第十話 旅立ちは突然に訪れる 1
「この門って、こんなだったのね……」
すっかり昇った太陽に照らされて、アスカさんが呟く。みんな、口を開くこともなく、ただただ、静かに頷く。
大きな事件などほとんど起きないこの世界で、大事件が起きた。
あの後、ミヤが呼んできた警備隊は、魔族と人間とごちゃ混ぜで、十人ほどで駆けつけてきた。そして、四方にある城門は、全て、閉ざされたのだ。今現在の状態で現場検証と事情聴取が終わるまでは、警備隊や止むを得ない事情がある人以外は、門の外に出ることは許されないという。もちろん、町に出入りする者は、きっちりと登録証に記され、出入りに日時と用件を記される。身体検査も行われるそうだ。普段とは比べ物にならないくらいの、厳戒態勢が敷かれることになった。
アスカさんがこちらに来て約十年、こんなことは今まで一度たりともなかったし、ジンたちも記憶にないという。
アスカさんが一度だけ見た焼き討ちの時も、こんな雰囲気にはならなかったという。焼き討ちは脈々と受け継がれているもので、行われるときは段取りがもう決まっているのだそうだ。‘領主だけが、それを知らない’という状況さえあれば、焼き討ちは何も問題なく進むのだ。だから、城門が閉ざされることは、なかった。
門の辺りで腰を抜かしていた男女四人は、念の為治療院に運ばれた。ひどく酒臭かったけど、あの様子だと酔いもすっかり醒めただろう。俺たち七人は、事情聴取の為にその場に残るように言われ、役所関係の仕事をしているイールは役所へと。そして、大きな布でくるまれた遺体は、警備隊の本部へ運ばれていった。今から、様々なことを調べるという。
祭りの余韻も全て吹っ飛び、町の中は厳しい顔をした警備隊や役所の人間が忙しく行き交っている。旅芸人の天幕付近にも、警備隊は幾人かで訪れていた。旅芸人だから例外ということはなく、調査が入るようだった。
この大きな町の本来の住人、旅芸人や商人、旅人、この祭りの為に集まってきた周辺の村の人たち。数え上げればきりがないほど、祭りで膨れ上がった人口の中、一体、どれくらいの時間が経ったら厳戒態勢は終わるのか。
真っ先に調べられている役人。そして、調べを終えた役人は、通常業務を必要最低限以外中止して、この件にあたるという。
とりあえず俺たちは、現場に来た警備隊に事情を聴かれ、それぞれの住居を伝え、そして、確認のため登録証も調べられた。
店は開けていいという。普段通り生活していてもいいのだが、ただ、警備隊や役人への協力を最優先にして欲しい、ということだった。
こんなこと、今までほとんどなかったから、役所も大わらわのようだが、指揮は領主自らが執っているという。
遺体の処理、城門の閉門、腰を抜かした男女の搬送、その他諸々が一通り終わるまで、俺たちはとりあえず、城門の側にみんなで寄せ集まって立っていた。その間に、バタバタバタと役所もできることから手をつけつつ、段取りを組んでいったようだった。
でも、俺たちが聞いたのはそこまで。後は、慌ただしく去っていった警備隊を見送って、ただただ、話す言葉もなく佇んでいた。
もう帰っていいはずなのに、誰も動こうとしないその場所で、昨日の浮き立つような騒ぎが嘘のように、雑然としたざわめきが聞こえ始めてきたとき、バサバサバサと音がして、たくさんの鳥が飛んで行った。
「鳥……?こんなに?」
「郵便よ。関係各所とか、すぐに連絡を取れない村とか、領地内のいろんな場所へ送ったのね」
あ、そうか。電話とかインターネットとか、ないんだもんな。鳥を使った連絡手段もあるよな。
「そうなんですね」
「そうね。さ、アタシたちも、帰って寝ましょ。こうしていても、仕方ないわ」
アスカさんがその場の空気を吹っ切るように言って、みんなを見た。
「とりあえず、体力回復が第一よ。帰りましょ」
その言葉にパラパラと力なく頷き、手を振って、俺たちは帰路についた。徹夜のせいか、酒がまだ残っているのか、体がやけに重たく感じた。
そしてそんなことがあった日の午後。定休日の‘天晴れ’に、来訪者と共にもたらされたのは、とんでもない話だった。その場にいる全員で、難しい顔をして黙り込む。沈黙は重たく、口を開くには事が大き過ぎた。とんでもないことが分かったのだ。
重たい体を引きずって店まで戻り、とりあえず眠って昼過ぎに起きてきた俺たちは、身支度を整えてちょっと遅い昼ご飯を食べ始めた。いつもは賑やかな食卓が、今日は無言で、カチャリカチャリと食器の音だけがやたらと響く。カウンターの上に置かれたお面が、祭りの楽しかった余韻を残して転がっている。
カランコロン。
静かすぎる食事が終ろうとしていたとき、扉が開いて人が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
反射的に口から出てしまったものの、今は営業中じゃないし、休みだった。
焦る俺を見てちょっとだけ笑ったアスカさんとミヤ。視線を扉の方に向けると、先頭にいたのはバリスだった。
「みなさん、申し訳ありません。こんな日に急に押しかけてしまいまして」
申し訳なさそうに言ったバリスの後ろから‘すまんな’と顔を出したのは、ツタだ。なんだ?一体?今日は役所の人たちは、忙しいんじゃないのか?俺たちの事情聴取は終わったよな?
そして、もう一人、デカい人物が、二人の後ろに立っていた。長身と分厚い胸板をガッシリした鎧で包んで、腰には大ぶりの剣を下げている。アスカさんよりもデカくて胸板の厚い、見覚えのないその人は、テーブルを見て口を開いた。
「申し訳ない。食事中だったか」
「もう、終わるところだったから。いいわ。どうしたのかしら?」
店主であるアスカさんが立ち上がる。俺とミヤでテーブルの上を片付け始めると、‘こっちにどうぞ’とアスカさんが別のテーブルに三人を誘導した。
とりあえず食器を下げて、ミヤと二人でカウンターからテーブルを窺う。鎧の人が、俺たちを見てしっかりとした動作でお辞儀をした。
「私はアルスナーという。この町の警備隊の隊長をしている。朝、迅速に通報してくれたことに、まずは礼を言う。ありがとう」
無言のまま頷いた俺たちを見て、アルスナーと名乗った男が話を続ける。
「朝の今で、押しかけてきてすまない。確認したいことがあって訪ねてきた。申し訳ないが、話を聞いて欲しい」
ため息をついたアスカさんが頷いて、どうぞ、と椅子を勧める。目線での合図を受けて、二人でお茶の準備をする。その間に、三人が席についた。誰も口を開かない。
お茶を出すと、アルスナーがお礼を言う。
「ありがとう。すまないが、店主だけではなくて、君たち二人も聞いてくれないか?」
「?はい」
頷いたミヤと一緒に、テーブルに一番近いカウンターの椅子に並んで座る。
そうしてアルスナーが話しだした内容は、思いもよらないことだった。
まず、遺体の検死が行われたことが伝えられた。検死によって分かったことが、いくつか。
一つ、遺体は最近の遺体ではなかったこと。どうやら、冬に殺されていて、雪の中で氷漬けにされていたらしい。雪解けによって溶けて出てきた遺体を運んだのか、それとも、氷漬けの状態だったのを、運んだのか。どちらにせよ、誰かが昨日、城門の前に運んだらしい。
二つ目、遺体と一緒に凶器があった。血液が付着していたそれは、検査の結果、ジンの血液だと判明した。ジンの血液のデータは、襲われたときに治療院でヒーリングを受けた際、治療院と警備隊で情報を共有していたらしい。犯人捜索の必要があったから。恐らく、ジンを襲った犯人だろう、ということ。
三つ目、凶器は、体の一部だった。つまり、体の一部、腕が変形して、刃となっていたのだ。要するに、異世界の人間だったということ。
四つ目、その異世界の人間は、登録されていなかった。登録証も持っていなかったし、役所の記録にも一切、記載がなかったという。
つまり。
‘登録されていなかった異世界人が事件を起こして、殺されて、祭りの日に城門の前に打ち捨てられていた’
「ということだ」
しばらくどころか、ずいぶん長い沈黙が続いた後に、アルスナーが口を開いた。
「そうなのね。それで?」
アスカさんに頷いて、アルスナーが全員を見回す。
「ひとまず、今、分かっていることは、それだけだ。ケバブ屋の子息には、この店の後に伝えに行こうと思っている」
なかなか、伝え方が難しい話、だ、よな。うん。
「そして、こうしてバリスとツタに来てもらったのは、見回りと登録のことについて、念の為に確認したかったことと、もう一つ、聞きたいことがあったからだ」
「確認?」
アスカさんが目を細めて言う。
「そうだ。ツタが言うには、役所の見回りで見つけた異世界人は、必ずこの店に連れてきているということだが」
アルスナーの言葉に、ツタが頷く。そうだよな。俺たちも、ツタにこの店に連れてきてもらってるし。
「そうね。アタシも、きちんと登録の窓口として、仕事してるわよ」
そうだな、と大きく頷いて、話が続く。
「単刀直入に言う。手違いで役所に登録されていなかったり、民間人が連れて来たりして直接来た場合、役所に届けていなかった、という異世界人はいないか?」
「いないわよ」
アルスナーの言葉に、アスカさんが簡潔にキッパリと言う。
「来た人にはきちんと登録証を渡して登録の手続きをしているわ。よしんば、一般の人が連れてきたとしても、アタシがきちんと手続きをしているし。そもそも、異世界人は見つけたら役所に連絡するっていうのは、この世界の人は知っていることでしょう」
しっかりとアルスナーの目を見つめて言いきったアスカさんに頷き、俺たちを見る。
「君たちも、心当たりはないか?」
「ないです」
俺の言葉に、ミヤも黙って頷く。
俺たちが会ったことがあるのは、俺たちよりも前にこの世界に来ていた人ばかりだ。それに加えて、俺たち二人は役所に行動制限も設けられている。単独で動くことは、絶対にない。
「そうか。疑うようなことを言って申し訳ない。事情が事情だけに、この町の異世界人をまずは確認して回っていてな。先日、事件を起こした女性については、離れたところにいるので現在確認中だが、旅芸人の中にいた異世界人については、副隊長が行っている」
「お仕事、大変ね」
アスカさんがポツリと言った言葉に、アルスナーが苦笑いした。
「申し訳ありませんが、もう一つ、確認したいことがありまして」
今度はバリスが口を開いた。なんだろう?確かに、見回りの仕事じゃない、職業関係担当のバリスがこの場にいるのは、ちょっと違和感がある。警備隊でもないしな。
「イチカさんが、予定を過ぎても戻って来ていないようなのです。みなさんとも親しいですし、何か連絡は受け取っていないでしょうか?」
「イチカが?」
「はい。イチカさんは、冬の療養が終わって、本来であれば三日くらい前にこの町に到着している予定だったらしいのです。今回のことで換金所に行ってみたところ、まだ戻ってきていないようだと」
「俺は聞いてない。ミヤは?」
「俺もっす」
心配そうな顔をしながら、ミヤが顔をブンブンと左右に振る。
「アタシもよ。何も聞いてないわ」
「そうですか」
軽く頷いたバリスが、視線を落とした。
バリスが同行していた理由は分かったものの、今度はイチカが戻らないということで不安が湧き上がってくる。まさか、事件に巻き込まれたんじゃないかという考えを、頭を振って追い払う。きっと、大丈夫だ。もしかしたら、帰り際に例の秘密基地をキレイに手入れしているのかもしれないし。
隣を見ると、ミヤも不安そうな顔を隠しきれない様子でソワソワしている。許可さえ出れば、今すぐ探しに行きそうだ。
「探しますか」
ツタがアルスナーに短く問う。
チラリと視線を向けたアルスナーが頷くと、ツタが立ち上がり、俺たちに視線で挨拶をして店の扉へ向かった。




