりあえず拭いていたグラスをカウンターに置き、恐る恐る近づく。気分は武器を持った暴漢を諭す警察官だ。ちなみに、説得に失敗したら、勝ち目はない。
「まあまあ、アスカさん、とりあえず落ち着いて。ホウキ、置きましょう?」
声をかけた瞬間に、ギロッと睨まれる。
「カツミ。アンタ、モテないでしょ!」
グサリ。
斜めになった俺を見て少し気が済んだのか、あらー最近のホウキって弱いわねーとか言いつつ、ホウキを片付ける。
弱くないでしょ、アナタがマッチョなの!
「なんで分かったんですか」
「野暮だもの」
ケロリと言いつつ、昼ご飯の準備を始める。
グサリ。さっきのグサリの上に、もう一つ刺さる。
「アンタ、彼女はいたけど、よく分んないうちにフラれたこと、何回かあるんじゃないの」
「見てたんですか?!」
「見てなくても分かるわよ」
わざとらしく、オホホと笑う。
「俺だって、一応、好きな子と結婚して、子ども作って、家庭を築きたいって願望はありましたよ」
せめてもの抵抗に、呟く。
そうだよ、俺だって、平凡だけど幸せな家庭を夢見てたこともあったんだ。それがブラック企業に入社するわ、異世界に来るわで。
「甘いわねぇ~。そんなこと言ってるから、モテないのよ。そもそも、好きな子はいたわけ?」
グサリ。
「いなかったです……」
俺の返答に、やっぱりねとばかりに頷く。
「いい?!昨日、永遠の愛を誓った二人が、今日、見る人が目を覆うほどの、ドロドロの修羅場を繰り広げることがある、それが恋愛ってもんよ!!」
こっわ!!
「ドラマとかじゃなくて?!」
「まあ、夢見たっていいんじゃない?この世界でだって、恋愛はできるわよ」
あ、そうか。そうなんだよな。
「まあ、モテるかどうかは置いといてね」
ザクリ。
「一言、多いですよ」
せっかく前向きになれたのに。一瞬だけど。
まあ俺、異能がどうにかならないと、恋愛なんて無理だろうなぁ。今だって、夢でうなされて起きることがある。一人部屋だから分んないけど、ああいうときって、異能が発動してるんだろうな。
てか、俺は自分のせいだけど、ミヤは俺のせいで自由にできないんだよなぁ。折れたホウキをぼんやりと眺めつつ、気分が落ち込んでくる。
「まあね、世の中には物好きがいるから、アンタもチャンスあるかもよ」
鼻歌交じりに肉をひっくり返したアスカさんを見て、我に返る。
あ、俺が落ち込んでどうするんだ。気を使わせてどうする。
「そういえば、この世界にも、ドラマとか映画並みのドロドロ恋愛って、あるんですか?」
あくまで俺が会ったことある人だけだけど、この世界の住人は、カラッとしていて、性質が良く、陰湿さのカケラも見たことはない。
「どうだと思う~?」
ニタリと笑いながらアスカさんがからかうようにこっちを見た瞬間、ミヤが帰ってきた。
「ただいまっす~」
「ミヤー!」
よく帰って来てくれた!!
ニタリと笑ったアスカさんは絶妙に恐ろしく、話を聞きたいような、聞きたくないような。いや、聞きたくない!!特に、一人では絶対に。
「肉屋のおじさん、メッチャおまけしてくれたっすよ」
「あらじゃあ、今日のオススメは肉料理ね~。何にしようかしら。さ、まずはお昼ご飯にしましょ」
お皿の上には、美味しそうな分厚い肉が、こんがりと焼けてのっていた。
役所で俺とミヤが職業登録をしてから更に三週間経った。
厚生施設とのやり取りはしているらしいが、対象者は厳重に監視されていて、役所との往復にも手間と時間がかかるらしく、具体的な連絡は、まだない。
というわけで、俺たちは相も変わらずアスカさんのとこで世話になっていた。ちなみに、まだ、プレゼントは買えていない。バイトとしての収入じゃなく、やっぱり、自分の力で稼いだお金でプレゼントしたいと思って。
今日も今日とて、ほどよく混んだ店内は賑やかで楽しい。仕事が終わった人たち(種族はいろいろあるけど、いろいろあり過ぎるので、便宜上、人という表現で勘弁してもらう)や旅人がやってきては、お酒を飲み、ツマミを食べながら、談笑している。
アルハラなんて、見たこともない。
お酒は、常温から冷えている物まで、様々だ。冷やしているのは、大きな保冷庫……クーラーボックスを横倒しにして、業務用冷蔵庫にしたみたいな物に、大きな氷を入れてある。氷を入れる段はいくつかあって、そこは少し、奥に向かって斜めになっている。溶けた氷はそこを通って、保冷庫の横にある樽に流れ込むようになっている。そして、大きな氷は、氷屋に頼むのだ。中の氷は、すぐに溶けはしないので、氷屋が様子を見て、具合い良く調整してくれる。
肉、野菜、魚、チーズなどの他、酒も入れてあるが、お酒に関しては、開店前にカウンターの隅にある、大きな流しの中に水を張って、そこに砕いた氷を入れ、瓶入りの酒を入れて冷やす。砕く氷は、保冷庫で溶け残った大きな氷の残りだ。
気持ちよくキンキンに冷えたお酒は、グラスに注ぐと表面に結露が付き、ほんとうに美味そうだ。
水は、大きな樽に入った物を、毎日、運んでもらっている。町中を水路が流れているので、水場なんかも多いけど、店で使うのは大量なので、そうしているのだ。
この世界の水量は豊かで、水に困ったことはないという。ここら辺は草原や林が多いけど、山だって海だってあるらしい。
ここはいわゆる、内陸だ。
海の物も入っては来るが、食材としては、肉や川魚、乳製品、麦や米っぽい農作物、果物なんかの方が主だ。
でもこれが、メッチャクチャ美味い。コンビニのおにぎりと栄養ドリンクで生きてきた俺にとっては、涙が出るほどだ。
涙が出ると言えば、先日の激辛クッキー。あの後、見事にイッちゃんさんが逃げ切り、彼を応援していた俺たちに矛先が向いた。
筋肉ムキムキの男が出るアニメの音楽がバックに流れてそうな迫力で、俺たちににじり寄ってきたアスカさんは、満面の笑みで言った。
「食べるわよね?」
「うっす!」
嘘だろ、ミヤ!!反射で答えてないか?いやでも、味見してみたいっすねぇって言ってたわ、そういえば。
差し出された一枚を勢いよく受け取り、そのまま齧ったミヤは、一口食べた瞬間に盛大にむせた。顔を真っ赤にして涙を流し、むせ続けるミヤの横で、すまないとは思いつつ、逃げ腰になる俺。
するとすかさずアスカさんが俺を抱え込んだ。
「はい、あーん」
あーんってもう、口に入れ……!!
「ゲッ」
口から声にならない声がもれる。辛いなんてもんじゃない!!しかもこれ、クッキーじゃない。
「お煎餅よ。さすがにあの短時間でクッキーは無理」
人に食べさせたことで溜飲が下がったのか、アスカさんが紙袋の口を閉めつつ言う。
ゼエゼエ言いつつ呼吸を整えて、やっとの思いで聞く。
「そ……の………残り、どうす………。」
「使うわよ、もったいないもの」
マジか!!殺人煎餅だろ!!
「今まで食べた中で……一番、カラかったっす……しばらく、カラい物は、いいっす」
息も絶え絶えに、殺人煎餅の感想を言うミヤ。
ほんとだよ!!観光地で食べた唐辛子煎餅よりも、ずっと辛かったよ!!
涙目の俺たちには目もくれず店に帰ったアスカさんは、宣言通り、砕いてトッピングに使ったりして、ほんとうに殺人煎餅を使い切っていた。
ちなみに、イッちゃんさんが頼んだオツマミにも、‘愛情料理よぉ~’とか言いつつ混入させ、むせさせていた。
アッパレ。