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なんでもアリの異世界エトセトラ  作者: 大福満代
第一章
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第十話 旅立ちは突然に訪れる 3

カランコロン。

「いらっしゃいませ~」


 あれから、あっという間に十日が経った。町の各所には警備隊が常に交代制で立ち、門も閉まったまま。町の中はなんともいえない閉塞感が漂っていた。

 役所の人たちは忙しく立ち回っているらしく、あれから音沙汰もない。イチカが帰ってきたというのに、俺たちはキャンプにも行けず、ただただ毎日を過ごしていた。

 それにしても、城門の出入りが自由にできないっていうだけでも、不思議と窮屈さと閉塞感があるもんなんだな。基本的には店にいる俺たちでもそうなんだから、自由にいつも出入りしていた人や旅人なんかは、ストレスたまって仕方ないんじゃないか。

 そう思っていると、やはり、町中ではちょっとしたもめ事が増えているらしかった。警備隊は喧嘩の仲裁にも駆り出されている。店でも、飲んで暴れ始めたり、喧嘩を始めてしまったりして、アスカさんにツマミ出された人が数人いたくらいだ。

 事件から十日も経ってくると、最初は恐怖を感じていた気持ち薄らいで、誰しもが、いつ、この窮屈な毎日から解放されるのかと思い始めている。

 そんな中、町の人々にとっては、旅芸人のパフォーマンスがちょっとした息抜きになっていた。街角や大通り、広場なんかで、ちょくちょく、パフォーマンスをしてくれるのだ。旅芸人には災難だったけど、町の人たちにとっては、それはちょっとした救いだった。

 が、露店の商人たちは、そろそろ品切れになると、頭を抱えている。確かに、仕入れをしなければ、商品は枯渇してしまうだろう。

 ささやかな出会いもあった。イチカとカナタだ。イチカの姿を見たカナタは、最初はさすがにビックリした顔をしたものの、その人柄にすぐに親しんで、話をしていた。

 

 犯人は、まだ見つかっていない。情報もなく、何も足取りがつかめない状態だ。


 そんなこんなで過ごしていたその日の、口開けのお客さんは、なんと、ジンだった。

「一人?」

「そうなんだ。ちょっと、飲みたくてね」

 珍しいこともある。ジンはケバブに一途に愛を注いでいるので、基本的にはケバブ屋の閉店後も、ケバブの仕込みや試作品を作っていることが多い。それに、一人で飲み歩くことも、ほとんどないはずだ。しかも、こんな早い時間から。

「カウンター、どうぞっす」

 気を使ったのか、ミヤがカウンターの一番奥の席にジンを誘導する。

「あら、いらっしゃい~」

 カマド部屋からヒョイッと顔を出したアスカさんに会釈をして、ジンがカウンターに座る。

「果実の蒸留酒をロックで。おつまみは、おススメで」

「うっす。お腹は空いてるっすか?」

「いや。そんなに空いてないかな」

「じゃあ、軽めのものを用意するっすね」

「うん」

「うっす」

 短く注文をすると、ジンはちょっとだけ微笑んで視線をカウンターに落とした。

 いつも、そんなに口数が多いわけではないけれど、なんだかちょっと様子が変だ。声をかけてみるべきか、どうか。でも、自分から言うわけでもないのに聞くのもな。もしかしたら、例の件で精神的にまいっているのかもしれないし。

 自分を襲ってケガをさせた人間の変わり果てた姿の発見者になってしまうなんて、人生で経験しなくてもいいことだし、実際、そんなことを経験する人など、稀だろう。しかも、相手は登録証さえもなかった異世界人だ。面識もなかっただろう。自分がどうして襲われたのかも、闇の中だ。夢見も悪ければ、目覚めも悪いだろう 

 とりあえず、そっとしておこうか。

 そう決めた途端、カラコロンと扉を開けて、数人のお客さんが入ってきた。

「いらっしゃいませ~」

「今日も来ちゃったぜ。やることなくってなぁ」

 ミヤがジンに酒とオツマミを持っていくのを横目で見つつ、軽口を叩きながら次々と入ってくるお客さんの対応に向かった。


「ありがとうございましたっす~!!」

 ミヤが元気にお客さんを見送る。

 ジンの来店の後、急に混んだお店はてんやわんやの騒ぎだった。みんな、この毎日に少しでも気分転換がしたいらしい。日に日に、忙しくなっていくような気がする。今日はとうとう、後半戦の終わりにオツマミが切れた。ということは、明日の朝食はパンのみだ。いいけど。パン、好きだし。

 明日の仕入れ、どうなるかなぁ。

 実は、町の流通はそれほど困ってはいなかった。門が閉ざされて町に閉じ込められている状況が続いている中で、食料がなくなったり、ある程度の日常が送れなかったりすれば、たまった鬱憤が爆発して、暴動が起きかねない。

 それが分かっている役所は、物流の流れを止めないように、いち早く体制を整えた。品物自体は城門の門番のところでチェックはされるのだが、そこでやり取りができるのだ。人の出入りは手間がかかるが、荷物はチェックをして問題がなければ、町中に入れられる。

 城門の辺りで様々な取引ができるように、出張の両替所も仮設だけれどあって、三日に一回休みのはずのイチカは、休みが減って大忙しのようだ。

 でもやっぱり、今まで通りの物流ではない。旅人や商人が自由に出入りできないので、多少の不便はある。まあでも、この状況では文句も言ってられない。ある程度ではあっても、日常が送れるだけいい。

 明日は多分、仕込みや開店準備できっと、大忙しになるな。でもまあ、今は片付け、片付け。

 テーブルやカウンターには、洗い物がたくさん置かれている。片付けて、掃除をして、できるだけの明日の段取りをつけて、それで一日が終わる。

 よし、と気合を入れ直して皿やグラスを下げ始める。この店で雇ってもらってから、もう少しで一年だ。少しずつ慣れてきているし、ミヤとの呼吸も合うようになってきた。俺が下げて、ミヤが洗う。洗った食器を片付けて、また下げて。洗い上がるのを待っている間にアスカさんがいるカマド部屋の片付けを手伝う。

 黙々とやっていると、そのうち終わりが見えてくる。テーブルもカウンターもキレイになり、カマド部屋の掃除もあと少し、というところまできて、カウンターの隅で静かに飲んでいたジンが声をかけてきた。

「長々といてしまったな。邪魔じゃない?」

「全然、邪魔じゃないよ。おかわりは?」

「うん。じゃあ、お茶を」

「わかった」

 カマド部屋でお湯を沸かし、お茶を淹れる。

 お茶を持っていくと、ミヤがカラになった皿を下げているところだった。

「ありがとう」

 穏やかにジンが笑う。開店と同時に訪れたジンは、賑やかになっていく店内で一人、ずっと静かに飲んでいた。たまに追加のお酒を頼むくらいで、何かを考え込んでいる様子だった。

 お茶をゆっくり飲み、しばらくしてから、何かを決めたかのように、話しかけてきた。

「カツミ君。ミヤ君。聞いてもらいたい話があるんだ。できれば、アスカさんも」

 アスカさんも?

 ジンがそんなことを言うなんて、珍しい。なんとなく思いつめたような雰囲気が漂う様子を見て、ミヤと二人で頷いた後にアスカさんを呼ぶ。

「は~い。どうしたの?」

 アスカさんが疲れの、つ、の字も見せずに現れる。汗はかいているものの、まったく疲れが見えない。すごいよな、アスカさん。

「実は、この間のお祭りのときから、ずっと考えていたんだけど」

 なんだ?例の件か?だとしたら、なんて言葉をかければいいんだろう。

 ちょっと身構えつつ話を聞く。

「ケバブ修行に出ようと思っているんだ」

 なんて?!

「ケバブ修行?」

 アスカさんが聞き返したのを聞いて、自分が聞き間違えたんじゃないことが分かる。ケバブ修行、確かにそう言ったよな、ジン。

「そう。思えば、アスカさんから香辛料やマヨネーズのことを教えてもらったときから、頭のどこかにあった気がするんだ」

「そうなの?」

「うん。シンプルなケバブは美味しいけれど、いろんなアレンジができる食べ物でもある。でも、俺はまだまだ、知らない調味料や料理がたくさんある。この町のことしか、知らないからね」

 なるほど。

「お祭りでケバブロールを食べて思ったんだ。世界は広い。バリスに融通してもらっている香辛料だって、南のものだ。俺は、その香辛料を知らなかった」

 そこで一度、言葉を切ってお茶で喉を潤す。

「ケバブにはまだまだ可能性がある。それを知るためにも、俺がいろんなものを見て、食べて、触れて、知っていくのが必要なんじゃないかって」

「確かに、百聞は一見に如かずっていうものね」

「?」

「いっぱいただ話を聞くより、実物を一回見た方が分かりやすい、みたいな意味よ」

「ああ、そんな言葉があるんだね。そう、そんな気持ちなんだ。オカシイかな?」

「全然、おかしくないわよ。いいじゃないの、そういうの。やりたいことやった方がいいわ。ケバブ修行。ジンちゃんらしくて、アタシはとってもいいと思う。きっと、世界がもっと広がるわ」

「俺も、いいと思うっす!ちょっと寂しいっすけど、でも、帰ってきたジンさんの、パワーアップしたケバブを食べるの、楽しみに待ってるっす!!」

「うん。俺もいいと思う」

 ジン、すごいな。ケバブを愛するあまり、修行にまで。あ、でも。

「お店はどうするんだ?」

「父さんとティルに任せるよ。俺がいなくなっても、今の味を出せるように、特訓する」

 ジンのケバブ特訓。すごそう。想像だけで腰が引けてくる。オヤジさんとティル、大丈夫かな。

「修行は、どうやってするつもりなの?」

「それなんだけど、今、幸か不幸か町が閉ざされていて、旅芸人の一座も、この町にとどまっているだろう?」

「そうだな」

 大変だろうな、一座。次の予定もあっただろうに。

「そこの露店に、雇ってもらえないか聞こうと思っている。下働きでも、屋台で調理をするのでもいい。なんでもいいんだ」

「なるほどねぇ。いい考えかも。商人だと商人としての修行になっちゃうから、食べ物修行ってわけにいかないけど、露店なら、食べ物なんかも仕入れて売ったりするし、調理した物を売ったりもするし、珍しい品物にも出くわすだろうしね」

「うん。早速、明日にでも一座に行ってみようと思っている」

 あ、そうか。それなら。

「俺たち、旅芸人のパフォーマーの方だけど、知り合いがいるよ。異世界人なんだ。その人に仲介してもらえないか、聞いてみようか?」

「カツミ!いいこと思いついたわねぇ」

「そうっす!!いいアイディアっす!!」

「迷惑じゃないかい?」

「大丈夫だと思う。気持ちのいい人だし」

「聞くだけタダだわ、くらいで聞いたらいいわよ」

「そうですよね。ジン、聞くだけは聞いてみるよ」

「じゃあ、一緒に行ってもいいかい?紹介する本人がいた方が、話が早いだろう?俺はケバブを用意していくよ」

「うん。あ、でも、明日は店が営業だから、時間がちょっと読めないかも」

「いいわよ。好きな時間に行ってらっしゃい」

「え、でも」

 今日の感じだと、明日も忙しいはず。俺が動くということは、ミヤも動くということで、二人いなくなっちゃうけど。

「ドーンと任せておきなさいよっ!!ジンちゃんの新しい門出のためじゃないのっ」

 分厚い胸板を叩いて、アスカさんがウィンクする。ほんと、この人、男前だよなぁ。

「ありがとう」

 ジンが嬉しそうに言う。

「いいのよ~」

「ミヤ。というわけで、明日、天幕まで行こう」

「うっす!!」

「ジン、午前中のうちに行こう。大丈夫か?」

「大丈夫。ケバブを準備したら、ここに来るよ」

「分かった」

「さ、話は決まったわね。新しいジンちゃんの門出が上手くいくことを願って、乾杯しましょっ!!」

「おおー!!」

「アスカさん、ありがとう」

 乾杯はいいけど、その前にジンに一つだけ釘を刺さなければ。

「ジン。あまり大量にケバブを持って来るなよ。ほどほどでな」

「ほどほど?」

「……ちなみにジンは、どれくらいの量を考えてる?」

「五十個くらいかな。旅芸人は大所帯だし」

 やっぱり。

「大所帯だろうけど、とりあえず明日はその半分にしておこう」

「足りないんじゃないか?五十でも少ないだろうと思うけど」

「味見くらいの方がいいよ。半分で。心配なら、オヤジさんとティルにも確認してみるといい」

「わかった」

 ケバブの量を調整している間に、ミヤが全員分のお酒を準備して戻ってきた。

「ジンちゃんの門出に!!」

 乾杯、とみんなの声が揃って、忙しかった一日は終わりを告げた。

 例の件は、思い出させるのもどうかと思うから、ジンに聞くのは絶対にやめよう、とその日、強く思ったのだった。

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