第二十三話 大地と月と太陽と 2
「ロム!!チャナ!!」
部屋に戻ると、二人が目を覚ましていた。
「カツミ。無事だったのか」
ホッとしたように言うロムに、彼の中では時間がそのまま止まっていたのだと分かる。そうか。眠っていたから、ロムの中では、さっき俺が神殿へ行ったことになっているんだ。
「うん。無事だった。ミヤは治療院にいる」
「そうか」
うんうん、と頷くロムに頭を下げる。
「ロム、ごめん。クナイ、神殿で投げたんだ。返せなくて」
「そうか。いいんだ。カツミの役に立ったんなら」
「うん。ありがとう」
「カツミもミヤも、無事でよかったよ」
ロムがもう一度、噛み締めるように言った。
「ところで、二人とも、違和感はない?」
会話が一区切りしたところで、アスカさんが質問した。
「?違和感?」
「私、特にないけど。どうして?」
思いもよらない質問だったのだろう。首を傾げながらも、二人が答える。
「二人とも、四日、眠ってたのよ」
「えっ!?」
「ほんとか?」
「そうなんだ。よかった、目が覚めて」
「はい、とりあえずお茶飲んで」
「お菓子もあるから、つまんでね、二人とも」
みんながワラワラと集まってきて、二人の世話を焼く。チャナは戸惑いつつも受け入れているが、ロムは目を白黒させている。
様子を見ている限りでは、二人とも異常はなさそうだった。
眠っていた魔族は、みんな起きたのだろうか。さっきのあの、天地の変動があったときに起きた、んだよな?どうして眠ったのか。そうして、どうして目覚めたのか。理由なんて分からないけれど、とにかく、目覚めてよかった。
「………魔力がなくなってる」
お茶を飲みつつ、ここ数日の話しを聞き、それならばと神経を集中させて自分に意識を向けていたロムが言った言葉は、思いもよらないことだった。
「全然?」
「そう。全く、ない」
戸惑いつつも、ハッキリと頷く。
「私も、ないわ……」
チャナは呆然としている。
ロムの顔を覗き込んでみるが、見た目は全く変わらず、そのままだ。でも、魔力がない、ってことは。
「人間になった、ってこと?」
「になるのか?確かに、魔力を抜いたら、俺は人間になるんだろうが……」
魔力がなくなった。それって単純に、人間になったってことになるのだろうか?そうだとしたら、寿命はどうなるんだろう?魔族は人間よりも長い寿命を持っていた。
「魔族はみんな、起きたら魔力がなくなってたのかしら?」
アスカさんが訝しげに言う。そうか。みんな同じ状態だったとしたら、同じように、魔力はなくなってしまっているはずだ。
「様子を見て、行けそうだったら、治療院にでも行って確認してくるわ、アタシ」
ドタバタと、ここまで届いてくる城内の騒ぎに、全員が頷く。久しぶりの太陽に、魔族の目覚め。それだけでも、役所も町中も、いろんな意味で大騒ぎだろう。どうなっているのかを知りたい気持ちは山々だけれども、勝手に動くのは、余計な手間を増やすことになる。それに、今出て行ったところで、なんにも分からないだろう。
町中では、太陽が出た喜びのあまり、浮かれてる人も多いみたいだし。ここにまで大騒ぎしている声が聞こえてくるから、もしかしたら、ハメ外し過ぎて、警備隊が出動する事態になってるかもな。
けれども、大地のほんのりした震動だけは、まだ続いている。これ、いつ終わるんだろう。太陽とセットの現象じゃなかったのかな。
「月って、どうなったんですかね?」
「夜になってみないと」
困ったようにフユが言う。だよな。月は基本的には夜に輝くものだ。昼は太陽の出番だ。
「暇だし、待ってる間、日光浴でもする?」
アスカさんが窓際からこちらを振り向く。
「いいかもしれない」
「そうね。何日も太陽の光、浴びてなかったもんね」
ゾロゾロとみんなが窓際へ移動する。夏の日差しはギラギラしていて、あっという間に室温も上がっていたので、窓はとっくに開けてあった。
「夏ね!!」
「そうね」
改めて言うことでもないだろうが、言いたくなる気持ちは分かる。
みんなが窓際に移動した後も、ロムとチャナは動こうとせず、座ったままだった。……無理もない。生まれてからずっと、魔力がある状態で生きてきたんだ。突然、魔力を失ってしまったら、実生活にそれほど影響はなくても、心細くなってしまうだろう。
「お茶、もう少し飲まないか?」
「あ、ああ。ありがとう」
声をかけると、ロムがハッとしたように頷いた。
「腹は?減ってないか?って言っても、あんまり食べ物はないんだけど」
「大丈夫だ。さっき、お菓子食べたし」
「四日眠り続けてたけど、腹も減らないし、喉も乾いてないってこと?」
「う、ん。そうだな。ほんとに眠ってたのか?そんなに?って感じかな」
「全然、眠ってた意識はないのか?」
「ないな。いや、寝てて起きた、っていう感覚はあるんだけど、そんなに長い間寝てたような気はしないんだ。不思議だよな」
「うん。でも、ロムたちだけじゃなくて、町中の魔族も、みんな眠っちゃってたみたいだから」
「そうか」
「アルスナーは起きてたけど」
「ああ。あの人はそうかもな」
「うん」
その時、茶器を持ったままボウっとしていたチャナが呟いた。
「私、人間になっちゃったのかしら?」
「ハッキリとは分からないけど、とりあえず、俺は魔力は感じないし、使おうとしても、使えないな」
「私も」
無表情のまま、顔を見合わせている。
「なんとかなるさ。今までだって、それほど強い魔力があったわけじゃないし」
「そう。……そうよね。それに、カツミの話しを聞く限りは、私たちだけじゃなさそうだものね」
「ああ。魔族はみんな、同じだよ、きっと」
「そう。そうね」
二人の会話の邪魔をしないように、その場をそうっと離れる。窓際まで行くと、アスカさんが手招きした。
「落ち着きそう?」
「はい。二人で話していたので、大丈夫かと思います」
「そう」
穏やかに頷いて、窓の外を見る。
「大変ね。いろんなことが変わってしまうわね」
遠い目でそう言うアスカさんが、何を見ているかは分からない。
「でもきっと、なんとかなりますよね。だって、太陽も出てきたし」
そう言うと、アスカさんはちょっと驚いたように目を見開いた。
「そうね。きっと、大丈夫だわ」
だって、なにがあったって、生きてくしかないんだ。精一杯。それしか俺たちができることはないんだから。
真夏の日差しはやっぱりちょっと強過ぎて、しばらくして俺たちは部屋の奥に移動したのだった。
次に大きな出来事が起きたのは、その日の夜中だった。
みんなで宿舎へ風呂に入りに行き、スッキリして夜風にあたりつつ歩いているときだった。突然、空に一つだけ輝いていた月が、太陽のように明るく大地を照らしだしたのだ。
「なになになになに?!」
急に明るくなった視界に驚きすぎてオロオロする。だって、さっきまでは暗い中に月が一つだけ輝いてて、一つだけになっちゃったけど、ちゃんと夜に月が昇ってくれてよかったね、なんて、みんなで話していたのだ。それなのに、急にこんなに空が明るくなるなんて。
「ま、またなにか起きるの?!」
誰かの声が小さく響き、その声につられて動転しそうになるけれど、落ち着け落ち着けと深呼吸を繰り返す。
光自体は優しいし、全然、嫌な感じじゃない。不吉さっていうのは感じない。ただただ、明るくてやわらかい光が、大地に降り注いでいるだけだ。
空を見上げる。光り輝く月は、明るさは太陽と同じくらいだけど、成り替わろうとしているようには感じない。太陽とはまた別の優しさで大地を照らしているだけだ。
「大丈夫だよ。悪いことじゃないよ、きっと」
ハッキリと言うと、みんなが静かに頷いた。
「そっか」
「うん」
「そうかも」
お互いに言い聞かせるように口々に言っていると、今度は、ずっと続いていた大地の震動が止まった。
「止まった……?」
「え?」
「大地の震動」
「そうよ、止まってるわ!!やったわああああああ!!」
アスカさんが持っていた荷物を放り出して万歳をし、全身を使って喜びを現した。よっぽど嬉しかったんだな。だって、乗り物酔いするアスカさんじゃなくても、俺たちだって、この震動には、正直、うんざりしてたんだ。
だって、ずーっっっと、なんか揺れてるんだ。寝てようと起きてようと、ご飯食べてようと。ずーっと。自分では止められない貧乏ゆすりをずっとしてるみたいな。
いい加減、震動にイラつき始めてたときだったから、理不尽にキレる前に止まってくれて、助かった。
万歳して騒いでいるアスカさんの荷物を拾い集めて抱える。すると、今度は月の光が次第に弱くなってきて、段々辺りが暗くなってきた。
見上げると、少しずつ少しずつ光が弱くなっていった月が、いつもと同じ明るさで空に浮かんでいる。
「戻った、のか?」
「そうだといいよね」
「役所の人達、今のって見てたかしら?」
「忙しいから、どうかなあ」
「フラフラだもんね、みんな」
「でも、明るいのくらいは気付くんじゃない?昼間みたいだったし。震動はともかくとしても」
「そうよね」
これで、大地を含んだ自然の異変もすべて、終わったはずだ。後は、いろんなことが確認できたら、もう、きっといつも通りだ。
「さ、もう夜中だし、部屋に戻って寝ましょ」
「はーい」
「お腹空いた~」
「寝ちゃえば、すぐ朝だよ」
「お酒はまだあるのよね」
トウカさん、どんだけオーナさんから酒もらってたんだよ。
一変して希望が持てる状況になり、気持ちが明るくなってきた俺たちは、ワイワイガヤガヤと、ここ数日の中では、一番賑やかに部屋へ戻っていったのだった。
明朝、まだ暗い時間帯にバリスはやってきた。夜明けが早い夏なのに、それでもまだ暗い時間。一番扉側で寝ていた俺が目をこすりつつ起き上がると、小声でバリスが言った。
「申し訳ありません。昨日は食事抜きになってしまった上に、今日はこんな時間で」
仕事の合間を縫って、俺たちの食事を運んできてくれたらしい。俺たちは睡眠取れたけど、バリスは一睡もしていないんだろうに。
「大丈夫だよ。一日くらい。みんなでお菓子食べてたし」
「すみません」
布団から抜け出して、バリスが持って来てくれたパンと、スープ入りの鍋を受け取る。
「後で、みんなが起きたら食べるよ。ありがとう。バリスもちゃんと、食べるんだぞ」
「はい」
「ところで、夜中の月、見た?」
「はい。窓から。それと、震動も止まりましたね」
「うん。これでおさまったのかもな、全部が」
気障ったらしい声で、ヤツが言っていたことを思い出す。ほんとに、全てが落ち着いたのかもしれない。もしかしたら、ハンリーアルさんも、今日あたり、顔を出してくれるかも。
「ところで、魔族って、みんな魔力なくなってた?」
「現時点で確認できる範囲では、みなさん、魔力を失っていますね」
「そうか………」
なら、オーナさんがどうなったかは、しばらく分からないかな。ルオンドさんは、どうなったんだろう。
力を失って急下降していったルオンドさん。神殿に向かっている時の、一瞬の光景だったけれど、目に焼き付いている。
……オーナさんがルピナス商会に運んだらしいし、魔族が眠りに入るまでは時間があった。その間に、何らかの処置はできていたはずだから、きっと、大丈夫だ。
「私も、いろいろ動きたいのですが、ちょっと今は思うようには行動できなくて」
「それはそうだよ。無理はしないでくれ。俺たちの為に、食事を持って来てくれて、ありがとう」
「いいえ」
「ただ、一つだけ、確認できたらして欲しいんだ。俺たち、それぞれの家に帰っていいかな?その方が、バリスの手も煩わせなくて済むし、宿舎の風呂も、夜中まで開けてなくてよくなるだろう?」
「ですが、まだ安全と決まったわけでは」
「魔族がいないから、俺のことを襲ってくるヤツなんて、いないよ。それに、俺、なるべく店にいるようにするし」
そうだよ。もう、俺を狙う四天王だっていないんだし。魔族だって、魔力がなくなってしまったんだから、自分のことで精一杯で、俺のことにかまけている余裕なんてないだろう。
「……分かりました。確認しておきます」
少しだけ考えた後に、バリスは頷いて去って行った。
大丈夫かね。さすがのバリスも忙し過ぎて、顔色もよくないし、ちょっと元気もないけど。
そういえば、マリーってどうしただろう。もんのすごい激務だっただろうけど。アルスナーとイノセがしっかりと目覚めたのなら、寝る時間くらいはできただろうか。トウカさんには、ぜひ、万全の状態で花束を渡して欲しい。トウカさん、割と夢を持ってるからな、そういうの。そして、できれば、俺もそのマリーの雄姿を目撃したい!!予告してくれんかな~。付き添いが必要だったら、喜んで行くのに。
そんなくだらないことをニヤニヤと考えつつ、俺は再び眠りについたのだった。




