第八話 真冬の雪山はもともと静かなイメージです 5
ちょっと期待してたんだけど。吹雪になったら、行かなくて済むかな、って。が、そんな俺の期待は木っ端微塵に砕け散るほどの、明るい月夜になってしまった。
風もなく、雲一つない夜空を見上げて、ため息をつく。
夜食のキノコ汁とパンを持ってきた三人の小人と一緒に外へ出る。イッちゃんさん、アスカさん、ツタはリウとイールと留守番。あまりにも帰りが遅い場合には、母屋にいる小人と連携をとって、近くの出張所へ連絡をとばすことになっている。
ちなみに、行くと言ってきかなかったイールは晩ご飯を食べ終わってしばらくすると、コテン、と眠ってしまった。魔力も漏れたし、全力で駄々をこねたしで、疲れたのだろう。
お腹がいっぱいになったとたん、コックリコックリと舟を漕ぎ始めたので、ストン、と眠りに落ちた頃合いでマミルが二階のベッドへ運んだ。
「行きましょうか」
バリスの言葉に、全員で頷いて歩き出す。俺だけ、マミルに手を引いてもらっているけど。
「マミル、痛い痛い」
手を引いてもらっていて申し訳ないが、マミルが俺の手をギッチリ握りしめすぎて、痛い。怖いのは分かるけど、そんなに握りしめなくても。
「あ、すみません」
周りをキョロキョロと見回しつつ、マミルが少しだけ手を緩める。普段の見回りの仕事、一人でちゃんとできてるんだろうか。
ちょっと不安になりつつ前を歩いている小人に視線をうつすと、小人の肩のあたりに、何やら物騒なものが見えた。
斧じゃね?あれ。
よくよく見ると、三人いる小人たちは、それぞれ、腰にナタをぶら下げていたり、刃物を持っている。
「あの。その斧って」
「何出るか分からない。身を守るために持ってきた」
なるほど。俺たち丸腰だけど、大丈夫か?
不安そうに視線が泳いだのが分かったのか、バリスが力強く頷いた。
「私もいますし、マミルさんもいますから、大丈夫です」
バリスは心強いけど、マミルはほんとうに大丈夫なのか?湖に行った時のことを思い出し、一抹の不安がよぎる。が、そんなことをグダグダと考えていても、仕方がない。
俺の横で鼻歌を歌いつつ歩いているミヤを見る。
「ミヤ」
「なんっすか?」
「もしかして、楽しいのか?」
「うっす!!」
どんな肝っ玉なんだよ、ほんとうに。
満月にはまだ少し早い二つの月を見つつ、ため息をついた。
「こっち、聞こえてきた」
昼間スキー遊びをした広場から、天幕の後ろの方向へ抜ける方角を小人が指さした。
「……今日も、聞こえますね」
小人の言葉に少しの間耳を澄ませたバリスが言う。
なにもっ!なにも聞こえませんけどっ?!
「まだ、俺、何にも聞こえてこないっすね~」
のほほんと言うミヤに小人たちが頷く。
「俺たちも、聞こえない」
「それでは、私が先頭を行きましょう。みなさん、着いてきてください」
「ひぃっ」
俺の隣でマミルが小さい悲鳴を上げて、体を寄せてくる。さっきまではオイオイと思っていたけど、今は身を寄せ合っている方が安心できる、気がする。
バリス、ミヤ、俺とマミル、小人の順番で木々の間を歩き始めると、最後尾の小人が天幕の裏側になにかしているのが見えた。
「どうしたの?」
「目印、置いていく。ここと、木、ところどころに」
「あ、迷わないように?」
「大丈夫だと思うけど、念の為。山の天気、変わりやすい」
なるほど。
グイグイと引っ張るマミルに引きずられるようにしながら、小人の知恵に感心する。見ていると、一定の間隔で木に何か光る物をかけている。
「それは、何?」
「光る石。鉱石。山の方で採れる」
「キレイな石っすね!」
ミヤの声にちょっとだけ嬉しそうにした小人が頷く。
「キレイなもの、いい」
「そっすよね!」
和やかに小人とミヤが話していると、賑やかな声が聞こえてきた。まだ遠いけれど、聞こえてくる声に耳を澄ます。
「この声、昨日の声」
ボソリと小人が言うと、マミルが隣ですくみ上った。
「そうですね。だいぶ、近づいてきました。私たちの気配が分からない方がいいかもしれません。静かに近づいてみましょう」
それぞれ頷いた俺たちは、黙ったままその奥の方へと歩いて行った。
次第に大きくなっていく声は、ほんとうに賑やかで、数人レベルではなく、大人数が騒いでいる声のようだった。
数十人、いや、もっとか?
楽しそうに笑う声や音楽、酔っぱらっている人の声。何かの大きなパーティのようだ。ふと、木々の間から眩しい光が見え、バリスが立ち止まった。
立ち止まったバリスの横に並ぶようにして、ミヤや小人たちが前に出る。俺とマミルは、みんなの後ろから恐る恐る顔を出した。
ガサリ、とすぐ横で音がしたけれど、かまわず視線を前に向ける。
視界に飛び込んできたのは。
「きやああああああああああああああああああ!!!」
突然、マミルが絹を引き裂くような悲鳴を上げて大きくなり始めた。首の辺りから雪がボトボトと落ちてくる。さっきの、ガサリ、っていう音の正体だ。どうやら、最悪のタイミングで雪が木の枝からマミルの首付近に落ちたらしい。
更に悪いことが重なり、俺たちのすぐ後ろにあった一本の木が、マミルの体に当たってミシミシと音を立て始めた。
「マミルさん!!落ち着いてください!!」
バリスの声に、マミルがハッとしたように大きくなるのをやめる。が、体が大きくなる勢いで、そのままぶつかってしまった木は、メリメリと音を立てて傾き始めていた。
幸いにも俺たちの方へ倒れずに向こう側へ倒れかけていたのだが、そちらには最悪の事態が引き起こされる寸前の光景があった。
木が倒れる方向へ視線を向けると、そこに動くこともできずに立ちすくんでいたのは、二階で眠っていたはずのイール。
恐怖に見開かれた目に、立ちすくんでいる小さな子ども。
俺が一番、イールに近い!
考えるより先に体が動いた。足を踏ん張って前に飛ぶ。スライディングのような形でイールを抱え込み、体の内側に抱え込む。
頼むから、誰も下敷きにならないでくれ!!
イールを抱え込んで丸くなったときに、ふいに俺の頭上を何かがかすめて飛んでいき、木に当たったのだろう、弾け飛んだ。
バキバキバキバキメキィイイイイイイイ、と音がした後に、ず……ん、と重たい音が響いた。
後に残るのは静寂ばかり。さっきまで聞こえていた大騒ぎの音も、何も聞こえなくなり、光も消えていた。
必死だったのでスローモーションみたいに見えていたけれど、実際はあっという間の出来事だったのだろう、静まった空間に大きくなったマミルの姿が見えた。
マミルは、自分がぶつかって倒れ始めた後に、はじけ飛んだ何かがぶつかった衝撃がプラスされ、九十度の角度で半分に折れた木の前で、小人やバリス達を守るように体を屈めていた。木を挟んで、俺とイール。
そうだ。イールは。
「イール、どこかケガはない?」
抱え込んでいたイールの顔を覗き込みながら、体と手を離す。キレイに結ばれていたツインテールは、グシャグシャになってしまった。
「うわあああああああ!!」
目が合うと、イールは大声で泣きながら抱き着いてきた。しっかりと大声を上げて泣いているイールを見て、大丈夫そうだとホッと一息つく。
「怖かったよな、大丈夫だよ」
背中をポンポンと軽く叩いてあやしていると、木の向こう側からバリスたちが駆けつけてきた。
「カツミさん!大丈夫ですか?」
「うん。俺もイールも、ケガはないっぽい」
「すみません。とっさのことに、私も動けなくて」
「誰も、ケガなくてよかったっすよ!」
小人たちもよかったよかったと頷き合っている。
その中で、一人、元の大きさに戻ったマミルが真っ青な顔で立ち尽くしている。
「あの、すみません、みなさんを、危険な目に遭わせて」
ガクガクと震えつつ、泣きそうな顔でマミルが言う。
「そうですね。今回は何事もなかったからよかったものの、マミルさんは、少々、怖がりを克服した方がよいでしょう」
カクカクカクカクと人形のような動きでマミルが頷く。マミルも、怖かっただろうな。自分のせいで、あわや大惨事が起きるとこだったんだ。
そうだよな。怖がりは仕方がないことだけれど、このままだとマミル、いつか不慮の事故を起こすかもしれん。これを機会に、多少の克服は目指した方がいいな。
「俺、マミルさんの怖がり克服に、協力しますっす!!できることがあったら、言ってくださいっす!!」
力強く言ったミヤに、なんとなく不安を覚える。何する気なんだろう。そもそも怖がり克服って、どうやって協力するんだよ。闇夜でいきなり飛び出してビックリさせるとか?
そんなん、俺でも悲鳴上げるぞ。いや、俺だけじゃなくて、大抵の人は悲鳴を上げるし、危ない。……もしやろうとしたら、止めないと。
「もう、なにもいない。一回、帰ろう」
小人がそう言って、帰り道を指さす。
小人の声に先ほどの光の方を見ると、辺りは最初から何もなかったように静まり、騒ぎの欠片も残っていなかった。
広場に見えたような空間も、そんなものは露ほどもなく、木々が静かに佇んでいる。
「折れた木は、今度、俺たちが取りに来る」
「そうですね。ひとまず現場を確認するという目的は達成しました。帰って、落ち着いて話をしましょう」
そうして、俺たちはまた、バンガローへ向かって歩き出した。イールはマミル、俺はバリスに背負ってもらって。
どうやら俺、踏ん張ったときに足をひねったらしい。捻挫。立とうとしたら、足が痛かった。ほんと、運動不足ヤバい。雪道の足元がそもそも心許ない上に、ヒーラーも一緒にいない今は、とりあえず、バリスにおぶってもらうしかなかった。
そうして歩き始めると、ミヤが何かを拾って来たのが見えた。
「ミヤ、どうした?」
「これ、アレっす。カツミさんっす」
「俺?」
「そうっす。俺が作ったカツミさんっす」
「あ、雪だるまの?」
「うっす。この棒、多分、間違いないっす」
そう言って持ち上げたのは、先がチグハグに二股になっている木の枝だった。小さい赤いリボンが結んである。
「どういうことだ?」
「分かんないっす!!」
ニコニコのままで言い切ったミヤの胆力に、見習いたいとつくづく思ったのだった。




