第九話 春は雪解け水とともに 3
「で、なんでこんな?」
年に一度の大きな祭りとあって、いつもよりもずっと賑やかな町の中で、不思議なお面を頭に被せられ、城の中心部近くの湖畔に佇んだ俺は、隣にいるアスカさんに聞いてみた。
「なんでって、今日はお祭りだからよ。見てみたいでしょ、初めてのこの世界の大きいお祭り」
「そりゃ見てみたいですよ。っていうか、この場所取り、どうやってしたんですか」
「うふふっ。ヒ・ミ・ツッ」
楽しそうにお酒を飲みつつ笑うアスカさんの後ろから、ミヤが身を乗り出す。微妙に疑問からズラされた返答に、そのまま会話が転がっていく。
「お祈り、楽しみっすね~!!」
「ミヤ。お前、今、すごいことになってるぞ」
そう。ミヤは俺と色違いのお面をかぶり、首にはきらびやかな布を巻き、キラキラした腕輪を両手にはめている。縁日ではしゃぎ過ぎた子どもがわけの分からない格好になっているみたいな。ちなみに、露店で買ったなにか不思議な食べ物を両手に持っている。
「いいじゃないっすか!!」
「うん。年に一回の大きいお祭りだし、いいと思うよ」
上機嫌のミヤのフォローをイッちゃんさんがしたところで、ミヤの隣にいるエンが口を開いた。
「ミヤくん、弟が小さい頃を思い出すわ」
子どもじゃんか!!
「楽しいっす!!」
屈託のないミヤに、エンが楽しそうに笑う。
「ちょっと、お兄ちゃん、ブツブツ言うのやめてよ!!」
俺を挟んでアスカさんとの反対側では、ケバブ兄妹がなにやらもめている。ジンが先ほど露店で買った、薄切り肉をクレープ状の生地に巻いた物を食べているのだが、首を傾げたりじっくりと観察したり、なにやら呟いたりしているらしい。
「横でブツブツ言ってて、不気味なのよ!」
「まぁまぁ、ティル。ジンは仕事熱心だから」
「カツミ、じゃあ、場所代わってよ!!」
「いいよ」
「ほんと、不気味だから!」
ティルの言葉に苦笑いしつつ、場所を代わる。肉巻きのクレープを食べつつ、人混みの熱された歓声の間からボソリボソリと聞こえてくるジンの呟きは、ちょっと変わってるかもしれないけど、それはそれで笑ってしまう。祭りより仕事のことって、ジンらしい。
そう。今日はいよいよ、春のお祭りの日だ。夕暮れ時にお祈りが始まるのに合わせて、役所の前の湖畔にみんなでやってきた。
メンツは、天晴れの三人、イッちゃんさん、ケバブ兄妹、エンの七人だ。役所組のバリスとツタ、マミルとイールは、今回は仕事で来られなかった。同じく、トウカさんも。祭りの夜は花がよく売れるのだそうだ。なんでだろう?アスカさんに聞いてみると、‘だから野暮天なのよ’という返事だけが飛んできた。なぜ花が売れるのか?それは謎のままだ。
俺たち天晴れの三人だけではなく、なぜか大勢になっているのは、アスカさんとミヤのはからいらしい。俺に、正しい余暇を体験させてくれるのだそうだ。
それはいいんだが、どうして俺がこんな不思議な面をかぶせられているのか。アレヨアレヨという間に連れ出され、アレヨアレヨという間に露店を堪能してしまった。
ま、それはともかく。役所の湖畔は既に人々でひしめき合って賑わっており、ギュウギュウの状態だ。ここに来るまでに、露店をまわって、買い食いしたり、物珍しい道具なんかも見てきた。その中でも、途中で見た、やたらきらびやかな装飾がされた、不思議な箱が気になって仕方なかった。一体なんだろう。気になる。外見は、モロッコの市場に売ってそうな装飾の箱。商人が、‘中に入っている物は、お楽しみだよ’って言うから、余計気になる!まあ、祭りの夜に売っているモノなんて、大体が怪しいモノってのがセオリーだけど。
「これ、なんっすかねぇ?」
ミヤの言葉に振り返ると、俺が気になっていた箱をなぜかミヤが持っている。
「ミヤ、それ、どうしたんだ?」
「商人のオジサンが安くしてくれるって言うから、買ったっす!」
いるよな、こういう子ども。
「あらぁ、素敵な箱ね~」
「そうなんすよ!!中に、何か入ってるみたいっす!!開けてみるっす!」
「え、今?」
「うっす!!」
「珍しい細工の箱ね。キレイ」
エンが興味深そうにミヤの手元を覗き込む。
「せーのっ!!」
ミヤの掛け声とともに、箱が開く。
ボッッフン、という大きな音とともに出てきたのは、大量の煙!!水蒸気っぽいの!!
「うわっ?!」
「キャッ?!」
「なにこれ!?」
少し湿気のある、ムッとした水蒸気が辺りをモクモクと包んでいく。なんか、これ、色までついてないか?!
「うわっ?!」
ミヤの手元を興味津々で覗き込んでいたティルが、ビックリしたはずみにバランスを崩し、こちらに倒れかかってきた。慌てて支える。
「あ、ありがとう」
「うん」
石鹸かなにかの匂いだろうか、フワリ、といい香りがする。って、雑念雑念!!頭を左右に振って、今しがたの思考を追い払う。
モクモクした水蒸気は、七色の光を放ちつつ、少しだけその辺りにとどまった後、一気に拡散していった。
「なに、今の」
アスカさんが目をパチクリさせて呟くと、少し離れたところにいたオジサンが、大笑いして答えてくれた。
「アンチャン、商人にからかわれたな!」
「からかわれたんっす?!」
「ソイツはただのビックリ箱だよ!!」
「ビックリしたっす!!」
アハハハハ、と大きな声で笑ったそのオジサンが愉快そうに言う。
「開けると水蒸気が出てくるのさ。ただそれだけ。子どもがよく買ってるよ」
「これ、開けた後の箱って、なにかなるんっすか?」
「いや、ならねぇよ。ただの箱さ」
「そうなんっすね!!じゃあ、これ、あげるっす!!」
そう言ってミヤが、エンに箱を差し出した。
「え」
「さっき、キレイって言ってたっす。どうぞっす!!」
「いいの?」
「うっす!!」
「ありがとう」
はにかんだエンが、嬉しそうに箱を受け取る。
「実は、もう一つあるっす!!」
何個買ってるんだよ、ミヤ!!騙され過ぎだろ!!
「それも、水蒸気か?」
「どうっすかね?中身はそれぞれ違うって言ってたんすよ。これも、開けてみるっす?」
「後にしてくれよ!」
とんでもないモンが出てきたら、どうするんだ!!
「こういうのは、勢いっす!もう一つ、いくっす!!」
ゲッ。
止める間はあったものの、ミヤが勢いをつけて開ける。一瞬全員が身を引いたけれど、今度は何も出てこなかった。
「???????」
みんなで箱を覗き込むと、宝石みたいな物が三つ、並んで入っていた。フカフカの赤いクッションに包まれたそれは、透明な滴の形をしたもの、白銀色の丸い形のもの、薄紅色の花の形のもの、だった。そして、蓋側に何かの文字がついている。
「なんて書いてあるの?」
アスカさんに問われたイッちゃんさんが、文字を読み上げる。
「えっと、朝露の滴、月光の癒し、華の眠り、って書いてあるね」
「なぁに、それ?」
アスカさんの言葉に、全員が首を傾げる。ミヤの手元をみんなで覗き込んでいると、それまで肉巻きクレープを堪能していたジンが口を開いた。ようやく、食べ終わったらしい。
「それ、聞いたことがある。ずいぶん前にお店のお客さんが話していたと思う」
「お兄ちゃん、正気に戻ったの?」
「俺はいつでも正気だ、ティル」
「お兄ちゃんの正気を疑うわ」
辛口過ぎでしょ、ティル。
二人に挟まれてどうしたものかと思っていると、ジンが苦笑いをして続ける。
「それ、妖精の商品だよ。貴重な品らしい」
「妖精の?」
「うん。妖精が作る物らしいんだけど、詳しくは分からない。でも、そういう品物があるっていうのは、聞いたことがある」
「使い方とかは?」
軽く目をつぶってジンが首を左右に振る。
「残念ながら」
ということは。
「当たりっすね!!これ!!やった!!」
前向き過ぎだろ、ミヤ!!間髪入れずにそれかよ!!
「なんで当たりなんだよ」
とんでもない代物かもしれないだろ!!
「だって、ビックリ箱の中に紛れてたんすよ!!これだけ、そんなに貴重な品なら、当たりじゃないっすか!!」
使い方が分からないのに?!
「マジか」
あまりのミヤのポジティブさに、ポツリと俺が呟いたところで、みんなが笑う。そうこうしているうちに徐々に日没が始まって、大きな太鼓と拍子木の音が響いてきた。
「始まるわよ」
アスカさんの言葉とともに、湖畔へ向き直る。ティルの後ろから体を軽く伸ばしたアスカさんが、俺の方へささやいた。
「カツミ、こういう余暇って、大事よ」
そうなのかもしれない。ミヤなんて、メッチャクチャ楽しんでるし。
「この干物、メッチャ硬くてカラいっす!!」
ビックリ箱を開け終えたミヤが、今度は不思議な食べ物をかじったらしい。ヒーという声と、エンが飲み物を差し出しているらしい声を聞きつつ、アスカさんからティルの横顔に視線を移してから、新しく再建された平屋建ての城を見る。両側には、桜に似た花が、ちょうど満開を迎えて咲き誇っている。
湖面に反射する美しい太陽の残滓と、太鼓と拍子木の音が、長い夜を告げ始めた。
夕暮れが次第に夜の色濃い闇に染まり始めた頃、拍子木の音が静まり、それまで一定のリズムを保っていた太鼓が次第に早さを増してきた。
大きな太鼓に合わせるように複数の小さな太鼓の音が重なり、その上から鈴の音や弦楽器、笛の音が響き始める。
あれほど熱狂に包まれていた湖畔は、今や静かに旅芸人の奏でる音に耳を澄ませている。
ふいに楽器の演奏が途切れ、一瞬の静寂の後、ドンドンドンと大きな音が鳴る。静寂を振るわせて大きく一定のリズムを刻み始めたそれに合わせて、ゆっくりとした曲が奏でられる。すると、城の建物の両側から、たっぷりとした生地を使った対照的な色合いの衣装を着て、面をかぶった二人がゆっくりとした動作で鈴と袖を振って現れた。
リン、リン、とした鈴の音は、徐々に早くなる音楽に合わせて次第に速度を増していく。フワリフワリと体重を感じさせない動きで、二人は城の中央まで来た。
太陽と月のように重なり合いつつ中央に来た二人は、背中合わせにゆっくりと膝をつき、空を仰いだ後に大地にひれ伏した。
ドン、と大きく太鼓が一つ鳴る。
ドン、ドン、ドン、ドンドンドンドンと太鼓のリズムに乗って、二人が再び動き出す。大きく輪を描くように踊り、フワリと宙に舞う。
月のない夜空に浮かび上がりつつ、流れるように揺らめくように舞う二人は、リン、という鈴の音を残して、城を背にして座り込んだ。
静かになった中央に、音もなく、ひときわ大きな面をかぶった二人が現れ、そしてまた、今度は四人で舞っていく。
太鼓と鈴、笛と弦楽器の音が、城の回りに灯された松明と提灯をユラユラと揺らす。
フワリフワリ、と輪を描くように舞う四人の後ろに、いつの間にか弓矢をつがえた二人が立つ。
四人の後ろ側から向かい合って矢をつがえた二人が、同時に矢を放つ。舞いを舞う四人の輪を横切るように交差した弓矢が、その両側にあった松明に突き刺さる。
ドン、ボン!!
という大きな音とともに、広場が真っ暗になり、直後に上がった火柱とともに、舞いを舞っていた四人と弓矢をつがえた二人が消え。
渦を巻いて高く高く伸びた火柱が、星を焦がすように燃え上がる。
すると、湖畔の四方からアーチのように上がった霧雨のような水が、火柱を少しずつ抑えて消していく。
残ったのは、消えた火柱の炎と水の匂い。
カチン、と大きく拍子木を叩いたような音がして、再びぼんやりと松明と提灯に火が灯る。カチンカチンと鳴る拍子木に合わせて次々に松明がついていき。そして、領主の姿が城の前に浮かび上がった。
「今年も、実り多き、よき一年を願って。」
静まり返った広場に領主の声が響き、それを合図に大歓声が湧き、賑やかな音楽が流れたかと思うと、どこからか面をかぶった旅芸人がたくさん現れて、行進が始まった。
振りまかれるのは、音の洪水と舞い散る花。どこからか、フワフワとした光がシャボン玉のように漂ってくる。耳が痛いほどの観衆の歓声と熱狂に、ただただその光景を見つめる。
色とりどりの衣装を着た旅芸人たちが、楽器を奏でつつ花を振りまき、それぞれ四方の大通りへと練り歩いていく。それぞれの大通りの入口で立ち止まり、パフォーマンスが始まった。近くで見ると、みんな、奇妙な面をかぶって、たっぷりとした生地の衣装を着ているので、魔物なのか人間なのか、男なのか女なのかも、さっぱり区別がつかない。
俺たちの手前では、ナイフを五本持ったパフォーマーがクルクルと器用にナイフをお手玉のようにしながら宙返りをしたり回転をしたり。空中に飛んできた的に、ナイフを投げて突き刺したりする。
「すごいっすねぇ!!」
ミヤの興奮した声が聞こえてくる。
ジャグリングの玉をナイフに持ち替えて、アクロバティックな動きをつけたそれは、ナイフの刃はつぶれていそうだとはいえ、一歩間違えば大怪我をしてしまうほどの動きだった。
「ほんと、すごいわぁ。」
アスカさんの声に顔を向けると、目をキラキラさせながら、夢中になってパフォーマンスを見ているティルの顔がすぐ横にあった。
ジンとよく似た端正な顔が、輝くような笑顔で旅芸人を見つめている。さっき受け止めたときの香りを思い出して、ドキリ、と心臓が跳ねた気がして、慌てて視線を前に戻す。
五分ほどだろうか、そこでパフォーマンスをした後、再び行進が始まった。我に返って、手が痛いほどの拍手をしていると、俺たちの目の前で、さっきのナイフの人が一度、宙返りをして手を振ってくれた。
「うおー!!すごかったっすー!!」
ミヤが両手をブンブン振っているような気配がする。振り向かなくても分かる。俺も手を振り返す。軽くお辞儀をして、その人は行進の中に紛れて行ってしまった。
カナタだったのかな。すごかったな。
「あれっ」
遠ざかっていく行進に着いて行く人、その場で人波が落ち着くのを待つ人、城の方へ向かう人、様々な動きの中、横にいたジンが声を上げる。
どうしたのかと思って視線を向けると、そこには。
「ウオマさん!!お久しぶりです!!」
「うむ!!久しぶりだな、ジン」
ミヤを十倍ぐらいすごい格好にしたような魔王が、満面の笑みで立っていた。どんだけ楽しんでんだよ、魔王!!!




