第八話 真冬の雪山はもともと静かなイメージです 3
「じゃあ、カンパーイ!!」
アスカさんの声に合わせて、みんなで飲み物が入ったグラスを掲げる。
俺とバリスがホットワイン、ミヤとイールは果実ジュース、アスカさんとイッちゃんさんとマミルは、バリスが持って来てくれた果実酒のお湯割り、ツタは紅茶、リウはテーブルの上に正座してニコニコしている。
「わぁ~!!美味しそう!!」
俺たちが風呂から上がってくる頃に目が覚めたイールは、目が覚めるなり、‘お腹空いた’と叫んだらしい。キラキラとした目をして、テーブルの料理を見ている。
「どれでも好きなもの、食べていいのよ~」
美味しそうというイールの声に、アスカさんが嬉しそうに言った。
小人が用意してくれたのは、生ハム、ライ麦パン、フワフワの白パン、バケット、三種類くらいのチーズの塊、クリームシチュー(ただこれ、鶏肉じゃないっぽい)。それにプラス、アスカさんが仕込んできてくれたローストビーフ、ポテトサラダ、ニンジンとナッツのラペ、キャベツで作ったシュークルートみたいな漬物、汁気のないモツ煮っぽいの(どうやら赤ワインを使って仕込んである)、玉子焼き、ドライフルーツ、デザートにはパウンドケーキ。プラス、せっかく火もあるしということで、クリームシチューとチーズとポテトサラダで、今、暖炉でグラタンを焼いている。
盛りだくさんの料理は大きなテーブルをこれでもかというくらい占拠しており、それはもう、パーティのようだ。
ちなみに酒と果実ジュースは、バリスが張り切って用意してきてくれた。ミルクやコーヒー、紅茶なんかは、小人たちがバンガローに用意してくれているので、いつでも飲むことができる。
初めて見る料理が多いのであろうイールは、どれを選んでよいか分からないようで、困ったようにマミルを見た。
「俺も、初めて見る料理ばかりだから」
困ったように首を傾げたマミルがアスカさんを見る。
「イール、何か嫌いなものはある?」
「分からない……。食べたことない物ばかりだし。でも、いい匂いがするの!!美味しそう、って思うの!!」
とまどいつつも、好奇心を抑えられないように言うイールに、アスカさんがサンドイッチを作り始める。二つ作っているところを見ると、マミルの分も作っているのだろう。
手の平よりほんの少し大きいくらいの白パンに、シュークルート、ニンジン、ポテトサラダ、その上にナイフとフォークで切り分けたローストビーフを乗せてサンド。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!!」
両手でサンドイッチを受け取ったイールが、早速、大きく口を開けてサンドイッチを頬張る。
一口かみしめて、もともと大きな瞳が更に大きく見開かれたかと思うと、息をつく暇も惜しいというくらいの勢いで食べ始めた。
「お気に召したみたいで、よかったわぁ~。さ、アタシたちも食べましょっ」
イールを中心にみんな、それぞれ料理を皿に取って食べ始める。ツタは自分の皿に取った料理を小さく切り分けてリウの前の皿に盛り付けていく。肉も皿に盛っているところを見ると、特に肉がタブーだとか、そういうことはないんだな。
「アスカさんの料理も美味いっすけど、小人さんが作ってくれたシチューも、メッチャ美味いっす!!これ、豚肉っすか?」
「だな」
「豚肉でも、美味いっすね!!」
「チーズも、美味しいですね。私の一族が作るものとは、味も違って」
「どれどれ。あら、ほんと。町で流通しているのとも、違う味ねぇ」
「こっちのは、塩気が強いから、お酒のオツマミにいいねぇ。バリスさんが持って来てくれた蒸留酒と、すごく合うよ」
「よかったです」
「生ハムも、この世界にあるんですね」
「あるのよねぇ。ラッキーだわぁ。さすがに、生ハムはアタシ、仕込めないもの。美味しいっ!!」
「リウ、シチューも食べてみるか?」
「タベル」
「熱いから、気を付けるんだぞ」
「これ、なんていう食べ物なの?!」
大人が酒を飲みつつ、なんということもない話をしているうちに、サンドイッチを食べ終わったイールが、口の回りに白パンの欠片をつけながら叫んだ。
「サンドイッチよ。パンに、好きな具をなんでも挟んでいいのよ」
「初めて食べた!!」
「そういえば、イールは人間の食べ物は、あんまり食べたこと、なかったかも。姉は人間の町に住んでいないし、着飾るのは好きですが、食べ物には興味を示さないので」
イールのパンの欠片を取ってやりながら、マミルが言った。
「そうなの?」
「はい。俺たちの一族はそれほど魔力が強くないから、町に住む必要もあまりないんですよね」
?どういうこと?
「魔力が弱いと、どうして町に住まなくていいんだ?」
「魔族の魔力は、人間の欲望や負の感情を元に補充するのが一番効率がいいんです」
「えっ!!そうなの?!」
俺とミヤ以外の大人が頷く。アスカさんは、イールとマミルの給仕係をしつつ、合間に器用に自分の分を飲み食いしている。
「魔族が魔力を補充するのは人間だけじゃないんだけど、不思議と人間の負の感情が一番効率がいいみたいです」
だから、この世界、あんまり負の感情が蔓延してないのか。毒気を抜かれてる、ってことか?変な意味で。
「へぇ~」
ん?
「バリス。なら、俺たちの異能じゃなくても、更生者の負の感情は取り除けるんじゃないの?」
「それも以前、やってはみたのです。が、少しの期間は負の感情が取り除かれますが、一定期間を過ぎると、負の感情が強すぎて元に戻ってしまうのです」
つまり。
「根本的解決にはならないということです」
なるほど。
暖炉に歩いて行ったアスカさんが、‘あらぁ、そろそろいいわね、グラタン~’と言いつつグラタン皿を持って戻ってくる。
「ミヤ、テーブル開けてちょうだい」
「うっす!!」
「それは?それは何?」
「グラタンっすよ!!」
「クリームシチューとポテトサラダを使った、簡単グラタンだけどねっ」
「食べたい!食べたい!」
「え、これ、タマゴですか?」
グラタンを取り分けている間に、玉子焼きを食べたマミルが目を丸くする。
「そうよ~。玉子焼きっていうの。今日は、イールがいるから甘く作ったけど、オツマミ代わりに、しょっぱめにしてもいいし、チーズとかハムとか、いろんな具を入れても美味しいのよ」
「ビックリしました。食べたら、タマゴの味がして」
「こっちでは、玉子焼きしないものね。目玉焼きとかオムレツが多いかしら」
「そうですね。ビックリしたけど、美味しいです」
人間の食べ物は美味しくて好き、と言っていたマミルが嬉しそうに言う。
「はい、イール。熱いわよ。気を付けなさいな」
「ありがとう!!」
言うが早いか、イールは早速、木のスプーンを持ってグラタンに差し込む。チーズがビヨーンと伸びて、目を丸くしている。
「なにこれ!!のびてる!!」
「このチーズがあっつくなると、溶けてそうなるのよ。熱いから、フーフーして食べるのよ」
「フーフー?ってなに?」
「こうするのよ」
フーフーという仕草が分からなかったらしいイールの為に、アスカさんが仕草をして見せる。
その様子がおかしかったのか、キャハハハハ、と大笑いしつつ、イールがグラタンに息を吹きかける。
何度か吹きかけてこちらを見たので、頷いてやると、嬉しそうに頬張る。
「熱い!!でも、いろんな味がして、美味しい~!!ねぇ、お母さんも作れるかな?」
「姉さん、は無理かも」
「えー!!」
「お店に連れてきてくれたら、作ってあげるわよ。腕によりをかけて、違うグラタン作ってあげる!!」
「行きたい!行きたい!!」
「ウフフっ。こんなに喜んでくれるなら、明日の夜はピザでも作ろうかしら」
「ピザ!ピザ!」
ピザは知らないはずだけれど、イールは飛び跳ねて喜んでいる。
「アスカさん、子どもを酒場に連れて来るって、マズくないですか?」
「あら。マズイかしら?」
首を傾げるアスカさんを見て思い出す。そういえばイールって、俺よりも長く生きてるんだっけか。なら、いいのかなぁ。魔族って、難しいな。年齢的なモノ。
「いえ。一人じゃなければ大丈夫です。俺が連れて行きますよ。休みの日にでも」
「待ってるわ。楽しみが増えたわぁ~」
そうこうしていると、一瞬姿が消えたミヤが、大きな音をさせながら扉から入ってきた。
「さっむいっす~!!外、すごいっすよ!さっきよりも、すごいっす!!」
「なにしてんだ、ミヤ?」
「ジュースなくなったんで、外に取りに行ったんっすよ。そしたら、見てくださいっす、これ!!」
嬉しそうにミヤが掲げた手にはジュースが入った瓶が握られていたのだが。
「凍ってる……」
マジかよ。
「そうなんすよ!!外に置いておいたジュース、今の間に凍っちゃったんっす!!」
大笑いしつつ、嬉しそうにミヤが言う。
「すごくないっすか?!」
すごくないとかすごいとかじゃなくて。
「マジか」
「この時期、外に出しておくと凍るのよね。野菜とかも。冷蔵庫代わりにはなるけど、気を付けないとカチンコチンよ」
マジか。
「ミヤちゃん、鼻が赤くなってるよ。凍傷になるといけないから、ちゃんと温まって」
「凍傷になると、どうなるんっすか?」
「ひどいと、鼻がもげるわよ」
「えっ!?」
聞いたミヤが大慌てで暖炉の方へ向かう。手には凍ったジュースを持ったままだ。
「酒は、大丈夫ですかね」
「度数が高いお酒は、そうそう凍らないわよ。トロリとはするけどね」
「持ってきましょう。ちょうど、なくなりました」
えっ!いつの間に飲んだの?!
部屋着に外套を軽くかけ、バリスが扉から外へ出る。ときたま強い風に煽られて窓がガタガタいうけれど、その音以外は、聞こえてこない。
「静かですね。風以外は」
「雪は、音を吸収するからな」
「そうなの?」
ツタが軽く頷く。
「今日は風が強いから分からないだろうけど、風がなくて雪が積もっている夜なんかは、ほんとうに静かだ。普段聞こえてくるような音も聞こえない」
へぇ~。
「住んでみないと分からない雪のいろいろって、あるんですね」
「まあ、俺たちは生まれたときからこの土地に住んでいるから、それが当たり前になってるけどな」
バタン、と扉の音がしてバリスが両手に酒を抱えて戻ってきた。
「雪で埋もれそうだったので、全部回収してきました」
「ありがとう~」
「どこかで、宴会でもしてるようです。賑やかな声が聞こえました。ミヤさん、気づきました?」
「気付かなかったっす~。あ~暖炉、あったかいっすねぇ~」
「あらま。どこかでパーティしてるのかしら」
「私は、耳がいいので聞こえただけかもしれないですね」
それにしても、この吹雪の中聞こえてくるほどの大騒ぎとは、相当な猛者なのでは。パリピってヤツ、この世界にもいるのか?
すると、イッちゃんさんが窓辺に行き、窓ガラスに耳をあてるようにして耳をすませた。
「うん。どこかでやってるっぽいね、宴会」
「えっ!聞こえるの?!」
「うん。俺も、耳がいい方だから」
穏やかに笑うイッちゃんさん。そうだったんだ。知らなかった。耳、長いだけだと思ってた。
「賑やかなのは、いいことよ!!アタシたちも楽しみましょっ!!そうそうアタシ、イッちゃんに頼んで、陣取りゲーム、作ってもらったのよ~。ねっ、イッちゃん、出して出して」
「うん」
それは、面盤の上で二色の駒を使い、自分の色で陣地を埋めていくゲーム。どうしたんだ、急に。アスカさん。
「急にどうしたんですか?」
「ウオマさんが喜ぶかな~と思ったのよ。みんなで楽しめるっていえば楽しめるし」
魔王ね。確かに、異世界のゲーム、楽しそうにやってたな。
「それに、この世界にはチェスと似たゲームはあるけど、もっと単純なゲームないわね、と思って。楽しいじゃない、こういうのも」
イッちゃんさんは、町で木工職人をしている。持って来てくれた物は、スーツケースのような外見で、広げると、ノートを見開きにした大きさくらいになっていて、中に石が収納されていた。そして、外側が盤になるように作られている。石……石じゃないな。木を丸く平たくして作られた駒は、上下に塗料で白赤に塗られている。細工も美しいそれは、まだ新しくピカピカしていた。
「キレイっすね~!」
まだ溶けないジュースを暖炉の近くに置いて戻ってきたミヤが、笑顔で言う。
「アスカちゃんに頼まれて、仕事の合間に作ってみたんだよ」
「バッチリよ!さすがイッちゃんね!!」
「どうでもいいですけど、どうして白黒じゃなくて、赤白なんですか?」
「なんとなくよ~」
「これは、どうやって遊ぶものなんですか?」
「これはね、陣取りゲームなの。ミヤ、カツミ、一回みんなに見せてあげて」
「うっす!」
しげしげと興味深そうに駒と盤を眺めるバリスとマミル、ツタの前で、ミヤと最初のやり取りをする。
「ミヤ、どっちがいい?」
「じゃあ、俺、白でいくっす」
「俺、赤な。先攻ってことで」
「うっす」
パチパチと真ん中にそれぞれ二つずつ交互に駒を置く。
イッちゃんさんは、アスカさんから説明を聞いているのか、三人に見えやすい場所を譲って、お酒を飲みながらこちらを見ている。
「この駒をね……」
と、大人が酒を飲みつつゲームをし始めた辺りで、イールの声が聞こえてきた。
「お腹いっぱい!!リウ、遊ぼう!!」
それまで無心で食事をしていたイールが、少しだけ名残惜しそうにスプーンを置き、アスカさんを見た。
「ねえ、お料理残ってたら、また明日、食べてもいい?」
「いくらでも食べていいのよ。明日も、別な物を作ってあげるからねっ!」
嬉しそうに言ったアスカさんに頷き、リウと一緒に暖炉の前まで行ったイールが、クッションを敷き詰めた上に座り、リウと対面で同じ仕草をする遊びをし始めた。どちらかがした仕草を真似する遊びらしい。二人とも、楽しそうに笑い転げつつ遊んでいる。
「あの。みなさん、ありがとうございます」
ゲームの手を休めてその姿を微笑ましく見ていると、マミルが口を開いた。
「俺たちを連れてきてくれて」
「イールもマミルも、喜んでくれたんなら、嬉しいわよ。また、みんなで来ましょうね!」
「もちろんです。私も、次回もぜひ、誘ってください」
みんなで頷きつつ、アスカさんがグラスを持った。
「まだまだ夜は始まったばっかりよ!明日もあるし、どこかのパーティに負けないように、アタシたちも楽しむわよ~!!乾杯!!」
「「「「乾杯!!!」」」」
弾けた笑い声とともに、グラスが光った。




